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幕間 運命の交錯点




――――ギリンガ帝国/北部・大震災跡地(自然公園・北出入口)



夜明けを告げる太陽の日差しが、東の山間からオム達を照らす。


その日差しから視線を逸らす様にオムが西の空を見上げると、黒い竜が南に向かって飛び立って行った。



「彼女と話さなくて良かったのかい?」


「これで良いんですよ。彼女は戦争終結に貢献し、私は商売の邪魔になるものを排除する。」


「それぞれ歩む道が違うという事かな?」


「そうですね。今回の件で、彼女は否応無しにアズーロの代表へと祭り上げられてしまうでしょう。互いが進む道のほんの一時、運命が交差したに過ぎませんよ。」


「それは貴重な時間をすごしたねぇ。だが私が戴冠するという貴重な時間にも、オムには参加してもらいたいのだが……そうもいかないようだね。」


―――聞いてしまった以上は流石にね。


「私達が放って置く訳にはいかんでしょう。詳しく説明頂けますな、殿下。」



精魂尽き果てて眠ってしまったカールハインツ・ウンダーベルクを、水の拘束から解いたチャールズ・ギブソンと水の妖精クリスがオムとブラッドに問いかける。



「どこから話したものか……そうだな。ウンダーベルクが被っていた覆面だが、通称VVVと呼ばれる秘密結社が使ってる物だ。正式には転生者の言葉で悪意(Vicious)復讐(Vengeance)毒蛇(Viper)の頭文字を取っているらしいが、以前に捕まえた末端の構成員から聞き出した情報だから、本当の所は分からない。だが、奴らがギリンガやパドラに破壊工作を仕掛けている事は分かっている。」


「ブラッドはそれを知ってたのに、今回の事との関連を疑わなかったですか?」


「いやぁ~破壊工作と言ってもね、奴ら普段は各国で反政府運動の極小規模なデモに参加したり、牧場や農家の柵を壊したりする様な小悪党なんだよ。そんな連中に国が本気で対応する何て有り得ないし、捕まえたと言っても、酒場の店主と酒代が如何こうで喧嘩して、警邏中の兵士に酔いが覚めるまで面倒かけた程度の事さ。とはいえ秘密結社を自称している訳だしね、分る範囲の詳細な情報は私にも入って来る。」


「そんな木っ端な組織の事なのに、よく覚えていられるものですね。」


「そりゃ、こんな変な覆面してる奴らはそう居ないよ。だがね、ウンダーベルクの話で分かった事がある。」


「カール叔父さんが言ってたエリザヴェーナでしたか?」


「いや、そんな女は私も知らない。だが、レヴィアターノ家と聞いて思い当たる事があった。」


「三女のカトリナが嫁いだ家ですね。」


「そう、レヴィアターノ家はズアークでも相当古い蜥蜴人族の家でね、貴族と言うよりは民族と言った方が正しいかもしれない。あの家はカリタン族と言う特殊な毒薬を使って狩りをする民族の長を代々勤めていてね、その毒は人に使うと眠る様に死んで行くという恐ろしい代物さ。オムの仲間を殺したのは、レヴィアターノ家の名前が出た事と、君から聞いた死体の状況から見て恐らくそういう事になるんだろうね。」


「ではVVVなる秘密結社を使って、レヴィアターノ家が裏で糸を引いていたと?」


「それはどうか分からない。だが、そう考えるのが自然という事だよ。それとこれは余談だが、レヴィアターノ家にはズアーク連合国内の他家に対してどうしても譲れない事が一つあるんだ。」


「譲れない事ですか。それは一体?」


「それはね、他家が蛇の家紋を使う事を異常なほど嫌がるんだ。実際、数年前に新興の貴族がその事を知らずに使ったら、翌日には当主が川に浮いていたらしい。」


「毒蛇、蛇の家紋、そしてカリタン族……それに殺されたカトリナさんはレヴィアターノ家に嫁いでいた。」


―――これだけ類似点が見つかれば、疑うには十分ね。


「ではその線を追えば、もしかするとカトリナさんの御子息を救えるかも知れませんな。」


「ウンダーベルクを泳がせておけば、孫のレオナルド君だったかな?彼が殺される事は暫く無いだろう。殺してしまったらウンダーベルクを駒として使えなくなってしまうからね。」


「暫くはカール叔父さんに見張りを付けて、トカゲの尻尾から頭の正体を探らせて貰いましょうか。」


「チャールズとクリス様はハイネに向かって下さい。」


―――ヘラに合うのは本当に久しぶりね。


「殿下、それは例のギルドに行けという事で?」


「そうだよ。あそこは完全なる中立組織だから、今回の様に人類に仇なす奴らに対しては、容赦無く動いてくれるだろう。それにチャールズとクリス様だけでズアークに行かせる訳にはいかないよ。危険すぎる。」


「では私も師団長殿と妹に手紙でも書きますか。」


「オムは相変わらず照れ屋だねぇ。名前で呼んであげた方が良いと思うよ。」


「照れている訳ではありません。兎も角、方針は決まったので一旦イグナートに帰還しましょう。帰る頃には帝城でもある程度事が進んでいるでしょう。チャールズさんとクリス様は先にハイネに向かわれますか?」


