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パドラ皇国・皇都アレクサンドラ~向き合う決意




――――パドラ皇国/皇都アレクサンドラ。



建国は六千年前とも七千年前とも言われているが、現在のアレクサンドラに遷都したのが五千五百年前である事が文献や発掘調査で確認されている。


元は大陸南西の四分の一を支配する巨大な国家であったが、紆余曲折を経て、現在は最盛期の三分の一程の領土となった。


国民は世界的にも珍しい独特の宗教観を持つ事で有名であり、よそ者からすると排他的な雰囲気を感じる者も多いが、実際には酒好きで友好的な民族性を有しており、路地裏には決まって酒店が並んでいる程。


前述した宗教観は、主に象徴君主と呼ばれ、現人神とも呼ばれる皇が行う年中行事を主体として居り、五穀豊穣や国家安寧を祈る儀式を取仕切る皇への感謝や敬愛の心が、この宗教の真髄とされている。


近隣国との戦争が長く続いたが、現在では貿易など経済的な面から友好国となっており、大陸の全ての国家がパドラとの不戦協定を結んでいる。


竜人族が治める聖域との関係は古く、今日世界中に散らばる伝説的な宝剣や装飾甲冑、貴金属や宝石を使った芸術的なアクセサリ等は、その九割以上がパドラ皇国で製造された物であり、相当古い時代から聖域と商業取引を行っていた事が窺える。


その中でも時計の発明は世界を変えたと言われ、今日も世界中の職人が皇都アレクサンドラに敬意を抱いている。


前述した様に職人気質な者が集まり易い環境もからか、人族、ドワーフ、エルフが人口の九割を占めており、獣人を含めた他の種族は殆ど見かける事は無い。


しかし、配偶者として獣人を好む者も多い為、専業主婦や主夫として活躍する者達は居り、子供が集う公園や午前中の市場等では少数見かけられる。


一次産業は養豚と養鶏が盛んであり、冬を前に各家庭で豚を解体するのが風物詩となっている。


年間を通して気温はそれほど上がらず、気候的には過ごしやすいがこれと言った観光名物も無く、避暑地としては北のウルケ王国やズアーク連合国の方に分がある為、観光目的で皇都に訪れる者は少ない。


料理はどれも田舎料理が好まれているが、意外に味は良く、アレクサンドラで製造される酒、ダイギンジョウに良く合う。


最大の輸出品は高級宝飾時計を中心としたアクセサリ類であり、その美しさや機能性から世界中の王家や貴族が惜しみなく金を使う事で有名。


次いで酒類、加工肉であり、それらの殆どは聖域かハイネ王国に輸出されている。


景観は歴史ある木造建築で地味ではあるものの、近年その良さを理解する旅人も増えており、宗教的なオブジェをはじめ、異文化的魅力を再発見され注目されている。


田舎の風情を残す首都は百万都市であり、一見穏やかな国かと思えばその反面、政治手法としての戦争を国が推奨している部分もあり、各国首脳との会議の場では大きな発言権も持つ。


そんな二面性を持つ国家を古くから揶揄する言葉がある。



『赤くても青くても、紛う事無きアレキサンドラ。』



本音と建て前を使いこなすパドラ人には御注意を。



   『焔魔書房刊/月刊・歴代女皇フィギアコレクション六月号より抜粋』







――――パドラ皇国/王都アレクサンドラ・南大門前/アサヒナ酒造




『ヒロシよ、ついて来て正解じゃったろう?』


「まさかこれ程の効果があるとは………強度、持続性、感度の全てが十代に戻った様で………ミサエェェェェ!!!」


「早朝から風俗なんて……不潔にも程があると思うのです。」



アサヒナ村でのヒロシのカミングアウトが心に刺さったイワン。


ロミルダを皇都へ連れて行く序にヒロシも王都へと連れて来てしまった。



『だまれ小娘。不能と言うのは男の沽券に係わる一大事じゃ。こういった妙薬で改善すれば良し、かと言っていきなり女房で試すのも無茶が過ぎるからのぉ。先ずはこうやって使い方を覚えるのじゃよ。』


