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剣と盾


三章です。

時間軸的には、ギリンガ・アズーロの開戦数日前辺りから始まります。

駄文御付き合い頂ければ幸いです。



――――ガルデン王国/国王エッダ・ヘームスト。



国土は緑が溢れ、大小五百を超える湖が点在する自然豊かなガルデン王国は、長命種である各種のエルフや、オーガを代表とする鬼人族、精霊種とも言われる半霊のシルフ達が暮らす、それはそれは平和な国である。


王国を名乗っては居るが、その実、二千年は生きているというエルフが政を仕切っているだけであり、元は北東の亜人種保護地区や、更に北にある異形種保護地区と変わらず、『種族ごとに好きな森や湖の畔に集落を形成して暮らしているだけで幸せ』という、何とも穏やかな国是を掲げる風変わりな国家である。


建国年は非常に曖昧であり、長命種独特の時間感覚が成せる業とも言うべきか、その長老にして『千年ぐらいは~、経ってると思うよ~。』という有様であり、隣国のワイザード連邦国や、友好国であるレーベン共和国のドワーフ達ですら、その詳細をよくは知らない。


しかし唯一、聖域の竜人族はその建国年や建国に至る経緯を正確に把握しているとされ、自国のガルデン国民ですらその発表を心待ちにしていたが、千年程前に交わされた両国家間の条約内容に基づき、その一切を口外しない事となっていた為、世界でもほんの一握りのトップだけが知る『不可触領域』とも言うべき謎として、憶測や陰謀論を面白半分で唱える学者も多い。


それ故、条約締結の際にその書面を確認し、サインをした当の本人であるエルフの長老エッダ・ヘームストに人々の視線が集まる事となったが、当の本人は当時の事を殆ど忘れてしまっており、唯一覚えているのは『竜人の長老が言う事はぜった~い』という本気かボケか分からない答えで世界中を困惑させた。


その様に適当な言動や行動が許されているのは、彼女自身が絶世の美女であり、世界中の男がその姿絵に一度は御世話になって育ち、世界中の女が彼女の洗練された衣服や髪形に憧れ、真似をして大人になるからであり、ある種の親近感から『あの人ならそういうのも分かる』と、生暖かく見守られてきた結果である。


そんな親しみやすさと、時をも忘れたかの様なその美しき容姿に敬愛を込め人々はこう呼ぶ。


『忘却の貴婦人 フォーゲット・マイ・フェアレディ』と。


何はともあれ、今日我々が彼女の艶めかしい姿態を目にする事が出来るのは、世の男性、女性読者達の御蔭である事を、当編集者は忘れずに居たい。



なお、今月の特別無修正袋とじは59ページから!男性読者は急げ!!



撮影/アンリ・ウォーカー

衣装/ルイス・ヤング

メイク/ウィル・ガートランド

スタジオ/ブルージュアレイク・サマーランド



 『焔魔書房刊/月刊!エッダ・ヘームストちゃん♡/グラビアページより抜粋』






――――ガルデン王国/ブルージュア湖畔・トドメキ村




「あら、お久しぶりねぇダニエルさん。そういえばもう春だから、丁度一年ね。」



額に短い角を二本出した美しい女性は、一年ぶりに自らの雑貨屋へ訪れた配送業兼聞屋のダニエルを見て嬉しそうに声を掛けた。



「お久しぶりです、スズシロさん。お陰様で、今年もこの村から出発ですよ。それじゃあ荷物の確認お願いします。」


「はいはい、それじゃあ奥にお願いね。」



そう言ってダニエルは古新聞に包まれた大きな包みを三つほど馬車から持ち出すと、それを抱えたままスズシロの店の奥へと運んで行った。


店の裏方を抜け、風通しの良い庭にある見慣れた木造の倉庫へと荷物を運びこんだダニエルは、ついてきたスズシロとその場で荷物の確認を始める。



「えーっと、月刊の、長老様の雑誌ですね。これが、二十、二十、二十……五束で百冊。それと、女性誌ですね……えーっ、と十冊が十束で、こっちも百冊。あと、販促用の壁紙が六十本で間違い無いですかね?」


「ええ、注文どおりよ。ありがとう♪」


「それじゃあこちらにサインを。」



スズシロは渡された伝票を持ち、店のカウンターに戻ると羽ペンで店名を記入し、後ろをついて来ていたダニエルにサインし終えた伝票を返す。



「お疲れ様♪もう夕方だし、今日は宿に泊まるんでしょう?」



ガルデン王国の日暮れは早く、夏でも精々夕刻五時には闇に包まれる。

それは西に一万メートルを超える超山脈群あるためであり、春先の今頃では四時を回った今ですら、辺りは暗く十メートル先も明かりが無ければハッキリと視認出来ない。



「ええ、市場近くのいつもの宿にお世話になる予定ですよ。」


「じゃあうちでご飯食べて行きなさいよ。傭兵さん達はいつも通り朝に待ち合わせでしょう?今週は旦那も狩りに行ってて明後日まで帰って来ないし、子供達も友達の家で御泊りっていうから退屈なのよね。」