―――どうする?チャールズ。


「そうだねぇ。ズアークで行動する為の準備にも、それなりに時間が掛かるだろうからねぇ。ここからなら聖域迄一週間ぐらいだし、そこからは竜人に送って貰えば数日でハイネに着くだろうから……そうさせて頂きましょうかね。」


「ならばここで解散だな。そうだチャールズ、今回の報酬は妖精探偵社に送らせるようにする。私も直接の面識はまだ無いのだが……チャールズとクリス様が所属するなら私も顔を出しやすいしね。師団長殿というか……ギルド長に宜しく伝えておいてくれ。」


「承りました。では名残惜しいですがここで失礼致します。殿下、オムさん、また御会いしましょう。」


―――ブラッド、オム。イグナートまでの帰路、気を付けるのですよ。



こうして妖精使いチャールズ・ギブソンと水の妖精クリスはハイネ王都へと向かった。


ブラッドは鷹の伝書を使い、皇帝トーマス・ブレーク・エールへ近衛隊長のカーティスを参考人として捕らえる必要性を進言した。


皇帝トーマスはカーティスの捕縛には成功したが、予想よりも早くアズーロ軍が開戦を要求してきたので、既に済し崩し的に武力衝突へ発展してしまっていた。


同日、アズーロ共和国前代表の娘であるロミルダ・ライゼンハイマーと、龍の聖域の長であるイワン・ストリチヤナの武力介入により戦闘は一時中断。


これによりアズーロ軍を指揮していたアズーロ共和国軍軍団長のエッヘバルト・アッカーマンと、ギリンガ帝国軍参謀幕僚長サミュエル・アッシュフィールドが面談。


同席したロミルダ・ライゼンハイマーが、今回の戦争は第三国による陰謀であり、オイゲン・ミュラーとカーティス・ヘインズがそれに深く関与したと証拠と共に説明。


この面談の結果両国痛み分けの終戦となり、大陸の歴史上最も短い【一日戦争】として後に語られて行く事となる。


今回の戦争責任として、戦前に第一王子ブラッド・ブレーク・エールの進言を無視した事が、ギリンガ帝国を戦争に巻き込む結果となり、皇帝トーマス・ブレーク・エールはその責任を問われ失脚。


第一王子に帝位を譲る事となった。


パドラ皇国は調停者イワン・ストリチヤナからの報告を受け、外交部政務官カールハインツ・ウンダーベルクに処分猶予を与える代わりに、ズアーク連合国との工作活動を常に監視させる事でアズーロ、ギリンガとの手打ちとした。


これはパドラ皇国南部の被害が甚大であり、皇都アレクサンドラまで被害が及んでいた事により、今後のズアークによる工作活動を積極的に牽制する役目を追う事で、金銭的並びに人員的負担を抑える政策を取らざるを得なかったからである。


そうして終戦後から一か月が過ぎ、アズーロ共和国・首都ライゼンハイマーで取り調べを終えたオイゲン・ミュラーとカーティス・ヘインズの公開処刑が大勢のアズーロ国民の前で執り行われた。


その翌日、予てより告知されていたアズーロ共和国の新代表投票選挙が実施される。


前日の公開処刑に地方から集まった国民が多く、投票率九十二パーセントを記録した国民主導の選挙で選出されたのは、大方の予想通り前代表ルドルフ・ライゼンハイマーの娘であるロミルダ・ライゼンハイマーであった。


しかしロミルダはまだ十二才であり、三年後の成人を迎えるまでは調停者イワン・ストリチヤナを顧問に置く事を条件に代表へと就任する事となった。



そして選挙から十日。



――――アズーロ共和国/首都ライゼンハイマー/北部検問所



「しかし十二歳で妾と変わらぬ爆乳とわの。暫く見ん内に末恐ろしい娘じゃ。成人したら乳の化け物にでもなるのではないかや。」


「あっはっは、私も齢を後から聞いて驚きましたよ。確かにあの齢であの体は、今後色々と注目されるでしょうね。」


「お主は衆道であろう?」


「変な呼び方で括らないでください。ブリュンヒルデ・アレクサンドラ女皇陛下。」


「そう考えると妾の第二王子を婿に行かせるのも良いかも知れんの。幼馴染じゃし、そう思わぬかクリームヒルデ。」


「陛下、今パドラはそれ所では無いのです。アレクサンドラの名を継いだ御身なのですから、発言にはくれぐれも御注意下さい。」


「アズーロの代表は選挙で選ばれるのですよ。……ですがそういった事は我がギリンガにも相談して頂かないと。」


「大丈夫じゃクリームヒルデ。そなたも妾の娘じゃからな、もうすぐ爆乳になるじゃろうて。心配せんで良い。」


「そんな心配していません!!」


「聞いてないな………。」



翌日に控えたアズーロ代表演説に、各国の代表や長が集結しつつあった。




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