「浮気の言い訳にしか聞こえないですよ。」


『だまらっしゃいっ!!薬とは言え、効き過ぎて嫁をめちゃくちゃにしてしもうたら本末転倒なんじゃ。そもそも子供にはまだ早いから、あっちでポテチでも食べてなさい。』


「いやいや、ロミルダちゃんの言う事にも一理ありますよ。不快な思いをさせてごめんね。」


「……いえ、私もふふっ、言い過ぎました。す、みま、せん。」


『笑いながら謝るでないわ。まったく、女と言うのは男の弱り目が可笑しくて仕方が無いんじゃろうな。うちの婆も儂が困ってる姿を見ては笑っておったわ。』


「イワン様も機能不全でお悩みの頃があったのですね。」


『まあ儂の場合は精神的なもんじゃったからのぉ。この秘薬も一度使ったきりじゃな。兎に角この秘薬の効能も確認出来た事じゃし、ヒロシは村に帰ってミサエと目合って来い。』


「……イワン様、幾ら何でもその言い方はヒロシさんとミサエさんに失礼かと。」


「良いのですよロミルダさん。イワン様がその様な思いで仰っておられない事は十分に理解しておりますから。それに………ん?……はて、窓の外が妙に明るいですね?」



そう言ってヒロシが窓の傍に向かうと、ロミルダとイワンも窓へと視線を向ける。



『何じゃ?』


「何でしょう?」


「星の様な……白く輝く光の玉が……何でしょうあれは?」


『いかんっ!!!伏せろーーーっ!!!』



ヒロシの説明に、それが何かを瞬時に悟ったイワン。


近くに居たロミルダの頭を乱暴に床へ押し付けると、瞬時に龍化して窓辺に居たヒロシも床へと伏せさせる。



「痛いっ!」


「どうなっ!!」



ロミルダとヒロシが同時に言葉を発した瞬間、窓ガラスが室内に向かって砕けちり、同時に猛烈な風が室内を蹂躙する。



『ぐぬぬっ!』



イワンの唸り声と同時に地震が起こり、大きな衝突音と共に部屋の天井が落ちてきた。



「こっ、この世の終わりか~っ!!………ごほっごほっ……収まり、ましたか。……イワン様っ!御無事ですか?!」


「ありがとう、イワン様。……大丈夫ですか?」



風と地震が収まり、落ちて来た天井のせいで中腰になるロミルダとヒロシは、自分達を救ったイワンに声を掛ける。



『無事じゃ無事じゃ~。じゃが二階に居った者達が三人程怪我をしとるようじゃ。この者達を運び出さねば儂も身動きが取れん。お主等は一度外に出て、ここの者等を外に運び出してくれ。』


