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繋ぐ想い~襲撃/心の傷




――――アズーロ共和国/首都ライゼンハイマー/パドラ皇国大使館




「……御屋敷というか……ここって一応外国になるんですけど……オム様は何で顔パスで入れちゃうんですか?」


「今回の任務の為に各国の助力を頂いていますからね。こういった場所に居られる方々との連携が自ずと必要にはなってくるのですが……まあ、流石に私もあまり出入りしたい場所ではないですね。」



ロミルダの問いに肩を竦めて見せたオムは、応接室のソファに背を預け、天を仰いで瞼を閉じた。


それを見て、目の前のテーブルに出されたティーカップに口を付けたロミルダは、傾いた太陽の光が射すアーチ窓に視線を向ける。



「………生きてるんですね、私。」



ロミルダの呟きに、オムはそのままの姿勢で小さく鼻を鳴らした。



「……本当の幸福が何か、お前にはまだ分からないだろう。だが私は知っている。我が子の成長を見守って来た者は、みんな其れを知っているのだ。」



口調の変わったオムの言葉に、偉人の残した格言か何かかと首を傾げるロミルダ。



「……我が子の成長が本当の幸福……ですか?」


「そう仰ってましたよ。」



背を預けた状態から姿勢を正したオムは、ロミルダに顔を向けると優しく微笑んだ。



「ルドルフさんが御存命であれば、いつか貴女にもこの言葉を送ったでしょう。」



緊張の糸が切れたのか、感情を抑えきれないほど精神の安定を無くしていたのか。



「金儲けに必死な駆け出しだった頃の私に、ルドルフさんはこの言葉を下さいました。私はロミルダさんに、この言葉を伝える為に、今を生きているのかもしれませんね。」


「……ルドルフ父様っ………。」



瞳から溢れる涙が頬を伝った瞬間、ロミルダはオムの胸に額を預けて小さく父の名を呼んだ。



「ルドルフ様は心から貴女を愛しておられた。ですから最後まで生き延びて、幸せになる事が貴女に課せられた義務なのですよ。」


「ありがとう……御父様………。」



震える声で、悲しみと感謝を込めて。







「さて、何とかロミルダ君を救ってくれた様で安心したが、君はこの後如何するつもりだい?」


「それはギリンガとの契約もありますので、いくらパドラ皇国の政務官であらせられるウンダーベルク殿の頼みであっても、お話する訳にはいきません。」



パドラ王国外務大臣政務官であるカールハインツ・ウンダーベルクの問いを、他国の名を出してまで拒んだオム。



「いや、オム君が勘繰るのも無理はないが、今のパドラは変わったのだよ。現にギリンガ帝国との蟠りも、君達商人の御蔭で流通という強い絆が生まれた今、年に一回は御互いの国に皇が行き来する仲になったんだ。信じてくれないかね?」


「ウンダーベルク殿、まだ本当の黒幕が分かっていないのです。憶測を交えての協議など話になりませんよ。それに、師団長殿が三年前に建設した聖域のゴルフ場で開かれるコンペが目当てなだけでしょ?両国の王様方は。それとも彼を巻き込んで、直接介入されるのがお望みなのですか?」


