01. 阿比野明、中等部三年生初めの日を迎える
藤田大腸です。今回も星花女子プロジェクトに参加させて頂きました。よろしくお願い致します!
真ん中の祭壇に向かって座礼で三度拝礼した後、パンパンパン、パンパンパン、パンパンパンと三拍手を三セット、計九拍手行ってからもう一度拝礼。このとき、私はまずお礼の言葉が心の中から衝いて出てきた。
――無事病気や怪我もなく三年生に上がれたことに感謝いたします。
それからお願い事。
――今度こそ響ちゃんと同じクラスになれますように。
よし!
身を起こして再び九拍手、一礼。
次は教祖さまをお祀りする右側の祭壇に、最後にご先祖様をお祀りする左側の祭壇に向かって、同じく三礼九拍手一礼九拍手一礼。合計五十四回も拍手を打ったことになるけれどこれを毎日朝と夜に行っているから、一日最低でも百八回拍手を打つ計算になる。奇しくも人間の煩悩の数と同じだ。
これにはちゃんとした理由がある。私の信仰している宗教、三元教のご祭神は天之元神、地之元神、水之元神の三元神と称される三柱の神様たちで、一柱に対して三度拍手を打っているのだ。元々は神社神道のよう二拍手だったらしいけど、三元教では「三」が縁起の良い数字とされているから、三拍手に改められたと聞いている。
と、そんな話はさておき、今日は中等部三年生を迎えて最初の日。気分を新たにするため、下着は新品を下ろした。
「パワー満点! 気力充実! 阿比野明、行って参ります!」
通学カバンを肩にかけて立ち上がり「神殿の間」から出ると、おじいちゃん、お母さん、お兄ちゃんにも行ってきますの挨拶をして、家を出た。
私の実家、三元教空の宮教会は商店街の東口のところにある。開店の準備をしている人たちに一人ずつ「おはようございます!」と挨拶を交わしながら商店街を抜けてすぐのところに、阿弥陀堂がある。私はそこに立ち寄って手を合わせ「南無阿弥陀仏」と拝んだ。
さらに歩くと閑静な住宅街に入る。道なりに進めば学校はすぐだけど、私は遠回りした。その先に小さな神社、空の宮市で一番大きな神社、野宮神社の分社があるからだ。私は二礼二拍手一礼の神社神道の作法に則ってご挨拶申し上げた。
三元教の信仰の中心は三元神様だけれど、教祖様は「ありとあらゆる神仏を敬え」と教えてくださった。なので他宗教の神様や仏様を拝んでも罰が当たることはない。そもそも三元神様は罰を当てることは決してしない超慈悲深い神様たちなのだ。
星花女子学園に着いた。桜はすでに散っちゃっているものの、晴れやかな雰囲気に包まれている。中等部校舎に入ると掲示板の前で生徒たちがごった返していた。みんなお待ちかねのクラス発表だ。
「えーと、私は……あった! またまた三組だ!」
入学してから「三」年連続で「三」組。なんと縁起がいいことか。
しかもしかも。三年三組のリストの一番下、最後の出席番号には夜ノ森響の名前が! これには私も両手を上げてガッツポーズ。
「やったぜ!」
「ついに三年目にして同じクラスになったわね」
振り返ったら銀髪ツインテールの小柄な子、まさしく夜ノ森響ちゃん本人がいた。この子は商店街の本屋を実家としている同級生で、家が近いものどうし仲が良かった。私の日課である神仏参拝につきあわせるのは何なので一緒に通学はしていないけれど。
ちなみにこの子、星花に入ってすぐの頃に高等部の先輩と恋仲になり、先輩が卒業した後も仲が続いている超リア充でもある。畜生うらやま……いえ冗談ですごめんなさい神様。
「春休みじゅうずっと響ちゃんと一緒のクラスになれるようお祈りした甲斐があったよ!」
「そ、そこまでされたらさすがにちょっと……ま、一年間よろしくね」
「よろしく!」
私たちはハイタッチを交わした。
阿比野明、中等部三年生最初の日。上々の滑り出しだ。
*
始業式を終えてクラス委員を決めて、午前中で学校は終わり。私は、午後から所属しているボランティア部の会合があるので教室で昼食を取ることにしたが、お弁当を広げていたら、去年も三組のクラスメートだった西山小春ちゃんが私をあだ名で呼んできた。
「ねえアビーちゃん、知ってるー?」
「何を?」
「天文部の八尺様の話」
「ああっ、聞いたことがある!」
私ではなく、近くにいた響ちゃんが声を震わせた。
「はっしゃくさま、って何?」
「知らないの!? 身長が八尺、つまり240cmもある大女の妖怪! 最近天文部の部室に出るって噂が流れてるの!」
響ちゃんはオカルトが苦手な子だが、おそるおそる説明してくれた。八尺様というのは匿名掲示板でその存在が知れ渡った妖怪で、若い子に取り憑いて殺すと言われているらしい。とある村に封印されていたものの何かの拍子で封印が解かれてしまい、今は日本のどこかをさまよっているとかいないとか……。
「ふーん」
「いや、ふーんて……」
「ええー、そんな冷めた反応しなくてもー……」
小春ちゃんは眉毛をハの字にした。だって面白くなかったもん。
「アビーさあ、前から思ってたけどアンタお家が宗教やってるのにオカルトチックな話題に対してはすっごく冷淡な反応ばっかするよね……」
「私だけじゃないよ。三元教を信仰している人たちはオカルトの類なんか一切信じてないの」
――化物の正体見たり枯尾花、と言うであろう。化物は人の心が作り出したものぞ。神を信じる者は化物を作らず、化物に惑わされず。
