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暗闇の二人~夜の御供


何時も御読み頂き有難う御座います。




――――アズーロ共和国/首都ライゼンハイマー/下水道通路




「……ここを……行くのですか?………。」



下水道を流れる汚水に足首まで浸かり、酷い悪臭に鼻を摘まんだロミルダが、先導して前を行くオムに問いかけた。



「ここは……首都全域の汚水が流れ込むので……複雑な迷路になってますから……追手に見つかる可能性は……ありません……。」


「そういう意味で問うたのではありませんが……はぁ、命には代えられませんからね。」


「ご理解頂けて……幸いですが……少しの間……彼方を向いておいて……うっぷっ!」


「……はい?」


「そろそろ限界なの……ゲロレロレロレー!!」



ロミルダが言葉の意味を理解する前に、オムはマー○イオンの如く豪快に嘔吐した。


そうして暫く、胃の中の物を粗方吐き出したオムはスッキリした顔でロミルダに話し掛ける。



「すみませんでした、ロミルダさん。……ロミルダさん?」


「エレエレエレー。」


「……うっぷ!」





「それで、このまま首都から抜け出すおつもりですか?」



暗闇での貰いゲロ合戦を終えたロミルダとオム。


胃の中を空っぽにした甲斐あってか汚水の匂いにも慣れ、手を繋いだ二人は複雑な下水迷宮を進む。



「いえ、このまま処理場まで行くと待ち伏せされている可能性が高いですから、ここは情報収集と参りましょう。」


「……こんな所で何を収集されるのです?」


「ここではありませんよ。この先の突き当りを右に進んで迂回します。」


「???……それでは官邸に近過ぎて……かえって危険、ではないですか?」


「牢獄から脱出して丁度二時間程になります。兵士に紛れ込んだ際に聞いたのですが、監獄の見張りは二時間で交代するそうです。ですから丁度今頃オイゲンの耳に脱獄の一報が入っている頃でしょう。」


「その隙を見て官邸に戻る……ですか。」


「ええ、幸いアズーロは官邸に詰めている兵士も非常に少ないので、混乱に乗じて黒幕さんの目的を探らせて頂こうかと。」


「確かに官邸に詰めている兵士は少ないですが……首都全体なら数万を超える人数がいますよ?」


「流石はライゼンハイマー家御令嬢ですね。」


「ほ、褒めても何も出ませんよ。それにアズーロは貴族制度を廃止していますから、その様な呼び方が心地良く感じる事などありません。」


「これは失礼を。」


「で、どうなさるんです?」


「まあ脱獄囚を探すのに、脱獄された牢獄へ大人数を集める様な事はしないでしょう。普通は外に居る者を更に外へ向かわせて、検問なり見回りなりするのが定石です。それに今は深夜。街への出入りが可能な場所と、この下水道が行きつく処理場の周辺に人を多く配置してくると思いますよ。」


「なるほど。その混乱に乗じて情報収集ですか。」


「多く見積もったとしても、この時間なら精々五百人程で私達の捜索に当たるしかないでしょうからね。それに首都全域を捜索する人員も必要ですから、官邸の兵士達も外の見廻りに出されていると思いますよ。」


「何時もならニ、三十人ぐらいが官邸の警備に当たっているはずですが……外に出た者も居るとなれば官邸での行動も容易い……ですか。」



暗闇の中、互いの手を握る力の強さで意思確認をする。



「裏切り者のオイゲンを許す事は出来ません。御父様の為にも……ライゼンハイマーの為にも……御力を御貸し頂けますか?」



「勿論です。商人を敵に廻すと如何なるか……彼には身をもって知って貰わねばなりませんからね。」





――――アズーロ共和国/首都ライゼンハイマー/官邸・執務室




「処理場へは儂も向かう!貴様らは街の出入り口で検問を張れ!」


「で、ですがオイゲン殿。それでは官邸の警備に人が殆ど……。」


「黙れっ!!処刑されると分かって戻って来る者など何処に居るというのだっ!!貴様も官邸に残る兵士を連れ下水道の捜索に向かえ!一刻も早くあの娘を捕まえるのだっ!!」


「りょ、了解いたしました。」


「全くどいつもこいつも使えない者ばかり!これだから頭の悪い平民を警備兵に採用するのは嫌だったのだ。ルドルフの奴め、簡単に殺すではなく四肢を引き裂いてやればよかったわっ!!」



慌てて執務室を後にする警備兵長の後に続き、喚き散らしながらオイゲンも執務室を後にした。





「んー、んー!ぷはっ!」


「これは失礼。肩を震わせてお怒りの様子だったので、つい口を押えてしまいました。」



誰も居なくなった執務室の本棚が、壁ごと反転して現れたのはロミルダとオムである。



「確かに御父様の安否はある程度覚悟していましたが、目の前にその仇がいたら刺し違えても仇討するのが娘の役目というものです!」


「しー!お静かに。とにかく今は相手の狙いを探るのが先です。」


「そう言われても、この状況で感情を切り替えるなんて出来る訳ない!オム様だって親御様を殺されたら………。」



言葉を遮る様にロミルダの両肩を優しく掴んだオムは、小さく溜息を吐くと視線を合わせる様に膝を折って語り掛けた。



「怒りや悲しみを制御する事はとても難しい事です。ですが私は、どの様な形で父母を亡くしたとしても、先ずは己のやるべき事を全うすると思います。例えばこの様な状況に立たされたとして、こんな場所で泣き叫んだところで父母が喜ぶとは到底思えませんから。」


