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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第三章 自覚
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14. 冴島える、打ち明ける

 どうも、そういうことらしい。


 最近ずっと、明ちゃんのことばかり考えている。いや、考えようとしなくても頭の中で明ちゃんが勝手に現れてくる。そしてそのたびに胸がキュッとなる。


 私なんかが、人に恋することなんて絶対無いと思っていたのに……。


 今日も明ちゃんに感情を悟られまいと必死に冷静を装っていた。もともと感情が表に出ない性格だけど、何かのきっかけでうっかり暴露してしまったらどうしようかと恐怖心に近い感情を抱いていた。


 明日から三連休でしばらく会えない。会えなかったら会えなかったで苦しい。私の心は明ちゃんにかき乱されていた。


 これが恋の病、というものなんだな。医者でも草津の湯でも治せないという。


 誰かに相談できるはずもない。私みたいな人間が、しかも同性相手に恋をした。そんなの聞いたら誰だって私を気持ち悪がるに決まっている。例え女子どうしの恋愛に理解のある星花の生徒であろうと。


 私は布団の中、枕にしがみつくようにして目を閉じた。すぐに明ちゃんの無邪気な笑顔がまぶたの裏に浮かんできた。


 だめだよ明ちゃん、そんな顔で見られたら私……。



――来なさい



「!?」


 謎の声がして、私は飛び起きた。


 窓の外から光が差し込んでいて、ハトの鳴き声がする。目覚まし時計を見たら、七時を回っていた。悶々として寝られないと思ったのに。


 だけど今の声は一体……私は寝起きの頭を必死に動かした。


「そうだ。確か、夢を……」


 内容は少ししか思い出せない。だけどそれで十分だ。私が見たのは明ちゃんの家、三元教空の宮教会の「神殿の間」だった。そこで私は聞いたのだ。おそらく、神様の声を。


『来なさい』


 と。


「そうか……神様なら……」


 恋の病を何とかしてくれるかもしれない。ひとつ、祈りに行ってみよう。


 私は立ち上がった。普段は寝起きが良くない私なのに、このときだけは体がやけに軽かった。


 *


 明ちゃんは今日から春の大祭という宗教行事で、教団本部がある三元市に行っている。朝早くから出かけると言っていたからもう誰もいないはずだ。


 明ちゃんによると「神殿の間」は二十四時間開けっ放しになっていて、誰でもいつでもお参りできるようになっているという。私が赴くと、やはり玄関は空いていて、静かでどこか温かみのある空間がそこにあった。


「神様、来ました……」


 私はつぶやいた。すると、居住スペースの方に続いているであろう戸がガラッと開いて、


「あっ、おはよう!」


 黒い紋付き袴を着た、ちょっと目つきがきつい女性が出てきたものだから、誰もいないと思っていた私は驚いて声が出そうになった。この人は多分……。


「おっ、おはようございます……明ちゃんのお母様ですか……?」

「そうだよー。冴島さんのことは娘からよく聞いてるよ。ようお参りです。さあさあ、上がって上がって」


 私は言われるがまま、「神殿の間」に上がった。


「娘は今日から祭事で本部に行ってるんで、明後日まで帰って来ないけどね」

「はい、それは聞いています……」

「それでも来てくれたんだ、ありがとう。娘も喜ぶよ」


 明ちゃんのお母さんはニッコリと笑った。ああ、この笑顔。明ちゃんそっくりだ。


「あっ、あのっ……実は……」

「どうしたの?」

「悩みがあるんです……それで、神様に『来なさい』と言われて……」


 いったい何をしゃべっているんだろう私は。顔が熱くなってきた。


「わかった。じゃあ、こっちで『御用』を聞いてあげよう」


 一部が出っ張っている箇所。「お詰所」と呼ばれる小部屋に、私は案内された。多分広さにして一畳ちょっとしか無い部屋で、机を挟んでお母さんと正対する。


「さて、御用は何ですか?」


 お母さんは「御用聞き」を始めた。あなたの娘さんが好きになってしまいました。そんなことは当然言えるはずもなく、私はこう伝えた。


「私、好きな子ができてしまいました……その子、女の子なんですけど……」

「あー、星花あるあるだねー」


 お母さんは砕けた口調で言う。


「ここで聞いたことは神様以外には話さないよ。続けて」

「は、はい……あの……」


 同性だからかもしれないけれど、妙な安心感がある。私は、思い切って心の内をさらけ出した。


「それで……私……身長だけ無駄に大きくて……ガリガリで……運動はできないし……性格は根暗だし……こんな人間が恋をして良いのかと思うと辛くて……それでもあの子のことは好きでしょうがなくて……」


