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間章

明の兄のお話です。

 春の大祭から帰ってきて人心地ついたのも束の間、次の日の朝に僕は次の祭事に出かけた。


 向かった先は西ではなく東、行き先は東京のサラリーマンの聖地、新橋である。この日、三元教新橋教会で結婚式が催されると言うので、僕はお手伝いのために現地に赴いた。新橋教会は僕が三元教教師の免許を取得してから二年間修行した場所で、大きな祭事が催される際は必ずお手伝いに伺っている。


 三元教は神道系の宗教なので、結婚式は神前式で行われる。僕の師匠である教会長の先生が祭壇に向かって祝詞を奏上し、僕や他の教師たちも傍らで祝詞を読み上げた。神様にお伝えする言葉は一字たりとも読み間違えてはならない、という先生の教えに従って祝詞を読むときは全神経を集中させているけれど、一生に一度しかない晴れの舞台ともなると殊更神経を使う。


 結婚式に立ち会ったことは何度かあった。だけど今日の式は今までのとは違う。錦の布に覆われた椅子に座っている、永遠の愛を誓いあう二人はどちらも白無垢姿。そう、今日の結婚式の主役は女性どうしのカップルだ。


 何も昨今のLGBT事情に配慮して、ということではない。どんな愛の形であれ全て受け入れて、神様たちに二人が永遠に上手く立ち行くようにお祈り申し上げるのが昔からの三元教のスタイルである。


 式自体は何事もなく終わった。が、先生は「これから反省会を開く」と言って僕を外に連れ出した。新橋はサラリーマンの聖地。仕事の反省会での場所はそこらじゅうにある。


 *


「阿比野君はこんなに酒が強かったか?」

「普段は飲まないだけですよ。今日は先生とつきあわせて頂きます」

「うわははは! 嬉しいことを言ってくれるな!」


 二軒目の居酒屋に立ち寄ったばかりなのに、先生はすでに顔の上から下まで赤く染まっている。僕は先生と同じペースで飲んでいるにも関わらず酩酊の度合いは比較的低い。


 反省会とは名ばかりの雑話が続き、話題は結婚式の新婦たちに移った。一人は新橋教会所属の信奉者さんで、もう片方は結婚を機に三元教のお道に入られた方だと聞かされた。その人は星花女子学園、つまり僕の妹の明が通う女子校のOGだという。これには驚きを隠せなかった。


 星花女子には生徒どうしのカップルが多い、ということは妹から聞いているし、先生も校風をご存知のようであった。女性同士の恋愛に対して偏見の目が無いのは素晴らしいことだし、だからこそ上手くおつきあいできてゴールインできたのだろう。


「だけどなあ……」


 先生の顔が急に曇った。


「親族席を見たか?」

「いえ、式に集中していたのであまり」

「星花女子OGの方の親族は誰一人も来ていなかった。ご両親ですらな」


 絶縁されたんだよ、と先生ははっきりおっしゃった。


 背筋に冷たいものが走った。同性同士の婚姻に偏見を持つ人はまだ多くいるけれど、それでも自分の血肉を授けた子との縁をすっぱりと切ってしまったことが恐ろしかった。


 人生の中で一番深く関わる人物は親であり、子である。だから親子の縁を切るということは、お互いに半身を切り取るようなものだ。例え愛情を抱かなくなった上でだとしても、心に傷を深く負うことになる。


 実際、僕もそういう事例を間近で見たからよくわかっている。そう、九年前のあの日――


「お相手がお道に入られたのもそういう理由があってのことだ。すまんな、せっかくの酒の場なのに湿っぽい話になって」

「あ、気になさらないでください。もしその方が壁にぶつかるようなことがあれば、僕も微力ながら手助けしたいと思います」

「ありがとう」


 それから僕たちは各地の教会の噂話ばかりしていたが、このときには酔いが程よく進んでいたからと聞いたことの半分以上は耳から漏れ出てしまっていた。ただ、九年前のあの事件が無ければ今の自分はどうなっていたか、とぼんやり想像していた。


 大学に進んでやりたいことをやって。卒業後は安定している企業に入って。もしかしたらこの店にも仕事帰りで寄っていたかもしれない。少なくとも三元教教師にはなっていなくて、実家が宗教をやっている以外はごくありふれた生活を送っていたはずだ。


 だけど、それが僕のあるべき人生だったとは思っていない。信仰を中心とした生活の中で見えてこなかったものが見えるようになったし、悩みを抱えた人間と多く関わり相談に乗ってきたことで人間とは何ぞや、といった単純かつ深いことについて考えるようになった。教師になっていなかったら、漫然とした生き方になっていたかもしれない。だから()()()にはある意味で感謝している。


 *

 

 ぐでんぐでんに酔っ払った先生を教会兼自宅まで連れて帰ると、僕は新橋駅前のカプセルホテルにチェックインした。泊めてやるとしつこく誘われたけれどご家族がいるからかえって迷惑になるし、こっちだって気を使ってしまう。一人でゆっくり休みたいというのが正直な気持ちだった。


 小さい寝室の中で周りに迷惑にならないよう小声でお祈りをした後、スマートフォンを充電しようとしたらメッセージが届いているのに気がついた。妹の(あき)からだった。春の大祭に行った折のお土産のおせんべいを先輩に渡したらとても喜んでくれた、と。


 明の先輩と教会でお話したことがあるが、かなり大人しそうな子である。だからか明朗快活な明とはかえって合うようで、仲良くやっている。お互いに影響を与えあって、生きる上での糧として欲しい。人と交わるのも修行のうち、と教祖様もおっしゃっているから。


 もう日付が変わる時間帯だったので、返事は明朝にすることにして眠りについた。

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