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皇帝の決断~霧の中の銃声



――――ギリンガ帝国/中部草原地帯・ギリンガ帝国軍前線基地



アズーロ共和国軍がギリンガ帝国領内に進軍して十日。


ギリンガ帝国の中部草原地帯に展開した帝国軍二十万は、アズーロ共和国軍十二万との睨み合いを続けていた。


帝国は謀反を企てていた後方部隊の将軍達と、その配下三千名の捕縛には成功したが、その影響で帝国軍内の士気は下がっており、アズーロ側からの開戦要求を出来るだけ遅らせたいという思惑を抱いていた。


アズーロ側も倍近い帝国軍との戦闘は、山岳地帯で行いたいという思惑があり、草原での大規模戦闘では勝ち目が無いと、このまま開戦する事を躊躇っている。



「このまま兵糧戦に持ち込むのが良いのではないか?」


「何を弱気な事を!陛下の前で無礼であるぞ!奴らは侵略者なのです。陛下に置かれましては、速やかに開戦の御決断を!」


「そうです!聖剣様も御呼びしてアズーロの腰抜け共を蹴散らしてやりましょう!」


「あの方はもうかなりの御歳だろう。陛下の御役に立つとは思えませんよ。」



ギリンガ帝国軍前線基地に置かれた司令部では、好戦派の将軍と、慎重派の将軍達が連日の様に議論をぶつけ合っていた。


パドラ皇国との終戦宣言から数十年。


好戦派の将軍達からすれば、この戦いで武勲を上げ、褒賞や陞爵を得て国内での発言権を強化したい旨がある。

対して慎重派の将軍達は、戦後の時代に上手く合わせた貿易等の商売で儲けた者達が殆どであり、戦争など商いの弊害でしかない。


戦争屋は戦争が終われば金儲けの種を無くす事になり、それまで不遇であった者達は、大きくなった市場で貿易や商売で金儲けを始める。


そうして財力で及ばなくなった好戦派の発言権が弱くなるのは、何時の世も同じであった。



「皆の思い理解した。明日の早朝から再度会議を行う。ともかく何時開戦になったとしても対応出来る様、新しく編成された部隊の訓練に勤めよ。兵糧は追加で一ケ月分を帝都から送らせ、その分の兵糧庫の設営を急げ。以上だ。」



言い争う貴族達が嫌に醜く見え、皇帝トーマス・ブレーク・エールは司令部とされた大型テントを後にし、皇帝専用である木製のプレハブへと移動した。



「御疲れ様で御座います、陛下。」


「カーティスか、ご苦労である。」



皇帝トーマスのマントを受け取った近衛隊長のカーティス・ブロッサムは、それをハンガーに掛けると簡易な木製のクローゼットに納めた。



「ブラッドからの連絡はまだか?」


「ブラッド王子からの連絡は御座いません。ですが妖精使いチャールズ・ギブソン、並びに水妖精クリス様と共に、北へ向かわれて居られる様です。」


「ブラッドが吉報を持ち帰れば良し。それがならん場合はコロナ獣王国の援軍到着を待ち、これより六日後の開戦とする。フレデリックとセオドアを帝都から呼び寄せよ。」


「承知いたしました。『聖剣』フレデリック様と、御子息のセオドア様を召喚いたします。」






――――ギリンガ帝国/北部・大震災跡地(自然公園・西部洞窟内)




大昔にあった大震災後、その影響で出来た自然の洞窟や湖をメインに、広大な自然公園が作られた。


大型連休ともなると、周辺の町や村から家族連れがキャンプに訪れる人気スポットである。



「イワン様~、全員の拘束出来ました~。」


『ここをこうこうこう……ここをこうこうこう………。』


「イワン様?」


『おお~すまんすまん。解体に集中しすぎて聞こえとらんかったわ。拘束は出来たかのぉ?』



震災跡地に到着したロミルダとイワン。

グリオールの街で買い込んだ、大量の酒と食料でキャンプ生活を楽しむこと数日。


何故か南からではなく、北の街道からやって来た怪しげな兵隊達が、震災跡地にある洞窟へ何かを運び込むのを目撃した。



『ふぅ~、こっちも解体出来たわい。』


「そのまま回収するのかと思ってましたけど……イワン様って意外と器用なんですね。」


『儂の手に掛かればこの程度造作も無いわい。簡単じゃからお主に教えてやっても良いぞ、かーかっかっか♪』



ロミルダとイワンは兵隊達の後をつけ、先にパドラで使用された古代兵器を設置する様子を確認。

イワンが二十人程の兵隊達を背後から強襲してロミルダが拘束。


古代兵器に取り付けられた起爆装置の解体を、イワンが行って現在に至る。



「そうですね、後学の為にも教えて貰った方が良いかもしれません。イワン様、御教示願えますか?」


『うむ、よかろう。では先ずはここを見て貰いたい。』


「……何かの札ですね。赤と青の線が古代兵器に繋がっていますが……青い方が途中で切れてます。」


『その札は古代兵器に内蔵された電力を、極微量ながら空気中に放出し続ける役割と、【電波】と呼ばれる物を受けると、それに繋がる配線に電気を流す効果があるのじゃ。そうして流れた電気は、古代兵器に内蔵された電極と短絡を起し、内部の【タンブッシツ】とか云うものが【ツイショウメツ】という反応を起こして大爆発するのじゃ。』


