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思考停止のプリンセス~出会いはブラックメイク


いつも御読み頂き、誠に有難う御座います。

一章終了から少し時が進んでおります。


大変な時世では御座いますが、これが家での暇潰しに少しでも役立てば幸いです。




――――アズーロ共和国/首都ライゼンハイマー。



我が国の歴史は二十五年前の独立運動に遡る。


数百年に渡って繰り返されてきたパドラ皇国とギリンガ帝国の戦争は末期に到り、双方にとって何の益も無い物となっていた。


互いに消耗するだけの衝突に初めて異を唱えたのが、パドラ皇国のライゼンハイマー公爵である。


ライゼンハイマー公爵は、自らが守護する領地をも戦場にされ、領民が無下に命を落とす戦争を嘆き、私財をなげうって戦場中央に食料と薬品を大量に用意した。


そして、それ等を従軍した両国の兵士達に無償で配ったのである。


温かいスープと焼き立てのパンが食べられる場所で争う者は瞬く間に居なくなり、両国兵士は武器を捨て、ライゼンハイマー公爵の手伝いをする様になった。


その行動に憤慨した両国の王は、事もあろうにライゼンハイマー公爵に刺客を差し向け、その命を奪ったのである。


既に数万人規模になっていたライゼンハイマー公爵を慕う者達は、二手に分かれて両国首都へと行進を始めた。


決して武器は持たず、殺める事無く、平和で自由な地を与えろと、両国の王に進言する為にである。


その運動は瞬く間に戦争に疲れ切っていた両国国民を巻き込み、最終的に両国の王城を包囲した民衆の数は、延べ200万人を超えた。


二ケ月に渡って王城を包囲された両国の王は、休戦協定を結ぶ以外に運動を鎮める手が無くなり、長く戦場として使われてきた、広大な地域を手放す事となったのである。


運動に参加した百数十万人は休戦条約締結後、ライゼンハイマー公爵が建てた食料配布所の周辺に移り住み、現在の首都を築くとその地をライゼンハイマーと名付けた。


そしてライゼンハイマー公爵の長男である、ルドルフ・ライゼンハイマーを代表に選出すると、パドラ、ギリンガ両国との和平交渉を始め、平和条約締結を以ってアズーロ共和国を建国したのである。


現在はパドラ、ギリンガ、アズーロの三国で安全保障の同盟関係を築いており、世界で最も新しい国家に各国から莫大な資金が流入している。


特に首都であるライゼンハイマーは、新鮮な魚介料理を提供する飲食店や宿が密集しており、美食という面でハイネ王国王都と姉妹都市協定を結んでいる。


国土の約半分が海に面している為、最大の輸出品は塩であり輸出量は世界一。


年中温暖な海の御蔭で観光客も非常に多く、年間観光客数は世界第二位であり、特に女性の観光客が多く、実にその八割を占める。


ライゼンハイマー公爵の残した言葉にこんなものが有る。



『国を強くしたければ女性が輝かなければならない。だが女性が輝かなければ真の平和も訪れないのである。』



国名であるアズーロとは、転生者が残した言葉で「青」を意味する。


これは、ライゼンハイマー公爵が好んで身に着けていた外套が青であり、埋葬の際にも青い柩に納められた事に因んで命名されたものである。



        『焔魔書房刊/アズーロ共和国の歩みより抜粋』






――――アズーロ共和国/首都ライゼンハイマー/アズーロ代表官邸




「何故事前に連絡が無かったのです?御父様だけが出席する事になっていたのでしょう?」


「申し訳ありませんロミー王女殿下。しかしながらプロバスケットボール協会設立5周年という事で、各国の使者が次期代表である殿下ににどうしても御目通りしたいと………。」


「オイゲンさん、アズーロがパドラから独立したのは30年も前なのです。民主的な選挙で代表を選ぶこの国に、王女も殿下も居ませんよ。」


「ですが………。」


「ですがもヘチマもありません。誤解を生む様な発言は控えてください。」


「……失礼致しました。」



官邸の広く長い廊下を足早に進むロミルダ・ライゼンハイマーは、オイゲン代表補佐の発言に対して釘を刺した。


先程から彼の発言を耳にした官邸事務員やメイド達が、すれ違う度に後ろでヒソヒソ話をしていたからである。



一旦立ち止まり、それを理解したオイゲンが漸く静かになったのを見て小さく溜息を吐くと、ロミルダは各国の使者が待つ会議場へと歩を進めた。







「やけに静かね?バスケの使者さん達て何人来てるのかしら?」


「各国それぞれ10名程でしたから……100から130名程、と言った所でしょうか?」


「……多いわね。でも横の部屋にいてこれだけ静かなんだから変なのは居ない様ね。安心したわ。」



会議場に隣接した控室で姿見に自分を映し身嗜みを整えるロミルダは、100を超える商人や富豪が豪く静かにしているものだと違和感を覚えたが、現世界最強のバスケットチームであるハイネ選抜と、アズーロ選抜との親善試合が行われていた会場から官邸へと急いで駆け付けた事もあり、姿見に映ったみだれ髪に櫛を通す事へと意識を戻してしまった。





