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裏切り者の最後~共犯ピエロの独白




――――ギリンガ帝国/北部・大震災跡地(自然公園内・西部洞窟内)




カールハインツ・ウンダーベルクとの会談後、どれだけ待っても古代兵器設置完了の報告が来ない事で、業を煮やしたオイゲン・ミュラーは、確認の為に連れていた護衛の兵士四十名と洞窟の中に入った。



「どういう事だ!!古代兵器など何処にも無いでは無いか!!」



洞窟と言っても一本道であり、地下に下る様に進む事百メートル程。


行き止まりとなる場所はかなり広い空間になっていたが、松明を持つ護衛の兵士達が幾ら探しても、古代兵器らしい物は何一つ見当たらない。



「一体どういう事だ!私ともあろう者が、あの男に騙されたというのか!!」


「も、もう嫌だっ!」


「あんたにはついて行けない!!」


「これ以上ギリンガに居たら殺される!」


「どけっ!俺が先だ!」


「ふざけるな!」



オイゲンの言葉の意味を理解した護衛の兵士達は、今回の失敗で自らの命が危ういと悟り、洞窟内から我先にと逃げ出した。



「ま、待たんか貴様等っ!!私を置いて何処に行くというのだ!!勝手な行動は許さん!!誰かあの者達を斬り殺せーーーっ!!」



オイゲンの指示も虚しく、護衛の兵士達は誰一人残る事なく洞窟を後にした。



「どいつもこいつも私を裏切った事を覚えておれよ!一族郎党皆殺しにしてくれるわっ!!」



そう息巻くオイゲンであったが、洞窟の階段を下りてくる足音に気付き、自分に信を置く者がいた事に幾許かの安堵を覚える。



「そうだ、お前たちは私について来ればいいのだ。共に大事を成し得ようではないか!」


『ほっほっほ、大事とは人殺しの事だと思っておるのか小童。』


「諦めなさい。アナタの醜い企てはここまでよ!」


「何者だっ!……貴様等ーーーっ!!」



階段を下りて来たロミルダとイワンの姿を確認すると、オイゲンは二人に怒号を浴びせた。



『小悪党如きに貴様呼ばわりされる義理も筋合いも無いのじゃがな。』


「最後の最後に邪魔しやがって……許さんぞこの老いぼれが!!」


『ロミルダよ、こやつは竜の長である儂を許さんと言っておるが……とんでもない阿呆なのか?』


「お恥かしいですが、あんな男でも父の右腕と呼ばれていた男でして………。」


『ならばルドルフはもっと阿保じゃったという事になるのかのぉ?』


「父の事は悪く言わないで頂きたいので……この場はその男が阿呆という事でよろしいかと。」


「やかましいわっ!!阿呆阿呆と人の事を好き勝手言いやがって、ふざけるなっ!!」


『いや、ふざけとるのはお主じゃろう。そもそも夜中だというのに白いフードとマントで悪事を働くなど、目立って仕方が無いと思わん時点でお主の程度が分かるというもんじゃ。』


