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明星は漆黒の宇宙に冴える  作者: 藤田大腸
第三章 自覚
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09. 冴島える、阿比野明といろいろ交換しあう

 休み明けの月曜日、お昼休み前の四時間目の化学基礎の授業はなかなか堪えるものがある。


 理科系の科目ほど服飾科にとってつまらない授業はないと思う。就職希望者はもちろん、進学希望者も受験科目で使うことはまずないし。


 だけど今日はまた別の意味で、授業に全く集中できなかった。まだ明ちゃんの暖かい感触が生々しく残っていたからだ。


 後ろから来た自転車にぶつかりそうになって、とっさに歩道の端に押しやったのだけれど、もう少しスマートに避けられなかったものか。何で抱きしめるようなことをしちゃったんだろう。明ちゃんに気持ち悪いと思われたかもしれない……。


「服飾も化学とは縁があるからな。しっかり勉強するんだぞー」


 ようやく授業が終わると、理科教師はいつもの言葉を残して、教室から出ていった。途端にクラス中がどっと騒がしくなる。


「ケッ、元素の周期表が服飾の何の役に立つんだよ……」


 隣の席の各務凉(かがみすず)さんが毒づいた。私が言える立場じゃないけど、とっつきにくくて苦手なクラスメートの一人だ。だけど各務さんは今日に限って私に絡んできた。


「なあ、冴島もそう思うだろ?」

「あ、えーと……そうですね……」

「ベリリウムとか何だよ。あれ服作るのに必要だと思うか? なあ?」


 自分の意見に同意しろとばかりに迫ってくる各務さん。相槌を打っていてもなかなか止めてくれない。すると意外な人が助け舟を出してくれた。


「こーら凉ちゃん、仔猫ちゃんをいじめちゃだめだろ」


 獅子倉茉莉花(ししくらまりか)さん。いわゆる「女子校の王子様」的な雰囲気を漂わせている学年の人気者で、私みたいな根暗が会話できる立場じゃない子だ。


「いじめてなんかねえよ。覚えなくてもいいことを勉強させられる身に同情してもらいたかっただけだっての」

「果たしてそうかな? ぼくたち服飾科はただ服を作りゃ良いってもんじゃない。服の素材や服を洗う洗剤の知識がいるし、その土台として化学の知識が必要になってくるだろう?」

「そんだけエラソーなこと言うならテストしてやる。水素からカルシウムまでの元素を全部言ってみろよ」

「いいとも。『水兵リーベぼくの船』だから水素ヘリウムリチウムベリリウムでB……Bは……ボーイッシュだ!」

「ばかやろー」


 各務さんが苦笑いして茉莉花さんを小突いた。ぼくっ娘二人の漫才めいた会話の傍らで私は置いてけぼりになっていたけど、獅子倉さんが唐突に私に満面の王子様スマイルを向けてきた。


「放ったらかしてごめんね仔猫ちゃん。凉ちゃんに代わってぼくからのお詫びとして、今度一緒にランチでもどうかな?」

「え、えっ……?」


 いままでお誘いなんか受けたことが無かったのに、何でいきなり?


