02. 阿比野明、八尺様退治に向かう
「去年と一緒で星川クリーン作戦に参加後、月見屋食堂さんで新入部員歓迎会という流れでよろしいでしょうか?」
「ええ、そうしましょう」
お昼休みの時間を利用して、私はボランティア部の矢ノ原野々先輩と活動について軽く打ち合わせをしたが、話はすぐ終わったので雑談に入った。
「野々先輩、高校生になってみてどうですか?」
「まだ日が経ってませんし、私自身としてはあまり実感はないですね。でもクラス数が増えて、外部入学の生徒たちも入ってきてますのでその点は新鮮味を感じます」
「先輩のクラス、確か三組でしたよね。あの例のアイドルがいるという」
「ええ。自己紹介のときからもう大騒ぎで……」
先輩が話している最中に、ピンポンパンポーンとチャイムが鳴った。
『中等部三年三組阿比野明さん。中等部三年三組阿比野明さん。至急生徒会室まで来て下さい』
「ふぇっ!? お呼び出し!?」
「アビーちゃん、あなた何かやらかしましたか?」
「しっ、してません! 神様に誓って!」
私は入学以来、無遅刻無欠席校則違反ゼロ。自分でも言い切れる程に学校での生活態度は良いのだ。
「とりあえず行って来ます! それでは!」
私は敬礼ポーズで野々先輩に別れを告げて、早足で生徒会室に向かった。
*
生徒会室にはたった一人しかいなかったが、その子はよく見覚えのある生徒だった。
「来たよ、纐纈さん」
纐纈すみれさんは私と同級生の生徒会執行役員。去年は私と同じクラスで学級委員長を務め、硬式テニスの大会では好成績を収める文武両道を地で行く秀才、家柄も夕月市の名家と申し分なく、星花女子学園の生徒の鑑と言っても言い過ぎではない完璧人間だ。
この子とは特に仲が悪いわけでもないけれど、かといって良くもなかった。何というか、何事にも隙が無くて近寄りがたさがあったのだ。
そんな纐纈さんが、果たして何の用で私を呼び出したのだろう?
「まず言っておくけど、懲罰絡みの話じゃないからその点は安心して」
とりあえずは良かった。纐纈さんは応接用ソファーに座るよう促してくれた。
「うわ、フカフカだ! さすが生徒会は良いソファーを使ってるね!」
「時間が無いから手短に話すわ」
纐纈さんは雑談に一切乗ろうとしなかった。何だか無視されたみたいでちょっとしょんぼり。
「結論から言うと、阿比野さんに除霊を頼みたいの」
「……はあ?」
私はつい不躾な返事をしてしまったが、今さっきの無視もどきの仕返しでは決してない。纐纈さんは真面目な面持ちで続けた。
「天文部の八尺様の話は聞いたことがあるよね」
「うん、昨日聞いたばかりだけど」
「まさしく昨日出たの。警備員さんが見たって」
「警備員さんが……?」
「最初は私も根も葉もない噂話だと思ってた。だけど生徒以外の人間まで見たとなると……これは本当のことだとしか……」
心なしか纐纈さんのの顔色が少し悪く見えるし、声が震えているようにも聞こえる。まさか纐纈さん、オカルトが苦手なのか?
「というわけで、生徒会としても看過できなくなったの。だから阿比野さん、あなたは宗教家の娘だし、事あるごとにいろんなお祈りの言葉を唱えてるでしょ? その力で八尺様を除霊して欲しいの」
「ごめん、他を当たってくれる?」
私は即答した。こんなお願い、受けることはできない。
「うちの宗教は、悪霊だとか妖怪だとかといった考えは無いんだよ。そういうのは人の心が生むまやかしとみなしてるから。寝ぼけていて見間違えたか、そうじゃなきゃ不法侵入者だって」
この学校、警備はそれなりに厳重なはずなのにたまに良からぬ者が入り込んでしまうことがあるらしいのだ。ならば呼ぶべきは胡散臭い霊能者じゃなく、警察官だ。
「そう。謝礼も用意してたのに、残念ね」
纐纈さんはため息をひとつつくと、ポケットから一枚の写真を取り出して私に見せつけた。
目玉が飛び出そうになった。
「ああっ! そっ、それはっ!!」
「阿比野さん、聞いた話だとA9の堂島アタルが好きらしいわね。これをあげようかと思ってたんだけどなあ」
男性アイドルグループA9のグッズの中で、抽選でごく少数の人間しか当たらない超限定ブロマイド。ヤ○オクやメ○カリで万単位の金額でやり取りされているほどの超プレミア物で、私の推しであるアタル君のも相当な値段をしている。
だけどそれが、現実に目の前にある。アイドルに興味無さそうな纐纈さんがどうやって手に入れたのかは謎だけれど、そんなことは今はどうでもいい。
三元神様が声なき声で私に呼びかけた気がした。受けてみよ、と。
「……前言撤回。この阿比野明、八尺様を退治してみせましょう」
「うふふっ、ありがとうね」
纐纈さんの笑顔を、私は初めて見た気がした。ちょろいヤツ、と思ってるのかもしれない。でも神様が受けてみよ、って言ったんだもん。決して私の欲じゃないもん。決して。
「実は強力な助っ人を二人も用意してあるの。三人で協力して除霊して」
「助っ人?」
誰だろう。だけど「三」人か。良い方向に転びそうだ。
アタル君のため……もとい、神様の期待に応えるため、頑張るぞ!