「……ですが………。」


「あなたはもう少し大人にならなければならない。そういう立場に居られるのですから。」



そう言ってオムはロミルダの肩から手を離すと、早速執務室の机や棚にある書類に目を通し始めた。


ロミルダは少々不貞腐れた表情ながらも、言われた事の意味を理解したのかオムの触っていない棚の書類に目を通して行く。


そうして執務室に入って十分程。



「ふむ。如何やら黒幕の存在も疑わねばならない様ですね……。」


「………何か見つかりましたか?」



オムの言葉に反応したロミルダは、自分が見ていた書類を置き、オムが見ている書類を横から覗き込んだ。



「……これは小麦と大麦……その他の穀類や豆類の買い付け伝票ですね。……今月の物ですが、これが何か?」


「こちらが先月の物です。」


「うん?先月に比べて、それぞれ三倍の量を買い付けていますね。……それもハイネ王国からではなく……ズアーク連合国からですか……。」


「アズーロは内陸側で稲作に力を入れていますよね?それも温暖な気候の御蔭で年に二回収穫出来る。アズーロ国民の主食だったと思いますが。」


「確かに新鮮で美味しいお魚が沢山取れますし、ご飯と焼き魚や煮魚の組み合わせは最高に……って、そんな事より小麦を多く買い付けたから何だと言うのです!?」


「米の生産が間に合っているのに、突然小麦や大麦を大量に買い付ける理由は何でしょうか?」


「それは……米だけでは足りないからなのでは?」


「では()()足りないのか?」


「誰にって……自給率が間に合っているなら菓子やパンを焼くから……確かに三倍は多すぎますね。」


「これは準備を始めたと考えるのが妥当です。」


「何の準備ですか?」


「米に比べて日持ちのするパンを焼かねばならず、尚且つ馬に与える穀類と豆類を大量に買い付けるとなれば答えは一つです。」


「……大勢で何処かに行く……いえ、軍事行動でしょうか?……え、まさか?!」



「そう、オイゲンはアズーロの代表になった後、何処かの国に戦争を仕掛けるつもりの様です。」







「もう!オム様も私の顔があの様になっているなら早く言って下さればいいのに。」


「この部屋に来るまで顔の洗える様な水瓶はありませんでしたから、言わない方が余計な心労を掛けずに済むかと。」


「理屈と膏薬は何処にでも付く、ですね。」


「転生者が残された古語ですね。ですが私は、それほど屁理屈を言う性分ではありませんよ。」


「どうでしょう?そういう面を多分に持ち合わせている方が、商人として大成されるのでは?」


「これは手厳しい。」



執務室横に備え付けされた、簡易な洗面所で顔と手足の汚れを落としながら軽口をたたき合った後、微笑み合ったロミルダとオムは、オイゲンの服や靴を拝借して執務室を後にした。




――――アズーロ共和国/首都ライゼンハイマー/官邸・正門




「あぁ、食堂の新人さんね、聞いてるよ。」


「起きて厨房に参りましたら、今日は官邸の外に居ろって言われたもんで。」


「身分証も二人確認取れたから、今日は外で羽でも伸ばしてくると良い。」


「へい!それじゃあ、あっしらはこれで。」


「ごくろうさ~ん♪」



早朝だというのに騒がしい官邸の正門を、悠々大手を振って出て来たのは猿人と兎人の男女。


官邸前の通りから路地に入ると、兎人の女は有ろう事か自らの鼻を捥ぎながら猿人に話し掛けた。



「本当に気付かれなかったですね……。」


「勿論です。この付け耳と尻尾はハイネ王都の天才科学者が開発したものですし、身分証もひと月前から用意していましたから。」


「……そんなに前から私が牢獄に入れられると分かっていたのですか?」


「いいえ、備えあれば憂いなしと言った処ですよ。」



ハイネ王国が誇る天才マッドサイエンティストが開発した『マンネリな夜に一味違うお楽しみを❤ⅩⅩ』シリーズのウサギさんを何も知らずに装着したロミルダと、ノリノリでおサルさんを装着したオムである。



「それで、こんな格好で出れるなら最初から下水道などを通らなくて良かったのではありません?」


「いやいや、あの時間にこの格好で官邸内を動き回るのは厳しいですよ。早朝に食堂の職員だからこその方便というものがあるのです。」


「方便ねぇ。」


「様式美とも言いますが。」


「はいはい。で、これから何処に向かうのですか?」


「本来、ロミルダさんが付けているジョークグッズを着用する筈だった方の元に向かいます。」


「……協力者ですか?」


「そうです。身分証何かはその方に用意して頂いたのですから。そうそう、ロミルダさんも御存知の方です。」


「私の知る方ですか……。何人か心当たりがありますが、その者達の多くは私と御父様を裏切りましたから……。」


「気が重いですか?」


「いえ、何時までも俯いては居られません。それに、その方の元で少し休めるなら……もう足が棒ですので。」


「そう致しましょう。まだ先は長いですからね。」



朝日が昇る首都ライゼンハイマー。


ロミルダとオムの二人は朝日を避ける様に路地裏を進み、一時の休息を求めて重い脚を動かす。




「ところでジョークグッズとは何ですか?」


「大変有難い御利益がある品の事ですよ。」




ジョークグッズ……紳士、淑女の嗜みですね。

この世界にも、とあるマッドサイエンティストが齎してしまったようです(笑)

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