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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第三章 自覚
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15. 阿比野明、自覚する

 再び本部に戻った私は、お父さんと教団職員さんの方に付き添われて応接室に連れて行かれた。他の教区からの年少の信奉者さんたちが先に入っていたけど、みんな緊張しているのがはっきりと見て取れた。


 教主光照さまの娘、羽佐間理知さん。「さん」なんて気軽に付けてるけどそれはあくまで立場上だけは一般の信奉者と変わらないからであり、実際は「さま」付けで呼ばなくてはいけない血筋のお方である。そういう人と今から面と向かって話すのだから、緊張するなと言う方が無理だ。


 目の前には柔らかそうなソファーがある。職員さんが「座って待ってください」と言ってくれたけど、私もみんなも座ろうとしない。


「取って食われるわけじゃないんだから、もっとリラックス、リラックス」


 お父さんが冗談めかして緊張をほぐそうとするけど、お父さんの笑顔もどこか凍りついていて、ちょっとおかしかった。


 壁にかけられたアンティーク調の時計の針が定刻を指す。ちょうどそのとき、ドアがノックされた。


「入ります」


 ドアが開いた。最初に入ってきた職員の後に続き、ついに羽佐間理知さんが姿を見せた。


「こんにちは!」


 みんな立ち上がってご挨拶申し上げた。学校の始業式で理事長がお話をされる前の挨拶よりも深い角度でお辞儀して。理知さんもご丁寧に頭を下げられた。


「みなさま、今日はお忙しい中春の大祭に足を運んで頂き、ありがとうございます、どうぞおかけになってください」


 まず理知さんが一人がけのソファーに座ってから、私たちも一斉に座った。座り心地はやっぱり柔らかくて気持ちいい。


「本日は少年少女会の企画で、理知さんが各教区の少年少女会会員の代表と対談されるということでこの場を設けさせて頂きました。気軽に何でも語って欲しい、とのご意向ですので遠慮なくどうぞ」


 職員さんの説明の合間に、お父さんはデジタルカメラで写真を撮っていた。教団の広報紙に載せるためだ。多分、カチカチにこわばった私たちの顔が載って全国の信奉者さんたちに届くことになるだろう。


 対して理知さんは全身から気品が溢れていて、余裕の態度を取られている。確か私と一つか二つだけ年上なのに、物凄く大人びている。代々三元神さまを祀り、教祖光照さまの教えを広めてきた羽佐間家のご令嬢は、やはり私たちとは違う世界のお方だった。


 まずは自己紹介から始まった。教区と所属教会と名前だけでいいと言われたので私はその通りに簡潔に伝えたけれど、不意に理知さんが、


「その制服、星花女子学園のですか?」


 不意に質問してきて、胸がドキッとなった。


「はっ、はいっ、そうです。中等部に通っていますっ」


 声がめっちゃ震えてるのが自分でもわかる。


「天寿が運営している学校ですよね。今年mizeri(ミゼリ)korude(コルデ)のゆりりんが入学したという」


 気軽にゆりりんという美滝百合葉先輩のあだ名が口から出てきたから、また別の意味で驚いた。


「ご、ご存知なのですか?」

「私も実はファンでしてね。ゆりりん絡みのことであれば何でも把握していますよ」


 まさか理知さんにアイドルのご趣味があられたなんて。俗なことに一切興味を持っていないという先入観があったけれど、見事に打ち砕かれた。


 私とのやり取りがきっかけで緊張が緩んだのか、他のみんなも舌が回るようになっていき、自己紹介が終わると自然な流れで語らい合いが始まった。


 だけど、みんな肩肘張らず理知さんとおしゃべりしているものの、話題はどうしても信仰絡みのことばかりになってしまう。私にはどうしてもひとつ聞きたいことがあるのに、どのタイミングで切り出したら良いのかわからない。すると、


「少々お固い話が続いていますね。もっと砕けた話をしましょうか?」


 ありがたいことに、理知さんから振ってきた。よし、今だ。


「はい。それではお伺いしたいことがあります」

「何でしょう、阿比野さん」

「理知さんは、誰かにに恋をしたことはおありですか?」


 みんなが一斉に、目をひん剥いて私の方を見てきた。傍で聞いていたお父さんに至っては「明ッ!」と声を荒げた。でも理知さんはクスッと笑みを浮かべて、


「恋バナですか? 良いですね」


そう言ってお父さんに目配せすると、お父さんは黙りこんでしまった。やはり凄いお人だ。


「阿比野さん、質問を質問で返して悪いのですが、あなたの方は恋をした経験はおありですか?」

「いえ、ありません。恋バナと言っても好きなタイプの人をお聞きしたいのではなくて、その、人生相談のようなものなのですが」

「相談ですか?」

「はい。実は私の周りに次々と恋人ができた子が出まして。普通なら好きな人ができたらいいな、恋人が欲しいなと願ったり焦ったりすると思うんですけど、私にはそういった感情が起きてこないんです。それがどうしてなのかわからなくて」

