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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第三章 自覚
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10. 阿比野明、百合の花が咲くのを見る

 そしてまた土曜日がやって来た。この日、ボランティア部は「星川クリーン作戦」に参加することになっていたが、新入部員にとって初めての校外活動でもあった。


 星川の河川敷に集まったボランティア部は市役所職員の指示の下で、清掃活動に取り掛かった。町内会の役員、周辺住民、その他有志の団体と一緒に混じって、黙々とただひたすらゴミを拾う。新入部員たちは真面目にやってくれているようで、ひとまずは安心だ。


 しかし「星川」という綺麗な響きを持つ名前なのに、河川敷はそれに見合っているとは言えない。空き缶にペットボトルにお菓子の袋にタバコの吸殻その他もろもろ……いろんなゴミが捨てられている。何で自分を育くんでくれる大地を平気で汚せるのか、私にはわからない。


「いやっ!!」


 女の子の短くも大きい悲鳴が聞こえてきた。雑草が生い茂っているところからだった。


 一体何ごとかと駆けつけたら新入部員の萩家(はぎや)先輩が茂みの前で立ちすくんでいた。高等部から入学してまだ一ヶ月も経っていないのに星花女子三年目の私が先輩呼ばわりなのは少しおかしい気がするけれど、それはさておき先輩はなぜか顔が真っ赤になっている。


「どうしたんですか? ヘビでも出ましたか?」

「ヘビじゃないんだけど……」


 萩家先輩が下を指差す。見下ろすと、「おおうっ」と私までもが変な声が出てしまった。


 落ちていたのは、誰がどう見てもそれだとわかるぐらいの成人向けの漫画雑誌だった。何でこんなところに捨てるのか……。


「あ、アビーちゃん、どうしよう……」

「どうしようって、拾うに決まってますよ」


 私は火箸で本をつまみあげた。一応、軍手はしているけれど直接触るのは何だかイヤだった。


「あーっ、エロ本だエロ本!」


 私たちの間に割り込んできたのは、中等部二年部員の市川さん。彼女は本をひったくってページを開いた。


「ちょっと、読んじゃダメだよ!」

「えー、先輩たちもこういうの興味あるっしょ? ほらこれ凄いですよこれ! 激しいプロレスごっこしてますよ!」


 市川さんが本の中身を見せつけてきたので、私は顔を背けて、萩家先輩はさっきより大きな悲鳴を上げた。


 性的なことに興味を持つのは生き物としての性質。だけどゴミ拾いの途中で、周りが見ている場で堂々と性的な話をするなんて常識が無さ過ぎる。


「こらっ、いい加減にしなよ!」


 私は顔を横に向けたまま火箸で本を突き落として、すぐさま拾い上げて燃えるゴミ用のゴミ袋にブチ込んだ。


「アビー先輩、ノリ悪いですよー」

「いいから仕事しなさい、仕事!」

「へーい」


 市川さんは悪い子じゃないけれど、私のたった一個下なのに精神的に非常に幼いのが短所だ。


「全くしょうがない子だ。ねえ萩家せん……うわっ!」


 萩家先輩の鼻から、赤い一筋のものが垂れていた。先輩も違和感に気づいてか、鼻に手を触れてべっとりと付いたものを見た途端、


「な、何よこれぇぇぇぇ!!」


 目玉をひん剥いて絶叫し、そのまま失神してしまった。さながらCS放送で見たことがある、昔の刑事ドラマの殉職シーンのようだった。


 *


 月見屋食堂にて。


「先程はお騒がせして、本当に申し訳ありませんでした……」


 隣に座っている萩家先輩はすっかり縮こまってしまっていた。幸い大事にはならなかったものの、針のむしろに座らされている気分に違いない。いかがわしい本を見て鼻血を出して失神するなんて、もし私も同じ目にあってたら先輩と同じく縮こまっていたことだろう。


「先輩が謝ることじゃないです。謝るのは市川さんの方ですよ」


 私は、テーブルを挟んで萩家先輩の向かい側に座っている市川さんに目を向けた。


「萩家先輩より年下でも、部活では市川さんの方が先輩なんだからそれらしい振る舞いをしてよね」

「う、まじですみませんでした……」


 さすがに堪えている様子だ。他の部員からも叱責されていたし、これ以上とやかく言うのはやめよう。


「アビーちゃん、お説教はここまでにしておきましょう」


 と、矢ノ原野々先輩もおっしゃっていることだし。


「さあ、今から新入部員歓迎会の始まりですよ。今日は凄いお料理が出ますから、楽しみにしでくださいね」


 野々先輩のお言葉の後、激しい空腹感が襲ってきた。ひと仕事した後だから腹の減り具合がいつもより酷いことになっている。


 去年もだったが、私は野々先輩に新入部員歓迎会の幹事を任されていた。といっても選んだのは無難に星花女子の生徒の御用達である月見屋食堂だったが、みのりさんお力によって料理の値段をおまけしてくれて、それが超倹約家の野々先輩を喜ばせることとなった。だから今回も私にご指名がかかったのだった。


「お待たせしましたー!」


 うおお、と私たちはうめき声を上げた。みのりさんが右肩に、塔のごとく高く積み上げられた弁当箱を乗せてやってきたからだ。落とさないかとヒヤヒヤして見ていたものの、みのりさんは難なく弁当箱の塔をテーブルに置き、各人に配っていった。