「分かりました!ロミルダさん、こちらの壁が崩れて外に繋がってますので、釘を踏まない様に気を付けて。」


「は、はい……。イワン様、此方から外に出るには手を踏んでしまうのですが………良いですか?」


『構わんぞ。龍化しとるから人に踏まれたところで何てことは無いわ。遠慮せんと踏んで行け。』



そうして何とか脱出したロミルダであったが、周りの建物どころか周辺一帯が瓦礫の山と化していた事に、今更ながら恐怖で足が竦んだ。


その後、建物の倒壊で生き埋めになった人々の救出を手伝ったロミルダとイワン。

それ等が一段落し、二人が情報収集に奔走したヒロシと合流したのは、夜の九時を過ぎた頃であった。




――――パドラ皇国/皇都アレクサンドラ/皇城・南の丸公園




「みなさーん、炊き出しは十分な量があるのできちんと並んで下さーい!」


『姫よ、三人分頼む。』



笑顔で一生懸命に被災者への案内と給仕をする少女。



「あらっ!イワン様ではありませんか!御戻りになられていたのですね!」



パドラ皇国第四王女クリームヒルデ・マーストマイスターは、イワンの顔を見るなり大きな瞳を更に大きくして、興奮気味に誰何しながら駆け寄る。



『時間を喰ったが何とか無事に連れて来られた。ここは他の者に任せて一緒にきてくれんかの。』


「………分かりました。グレーテル、ヴァーレリー、二人は私と共に。ツェツィーリア!外しますので後はおねがーい!」


『王女自ら炊き出しとは感心じゃが……天災では無いのじゃから、もう少し自重した方がええのぉ。』


「そうは仰いますが、あんな物が後幾つ降って来るかも分からないのです。こういう時こそ率先して民を導くのが皇族の役目かと。」



侍女のツェツィーリアにエプロンを渡すと、護衛のグレーテルとヴァーレリーを連れてイワンの元にやって来たクリームヒルデ。



『何も全く手出しするなと言っとる訳ではない。せめて暗くなる前には引き揚げるとか、本丸の近くで指揮を揮うとかあるじゃろうと言っておるのじゃ。』


「では明日からはそう致します。今は彼女に御会いするのが先決ですので、御案内頂いた先でお話の続きを致しましょうイワン様♪」


『………分かった。では、参ろうか。』



クリームヒルデに上手く話を逸らされたイワンは、渋々といった様子で話を切り上げると三人を連れて炊き出し会場を後にした。





――――パドラ皇国/皇都アレクサンドラ・西大門前/時計塔広場




「ようこそクリームヒルデ王女殿下。」


「アサヒナの……何故フェルト村長がここに?」



皇都西の玄関口である時計塔広場へとやって来たイワンとクリームヒルデ一行。


そのまま時計塔の地下室に案内されたクリームヒルデは、そこにヒロシ・フェルト゠アウグストが居る事に少し不快感を示す。



「皇族も知らない地下室を次から次と……パドラの地下はアサヒナの者によって穴だらけにされているのでは御座いません?」


「これは手厳しい。その様な事は御座いませんよ、クリームヒルデ王女。この地下室は法皇様も御存じで御座いますれば、アサヒナがパドラに弓引く事など ()()ありませんよ。」


「もう……ね。はぁ……分かりました。とにかく先ずはロミルダ様に合わせてくださいな。お話せねばならない事も多いのです。」


「もちろんで御座いますクリームヒルデ王女。ささ、どうぞこちらへ。」



両者の牽制を黙って見ていたイワンは、恐怖と言うよりも薄ら寒い悪寒にぶるぶるっと一度身震いしてから、最後に地下室の扉を潜った。





「クリームヒルデ様!」


「ロミルダ様!本当に御無事で!」



幼馴染である二人は困難の中での再会に抱擁し、互いの背を優しく叩き合って喜びを表す。



「何年ぶりでしょうか……本当に久しく。」


「七年ぶりです。ヒルデの六歳の誕生日以来ですから。」



そうして僅かの間、再会を喜び合った二人は用意されていた大きな円卓に腰を掛けた。


それを見てヒロシも席へ腰を降ろす。



『では、会議を始める。』



最後に腰を掛けたイワンは、低い声で会議の開会を宣言した。



『先ずはクリームヒルデ王女、今回ロミルダ・ライゼンハイマーをパドラに招致するに至った経緯について説明を頼む。』



イワンに指名されたクリームヒルデは、軽く会釈をすると立ち上がり、手に持っていたクラッチバックから折り畳まれた紙を取り出すと、それを広げて目を通しながらゆっくりと言葉を発した。



「ロミルダ様の保護と皇都までの護衛をして頂いたイワン様には、パドラ皇族を代表し、先ずはこの場で御礼を申し上げます。」



そう言ってクリームヒルデはイワンに深々と頭を下げた。


すぐ後ろに控えていた護衛のグレーテルとヴァーレリーは、クリームヒルデの行動に驚いたのか、目を真ん丸に開き、慌てて追従する様に頭を下げる。



「今回ロミルダ様に御越し頂いたのは、既に御存知の通り、アズーロ共和国の中枢部に不穏な動きがあったからに他なりません。それも革命運動等では無く、かなり強引な手段で国政の掌握を目論んでいるとの情報がギリンガ帝国の諜報部より齎されたからです。」


「ギリンガ帝国からですか……。」



小さく呟く様に言葉を吐いたロミルダに顔を向け、クリームヒルデは少し悲しそうな顔で微笑む。



「はい……。残念ながら、パドラではそう言った情報を掴んでは居りませんでした。申し訳御座いません。」


「い、いえ!クリームヒルデ様を責めている訳ではありません。ただ、私の従兄妹がギリンガに向かったものですから、少し心配になっただけです。」


「オム様の事ですね♪では彼の事から説明致しましょう。現在、オム・ボンベイ様にはパドラとギリンガの共同作戦に参加して頂いています。今となってはですが、当初パドラ、ギリンガ両国の役人はこの件に関して半信半疑だったのです。幾ら何でも力づくで政権を乗っ取ろう何て、今の時代に在りえないと踏んでいました。ですが、もしもの事があったら………。そこで商人と犯罪奴隷を使った大規模な調査をパドラ、ギリンガの出資で行う事となったのです。」



