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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第三章 自覚
13/22

12. 阿比野明、春の大祭に向かう

「歯ごたえがあるものが好きなんです……」

「だからレンコンとかゴボウとかいつも入ってるんですねー」


 お昼休み、私はいつものようにえる先輩と一緒に中庭でお弁当を広げていた。


「逆にブニブニしたものが嫌いで、特にトマトは全然ダメなんです……」

「あー、特にミニトマトだとブチッ、と噛み砕いたときの感触がダメな人いますよねー」


 会話のなかでさりげなく好きな食べ物と嫌いな食べ物を聞き出したけど、その理由はお土産を買う参考にするためだ。ということで、お土産はおせんべいとかクッキーとか、固いものにしよう。


「明ちゃん、明日は宗教の行事に行くんですよね……? ゴールデンウィークに入るけど宿は大丈夫ですか……?」

「ええ。本部周辺に信奉者専用の宿泊所があるので大丈夫です」

「それは良かったです……」

「先輩の方こそゴールデンウィークはどこか行かれますか?」

「はい。母方の祖母の家へ参ります……」

「どちらですか?」

「東京です……」

「おおっ、東京!」

「と言っても西の端の方の田舎ですよ……?」

「そう言っても実は空の宮より大きいんでしょう?」

「全然そんなことないですよ……山は多いし交通の便もそんなに良くない所ですし……」


 でも都会みたいにごちゃごちゃしてないから私は好きです、と先輩は言った。


「なるほどー。じゃあ自然に囲まれてリフレッシュ、ですね!」

「そういうことですね……」


 える先輩はかすかに笑みを浮かべた。


「道中、気をつけてくださいね……ゴールデンウィークはトラブルも多いですから……」

「はいっ、ありがとうございます! 先輩もご無事で!」


 翌日がますます楽しみになってきた。


 *


 本部への参拝日程は二泊三日。土曜に前泊して日曜日の大祭当日に本部参拝。後に教主さまの孫娘、羽佐間理知さんと対談。ついでにと言ったら何だけど、単身赴任中のお父さんとも会って、月曜日に帰る。大雑把な予定はこんな感じだ。


 土曜日、私とお兄ちゃんは朝早く家を出て、私鉄で空の宮中央駅へ向かった。そこで三元教専用の団体列車に乗り換え、主要駅で東海教区の信奉者さんを拾っていった後、三元駅へと直行する。


 滋賀県に差し掛かったあたりで、弁当が振る舞われた。この辺は景色がのどかで、本部にお参りするたびに何度も見てきてはいるけど全く飽きないし、それを見ながらいただくお弁当はより美味しく感じられる。


 後ろの席が若干騒がしいけど、その声はウチの教会に来てくれる信奉者さんたちのものだ。東海教区の他の教会の信奉者さんたちもいるからなかなか賑やかだ。もっとも、これでも昔よりは人数が減っているという。昔は東海教区だけで複数本の臨時列車が出ていたと聞くけど、想像がつかない。


「恵みにより日々生かされていることへの有難味を努々忘るるなかれ。ごちそうさまでした」


 お兄ちゃんと同時にお弁当を食べ終えて、食後詞を唱えた。そのとき、電車が不意にスピードを落としていき、とうとう止まってしまった。すぐに車内アナウンスが流れ出す。


『お知らせいたします。この先の駅で人身事故が発生したために、ただいま運転を見合わせています』


「ありゃりゃ」


 える先輩の言った通り、トラブルが出てしまった。


「人身事故か……大事に至らなきゃいいんだが」


 電車の遅れを気にする私に対して、お兄ちゃんは被害者を気遣う言葉がすっと出てきた。私はまだまだだな。


 ブーッブーッとバイブレーションの音がした。


「ちょっと外す」


 お兄ちゃんがスマートフォンを取り出して、車両から出ていった。


 窓の外は田畑が広がっていて、そのど真ん中には大きな広告看板が立てられている。書かれているのは「881 logistics」という文字のみ。全く謎だ。実はというと今までも同じ看板をいくつか目にしている。こうして止まっている状態でじっくり見ると、ますます謎が私の中で深まってくる。


 今度は私のスマートフォンが反応した。短い通知音とともに送られてきたのは、える先輩からのメッセージだった。向こうから送ってくるなんて初めてだ。


『こんにちは』

『旅はどうですか?』


 と、短いメッセージが連続して送られてきた。


 私のことを気にかけてくれているんだ。嬉しいなあ。指を動かして、即返信。


『まずいことになっています』

『事故で電車が止まっちゃいました』


 既読マークがついてほんの一瞬だった。


『ええっ』

『それは災難でしたね……』

『動きそうですか』


「この人、メッセージ打つのめっちゃ早いなあ……」


 などと感心しながらも、私は今の状況を伝えた。と言ってもこれだけしか伝えられなかったけれど。


『何とも言えません』


 すぐさま、アザラシを象ったキャラクターが白目を向いて、背景に縦線が何本も入っているスタンプが送られてきた。先輩、スタンプ使うようになったんだ。ちょっと顔がほころんだ。


 ちょっとだけ間が空いてから、またメッセージが届いた。


『無事たどり着けますように明ちゃんの神様にお祈りしておきます』

『お土産、楽しみに待ってます』


 さらに間髪入れずスタンプが送られてくる。さっきのアザラシのキャラクターが、サムズアップしているものだった。


 物静かなえる先輩がキャラクターと同じようなポーズをしているのを想像してしまい、失礼ながらちょっと吹いてしまった。


 私も劇画調の渋いオッサンがサムズアップしているスタンプを送り返した。部活仲間の間では結構ウケているものだ。先輩も笑ってくれるかな?


「冴島さんからメッセージかい?」

「わっ」


 いつの間にかお兄ちゃんが戻ってきていた。


「その驚きよう、当たりだな」

「何でわかったの……?」

「神様が教えてくれるんだよ」


 それはちょっと違うと思うけど、そういうことにしておこう。


 電車は半時間待たされた後に動き出して、現地には二時間以上遅れて到着した。

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