 私が注文したのは「もりもり弁当」というメニューだ。中身は大盛りのご飯とトンカツにエビフライに刺し身、サラダの盛り合わせに煮物に香の物と盛りだくさんで、それとは別に汁物もついている。さらに食後にはデザートも出てくるので、一気に満腹になること必至だ。


 汁物のお椀に続いてソフトドリンクが配られて、各自注文したドリンクが行き渡ったのを確認してから、私は乾杯の音頭を野々先輩に取ってもらい、歓迎会をスタートさせた。


「うわあ、美味しい!」

「味も量もすごいよねー」

「一働きした後だからなおさら美味しいよ」


 みんな感嘆の声を上げながら弁当に手をつける。最初はどこか遠慮がちだった新入部員たちも歓談の話に入っていき、席はにぎやかになっていった。でも先週のソフトボール部のようにバカ騒ぎまではしなかった。当たり前のことだけど。


 萩家先輩はというとついさっき鼻血で倒れたとは思えないぐらい、箸を動かしまくっている。主人公が「血が足りねえ」と言ってどか食いするシーンがある、何度もテレビで見たことがある某大人気アニメ映画のシーンが頭によぎった。


「星花女子の周りは美味しい店がたくさんあるって聞いてたけど本当ね」

「でしょ? 値段も安いから星花以外の学生もよく訪れるんです」

「食べる場所に困らないのって良いよねー。学食や寮の食事も良いし、星花に進んで正解だったと思うわ」


 それを聞いて、私も自分のことのように嬉しくなった。


「ねーねー萩家先輩、()()はいるんスか?」


 急に市川さんが小指を立てて聞いてきた。


「い、いえ、まだいないけど……」

「市川さん」


 萩家先輩はあからさまに困った反応を見せたから、私はたしなめた。だけど市川さんは「恋バナぐらいみんなするじゃないですかあ」と反発して、話を続ける。


「私もまだいないんですよー。萩家先輩はどんな男性がタイプですか?」

「どんなって言われても……」

「じゃあ、女性は?」

「じょ、女性!?」

「知ってるでしょー? 星花女子がどんな学校かって」


 我が星花女子学園は生徒どうしでカップルを作っているのが少なからずいる。それを見た外部生、とりわけ共学校から来た生徒は少なからずカルチャーショックを受けるという。どうやら萩家先輩もその一人のようだった。


「うー……」

「逆に聞いてあげるけど、市川さんは誰がタイプなの?」


 私は見かねて、先輩を援護した。


「私? アビー先輩ですよ」

「なっ!?」


 ついお箸を落としそうになってしまった。


「あはははっ、ウソに決まってんでしょ! 今のアビー先輩の顔めっちゃ面白かった!」

「……市川さん、良いものあげるから手を出して」

「おっ?」


 何の疑いもなく片手を差し出してきた市川さん。



――神様ごめんなさい。



 私は市川さんの手首めがけて、「しっぺ」を繰り出した。


「うぎゃっ!」


 ヘラヘラ顔が一瞬で歪む。


「ちょ、ちょっと! 宗教家の娘が暴力振るって良いんですか! 神様に怒られますよ!」

「ちゃんとごめんなさいしたから良いの」

「ええーっ!?」



――己の子に鞭で打って育てた子は、己の孫を鞭で打って育てるようになるぞ。

(出典:『三元教教祖光照様御言葉集』その94)



 でも市川さんのようにすぐ調子に乗るタイプは、ごくたまにきつい鞭をくれてやらなかったらちゃんと育たないと私は思うのだ。


 歓迎会自体はつつがなく終わった。


 *


「私たち、つき合うことにしましたー!」


 市川さんから告げられたとき、私は口をあんぐりと開けたままになってしまいどう返していいのかわからなかった。


 市川さんは、萩家先輩の腕にぎゅっとしがみついていた。


「……萩家先輩、市川さんとグルになってからかってないですよね?」

「本当なの。この前の歓迎会の帰りに、市川さんから告白されて……」

「実は私、萩家先輩みたいにウブなのがタイプだったんですよー」


 市川さんはニシシと笑った。あのとき私のことがタイプと言ったのはからかっていたんじゃなくて、ごまかしていたのだと悟った。


「市川さんに『好き』っていきなり告白されたときはびっくりしたけど、そのときの真剣な顔つきにドキッときて、クラッときて……」

「要するに『落ちた』んですね……」


 萩家先輩は顔を赤らめて、うなづいた。


「何はともあれ、おめでとうございます」

「アビー先輩、新入部員と後輩に先を越されたからってがっかりしないでくださいよ?」

「別にがっかりしてないし」


 またまたー、と市川さんはしつこく冷やかしてくる。


 だけど私は本当に、なぜかがっかりしたとか、羨ましいとかいった悪い感情が一切湧いてこなかったのだ。強いて挙げれば、おとなしい萩家先輩とちゃらけた市川さんがこの先上手くやっていけるか少々不安感はあった。


 何にせよ、入学一ヶ月弱で恋人ができた萩家先輩の幸せと、市川さんが恋人ができたのをきっかけに部活に今までより真面目に打ち込んでくれることを神様に願うばかりだ。

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