SS チャールズの憂鬱とクリスの本
――――聖地ナハ・バイエ/大神殿/地下十二階儀式場・ゲーヒンノームの間
―――ホントにあるのかしら?
「如何でしょうねぇ……。私も半信半疑でと言った処です。」
ロミルダ救出の二日後。
入れ替わる様に聖地へとやって来た妖精使いチャールズ・ギブソンと水の妖精クリスの二人は、高価な絹糸で編まれた布を何枚か重ねて鼻と口元を覆い、石の床に溜まった砂埃を箒で丁寧に掃除していた。
無論、妖精には埃など何の害も無いので鼻と口を覆う必要は無いのだが、チャールズがやる事を真似するのがクリスの趣味である為、敢えてチャールズもツッコんだりしない。
それが御互いの愛情表現の一環なのかは、推して知るべしである。
―――ねぇ……これって、そういう事よね。
「まさか本当にあるとは……。」
掃除し続けて半日程した頃、木の絵が彫られた石の床を発見したクリス。
それを見てチャールズは目を見開いて驚き、その余韻の中に在り乍らもランプの灯をその床に近付けた。
「……転生の大樹。……間違いありません。ラッセルさんが言っていた絵の特徴と一致します。」
その絵は大樹を中心に十個の輪が描かれており、それぞれの輪には薄っすらと何かが彫られていた様な形跡が見られた。
「ラッセルさんの言う通りだとすれば、この石の下に階段が現れる筈です。……まあ聖地に来た事の無い彼がこの石床の存在を言い当てたのですから、十中八九在るのでしょうね。」
―――でも、何故ラッセルが隠し階段の存在を知っていたのかしら?
「そう言えば「何故妖精達が知らないんだ?」って彼も言っていましたね。」
―――だって私は一度妖精核になってたから、それ以前の記憶がないもの。それにマルコは当時生まれたばかりで皆が何をしているかも分からなかったって言うし、アネルは古い世代だけど、人族の男の子に夢中で世界の事なんてほったらかしだったって言うのよ。……それが理由で知りませんでしたなんて、あの場では口が裂けても言えないわ。
「……まあ、言えないでしょうね。私も言わなくて正解だと思います。ヘラ様が上手く誤魔化して下さいましたが……アネル様の秘密とクリスの過去が周知されるのは、クリスに取っても憚られるでしょうからね。」
―――脱線したわ。とにかくこの床を外さないといけないわね。チャールズ、ちょっと血を貰うわよ。
「どうぞ。」
そう言ってクリスは右手でチャールズの手首に軽く触れると、しゃがんで左手を大樹の描かれた石床に当てた。
すると次の瞬間、石だと思われていた一メートル四方の床石が泥となって溶け落ち、その下に階段が姿を現した。
―――こんな大きな床石をどうやって置いたのかと思ったけど、やっぱり土の妖精が作った蓋だったみたいね。
「さて、朝から働き通しで疲れましたね。ここらで食事休憩としましょうかクリス。」
―――そうね。埃っぽいから遠慮したい所だけど、背に腹は代えられぬって感じかしら。
「今日のお弁当は地上で聖域の竜人さんが炊き出ししていた筍御飯と竜の聖域風肉じゃがですよ。」
―――美味しそうね。
「さあ、頂きましょう。」
遅い昼食を摂った二人は、地下十三階への探索を始める。
「侵入者向けの罠などはないようですねぇ……。」
―――ここまで侵入出来る様な存在を想定してないんじゃないかしら?
クリスは水を圧縮した幅五センチ程の盾を構え、チャールズの前を歩きながら答える。
「ハァ……今更ですが帰りの事を考えると気が重くなりますねぇ。」
―――運動不足なんだから丁度良いんじゃない?お腹も随分迫り出して来てるんだし。
「私は今日中に地上へ戻れる自信がありませんよ。」
―――ダメよ。竜人族が地上の見張りに着いてくれてるんだから、今日中に戻って報告しなきゃ可哀想でしょ。
「ハァ………。」
―――ほら元気出して。もうそろそろ階段が終わるわよ。
クリスの言葉にチャールズは左手に持っていたランプを高く掲げる。
すると僅かに灯りが届く前方に、微かに扉の様な物が見え見えた。
―――これって……。チャールズ、扉を照らして。
「はいはい。」
クリスは扉の前に立つとチャールズにランプで照らすよう指示する。
すると扉には大きな五芒星が描かれており、その頂点を結ぶ様に十個の綺麗な宝石が埋め込まれていた。
「ほお……これはイワン様からの報告書にあった扉ですねぇ。確か転移陣の封印になっていたとか……。」
―――ロミルダが聖地に飛ばされたって転移陣も、この模様の扉の奥にあったって話よね。……扉を開けた瞬間に何処かへ飛ばされたりしないでしょうね?
「無いとは言い切れませんが、開けずに帰る訳にもいきません。」
―――それって使命感で言ってるの?
「……クリスに何度も階段の上り下りをさせたくないと思っているだけですよ。」
―――あははっ♪物は言いようね。
「思いやりとは大切です。此方にどの様な背景があったとしても、思いやりを向けられた相手は嫌な気がしないのですから。」
―――はいはい分かったわよ。それじゃ開けるわね。
チャールズの持論に呆れた様子のクリスは適当に話を切り上げると、躊躇無く扉のノブを廻した。
そして二人が扉を潜ると室内は青白い光に包まれ、次の瞬間、ガラスが割れる様な大きな音が木霊し、驚いたチャールズとクリスは慌てて耳を塞ぐ。
―――きゃっ!