オムから聞いていた情報と少し合致する部分があり、ロミルダはクリームヒルデの説明を軽く頷きながら聞き入る。



「そこで、現在の大陸南西部に詳しい商人を集める事となり、白羽の矢が立ったのがオム様を含む数名の商人でした。」


「オム兄様を……犠牲にするつもりだったのですか?」



ロミルダからの返しに、クリームヒルデは首を数度横に振ると笑顔で答える。



「その様なつもりは毛頭ありません。そもそも半信半疑だったのです、命のやり取りなど考慮もして居りませんでした。」


「すみません……。兄の様に思っている方の事ですから………。」



クリームヒルデはロミルダの言葉に頷くと、後ろを振り向き、グレーテルとヴァーレリーに茶の準備を指示する。



「ロミルダ様が御心配されるのは尤もです。実際に脚本としては最悪の道を辿っていたのですから、オム様は勿論、今回の事で亡くなられた方々にも謝罪をしなければなりません。そんな中、オム様はロミルダ様とルドルフ様の窮地を知り、命の選択を迫られたのですから、償いきれるものでは無いでしょうね。」


「命の選択………?」


「ルドルフ様の処刑を阻止する為に動けば、可能性として顔バレや怪我、最悪は命を失ってロミルダ様の救出に向かえません。」


「………ええ?」


「オム様は最悪の状況下で選択を強いられたのです。ロミルダ様の命を救うか、ルドルフ様の命を救うか………。」



悲痛な表情をしたグレーテルが、ロミルダの前にハーブ茶を静かに置いた。



「………そんな。」



知らなかったと言えば嘘になる。


それはロミルダが牢獄で聞かされた父の死と、誰にも感づかれずアズーロの官邸を抜けだしたオムを見ていて思った事である。


幾ら変装しているからといって、官邸の正門をあれ程簡単に抜けられる訳が無い。


それはオムがロミルダ救出以外にはそれほど派手に動いて居らず、寧ろロミルダ救出が本命であり、ルドルフを捨て石にする事で動き易くなった可能性さえあると感じていたからである。



「……何故、父上ではなく………私なんかを………。」



口からは思いもしない言葉が零れていた。


自分の代わりに父が犠牲になった事は想像に容易い。


それはロミルダが、ルドルフ・ライゼンハイマーという人物はそうであると誰よりも知っているからである。



「……何故……オム兄様は………。」



尚も御涙頂戴の如きセリフが口を突き、内心は父ではなく自分を選んだオムに期待をする。


そんな自分をロミルダは許せない。


しかし熱を帯びる唇と、反する様に悍ましいほどの悪寒が背筋を襲う。



「感謝を……。パドラ皇、並びにギリンガ帝にはアズーロ共和国代表、ルドルフ・ライゼンハイマーの娘として、最大限の感謝を伝えます。……本当に、ありがとう。」



突然のロミルダからの謝辞に、その場に居た者達は目を見開いて絶句した。


それは誰が見ても明らかな、心からの感謝の言葉だったからである。


自分を救ってくれた事への感謝を余りにも素直に発したロミルダに、イワンとクリームヒルデは僅かな沈黙の後、笑顔で何度も頷いた。


ロミルダは自分の弱さに触れ、震えながらも本当に言わなければいけない事が何なのか悩み、叱責を受ける覚悟で本音を吐いただけだったが、存外、イワン達に理解されていた事で想いが込み上げる。



『自らの弱さと向き合う時、大体は思ってもいない陳腐な疑問を自らに問いかけ、それに酔って自分も周りも欺いてしまうもんじゃ。それが一番心が楽じゃからな。じゃが、本当に伝えなけらばならないのは、自らを救ってくれた者達への素直な感謝じゃ。お主が正直に自分の弱さを受け入れられたのなら、ルドルフもきっと喜んで居るよ。』


「命ある事を喜ばない者など居りません。たとえそれが誰かの犠牲の上に成り立っていたとしても、その想いを背負って生きて行く事が本当の強さだと私は思います。だから泣かないでください。私はロミルダ様を尊敬しますよ。」



涙を拭い、歳相応の可愛らしい笑顔を見せたロミルダは、決意を込め丁寧に言葉を紡ぐ。




「ありがとう……みんな………。私に、アズーロを救う力を貸してください!」




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