「白は目立ちますからね~。中身の人間は真っ黒ですけど。」


「言わせておけば!!」


『どうするのじゃ?』



オイゲンは懐から起爆札を取り出し、それをロミルダ達に見せつける。



「これが何か分かるか?」


『何じゃろうな?』


「何でしょうね?」


「ふんっ!これは古代兵器の起爆札だ!この洞窟の何処かに設置されているという古代兵器に起爆の信号を送る事が出来るアーティファクトだぞ!!」


『何処に隠されておるのか知らん物の起爆札か?』


「それだと無用の長物と言っている様にも聞こえますね。」


「何をごちゃごちゃ言ってるのだっ!!この起爆札に水を一滴垂らすと古代兵器が爆発するんだぞ!!」


『その水は何処にあるのじゃ?』


「ここは鍾乳洞じゃ無くて地震で出来た只の空洞よ。」


「あれ……水筒は……。」


「さっき逃げてった兵隊達が持ってたんじゃないの?」


『持ってたんじゃろうなぁ。持って行ってしまったがのぉ。』


「……えぇい!!こうなったらお前達も道連れにしてやる!!死ねーーー!!」



そう言うとオイゲンは、粘度の高そうな唾液の絡んだ舌で起爆札を舐め上げた。



「うわっ!きったない!」


『エンガチョじゃな。』


「がーはっはっはっはっ!!何とでも言え!!これでお前らも終わりだーーーっ!!」


「誰が触った物か分かんないのに、よくそんな物を舐められるわね。ホントこのおっさん気持ち悪いわ。」


『小便や糞をした手で触っとるかもしれんのに……病気になるぞ阿呆の小童。』


「何とでも言えっ!どうせお前達も爆発に巻き込まれて………何故だ!!何故爆発しない!!」


「ここには無いか、何処かのドラゴンが起爆装置を解体したからじゃないかしら?あれを解体と言って良いのかは分からないけれど。」


『何を言うか!あれは立派な解体作業じゃ。なのに力一杯人の頭を殴りつけおってからに。あれが最近の若者特有のキレるってやつか。』


「イワン様にはブチギレですよ、まったく。」


「まさかお前ら……古代兵器の解体をしたと言うのか……そんな…そんな事出来る筈が無い!!」


『そう言っとるつもりじゃが……阿呆には高等すぎるギャグじゃったかのぉ?』


「どっちか分からない起爆装置の配線を勘で切るのはギャグとは言いませんよ。」


「な……何と言う………事を……!?」



成す術無しとなったオイゲンは、肩を落とし視線を彷徨わせると手から起爆札を落とした。


その乾いた音だけが洞窟内に虚しく響く。



『お主の目論み、既に露見して完全に瓦解しておる。オイゲン・ミュラー、大人しく投降せい。』


「殺したい程アナタが憎いけど……これからのアズーロの為に首を差し出しなさい。」


「……首を……差し出せだと………。」



ロミルダの言葉に反応したオイゲンは、懐からナイフを取り出すと、それを両手で強く握りしめてロミルダに向けて突進し始めた。



「ふざけるなっ!!死んでたまるかっ!!」


『待てっ!!』



反応の遅れたイワンはロミルダとオイゲンの間に割って入ろうとするが、冷静な表情のロミルダが左足を大きく右前方へと踏み出したことで、オイゲンの突進を躱すと見て動きを止める。



「一回死んでこいやーーー!!」



しかしロミルダはイワンの予想とは裏腹に、右前方に踏み込んだ左足を軸にして、背を向ける回転の力を使い、オイゲンに向けて右足を高く突き出した。



「ぐえっ!!!」



真っすぐ突っ込んできたオイゲンの顎に、回転の勢いを付けたロミルダの右踵が突き刺さる。


骨の砕ける鈍い音を鳴らすと同時、呻き声と血飛沫を口から吐き出しながら、オイゲンは後方へと吹き飛ばされた。



「ふぅ………。」


『怖っ!!突進してきた相手の顎にソバット入れるとか……最近のギャル怖っ!!』


「ギャルって何ですか?これは父上の分です。私的なものですが、この位はアズーロの民も許してくれるでしょう。」


『いや~……今のはエグかったぞい。死んだんと違うか?あの小童。白目向いて血の泡拭いたままピクリともうごかんそい。』


「……ヒュー……ヒュー……。」


「息はしてる様ですから死んでは居ませんよ。それに女の子の蹴りなんて大した事ありませんから。まあ上手く決まったんで大分スッキリしましたけどね♪」


『そ、そうじゃなぁ~。あはっ、あははははっ♪』



こうしてオイゲンはロミルダとイワンによって拘束された。


イワンがロミルダの履いている靴の踵に鉄板が忍ばされているのを知るのは、帝国の司令部にオイゲンを連れて行った後の事である。





――――ギリンガ帝国/北部・大震災跡地(自然公園・北出入口)