「でも、お店はもういいんですか?」


「いいのいいの。どうせ村人しか来ないんだし、今すぐ必要な物なんて扱ってないんだから、そこら辺はいつも適当なのようちは。」


「それじゃ、御言葉に甘えさせて頂きましょうか。」


「じゃあ()()()()()横の厩舎に馬車と馬を回しておいて。」


「分かりました。」



そう言ってダニエルは馬車に戻ると、店の横にある大きな厩舎へ馬車を駐車させに向かう。


それを見送ったスズシロは、頬を朱に染め、小さく舌嘗めずりをすると、嬉しそうに微笑を湛えながら、店先を手早く片付け始めた。





窓から見える景色は月明りも伴って淡い紺色に数多の星を湛えている。


全裸で胸元に顔を埋め、息を整えるスズシロの乳房を左手で軽く弄びながら、右肘を枕につき、横になったまま考え事をするダニエル。


そんな窓から見える夜空に視線を向けたまま、自分の胸を手持無沙汰の小道具の様に弄ぶダニエルに少々の不満を持ったスズシロは、彼の右胸にある剣と盾をモチーフにしたタトゥーを指でつついた。



「何を考えていたんですかぁ~。」


「いえ、考え事というほどのことではないですよ。スズシロさんは気持ちいいなと思い起こしていただけです。」


「ほんとかな~?心ここにあらずって感じでしたよ。」



スズシロの問いに小さく微笑んだダニエルは、諦めた様に肩を小さく竦め、ぽつぽつと語り始めた。



「実は、明日から半年かけてギリンガ帝国の帝都まで配達しながら向かうのですが……かの国は隣国との戦争準備を始めていると、知人の行商人から聞いたんです。私の生まれはギリンガ帝国とコロナ獣王国の国境沿いにある小さな村でしてね。この旅の序に帰省しようと思って楽しみにしていたのですが、帝国に仕官した幼馴染も何人かいまして、少々昔の事を思い出しながら故郷に思いを馳せていたのですよ。」


「……ふ~ん。」



拗ねた様に返事をしたスズシロは、ダニエルの耳に手を回す。



「いたたたっ!」


「ついさっきまであんなに激しく交わっていた女を前に、昔の女を思い出して黄昏るなんてあんまりだと思うのよ、お姉さんは!」


「何でそうなるんですか?!女の人だなんて一言もっ」

「何年も会ってない同性の友人を思い出して黄昏る男なんていません。」


「うっ……。そ、そんな事は……。」



心情を言い当てられて困惑するダニエルであったが、スズシロの強い視線に何も言い返せずに口籠る。


そんな様子を見て小さく溜息を吐いたスズシロは、ベッドの上で正座をすると、ダニエルの頭をもって膝枕をした。



「人妻ですから、不貞行為の相手に嫉妬するのも可笑しな話だと自分でも理解はしています。体だけの関係だって分かってるんです。でもね、こういう時に何か思う事があるのなら、何でも話して欲しいと思うんです。」


「ですが……。」


「ダニエルさんのお力になる事は難しいかもしれません。それでも、お話を聞いて慰めるぐらいの事は、今の私にしか出来ないと思うんです。少なくとも今、肌を重ねて側にいるのは私なんですから。」


「……そう、なのかも…知れませんね。」


「そうなんです!それに、肌を重ねている相手が違う女性を思い浮かべているなんて……交わっているのに、疎外感を感じるなんて私は淋しくて悲しくなってしまいますから……あっ。」



スズシロの言葉に自分の身勝手さを痛感したダニエルは、膝枕から起き上がると彼女をベッドへ寝かせ、上から覆い被さり濡れた瞳を見つめる。



「そんな思いをさせていたとは、私は身勝手な男ですね。」


「はい。ダニエルさんは身勝手な方です。」


「では、もう暫くスズシロさんを身勝手に扱わせて頂きたいのですが……。」


「ダニエルさんの身勝手に付き合っているのは私の……いえ、そう言えば私も身勝手な女です♪」


「……。」


「番いたければ……思うまま存分に…あぁっ。」



下腹を割る甘い刺激をスズシロが再度受け入れた頃、窓の向こうに高く上った月の明かりが二人の情事を照らす。


まだ肌寒い春先、部屋の窓は荒々しい吐息と甘い喘ぎで途端に曇り、水滴を滴らせる頃には東の空が朱に染まり始めていた。




◇◆◇◆




――――ガルデン王国/ブルージュア湖畔・南部漁港




「おお!お待ちしていましたよ、ヘームスト先生。」



大袈裟に両手を挙げて漁港に隣接した堤防から走ってくる禿げて恰幅の良いオーガの男を見て、エッダ・ヘームストは船着場から片手を気怠そうに挙げ、これまた面倒くさそうにその手を軽く左右に振った。