*
噂話についてを聞き取りしてまとめたところ、八尺様は下校時刻を少し過ぎた時間帯に現れるらしい。
下校時刻を告げるアナウンスが流れだしたが、私たちは生徒会から「ボランティア部の特別活動とその援助」という名目で残留許可を得ていた。
援助する生徒たちはこの二人。それぞれ黒と白のロングヘアーで、見た目は清楚なお嬢様といったところだ。夕陽に照り映える髪の毛はキラキラしていて、私の目を惹きつける。
本当に見た目だけでは、このお二人が星花女子きっての色々と危ない人ということはわかるまい。
「この香り……まさか石鹸しか使っておられないのですか白雪の君!?」
「ご明察ですわ。お噂通りお鼻がよろしいのですね」
「石鹸だけでこんなに健康的な色とツヤが出せるなんて驚きました……」
「体を毎日鍛えていますからね」
黒髪のお嬢様が白髪のお嬢様の髪の毛の匂いをクンカクンカ嗅いでため息を漏らしている。こちらのお嬢様は二階堂榛那という高等部三年生の先輩で、髪の毛に対して異常とも言える執着心を持ち、しかも匂いを嗅いだだけで誰の髪の毛か、果ては健康状態までわかると言われているトンデモ人間だ。
もう片方は柔道着を着ていたけれど、こちらは私もよく知っている。同級生の橘桜芽さん。柔道部の若きエースと呼ばれ全国大会で大暴れし、将来のオリンピック候補間違いなしとも言われているアスリートだ。橘さんには二階堂先輩ですら霞むぐらい、両手両足の指を使っても数え切れないほどの伝説があるのだが……ここでは触れないでおこう。
旧校舎から生徒が出てきたが、私たちを見るや「うわっ」と聞こえよがしな声を漏らした。やはり相当ヤバい人たちだと認識しているみたいだけど、ちょっと失礼では?
とりあえず、こちらからも声をかけてやった。
「あの、中にはもう誰もいませんか?」
「は、はい。私で最後だと思います」
そう言うなり相手はそそくさと立ち去ってしまった。
「さて、八尺様の正体を確かめに参りますか」
と、二階堂先輩。
「まるで八尺様は偽物と言いたげですね」
「ええ。私も実はこの手の怪談を解決したことがありましてね。その経験を買われて私も呼ばれたのだと思います」
おおっ?
「私も『八尺様なんかいない派』ですよ」
「あら? では阿比野さんは何のために除霊をお引き受けになったのです?」
「名目上では除霊ですけど、私の目的はあくまで八尺様の正体を暴くことです。もし正体が、不法侵入者だった場合は橘さんに活躍してもらうことになりますけど」
「任せてください」
「そう言えば背丈的に橘さんの方がよほど八尺様っぽいですね」
「まあ、二階堂さんったら!」
橘さんは乙女チックな反応を見せた。
「ではでは、中に入っちゃいましょう」
西日を浴びて影を落とす旧校舎は、オカルトを信じている者たちの目には余計に禍々しく映るかもしれない。
今回ご登場頂いたゲストキャラです。
纐纈すみれ(登美司つかさ様考案)
主な出演作『凛と咲く菫の花に口づけを。』(しっちぃ様作)
https://ncode.syosetu.com/n7092fg/
二階堂榛那(パラダイス農家様考案)
主な出演作『いずれ菖蒲か杜若』(パラダイス農家様作)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054888133237
橘桜芽(魔物兄貴様考案)
主な出演作『桜が芽吹く縹の空に』(リレー小説)
https://ncode.syosetu.com/n9321fm