「なるほど……。タンブッシツとかツイショウメツとかは良く分かりませんが、この青い線を切ったから電気が流れる事は無くなり、もう爆発しないという事ですね?」


『まあ簡単に言えばそういう事じゃな。しかし、赤か青かはどちらが放出で備蓄かは決まって居らん。間違えれば途端にドカンじゃからの。』


「では、それは何処を見て判断すれば良いのでしょうか?」


『それは長年の勘じゃな!かーっかっかっか♪』


「勘?……え?!」


『聖域にも数十発保管されておるのじゃが、何千年研究しても何方が如何と言う規則性見つかんかったのじゃ。まあどっちに転んでも結果論じゃからな、今回は儂が凄かったという事じゃ。かーっかっかっか♪』



余りにもあんまりなイワンの説明で、怒りに震えるロミルダは兵隊達から没収した槍を振り上げる。



『な!何をする気じゃ!今回一番の功労者である儂に向けて槍を振り上げるとは!』


「やかましいわこの糞ジジィっ!!殺す気かーーーー!!!」


『ぎいぃいいやあぁぁぁあああっ!!!』



イワンの額に叩きつけられた槍は、後日くの字に曲がった状態で帝国軍に回収されたという。





――――ギリンガ帝国/北部・大震災跡地(自然公園内・南部公園管理事務所)




「それで設置の方は上手く行ったのですな?」



オイゲン・ミュラーは黒い覆面を付けた恰幅のいい男とグラスを軽く当てた。



「勿論です。報告はまだですが、もう間もなくでしょう。流石に竜の長がやって来たとしても、解体など死と同義ですからね。奴ら裁定者を自称する阿呆共は、指をくわえて竜王復活を眺める事しか出来ませんよ。」


「ならばその起爆札は私が預かりましょう。ここで待っていれば、あの間抜けな娘も時機にやって来るでしょうからな。」



黒覆面の男が胸のポケットから取り出した薄い半透明の板を受け取るオイゲン。



「オイゲン殿はあの娘にご執心でしたな。まあルドルフの血と言う意味では使い道も多いでしょうが。」


「あの娘は私の子を産むだけの雌豚となるのです。ルドルフの血と交う私の子を沢山産ませるつもりですよ。」


「それは盛んな事でよろしいですな。では御互いの健闘を祈りましょう。」



話も済んだと黒覆面の男はソファから腰を上げた。



「パドラに戻られるのですか?」


「ええ、一応はそうしないとこれからの生活にも支障をきたしますからな。では失礼。」



そう言って黒覆面の男は事務所の扉を開けて姿を消した。



「ふっふっふ、これでアズーロもあの生意気な小娘も儂の物だ………。」






――――ギリンガ帝国/北部・大震災跡地(自然公園・北出入口)




「………何んだこれはっ!!」



オイゲンとの会談を終え、自然公園を後にしようとした黒覆面の男であったが、公園出入り口付近で突然深い霧に飲み込まれた。


一メートル先も見えない状況に困惑した黒覆面の男は、乗っていた馬の手綱を引き停止を促す。



「……誰かいるのかっ!……出て来いっ!!」



黒覆面の男は乗っていた馬から飛び降りると、懐からリボルバー式の拳銃を取り出し、撃鉄を上げ大きく息を飲む。



「いや~、まさかお前がこんな事をしでかすとはな。」



左後方から聞こえた声に反応した黒覆面の男は、振り向いて躊躇う事無く引き金を引いた。


乾いた銃声が周囲に轟くも手応えはない。



「貴方は御自分の立場を理解されているのですか?隣国の王子に向けて発砲するなど言語道断ですよ。」



今度は真後ろから聞こえた声に敢えて反応せず、黒覆面の男は右前方に山を張り、声が聞こえた瞬間に発砲する為、再度拳銃の撃鉄を上げる。



「しかし趣味の悪い覆面だねぇ。だが、その忠誠心の御蔭で背後にある組織が分かったよ。」


「……何だこれは?!……頭の中に直接……き、貴様等何処から話しかけている!!」



今度は頭の中に直接語り掛けられてる様な錯覚に陥り、黒覆面の男は頭を抱え、怯える様に叫んだ。



「私の声が分かりませんか?叔父上。」


「……こ、この声は……オムく……ボンベイか………。」


「抵抗しても無駄ですよ。銃を置いて投稿してください。」


「……くっ、このクソがーーーっ!!」



恐怖に駆られた黒覆面の男は、狙いも定めず銃を乱射する。



「はぁ、はぁ……。くそうっ!!」



全弾撃ち尽くし、俯いて膝から崩れ落ちる黒覆面の男。



「……クリス。」


―――拘束します。



水の妖精クリスの美しい声が脳に響くと同時、黒覆面の男の二の腕と脹脛が倍ほどに膨張する。

その膨張で神経が圧迫され、手足の痺れから黒覆面の男は拳銃を取り落とした。


黒覆面の男が手足の痺れで動けなくなると、辺りの霧は霧散し、黒覆面の男からは死角となるレンガ造りの公園出入り口門柱から四人の男女が現れた。



「……ふっ、それでは当たらぬか。」



門柱は幅二メートル、厚さニ十センチ程あるのを遠目に確認した黒覆面の男は、鼻を鳴らして諦めた様に呟いた。



―――あなたの体内に侵入した霧の水分で両手両足の神経を圧迫しました。抵抗は諦めて従いなさい。



「……これまでか………。」


「いつまでこんなものを被っているのです。みっともない。」



オムは地面に這い蹲る黒覆面の男から、呆れた様子で覆面を剥ぎ取った。



「全てを話して頂きますよ。カール叔父さん。」



覆面を取られたカールハインツ・ウンダーベルクは、完全に諦めたのか大きな溜息を洩らし、力無くうつ伏せて従順の意を示した。



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