SS 部活動のスレイカちゃんとデ・マリア君
――――ハイネ王国/王都ハイネ/ハイネ王国立学術学園・先端技術研究所
夕刊を握り締め、研究所の長い廊下を走るスレイカ・モルガン。
突き当りのT字路を転びそうになりながら右に曲がり、目的の部屋の前で急停止する。
―――研究者番号ヲ。
ドアノブに手を掛けたスレイカに、扉の横に設置された白い小さな箱が機械的な音声で問い掛ける。
「え~っと、3398760-21よ。」
―――研究者番号ガ違イマス。モウ一度最初カラ研究者番号ヲ。
「だから3398760-21!」
―――番号ヲ確認シマス……第六研究室長スレイカ・モルガン。ロック解除、入室ヲドウゾ。
ドアノブを廻して開錠を確認したスレイカは、しかめっ面で部屋へと入った。
「……どうしたんだい?スレイカ。酷い顔をしているよ。」
「会うなり女性の顔を酷い何て言うのは童貞の貴方ぐらいよ。デマリア。」
そう言われたルカ・デ=マリアは、口角を下げてジト目になる。
「それで?室長殿は何故に御機嫌が悪いので?」
「室長殿はやめて。部活動なんだからそんな呼び方されると背中がむず痒いわ。それと機嫌が悪いのはこの部屋の出入りが面倒だからよ。」
「仕方ないんじゃない?曲りなりにも第六は、銃器に使われる弾丸の性能を、総合的に向上させるのを主目的に創設された研究室だよ。それに警備員を付けると言っても、究極的には信用出来ないって所長のラッセル君が言うんだから、慣れるしかないよ。」
「それはそうだけど……デマリアに言われるとなんか腹立つ。」
「何だよそれ……。それより何か用事があったんじゃないの?」
「……あっ、そうそうこれ見て!」
思い出したとばかりに、右手で握り締めていた夕刊をデマリアに差し出すスレイカ。
「しわくちゃじゃないか……。」
「いいから一面の記事見て頂戴。」
クシャクシャになった新聞を両手で丁寧に伸ばし、目を細めて一面記事に目を落とすデマリア。
「……え!?ダヴィド国王が瀕死の状態で目撃って…どういう事?……外遊に行ってるんじゃなかったの?……これ何処の新聞社だよ……って、ル・モンド・ハイネじゃないか!」
「ね、とんでもない事が書かれてるでしょ♪」
デマリアの反応に喜ぶスレイカは、壁際にあるポットから暖かい紅茶を二人分カップに注ぎ、振り返って悪戯な笑顔を見せる。
「笑い事じゃないよスレイカ……。」
「失礼ね~。笑ってるんじゃなくて、好奇心が揺さぶられすぎて顔に出てるだけよ。」
「……どっちにしても不謹慎だよ。」
「そんな事無いわ。不謹慎なのはこんな記事を載せた記者でしょうに。それに私は事実確認をする為にヤマ―――――――――」
「ちょーーっと待ってスレイカ!そこから先は僕以外の人間に説明してあげて。今はラッセル君に頼まれた、この38マグナム弾のホローポイントに取り付けるエクスプローダーの性能テストの準備で忙しいんだ。悪いけど他の事には手が廻らないよ。」
スレイカの話を遮る様に、自らが如何に立て込んだ状況に置かれているかを必死で訴えるデマリア。
それを不機嫌そうに聞いていたスレイカは、紅茶のカップを荒くデマリアのデスクに置くと、スカートのポケットから封筒を取り出し、その中から三枚の便箋を出して悪い笑みを見せる。
「……な、何だいそれは?」
「……何だと思う?」
口元に笑みを浮かべているが、明らかに蔑んだ目でデマリアに問い返すスレイカ。
「そ、そんな脅しに……ぼぼぼ僕は……く、屈する様な男じゃない!」
デマリアは内心怯えながらも啖呵をきるが、声は震え、手は震え。
「そう?なら先ずはこれから♪先週、学園の事務局に納品された38スペシャルのホローポイント弾六十ダースなんだけど……何故か五十三ダースしか納入されてないって苦情が来てるのよ。梱包は十ダース単位だから、六十頼んで五十三なんてあり得ないのだけど~♪確か最新の弾薬はデマリア経由でしか発注も納入も出来ない様になってたわよね?……心当たりはないかしら?」
「……そ、それはっ!ラッセうぐっ!」
「らっせ?」
「ちがう!そう!あれだよ!不具合品が混ざってるロットが見つかったから回収したんだ!今週中には残りの七ダースが納品されるから!後で事務局に連絡しとくから!」
「そんな話、聞いていないのだけど。」
「い、言い忘れてたんだよ!ホントッ!……ほんと……。」
視線を彷徨わせるデマリアに、スレイカは感情の消えた冷たい視線を向ける。
「まあ良いわ♪それじゃ次ね。」
「次ってなんなのぉ……。」
「二週間前、国際指名手配中の女が何者かの手によって射殺されたわ。その蜥蜴人の女は眉間を撃ち抜かれて死んでいたんだけど、解剖の結果、狙撃に使われたのはウチで開発した60口径のニトロ・エクスプレス弾だって分かったのよ。でもあれってY&Yで製造されたオーダーメイドのダブルライフルの為に作った弾丸でしょ?昨年から製造が始まった完全フルオーダーで、世界にまだ三丁しかないのよねぇ~。その三丁は全て私が知る人物が所持してるんだけど……その内の一丁をラッセルに土下座してまで分けて貰ったデマリアなら、何か知ってるかしら?」
「し、知らない!」
「騎士団はその女から聞きたい事が沢山あったみたいなのよね~♪事件当日はライフルの所有者であるラッセルもロブ・ロイ様も王都に居なかったから、その事件を知らないと言うデマリアが所有するライフルが暴発でもしたのかしら~?」
「あ、あれは……あれはラッうぐっ!!」
「ラッ?」
「ととととにかく知らない!!僕は関係ない!!」
額からジワリと噴き出す脂汗を袖で拭くデマリアは、全てを見透かして質問しているであろうスレイカから送られる視線に足が竦む。
「そう?まあ良いわ♪それじゃ最後ね~♪」
「来い!!」
「これは昨日発覚したんだけど、シャンベルタン伯爵家の十三才になる一人娘が妊―――――――――」
「それは勘弁してくだい!」
突然土下座してスレイカの足の甲を両手で掴むデマリア。
「あははっ♪何やってるのよ~♪まだ読んでる途中なんですけど♪」
「いやっ……それはちょっと……すみませんでした!!」
「まさかデマリアったら、未成年の貴族の御嬢様を孕ませちゃったの~?」
「いやっ、もう勘弁してください……。」
「さっきまでの威勢は何処に行ったのかしらねぇ♪」
「いや、あははっ……ホントマジスンマセンでした。調子乗ってました。あははっ♪」
「笑い事じゃないでしょ。反省の示し方がなってないわよ。」
スレイカの蔑むような視線と反省を促す言葉に、デマリアは土下座したまま額を床に付け、両腕を背に廻して組んだ。
「……すみませんでした。……彼女が成人するまでは公にしないでください。」
「それじゃあと二年は私の言う事を聞きなさい。反抗は許さないわ。」
「Yes,Ma’am!!……えっ?!二年!!」
「そりゃそうよ。それに危険な事や犯罪行為をやれって言ってる訳じゃないんだから、私の評価の為にも頑張ってね、デマリア君♪」
「……あははははっ……はぁ………。」
そうして次の日の朝、デマリアはスレイカが率いる精強な亜人騎士団にドナドナされて行くのであった。