「おい冴島、こいつの誘いに乗るなよ。絶対裏があるぞ」

「ははっ、何を言ってるんだ。ぼくは純粋にこの仔猫ちゃんとランチしたいだけさ」

「相方にバレても知らねーからな」


 相方……そう言えば獅子倉さんにはお相手がいたっけ。


 どっちにしても、私なんかと食べても面白くないだろうし、適当に理由をつけて断ろうとしたら、


「こんにちはー! 失礼しまーす!」


 後ろのドアから聞き覚えのある声が。


「あっ、明ちゃん……?」


 明ちゃんがズンズンと教室の中に入ってきて、弁当の包みを掲げた。


「える先輩! 一緒にご飯食べませんか?」


 ええっ、わざわざここまでやって来くるなんて……各務さんと獅子倉さんはキョトンとして明ちゃんを見ている。でも獅子倉さんは満面の王子様スマイルに戻り、


「君。そのリボンの校章の色、中等部三年生の子だね?」

「あっ、はい。える先輩と知り合いでして」

「そうかそうか。しかし君もなかなか可愛いなー」

「えっ、ありがとうございまーす!」

「素直な仔猫ちゃんだなあ。気に入ったよ。今度一緒にぼくとランチしないたたたッ!!」

「茉莉花、いい加減にしろよ」


 各務さんが獅子倉さんのお尻をつねった。さっき小突いたときとは違って若干本気だった。


「そういうわけなので、私はこの子と一緒させてもらいます……」


 獅子倉さんへのお誘いへの返事はうやむやにすることにした。それを見通してか各務さんは、


「こいつのことは気にすんな。いってらー」


 お尻をさする獅子倉さんに代わり、手をひらひらと振った。各務さんはもしかしたら根は良い人なのかもしれない。


 *


 今まで教室で一人で食べることが多かったから、誰かと一緒に食べるなんて新鮮な気持ちだ。


 中庭には複数のベンチが備え付けられているけれど、どこも二、三人連れで埋まっている。特に向かい側のベンチに座っている二人は距離が近くて、そういう仲なんだなというのがはっきりと見て取れた。


「じゃあ、食べましょうか!」


 明ちゃんが手を合わせて、何やらブツブツと唱えてから「いただきます!」と挨拶した。


「うちの宗教の食前のお祈りです」


 普段は黙って食べ始めるけれど、信心深い明ちゃんの手前、私も「いただきます」と挨拶してから弁当に手をつけた。


 おかずは定番の卵焼きと、鶏肉が入った根菜の煮物と大豆と柴漬け。明ちゃんの弁当の中身をちらっと見たら、トンカツとエビフライが入ってた。私の弁当、貧相だと思われないかな。


「先輩の煮物、美味しそうですね!」

「そ、そうですか……?」

「私も煮物が好きなんです。お供え物として信奉者さんから野菜を頂くことがあるんですけど、そのお下がりで作った煮物が美味しいんですよ!」


 心底、楽しそうに話す明ちゃん。物を食べているときに、私のそばに笑顔の人がいる。そんな光景はいつ以来だろうか。


 何か気の利いた言葉で会話を繋げなければと思うものの、私は残念ながら会話のキャッチボールが全く上手くない。それなら。


「よかったら一口、どうぞ……」


 私は食べ物の力にすがることにした。


「えっ、良いんですか!?」

「ええ……」

「それじゃ、お言葉に甘えまして」


 明ちゃんはレンコンを取って、口にした。


「んっ、お出汁が効いてますね! 美味しいです!」

「ありがとうございます……」

「じゃあ、代わりにトンカツかエビフライのどっちか一切れを持っていってください」

「ええっ、レンコンなんかと釣り合わないですよ……」

「いえいえ、遠慮しなくて結構です! さあどうぞどうぞ!」

「で、では……」


 私はトンカツの方を選んだ。冷めていたのに、一口食べるとサクッとした衣の歯ごたえがあった。


「美味しい……」

「わー、ありがとうございます!」


 何て無邪気な喜びようだろう。私は明ちゃんの顔を直視できず、真正面を向いた。向かいのベンチに座っている二人も、お互いのお弁当の卵焼きを交換している。そのやり方はお互いお口あーんして食べさせてもらうもので、恋人どうしならではのものだった。