「い、いやぁ、それは……。」


「はぁ……。リディ叔母さんの旦那さんだから信用はしてますけどね、カール叔父さんだからといって、他国の機密も絡む様な事を簡単に口に出せる訳ないでしょう。」


「仕方ないねぇ、私も仕事を優先しすぎた様だ。すまない。」



カールハインツは剥げた頭を掻き、眼鏡を外して反省の言葉を述べた。



「華剣殿はお元気かね?」


「手紙のやり取りだけですが、母は相変わらずですよ。最近は狐人の女の子に剣技を教えてる様です。」


「ほお、それは相当筋が良いのだろうね。」


「でしょうね。母は私にも妹達にも剣は教えませんでしたし……そう言えば、好敵手が現れた何て手紙に書いてましたね。」


「華剣殿と打ち合えるとは相当な手練れだねぇ。三剣の他の誰かと言う訳では無いのだろう?」


「それなら名前を書くでしょう。ですが母がそこまで言うのなら、一度その剣技を拝見したいものです。」


「はっはっは、そうだねぇ。」


「……おはようございます……って、ウンダーベルクさん!何故パドラの事務方である貴方がここに!?」



日も完全に落ちた午後八時。


泣き疲れ、オムの膝に頭を乗せて眠っていたロミルダは、パドラ王国の外交事務全般を預かるカールハインツの姿に驚き、更にオムの膝で眠っていた事にも驚いて飛び起きた。



「いやぁ、笑い声が大きかったようだね。起こして済まない、ロミルダ君。」


「い、いえ。それより私が知っている方というのはウンダーベルクさんだったのですね。」


「ええ、今回のロミルダさん救出は彼からの依頼の一部だったので、予定通りこちらに御連れしたのですよ。」


「そうだったんですね。本当に有難うございます。御蔭で何とか生き延びる事が出来ました。」



ソファから腰を上げ、立ち上がったロミルダは、カールハインツに深々と御辞儀をした。



「我が国の作法で、これは御丁寧に。」


「この御恩は一生忘れません。」


「大した事ではありません。ですが御父上、ルドルフ殿の事は間に合わず、此方も申し訳なかった。許して欲しい。」


「いえ、父も私もオイゲンの企みに気付かなかったのです。経済発展を急ぐあまり、周辺国との協調が取れていなかったのでしょうね。御迷惑をお掛けしました。」


「まあまあ、御礼と御詫びはその辺りで。ロミルダさん、お腹が減っているでしょう?食堂にパドラ皇国大使館が誇る豪華なディナーが用意されているそうです。御馳走になりに行きませんか?」


「御馳走………いきますっ!!!」


「それじゃカール叔父さん、行って来るよ。」


「ああ、ゆっくり味わってくれたまえよ。」


「……え?」



カールハインツとオムのやり取りを聞き、応接間の扉の前で固まるロミルダ。



「どうされました?ロミルダさん。」


「あ、あの……今何と?」


「……ああ、オム君は私の甥に当たるのだよ。そうか、私とルドルフ殿は母方の従兄弟になるから、ロミルダ君とオム君は親戚になるねぇ。オム君はロミルダ君に説明しなかったのかい?だが……。」


「な……何ですとーーーー!!!」



カールハインツから自身とオムの関係を知らされ、赤面した上に奇声を上げたロミルダは、脱兎の如く応接室から出て行ってしまった。



「ふぅむ……血縁関係は無いと言おうとしたのだが……何か勘違いさせてしまったようだねぇ。」


「良いのではないですか?親戚である事には変わり無いのですから。」


「ロミルダ君は君の事を憎からず想っているのだろう?」


「師団長殿が言う処の、吊り橋効果と云うものではないでしょうか?」


「義理とはいえ、弟の事を師団長殿と呼ぶのは感心しないよ。まるで隠語の様だ。」


「彼の存在は秘匿したいですからね。誰が聞き耳を立てているか分かりませんから、カール叔父さんも気を付けてくださいよ。」


「それは分かっている。だが、ロミルダ君の様な美少女なら、想いに答えてやっても良いのではないかい?」



カールハインツの言葉に大きな溜息を吐いたオムは、腕組みしていた右手を額にやると、疲れた様に言葉を吐いた。




「私に女性の趣味はありませんよ。」







「ロミルダさんはパドラの使節団に紛れてパドラ皇国に向かって下さい。」


「あ、あの……オム様はどちらへ?」



パドラ王国大使館の裏口で言葉を交わすロミルダとオム。



「私はギリンガ帝国へ向かいます。」


「パドラには一緒に行って頂けないのですか?」


「今回の事を他の依頼者にも報告に行かねばなりません。殺された者達の殆どは、犯罪奴隷を商人や役人に変装させた囮だったのですが、本物の商人仲間も数人殺されてしまいました。勿論、危険を承知で受けた依頼ではあるのですが、オイゲンや彼を操っている人間をこのまま放置する事は出来ませんし、余り時間の猶予も無い様に感じます。」