「はっ、はっ、はぁ、すみません、ゼェゼェ~、こんな、早朝からっ、御呼び立てして。」


「ボールドウィン村長、ご苦労様ですね。取りえず遺体の場所まで案内して…というか堤防のアレですか?」


「そうっ、そうなんです!今朝方、船で漁に出た漁師が堤防沿いに何か浮いてるのに気付いたそうで……。」


「そう。……とにかく彼方に行きましょう。」


「……では、どうぞこちらへ。」



エッダを見て少々残念そうな表情をするボールドウィン。


そんなボールドウィンの様子に慣れた様子で気にも留めずに堤防へと向かうエッダ。

期待していた彼女の姿で無いことにガッカリしているのは彼女も十分理解している。


それもその筈、世界的に知られている彼女の容姿は金髪碧眼であり、そのプロポーションは猥ら淫猥、歩く猥褻との認識である。


しかし、現実の彼女は栗色の髪をアップで纏め、エルフ特有の白い肌を持つものの、雀斑を隠す様に黒縁の大きな眼鏡を掛け、白衣越しでも判る非常にスレンダーな体躯である。


勿論それが彼女の本当の姿である事は王国内でも村長や町長辺りにだけ知らされている秘密であり、何故その様に皆が知る姿と違うのかも知らされている。

だがボールドウィンも生まれた直後から村長だった訳ではない。

今の地位を四十半ばで父親から継いだ際に知った事であり、彼自身は知りたくなかったのかも知れない。


そんな彼に心の中で『お気の毒に。』と呟いたエッダは、百メートル程ある堤防の半ばに置かれた白い布の元に到着すると早速その布を捲りあげた。



「……身元は分かっているの?」



水死体の横に屈んだエッダは鞄から薄手の皮手袋を取り出しながら、側に居た三名の男達に問いかけた。



「身元は判りません。服の中には何も入っていませんでしたが、ここの…ここにタトゥーがある事ぐらいしかわかりませんでした。」



エッダの問いに困惑した様子の男たちに代わり、彼女の後ろにいたボールドウィンが答える。



「タトゥー?……これは。」


「先生が来られるまでに身元を確認しておこうと思いまして、体の特徴や持ち物の確認なんかは済ませています。」


「では持ち物は何も?貨幣や身分証もですか?」


「ええ、何一つ入っていませんでした。ここに居る三人も一緒に見て貰ったんで間違いないです。」



そう聞いて軽く首をかしげたエッダであったが、それ以上は聞いても仕方ないかと検死を始めた。



「……眼球の濁りから見て死後二日以上……四肢に腐乱からの欠損は見られないから…死後二日から三日ってとこかしら?……首は…()()()()折れてる。」


()()()…殺人ですか?」


「う~ん、それは現状で断定は出来ないけれど、転落事故なら頭部は勿論、手足にも傷がある筈です…でもそれは見当たらない。獣の類に襲われたなら、それこそ大怪我を負っているでしょうし、ここまで完全に首が折れてるだけの遺体ですから……そうですね、最近連続して起こっている事件との因果関係があるのでしょう。一応、殺人と事故、両方の線でヘームストラの法務庁に捜査命令を出しておきます。」


「遺体は如何しましょうか?」


「残念ながらこの国には私以上に検死が出来る人がいませんからね。臭いも酷いですし少し解剖した後、火葬して森に返しましょう。あと衣類は全て残して置いてください。それと似顔絵も書きたいのですが、この村に絵の上手な方は居られますか?」


「一人心当たりが居ます。」


「では村長さんはその方にお願いを。皆さんは遺体を運ぶ為の大きな板か丈夫な布を探して来て貰えますか?」



そう指示を出して村長たちが駆けて行く姿を見送ったエッダは、空に向かって口笛を吹く。

すると上空の雲の中から白い大きな鳥が舞い降りてきた。


翼を開くと二メートルはあるかという大きな鷹は、エッダの側に着地すると甘える様に頭をエッダの肩に擦り付けて目を閉じる。



「はいはい、わかったわかった♪今から手紙書くからちょっと待っててね~、メル。」



そう言ってエッダは鞄から三十センチ程の細長い干し肉の束を取り出し、その一本をメルと呼んだ大鷹の嘴に咥えさせて頭を撫でた。



「交差した剣にカイト盾……うちの諜報部員ばかり何で……。」



そう独り言ちながら手紙を書き終えたエッダは、大鷹メルの足に付けられた筒に手紙を丸めて入れ柏手を二回うつ。


その音に反応したメルは防波堤の向かい風を受けながら飛び上がり、瞬く間に空へ舞い上がった。



「休暇は返上ね。……解剖が終わったらヘームストの街に帰らないと。」



そう言ってメルが飛んで行く姿を見送りながら、彼方に見える暗雲に不安を覚えるエッダであった。




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