 そのやり取りを見た途端、こちらも恥ずかしくなってきた。あーんまではしていないとはいえ、おかずの交換はもう少し仲良くなってからの方が良かったかもしれない。


「あの、える先輩」


 私は我に返った。


「何でしょう……?」

「良かったらおかずだけじゃなく、連絡先も交換しませんか?」

「わ、私と……?」


 明ちゃんはうなずいた。


 断る理由なんかない。私は弁当を傍らに置いてスマートフォンを取り出した。明ちゃんのスマートフォンからQRコードを読み取って登録完了。


「じゃ、早速……」


 明ちゃんはいきなりメッセージを送りつけてきた。それは「よろしく~」と可愛らしいキャラクターが手を振っているイラストのスタンプだった。


「あ、あの……」


 直接言おうかと思ったけれど、私はメッセージで送り返した。普段はメッセージアプリを使うことはほとんどない。お父さんとお母さん、それに一応は天文部員の人たちの分を登録しているけど、年に数回事務的な連絡をするぐらいしか使わない。私的なことに使うのは、これが初めてだった。


『こちらもよろしくお願いします』


 何せスタンプを使ったことがないので文章でしか返せなかったけど、明ちゃんはまた、無邪気な笑顔を向けてくれたのだった。




 * * *




 トンカツと引き替えにしてえる先輩に思い切って連絡先交換を申し出たら、応じてくれた。ひとまずミッション・コンプリートと言ったところかな。お互いの距離を急に詰めすぎることにならないか、正直躊躇していたところはあったけれど、言ってみるもんだな。


 それにしても先輩のレンコン、本当に美味しかったなあ……。


「アビーちゃん?」

「は、はいっ!?」


 矢ノ原野々先輩に声をかけられて、意識が現実に引き戻された。


「ニヤニヤしてますけど、何か良いことでもありましたか?」

「はい。新しくできた友達と連絡先を交換したので」

「あら、そうですか」


 野々先輩はそれ以上聞いてこなかった。ちなみに連絡先といえばこのお方、超がつく程の倹約家なのでいまだにスマホを持っていないらしく、緊急の連絡の際は直接会いに行って伝えなければならない。仮にこっそり持っていたとしても料金がもったいないという理由で、通話とメールしかできない一番安い料金プランを選択しているに違いない。


「よしっ、作業終了!」


 私は段ボール箱を組み終えた。この中には生徒や教職員から集められた古着が入っていて、発展途上国を支援するNGOに送られる。そこから直接恵まれない人たちに寄付したり、古着屋やリサイクル業者に売ってその利益でワクチンを送ったりする。


 今月分は結構集まった。特に野々先輩がいる高等部一年三組は全員が古着を持ってきてくれた。何でも野々先輩はクラスメートの美滝百合葉先輩を通じて古着を持ってくるように呼びかけたのだという。アイドルパワーを利用する野々先輩はさすがボランティア部いちのやり手といったところだ。


 運送業者が引き取りに来るまでしばし休憩していたら、メッセージの着信音がした。える先輩かなと思ったら響ちゃんだった。


『アビーの好きそうな本を仕入れたからウチに来てよ』


 添付された画像には『元ワルの教導者たち』という本が写っている。極道や暴走族だった人が改心して神や仏の教えの道に入るケースは多く、中には教えを伝える側になる人もいるという。その人たちを追ったルポらしい。なかなか面白そうだ。

 

『りょーかい』


 と、私は返信した。


 初めてスマホを買ってもらったとき、最初に連絡先を交換した相手は響ちゃんだった。あのときも嬉しかったけど、える先輩相手と交換しあったときの方が若干嬉しさの度合いが高い気がした。響ちゃんには申し訳ないけれど。


 そう思うのは何でだろうな。


 今朝、える先輩と偶然とはいえハグしてしまったときの感触がにわかに蘇ってきた。

今回初めてご登場頂いたゲストキャラは服飾科所属のボクっ娘二人です。


獅子倉茉莉花(黒鹿月木綿稀様考案)

登場作品『百合色横恋慕』(芝井流歌様作)

https://ncode.syosetu.com/n0241ep/


各務凉(黒鹿月木綿稀様考案)

登場作品『夢見る風の凉けさよ。』(黒鹿月木綿稀様作)

https://ncode.syosetu.com/n9695ff/

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