「何と!……。」
しかし青白い光は破砕音と共にすぐさま収束し、静寂と暗闇の中、チャールズの落としたランプの灯りが扉の周辺を照らす。
―――転移は…してない様ね。
「その様ですね……。」
二人は背後で開けっ放しとなっていた扉から見える階段を確認し、一先ず安堵の表情を浮かべる。
そうして暫く、目が慣れて来たところでチャールズはランプを拾い、高く掲げて部屋の様子を伺う。
「……如何やらここは霊廟の様ですね。」
三十メートル四方の広い空間の壁や床、天井に至るまでの全てが豪奢な壁画で埋め尽くされたその部屋には、山の様に積み上げられた財宝の数々と共に四つの石櫃が安置されていた。
―――あれってそういう事よね?
「……四つありますから……創世記が全て真実だとすると、間違いないでしょう。」
壁際に設けられた燭台の一つに火を点したチャールズ。
その火は、燭台と平行に部屋を一周する様作られた溝の油を伝い、次々と部屋中に設けられた燭台へと明かりを灯して一気に部屋の全貌を明らかにする。
それを確認して中央に安置された四つの石櫃に近付こうとした二人は、異様な雰囲気を感じてその場で足を止める。
「クリス……もし居ないとされた神が、この石櫃の中に安置されていると言われても、今の私は疑わないでしょう。」
―――人のそう言った考えは良く分からないけど……強烈な威圧感は感じるわね。まあ水の妖精である私達にとって母と呼ぶべき方だから、私が威圧感と言うのは失礼に当たるのかしら。
二人は恐る恐る東端の石櫃へと近付くと観察を始めた。
―――古代文字ね……。ん?こんな所に本が落ちてる。
「石櫃の上にはヤマト文字の様な物もいくつか見受けられますが……現在の大陸で使用されている公用語はどれも見当たらりませんね。その本に何か書かれているかもしれませんが……。」
そう言ってチャールズはクリスに視線を向けるが、クリスは不思議そうな顔でチャールズに問い掛ける。
―――それよりチャールズ。
「何ですか?」
―――石櫃の蓋は開けるの?
「まっ!まさか!!そんな事する訳ないじゃないですか!!」
―――でも、ラッセルはお墓があったら開けて来いって言ってなかったかしら?
「……忘れていました。そう言えばそんな事を言っていましたね。」
その場で途方に暮れる二人。
「……この場合は妖精であるクリスが開けるべきかと。」
―――何でそうなるの?!チャールズが開けても良いじゃない!
「いや、私は子では無いので……。」
―――広い意味ではみんなこの人達の子供でしょ!
「私は子では無くて子孫です!ここは姉であるクリスが開けるべきです!」
―――何が姉よー!妖精と人の姉弟なんている訳ないでしょう!
「あの~すみません。」
―――何っ!
「何ですか!」
チャールズとクリスが痴話喧嘩をしていると、横から声を掛けて来た男性。
その男性の問い掛けに、少々イラついた返事を返す二人であったが……。
「自分ら超~寝てるんすよね。あんまここで五月蠅くされっと寝れね~ってかみんなマジ迷惑っつうか。マジすんませんけど上の階でやってくれって感じで、いっすか?」
―――……は、はい。
「……こ、これは…御迷惑を…お掛け……して……。」
「いや分かってくれたらいんすよ。自分ら寝るのが仕事みたいなとこあるんで、今度からはあんま五月蠅くしね~って約束してくれるんなら何もしね~っすから。」
―――静かにします。
「お休みの所、申し訳ありません。」
「んじゃこれで戻るんで。あとよろしくっす。」
そう言って男は西端の石櫃の蓋を開けて中へと入り、如何いう原理かその蓋は勝手に閉じた。
「今のって……始まりの……。」
―――……でも、生きてたわよね。
二人は青褪めた表情で互いの視線を交差させると同時に白い光に包まれて意識を無くした。
――――聖地ナハ・バイエ/大神殿/地下十二階儀式場・ゲーヒンノームの間
埃っぽい石畳の上で眠るチャールズとクリス。
―――ううっ……ここは……。
「ぐが~~~ごぉ~~~ぐが~~~がっ………ががっ……ぐが~~~」
―――チャールズ!起きて!チャールズ!
「ぐががっ……何ですか?……そなにあぁぁぁああ……慌てて。」
クリスは横で眠っていたチャールズを起こし、立ち上がろうとすると膝の上から何かが落ちた。
―――本……やっぱり夢じゃない!!
「何を言ってるんです?クリス。」
―――覚えて無いの?!地下十三階に行ったじゃない!!
「何を言っているのです?結局階段が見当たらなくて食事をした後の休憩をしていて……すみません。眠って居たようですね。」
―――嘘でしょ……。この本!これを地下十三階にあった石櫃のすぐ横で見つけて、それで始まりの人が現れて一緒に怒られたじゃない!
「如何したのですかクリス。それでは何が何だか言っている事が分かりませんよ。」
―――もしかして……。
クリスはチャールズの反応を見て青褪める。
当のチャールズはというと、考え込むクリスを不思議そうな顔で眺めるばかり。
―――良いわ、変な事言ってごめんなさい。
「いえいえ、察しが悪くて申し訳ない。それより……もう零時ですか!……眠り過ぎたようですね。」
チャールズは胸ポケットから懐中時計を出して時間を確認すると、昼過ぎから夜中まで眠っていた事に驚くが、何も無かった様に時計をしまうとクリスに笑顔を向ける。
「残念ですが探索はここまでの様ですね。竜人族の方々が御待ちでしょうから、すぐに地上へ戻りましょう。」
―――うん。……そうね。
こうして二人は地上へと戻り、大神殿探索は終了した。
何故チャールズに自分と同じ記憶が無いのかと不安を抱くクリスであったが、その理由は後に知る事となる。
しかしそれは、まだ先のお話。