 もうそれ以上言葉にはならなかった。目の奥がジンとしてきて感情が溢れ出そうになったとき、明ちゃんのお母さんは優しく言葉をかけてくれた。


「よく言ってくれたね」


 明ちゃんのような笑顔のままで、続けた。


「ありがとう。うちの娘を好きになってくれて」

「!!」


 心臓を見えない手に鷲掴みにされたような気分になった。違います、と否定しようとしても言葉が全然出てこない。


「当たり、だね? 神様が教えてくれた、って言いたいところだけど。単なる恋の相談ならわざわざあたしじゃなく娘としてるだろうからね」

「あ、あのっ……」


 ようやく声が出たところで、明ちゃんのお母さんは手で制した。その手を覆う羽織の袖をおもむろにめくると、腕の肌の一部が周りより赤くなっていた。それは火傷の痕のようだった。


「怪我をされたのですか……?」

「タトゥーを消した痕さ」

「た、タトゥー……?」

「そ。若い頃はちょっと、ね」


 腕が袖で隠された。


「ワル自慢するわけじゃないけど、あたしにもそういう時期があったんだよ。心も体も汚れきってどうしようもなくなって、死ぬことも考えた。そんなときに、何だか知らないけどフラッ、とこの教会に引き込まれるように入っていってね。そのとき今の旦那に御用聞きしてもらった。そしたら『落ち着くまで一緒に住みませんか』ってね」


 自分で言ったことに対して大きな声で笑ったけど、楽しそうだったから私もつられてちょっとだけ笑った。


「今の旦那にはとても世話になったよ。クソ真面目なのにどこか抜けてて、それでいて世話焼きで。そんな旦那が好きになったんだけど、同時にこんなあたしが人を好きになって良いのかって、冴島さんみたいな悩みを抱えこんだんだ。で、教会長先生、旦那の父親に御用聞きしてもらった。旦那のことは隠してね」


 全く自分と同じことをしている。となるとこの先はやはり。


「それでも、教会長先生に見抜かれたよ」

「同じですね……」


 違いは相手が異性か同性かという点でしかない。


「それで……何と言われたんですか……?」


 明ちゃんのお母さんは、姿勢を正した。


「『恋をするのに資格は一切ない。自ら動けばあとは神様が全ていいようにしてくれる』と」


 気の利いた名文ではないし、ありきたりなものだった。だからこそだろうか、胸にズシッと響くものがあった。


「私なんかが、人を好きになっていいのですか……?」

「うん、いいんだよ。あたしも吹っ切れたおかげで、旦那と結ばれて子どもも出来て、こうして教師になったんだ。たった一歩だけでいい。踏み出したら道は開けてくるさ」


 散らかった部屋が整理されていくように、私のかき乱された心が平穏に戻っていく感じがする。


「こうも言ってたよ。『わしは二人が恋仲になろうと賛成でも反対でもない。故に手助けも邪魔もせん。ただこれだけは胸に留め置くべし。仮に想いが成就せず心が傷むようなことがあろうとも、それは一人の人間として一人の人間を愛したという証なのである』と」

 

 また目の奥がジンとしてきたけど、さっきと全く違う感情がそうさせていた。


 まだ小学生の頃に、流星群を見たことを思い出す。スーッと糸を引くように落ちていく流れ星は綺麗だった。だけどそれ以上に雲ひとつ無い夜空でまたたく星々のきらびやかさに心奪われてしまい、涙が出るほどだった。


 私の今の心は、そのときとまったく同じになっている。


「あらららら」


 明ちゃんのお母さんは、ティッシュ箱を差し出してきた。私は目から感情を漏らしてしまっていたことに気づいた。


「まあ、御用聞きの場ではよくあることだから用意してるんだよ。使って」

「はい、ありがとうございます……」


 私はティッシュで目を拭った。


「長々と話したけど、要は行動を起こせってことさね。グイグイ押す必要はない、少しずつで良い。自分から寄り添って行ったら、あの娘はちゃんと応えてくれるよ。とりあえず、まずはケータイの連絡先の交換からだね」

「あ、それはもうしました……」

「なあんだ、もう動いてるじゃん! だったら行ける行ける。頑張って私の娘を落としなよ」


 全く宗教家とは思えないフランクな喋り方だった。だけど後ろ向きな私でさえ、そんな気にさせてくれる何かの力が言葉に宿っている。


 教会に来て、本当に良かった。


「あの、ろくなお礼も無しにすみませんが……話を聞いて頂き本当にありがとうございました……」

「あたしよりも、冴島さんを連れてきてくれた神様にお礼してあげて」


 明ちゃんのお母さんに促されて、私は一緒に祭壇に向かい、お祈りをした。それどころか帰る折には恐れ多いことに見送ってもらった。


 行きに心に背負っていた重い荷物はすっかり置いてきたから、帰りの足取りは羽が生えたように軽やかだった。まずは、もう遠くに行ってしまっているだろう明ちゃんに何でもいいからメッセージを送ろう。

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