「さあ、これを飲め。」



ブラッド・ブレーク・エールは懐から小さな瓶を取り出すと、蓋を開け、仰向けで動けないカールハインツ・ウンダーベルクの口に無理やり突っ込んだ。



「うげばばっ!なっ、何を飲ませた!」


「ゆっくりとお話してる暇も無いからな、皇帝の家に伝わる即効性の自白剤だ。洗い浚い話して貰うぞ。」


「ぺっぺっ!何を!……何……を……何……で……何だ……。」



必死で自白剤を吐き出そうとするカールハインツ。


しかしその効果は凄まじく、ほんの数秒後には半眼となったカールハインツは視線を彷徨わせ静かになった。



「ウンダーベルク、貴様に聞きたい事がある。正直に答えよ。」


「……気分が良い。……誰か話知らぬが……答えてやろう。」


「ブラッド……何かこの薬………。」


「オムは見るのは初めてかい?まあ最初は私も如何なものかと思ったが……これも必要悪という事だと割り切る様にしているよ。」


「……そうかもしれませんね。ですが身内が薬の作用で喋る相手になるのは遠慮したいです。聞いときますからブラッドが叔父さんから聞き出してください。」


「分かったよ。」



そう言うとブラッドはウンダーベルクの傍にしゃがみ、オムの顔を一瞥してから質問を始めた。



「ウンダーベルク、先ずは今回の行動を誰に指示された?」


「……三年前……ズアーク連合の使者と交渉の機会があった。……エリザヴェーナという名の女だ。」


「その女が今回の行動を指揮したのか?」


「……エリザヴェーナは……連絡員だ……。」


「ではそのエリザヴェーナという女の背後には誰が居る?」


「……三年前だ……。」


「おい!」

「ブラッド待って。……好きに話させてみよう。何か話そうとしてる。カール叔父さん話して。」



オムはブラッドを宥め、ウンダーベルクに好きに話すよう促した。



「……三年前……ズアーク連合との通商交渉の予備面談で……エリザヴェーナという女がやって来た。……その女は……ギリンガ自然公園の土地を買収したいと言い……何故かパドラの役人である私に口利きを依頼してきた……。私にはそんな交渉は出来ない……そう言うとエリザヴェーナは、ズアークのレヴィアターノ家に嫁いだ、私の三女と孫達が死ぬ事になると言って来た……。」


「最初は脅されていたのか……。」


「……私の力では如何にもならないと言うと……アズーロの相承、オイゲンミュラーを介して……ギリンガの近衛隊長、カーティス・ブロッサムに話を持ち掛けろと……野心家の二人なら……私の話に乗ると……。」


「これはまた、大物の名前が飛び出しましたな。」


―――ギリンガ皇帝の懐刀じゃない。


「……オイゲンと私は……ルドルフの秘密を知っていた……オイゲンはその秘密であるロミルダを手に入れる為なら何でもすると言って来た……しかしカーティスは……交換条件を出してきた。」


「交換条件?」


「……ギリンガの皇帝一族を失脚させるには……戦争が不可欠だと……何処でもいいからギリンガと戦争する国が必要だと……そしてオイゲンは戦争の準備に入った……。」


「………続けろ。」


「……それから一年……三女のカトリナが死んだと連絡が入った……馬車での事故だと聞かされた……だが、エリザヴェーナからの手紙には……計画を急がなければ次に孫を殺すと書いてあった……そんな中、カーティスから連絡が来た……アズーロとの戦争にパドラが参加出来ないよう、工作が必要だと……エリザヴェーナを恨んでいた私だが……カーティスの言う様な工作など思い浮かばず……孫の身が心配で……仕方なくエリザヴェーナに相談した……。」


「それで古代兵器を渡されたんだな?」


「……そうだ……だが……オイゲンの計画も中々進まず……また一年が過ぎた頃……カトリナの一番上の女の子が殺された……焼死だった……私は怖かった……だが……オイゲンにもカーティスにも……弱みを見せる訳にはいかなかった……この悪夢の日々が終わっても……その後に何を要求されるか分からなかったから……。」



聞くに堪えないウンダーベルクの独白に、オムとブラッドは目を瞑り眉間に深い皺を刻む。



「……そして今年……カトリナの長男が殺された……絞殺だった……カトリナの子はあと一人になってしまった……やり遂げなければならなかった……後が無かった……既に裏切ってしまった皇にも……家族にも……誰にも打ち明ける事が出来なかった……そのせいで娘と孫は殺されたのか?……この失敗でレオンハルトも殺されてしまうだろう……誰かは知らぬが教えてくれ……私は誰を失望させたのだ?……。」



涙を流し、彷徨う瞳で問い掛けるウンダーベルクに、その場に居る誰も答える事が出来なかった。




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