準備万端といった様子のロミルダは、胸に手を当て一度深呼吸をすると、ドアノブに手を掛けて待っていたオイゲンに、軽い会釈をしてドアの解放を促した。


ロミルダはドアを潜り、議長席裏から入場すると、広くて薄暗い会議場を見渡す。



「御待たせ致しました。ルドルフ・ライゼンハイマーの娘、ロミルダ・ライゼン……て………あれ?」



優雅にドレスの裾を軽く摘まみ、挨拶と共に自己紹介をしようとしたロミルダは、暗さに目が慣れて来たのか議場に座る人々が机に突っ伏して自分を見ていない事に気付く。


如何にアズーロが貴族制度を廃止した国だとしても、呼び付けた割には余りに無礼な態度をとる使者達に少々苛立ちを覚えるロミルダであったが、その場で三分待とうが五分待とうが誰も何の反応を示さない事で、漸く異常な空間に立たされている事を理解する。



「………な、何をしているんです皆さん?!」



慌てたロミルダは最前列の議席に突っ伏している男性の元に駆け寄り、肩を叩くが反応が無い。


大きく肩を揺らしても反応が無い事で、不安を押さえつつ手首に指を当てて脈をとる。



「……嘘、死んでるの?」



その遺体のすぐ後ろにある席に突っ伏した男性の脈も確認するが、冷たくなっていた手首に脈は無く、既に事切れていた。



「え?!……もしかしてここに居る人達……全員?」



目の前の現実。


百を超える変死体を前にして、急な悪寒に襲われるロミルダ。


生れて初めて震える膝の感覚によろめき、右手を傍の机に突いて体を支えたが、その腕もまた大きく震えている事に気付く。



「……とにかく誰かにこの事を……そう、オイゲン!……この事をオイゲンに伝えて人を呼んでもらわないと。」



今だ震える膝を左手で何度も叩き、議長席の後ろの扉に居る筈のオイゲンの元へと必死で歩くロミルダ。

しかし足は震えて思う様に歩けず、ヒールを履いたロミルダは上擦った姿勢で変な歩き方になる。


情けないやら見っともないやら。


この場にその姿を笑う者がいない事は頭で理解しているが、この時のロミルダは恐怖から来る悪寒と共に、自尊心から来る羞恥にも襲われていた。



「……何なのよ………もう………。」



何とか辿り着いた議長席裏の扉。



「えっ!何でッ!……オイゲン!……オイゲン!!居るのでしょうっ!……早くドアを開けてっ!こっちからは開かないの!……オイゲン!!」



震える右手でドアノブを何度も回そうとするが、鍵が掛かったかの様にドアノブは動かず、焦るロミルダはオイゲンの名を何度も叫んだ。



「ハァ、ハァ……どういう事?!……鍵掛かって……どうしたら良いのよ……。」



震えから足は言う事を聞かず、頼りのオイゲン代表補佐も自分には気付いてくれない。



悪寒は治まらず、どんどん心細くなっていくロミルダはドアの前でへたり込み、声も出さずに涙を流した。







「……ここは………。」



何時の間に眠っていたのか。


目を覚ましたロミルダは、寝た姿勢のまま先程まで自分が遭遇していた異様な状況に思考を巡らせ、見知らぬ天井を見つめたままブツブツと小さく呟き始めた。



(さっきのは夢?……な訳ないわよね……。あんなに沢山の人が死んだんだから……今頃は御父様も忙しくて私に構ってる暇は無いわね。それにしても事故かしら?……薄暗かったけど、床に血が流れたりして無かったわよね?自分でも気付かないうちに死ぬとしたら……一酸化炭素中毒とかかな?でもあんな広い議場でそれは無いだろうし、もうすぐ夏って言うのに炭や薪の不完全燃焼何て有り得ないか……。やっぱり……殺人。……それも毒殺の可能性が高いわね。……でも、だとしたら誰が何の為に………。)