(出典:『三元教教祖光照様御言葉集』その245)
「……と、教祖様も仰っているのですよん」
「アビーちゃんって本当に信仰深いよねぇ」
「ま、言葉は悪いけど小さい頃から洗脳されて育ったようなもんだしねー」
私は弁当のフタを開けた。おー、唐揚げがいつもは二個なのに三個入ってる。お母さんありがとう。
「食物は天の恵み、地の恵み、水の恵み。今日またこの恵みを頂けることに感謝せん」
私は合掌して三元教の食前詞を唱えてから「頂きます!」と挨拶し、弁当に箸をつけた。
「響ちゃんも小春ちゃんも唐揚げを一個ずつどうぞ」
「え、食べちゃっていいの?」
「お母さんの唐揚げは美味しいんだよー」
「「じゃ、ありがたく頂きます!」」
響ちゃんと小春ちゃんも合掌した。
実際、唐揚げは私一人だけ食べるのはもったいない程に美味しいのだ。美味しい唐揚げを作ってくれるお母さんに感謝、感謝だ。
* * *
『生徒のみなさん、下校時刻になりました。校舎に残っている生徒たちは直ちに帰宅してください』
オルゴール音源の『夕焼け小焼け』をBGMに、下校を促すアナウンスがゆっくりと流れる。部活動等で残っていた、自宅からの通いの生徒はぞろぞろと正門から出ていき、寮暮らしの生徒は四棟の寮へと帰っていった。
そのタイミングを見計らい、一人の男が旧校舎へと入っていく。
男の正体は警備員である。いくら星花女子学園が乙女の園とはいえ、敷地内にいる者たちが全て女性というわけではない。もちろん生徒や女性教職員に対して良からぬことを企まぬよう、学園運営母体の天寿グループによる厳しいふるいをかけられた上で敷地内に足を踏み入れることを許されていた。
この警備員が旧校舎に入っていったのは、まだ生徒が中に残っていないか確かめるためであったが、その仕事は後回しにされた。
旧校舎はかつて高等部の校舎として使われていた三階建ての木造建築物であり、著名な建築家が設計に携わったこともあり空の宮市の重要文化財に指定されている。しかし老朽化が進んでいるため、三階部分は現在立ち入り禁止になっている。
とはいえ抜け道はあるもので、警備員は校舎脇の非常階段を使って三階に入った。いや、侵入したと言った方が正しいであろう。やましい目的があったからである。
警備員は懐から、タール28mgのショートピースを取り出して火をつけ、思い切り肺に紫煙を吸い込み、吐き出した。
「ぷはぁぁぁ……うめぇな!」
神聖なる学びの場で喫煙するというのは暴挙に等しい。だが根っからの喫煙者である警備員にはそうせざるを得ない事情があった。今年から星花女子学園は敷地内全面禁煙になり、警備員の詰め所からも喫煙スペースが撤去されてしまったのだ。
そこで目をつけたのは旧校舎三階である。各階を連絡する大階段は三階部分は封鎖されているが、非常階段から三階に出入りできることを知っている生徒はごく少ない。しかし警備員は業務の都合上その抜け道を知っていた。業務に用いるべき知識を悪用し、授業中休み時間構わず、タバコが吸いたくなれば三階に侵入してプカプカとふかしていたのである。
「喫煙者には世知辛い世の中になっちまったなあ、ったく」
警備員はタバコを吸い終えると、吸い殻を携帯灰皿に押し込んだ。さすがにポイ捨てして証拠を残すような下手は打たなかった。
「さて、小休止終わりっと」
警備員はうんと背伸びすると、非常階段を下りて二階に入り、本来の仕事に戻った。
旧校舎は現在、主に文化部の部室と、部活連合会の会合場所として使用されている。ただし実際には大半の部は現校舎を活動場所としており、そのため旧校舎に出入りしている生徒は多くはない。
木の床を踏みしめるたびにギシッ、ギシッと年季の入った音が鳴る。薄暗い校舎の中だと恐怖心が駆り立てられるが、数々の老朽化した建物を警備したことがある警備員にとっては慣れたものだ。
「ほいよ、ここも異常なし……!?」
二〇六教室に差し掛かったところで、教室の中からかすかではあるが、何やら物音がした。
この教室は天文部の部室として使われている、ということを警備員は知らされている。中に出入りするのは年に一度か二度ぐらいしかない、とも聞いている。
だがこの日は明らかに何者かが入った形跡があった。いつもはかかっていない暗幕が窓にかかっていたからだ。
「誰か残っているのか……?」
ドアをノックしようとした、そのときであった。
暗幕が突然開いた。窓からの淡い光がぼうっ、と謎の影を浮かび上がらせた。
それは人の形をしていたが、とてつもなく大きかった。どのような不審者も恐れぬ勇気ある警備員でも、得体の知れぬものに対しては別であった。
「うっ、うわああああ!!」
警備員は職務を放棄して、旧校舎を飛び出した。
今回お借りしたキャラです。
夜ノ森響(登美司つかさ様考案)
主な出演作『燐火の響き』(壊れ始めたラジオ様作)
https://ncode.syosetu.com/n2999dj/
西山小春(しっちぃ様考案)
主な出演作『君との空に春を結んで』(登美司つかさ様作)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/161310123/889265167
※8月29日時点でまだ未登場です
次回以降もゲストキャラが出てまいりますのでよろしくお願い致します。