「なるほど」


 ほんの少し間が空いて、理知さんは言った。


「そもそも好きな人が欲しいという感情は、どうして起きるとお思いでしょうか?」


 簡単なように見えて、難しい質問が飛んできた。そんなこと全く考えたこともなかったし。私が答えあぐねていると、理知さんはみなさんも考えてみてください、と周りを巻き込んだ。真っ先に手を上げたのは北海道教区から来た子だった。


「安心感を得るためだと思います」

「そうですね。好きな人が側にいてくれる程、安心できるものはないでしょう。他には?」


 続けて中国教区の子が、


「みんなに自慢したい、からでしょうか?」

「なるほど。それも一つの理由ですね。他には?」


 九州教区の子が手を上げたが、その顔は赤かった。


「まあその、何て言ったらいいのかわかりませんけど、き、キスしてみたいとか……」


 そう答えたものだから、私や他の少年少女会員たちは笑ってしまった。だけど理知さんは私たちをたしなめるかのように、パンッ、と両の手を合わせた。


「これもまた、立派な理由の一つですね。さて、いろいろ意見が出ましたが、自分の欲望を満たすためという点では共通しています。そこでもう一度、阿比野さんにお尋ねします。あなたには欲望がありますか?」

「はい。人並みにはあるつもりですけど……」


 商店街の友達ともっと遊びたいし、部活では野々先輩のように立ち回りたい。男性アイドルグループA-10のライブにも行きたい。いろんな欲望が思いつくのだけれど。


「なのに好きな人が欲しい、という欲望が沸き起こらないわけですね」

「はい。恋愛感情だけ欠落したみたいで」

「それはどうでしょう。もしかしたら、気づいてないだけかもしれませんよ」

「気づいて、ない?」

「ええ。私たち信奉者は神様の存在を感じ取り、日々神様に生かされていることに感謝していますが、大多数の人たちはそんなことを意識していません。それと同じことではないでしょうか」


 つまりは、こうおっしゃりたいらしい。すでに私には好きな人がいるのに意識できていない、と。


「どこに私の好きな人がいるのですか?」

「それに気づいたときから、あなたの恋が始まるのです」


 理知さんは続ける。


「ところで阿比野さん、大通りにある『栗田屋』はご存知ですよね?」


 急に話がコロッと変わった。栗田屋というのは私がさっき写真を撮ったところの近くにある団子屋さんで、信奉者さんの間では知らない人はいない店だ。


「実は先週、看板を新調したんですよ。そのことはご存知でしたか?」

「いいえ、そこまでは知りませんでした」

「普段から気に留めていなかったらそうでしょう。ですが今言われてみて、今度帰る際に見てみようって気になりませんか?」

「そうですね、見てみます」

「という感じで、意識してみればあなたの好きな人はきっと見つかりますよ」


 あ、そういうことか!


 私は昨日の電車でのトラブルを思い出した。人身事故で電車が止まった折に車窓から見えた「881 logistics」しか書かれていない看板。何度か見たことがある謎の看板だったけれど、じっくり見ているうちにますます謎が深まっていった。後でスマートフォンで検索したら運送業の名前で、881は「早い」の語呂合わせだと知ってなるほどなあ、と感心したものだった。意識していなければ調べようという気にまではならなかったことである。


 こんな風に普段何気ない生活でも、意識せず見逃している何かがたくさんある。その中の一つが恋愛であってもおかしくはないのだ。


「ありがとうございました!」


 私は丁寧に頭を下げ、感謝した。


「どういたしまして。あ、そう言えばあなたの最初の質問に答えていませんでしたね」


 理知さんに不躾な聞き方をしてしまったことを今更ながら恥ずかしく思う。


「私の恋の相手は神様です」


 それで、私とのやり取りはおしまいとなった。


 *


 明くる日、私は三元市を後にした。帰りの臨時列車の中でも昨日の対談についてお兄ちゃんが意地悪く、何度も話をしてくるもんだから相手するのに困っていた。


「みんな教祖さまの御教(みおし)えについて聞いてたのに、恋愛の話をしたの明だけだったもんな」

「もー、しつこいよ!」


 対談の後、結局お父さんに怒られてしまった上、一緒にいた少年少女会の子が噂を流したせいで周りから驚き呆れられたりからかわれたりした。


 それでも良いんだ。欲しかった答えを見つけられたから。


 メッセージアプリの通知音が鳴る。冴島える先輩からだった。この人は二日前から私に頻繁にメッセージを送ってくる。今回送られてきたのは、可愛らしい赤ちゃんの寝顔だった。結婚したばかりの、先輩の母方のいとこの子どもと言うけど、昨日の晩も可愛い姿を送ってきたものだからニヤニヤしてしまった。私は目をハートマークにしているネコのキャラクターのスタンプを送信した。


 今までだったら、何気ないやり取りで終わっていたかもしれない。だけど今は特別な感情を持って、送信ボタンを押している。


 私は恋愛に対して淡白になっていたのではなかった。いつの間にか好きな相手が身近にいて、そのことに気づかなかっただけだったのだ。


 明日は学校でえる先輩と会う。お土産のおせんべい気に入ってくれるかな。赤ちゃんの話を聞かせてくれるのかな。そんなことを考えていると、頬に熱を帯びて胸がときめいてしまう。


 阿比野明は、十四歳にして恋が芽生えた。

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