溜息を一つ吐いたロミルダは、起き上がるとベットから足を下ろす。



「ここは……官邸の地下牢だったのね……。何故私がこんな所に………。」



ロミルダは床に足を下ろすと立ち上がり、フラフラと鉄格子に向かって歩き出した。


格子に手をやり、顔を近付けて通路の様子を伺うが、見張りの兵士の姿は見当たらない。

向かいの牢獄に目をやると、縄で縛られた男性が頭に黒い麻袋の様な物を被さられて床に横たわっている。



声を掛けようか少し悩んだロミルダは、使用禁止にされている筈である官邸地下牢で横たわる男性に違和感を覚え、思い切って声を掛けようとした。



「あの……もし………。」



「何故に見張りが居らんのだっ!!娘から目を離すなといった筈だ!!何処に行きおったのだ、全く。」



ロミルダが向かいの牢獄で横たわる男性に声を掛けた次の瞬間、怒りに任せて誰かをきつく叱責する大きな声が地下に木霊した。


その怒声は徐々にロミルダの居る牢獄へと近付き、遂に鉄格子の前までやってきた見知った相手との対面となる。



「これはこれはロミルダ王女殿下。漸く御目覚めで御座いますかな?」


「オイゲン……。これは一体どういう事なの?!説明しなさいっ!」


「知る必要はありません。知った所で貴女には何も出来ませんよ。明後日、処刑されるのですから♪」


「……何を言って………。」



ロミルダが幼少期から知る父の右腕。

アズーロ共和国代表補佐であるオイゲン・ミュラーは、寡黙で穏やかな人物であった。


しかし鉄格子の向こうに立つ男は歪に口角を歪め、見下した視線をロミルダに向ける。



「明後日が楽しみですね♪親子揃って断頭台の露になるとは何たる哀れっ!!……くっくっくっ……あーッハッハッハッ♪」


「お……御父様……御父様に何をしたの?!オイゲンッ!!答えろっ!!」


「では御機嫌好う、ロミルダ姫殿下♪……見張っておけっ!!」


「ハッ!!」


「待ちなさいっ!!オイゲンッ!!話は終わって無いわっ!!ここから出しなさい!!オイゲンッ!!」



オイゲンは絶叫するロミルダに振り返る事も無く地下牢を後にした。


地下に木霊するロミルダの叫び声は、数分と持たず空腹と疲労から力を失っていく。



「……こんな時でもお腹は減るのね……。売り子さんが勧めてくれたクラブハウスサンド……食べとけば良かったなぁ……。」



その場でへたり込んだロミルダは、ハイネ王国のバスケ観戦では大人気だというクラブハウスサンドとエールの組み合わせを試さなかった事に今更後悔した。





「空腹のまま死ぬ何て嫌すぎる……ていうか、そもそも死にたくないわね。」



腹の虫は時も場所も選ばず鳴る。


この状況でも元気な虫の音に幾分か落ち着きを取り戻したロミルダは、牢屋の壁や床をペタペタと触って調べ出した。



(とにかくここから抜け出さないと……死ぬにしてもこんな小汚い姿で死ねないわ。どっかに抜け穴とかないかしら?)



石組された床や壁の目地に指を滑り込ませ、手入れされた爪をボロボロにしながら必死で向け穴を探すロミルダ。



「抜け穴はありましたか?」


「え?今探してるところよ!」


「それ以上やると爪が剥がれてしまいますよ。」


「それでも私は……ここから抜け出さなきゃいけない……って、貴方……誰?」



真っ黒になった手で額の汗を拭うロミルダ。


余りにも必死に抜け穴を探していたからか、鉄格子の向こうから聞こえる声に無意識で返事していたロミルダは、違和感に気付くと慌てて声のする方へと振り返る。



「その牢に抜け穴はありませんが、彼方には人目に付かず街へと抜ける地下通路があります。御一緒しませんか、ロミルダ・ライゼンハイマーさん。」



ロミルダの目に映ったのは先程オイゲンから叱責を受けていた見張りの男が、兜を脱ぎながら話す姿であった。



「……貴方は見張りの兵士ではないのですか?」


「残念ながら……いえ、貴女にとっては幸運な事に、私は見張りの兵士では御座いません。」


「だったら……。」



ロミルダが話を続けようとすると、男は右手の平を見せ制止を促す。

そして左手で腰に下げた鍵の束を手に取ると、三度ほど鍵を錠に合わせて鉄格子の扉を開けた。



「急ぎましょう。それほど長くは彼の目を誤魔化せないでしょうからね。」



男の行動を見て呆気に取られるロミルダは、牢の中に入って来た男に空いたままの口から問いかけた。



「……貴方は……何者なんですか?」



ロミルダの言葉に首を傾げる褐色の肌をした男は、左手の平に右手の拳を軽く当てると合点がいったとばかりに爽やかな笑顔を見せた。



「私の名はオム・ボンベイ。本職は商人ですよ。」



その男の笑顔を目の当りにした途端、両手で自らの顔を押さえるロミルダ。



端正な顔立ちに少し癖のある黒髪。


更にはスラリとした体躯を持つ青年の姿を改めて目の当りにし、体が火照るのを生れて初めて自覚する真っ黒な顔をしたロミルダがそこに居た。




二章/第一話、御読み頂き有難う御座います。

この章は女主人公となりますが、楽しんで頂けると嬉しいです。


先にも触れましたが、皆様御体には十分御注意してください。

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