11. 阿比野明、自覚する
実家の教会では毎月25日に月次祭(※1)が催される。月に一度信奉者さんたちを集めて神様に祈りを捧げ、教師が講話をして神様の教えを説く祭事だ。
明日の25日は平日なのであいにく月次祭には出られないけれど、準備の手伝いはしなくちゃいけない。放課後、私は一旦家に帰ってからお供えのお神酒を買うために愛粕酒店に向かった。
「へいらっしゃい! おっ、アビーか」
元気よく迎えてくれたのは店の一人娘、愛粕茉胡里さんだ。二学年上の先輩にあたるけど、みのりさん同様に小さい頃から家族ぐるみでつきあいがある。
「茉胡里さん、今日は部活が無い日ですか?」
「おう。例の三本セットでいいんだな?」
「はい、明日月次祭なんで」
「あいよっ!」
一升瓶三本が立て続けにカウンターに置かれた。それぞれ「天の頂」「黒き大地」「水鏡」という銘柄、つまりは天と地と水、というわけだ。三本とも本来は愛粕酒店で扱ってない銘柄だけど、教会のお神酒用にといつも特別に取り寄せてくれている。
代金を支払うと、茉胡里さんは慣れた手つきで三本の酒瓶を紐でくくりつけた。
「三日前、部活で縁楼寺まで走ってきたんだ。そしたら縁日で屋台がいっぱい出ててさ、唐揚げつまんで一杯やりたい気分になっちまったよ」
「まさか、本当に飲んでないですよね?」
「ったりめーだろ。ケッタ(※2)でも飲酒運転になるんだぞ」
茉胡里さんは否定するけど、この人、前にこっそり飲酒したことがあるって自分から言っていたことがある。自転車に乗っていなくても未成年飲酒はダメだ。
茉胡里さんともうちょっと話をしていたかったけどあいにく準備が残っている。そういうわけでお暇しようとしたら、出入り口の戸が開いた。
「あっ、まこねぇ!」
入店してきたのはみのりさんだった。何だか慌てふためいてる様子で、私には目で挨拶しただけだった。
「みのり、どうした?」
「『六甲颪』置いてる?」
「おう、置いてるぜ」
「良かったー!」
茉胡里さんは「六甲颪」とラベルに書かれた酒を出してきて、みのりさんに手渡した。
「普段はビールしか仕入れてないのに、急にどうしたんだ?」
「今日、お父さんの料理のお師匠さんが店の様子を見に来るの。『六甲颪』はお師匠さんの好物のお酒だから接待用に」
「『六甲颪』はこの地方じゃ結構大きい酒店じゃないと扱ってねーマイナーな銘柄だぞ。運が良かったな、みのり」
「助かったー!」
みのりさんは破顔した。
茉胡里さんが一升瓶をカウンターに置いた。
「あいよ、こいつが『六甲颪』だ」
「ありがとー! じゃあお金を……あっ、財布忘れてきた……」
「後で払ってくれたらいい。とりあえず持って行きな」
「ごめん!」
みのりさんは合掌して『六甲颪』を受け取ると、早足で店から出ていった。
「ちょこちょこ動いて、かわいいヤツだな」
クスクス笑う茉胡里さん。頬にほんのり赤みがさしていた。この前の萩家先輩みたいに。
「顔赤いですけど、まこりさんのこと好きなんですか?」
私は冗談のつもりだった。だけど茉胡里さんは「ギクッ」としたような面持ちに急変して、
「どうしてわかったんだ……」
「え?」
逆に、茉胡里さんが私をからかっているのかと思った。
「マジで言ってます……?」
「マジだ。大マジだ」
茉胡里さんはみのりさんと昔からとても仲が良かった。それでもあからさまにイチャイチャベタベタしている様子はなかったから幼馴染どうしにして親友、といった印象だったけど。まさか恋していたなんて。
惚れた理由までは詳しくは教えてくれなかった。ただ、大きなきっかけがあった、としか言わなかった。
「み、みのりにはぜってー言うなよ! その、なんだ、下手したら今の間柄をブチ壊すかもしんねーから……」
「言いませんよ。ごめんなさい、人の心をほじくる真似をして」
「謝んなくていいよ。それより、アビーこそ好きな人はいないのか?」
「私ですか? 神様ですよ」
お前なあ、と茉胡里さんは苦笑いした。
実のところ人間の恋人はまだいいかな、という心境だった。萩家先輩と市川さんが恋人どうしになったときも、おめでたいと思いはすれど自分も、なんて気持ちが起きなかったし。でも夜ノ森響ちゃんに恋人ができたときは、結構本気で羨ましかった。相手は四つも年上の先輩だったから尚更のことだったのかもしれない。
私は思春期真っ盛りにも関わらず恋愛に対して淡白になっていることを、今さら自覚してしまった。
*
月次祭の準備は結構な肉体労働だ。「神殿の間」を掃除したり、祭壇に供えられた神饌を交換したり。遅めの夕飯を取ってお風呂に入った後は、もうあくびが出っぱなしになる程に眠たくなってしまった。
それでも学校の宿題にまだ手をつけていなくて、必死こいて机に向かって、ようやく全部片付けた後、机の上に頭を預けた。視線の先には男性アイドルグループA9の堂島アタル君のブロマイドが入れられた写真立てがある。
アタル君の魅力は影がある点だ。笑顔が少なくて自分で「メンバーただ一人の陰キャ」なんて言っちゃってるけど、かえって放っておけない、守ってあげたいという気持ちになってしまうのだ。
アタル君みたいなのが周りにいたらさすがに恋に落ちるのかなあ、なんて考えていたらコンコンとドアを叩く音がした。
「明、まだ起きてるか?」
お兄ちゃんの声だ。
「どうぞー」
ドアが開けられると、お兄ちゃんが部屋に入ってきた。
「明、神様が見ているぞ」
私は姿勢を正した。
「どしたの?」
「急だが、明にも春の大祭に行ってもらうことになった」
「えっ?」
春の大祭は西日本の三元市にある教団本部で開かれる大きな祭事の一つで、今年は28日の日曜日に開かれる。当初はお兄ちゃんが教会の代表として春の大祭に行く予定だった。
「その日、部活は大丈夫か?」
「うん、特に予定は無いから行けるけど……でも急だね」
「聞いて驚くなよ。少年少女会主催の理知さんとの対談会に、父さんの図らいで明にも出てもらうことになった」
「ええっ!? 本当に!?」
眠気が一気に消え失せてしまった。だって、現教主さまの孫娘、羽佐間理知さんと面と向かってお話できるのだから。
理知さんはまだ高校二年生で、教師の資格も持っていないので一応はいち信奉者に過ぎない。だけど教祖さまの直系子孫という出自だから、少年少女会において大きな影響力を持っていた。会の代表である大人は、方針を決定するにもまず理知さんのご意向を伺うという。それぐらいの力がある人と面と向かって対談するのだ。
その場でひとつ、私は理知さんに思い切って尋ねてみようかと考えた。
今回初めてご登場頂いたゲストキャラです。
愛粕茉胡里(壊れ始めたラジオ様考案)
登場作品『君色を満たして』(登美司つかさ様作)
https://syosetu.org/novel/149016/
※1「月次祭」は「つきなめのまつり」「つきなめさい」「つきなみさい」といろんな読み方があるが三元教では「つきなみさい」と呼ぶ。
※2 空の宮のある地方の方言で自転車のこと。