「ですが……。」



そう言って俯いたロミルダの頭を優しく撫でるオム。


祈る様に胸元で手を合わせたロミルダは、涙をいっぱいに貯めた潤んだ瞳でオムを見上げる。



「ここでお別れです。ロミルダさん、どうか御元気で。」


「……いつか、再会できる日を御待ちしております。……オム兄様。」



ロミルダの頬に伝う雫を両手の親指で拭ったオムは、爽やかな笑顔を見せて頷いた。



「私もその日を楽しみにしていますよ。」



もう一度、ロミルダの頭を軽く撫でたオムは漆黒の大馬に跨ると、パドラの護衛騎馬兵三人を連れて裏口から出て行った。


街では顔を広く知られたルドルフ・ライゼンハイマーの娘である。


通りに出たオムの背を見送る事は許され無かった。





――――アズーロ共和国/首都ライゼンハイマー近郊/連絡街道・茶屋




「ロミルダ君、お団子を買って来たよ。一緒に食べよう。」


「……はい。」



優しい笑みを見せるカールハインツであるが、オムとの別れから立ち直れていないロミルダを見て、困った様な笑顔を作る。



「良い男だっただろう、君の従兄妹は。」


「良い男なんて……優しい方でした。」



そう言いながら団子の入った紙袋を開け、取り出した団子を一本、ロミルダに手渡すカールハインツ。


その言葉と気遣いに、寂しそうな笑みを浮かべて会釈しながら団子を受け取るロミルダ。



「彼には妹が四人いてね、君の事も妹の様に思っていたんだろう。彼は女性に膝を貸す様な事はしない男だからね。」


「出会ってたった一日ですから……でも……そう思ってくれてたなら嬉しいな。」



少し頬を紅潮させるロミルダを見て、オムの趣向は死んでも説明出来ないと悟るカールハインツ。



「ま、まあ、そのうち再会できるよ。」


「だと良いですね。……いえ、全てが片付いたら私から会いに行きます。」


「そ、そうだねぇ。従兄妹なんだから、その気になればいつでも会えるさ。」


「はい!」



何れ知るであろう衝撃的事実にロミルダが耐えられるか心配なカールハインツであったが、どの道こうなっては口に出せないので話題を変える事にした。



「それはそうとね、パドラの宮殿には君を待っている人がいるのだよ。」



カールハインツの言葉に首を傾げるロミルダ。



「パドラの宮殿で、ですか?朝、今後の説明を頂いた時には仰られていませんでしたが。」


「あの時は参事官や書記官達も居たのでね。一人は君の知っている人物だが、もう一人の方は、間違いなく初対面だと思うよ。」


「どなたですか?」


「一人は君の幼馴染であるクリームヒルデ第四王女だ。もう一人は……うおっ!!!」


「……なっ!!?」



二人が会話していると、轟音と共に止まっていた客車が突然横転し、カールハインツの腹の上に尻から勢い良く落ちたロミルダ。



「なっ、何なのっ!!」


「追手の……襲撃か……ぐぅぅ……くそっ。」


「ウンダ―ベルクさん!大丈夫ですか!」



横転の衝撃で右腕が客車の外に出てしまっていたカールハインツは、地面と客車に腕を挟まれ苦痛に顔を歪め乍らも、何とか挟まれた腕を引き抜こうとしていた。


自分が車内に居ては重くてカールハインツの腕が抜けないと察したロミルダは、空を向いた客車の扉を開けようと座席を上りだした。



「!?…どうしたのですか!?早く私が出ないと、ウンダ―ベルクさんの腕が!」



座席を上ろうとしたロミルダの足首を左手で掴んで静止を促すカールハインツ。



「……いけない……ここから出てはいけないよ……。」


「でも!このままじゃ腕が!」


「……いいんだ……君は死んではいけない……死なせない……外から護衛達が戦う声が……聞こえている……彼等が扉を開けてくれるまで……ここに居なさい。……ぐうぅぅっ!」


「でも………。」


「私はオム君と約束したのだ……ロミルダ君……君を必ず無事にパドラへ……送り届けると……約束したのだよ。……ぐうっ、大人を信じれなくなったかも……知れないが、ここは私を……信じてくれないか。」


「うぅぅっ……はい……。」



その後暫く続いた銃声が止み、護衛に救出されたロミルダとカールハインツであったが、三台あった馬車が全て破壊された為、闇夜の街道を騎乗して逃走する事となった。




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