SS 想い出の研修旅行
相当先に繋がるお話です。
その時が来てから御読み頂いても良いかと。
――――ハイネ王国/アリコット村/スコットの宿屋
「ほぉ……ラッセルの奴、俺達に王都に来いってか………。」
「でもあんた、ユーコンとムーアを残して行って良いのかい?生まれたばかりの赤ん坊を抱えたまま切り盛りできるほど暇じゃないよこの宿は。」
「いや、手紙にはムーアが仕事に専念出来る様になるまで手伝いを送ると書いてある。うちの出世頭だ、その辺抜け目ないだろうよ。」
「そうかい………。」
ラッセルからの手紙に目を通し、出世した息子が王都に迎えてくれると言うのだから、本来は孝行息子だと喜ぶべきなのだが、スコットとエリーナの表情は晴れないでいた。
[……まさかこんなに早く出世しちまうとはな。せめてリズとフィズには話しておくべきだったか………。]
「あんた………。」
◇◆◇◆◇◆◇
「……ここでしょうか?」
スコット夫婦がラッセルからの手紙を受け取って一週間。
スコットの宿屋の前には皴一つない黒のモーニングを着た男女30名程が、一際小さな女の子を先頭に三列で整列していた。
「はい、ピピ係長。リズ様とフィズ様を御迎えに参った際もこちらの宿屋に御住いで御座いました。」
「で、では、御挨拶を………って緊張しますね!」
「以前御会いした際の事になりますが、大旦那様は豪放磊落な御方でしたし、奥方様も気持ちの良い物言いをなさる御方でしたから、愛くるしいピピ係長を御目になされればきっと温かく御迎え頂けると思いますよ。」
「あ、愛くるしいは余計ですよ。自然に恥ずかしい事言わないでください……フニャ♪」
「では、僭越ながら私が扉を開けさせて頂きます。三つ数えたら扉を開けますので……心の準備はよろしいですか?」
「3・2・1ですね………ではリンジャ―さん、お願いします!」
「ではイチッ!」
「えぇっ!!」
「御開帳~♪」
「ふぉおぉぉっ!!」
ウィリアムズ家専属の馭者の中でも筆頭を務めるジンジャーの息子、リンジャ―に弄ばれ?突然開いた扉の向こうに人がいる事を視認したピピは、驚きと緊張から情けない叫び声を上げてしまう。
「くっくっくっくっ♪」
「リ、リンジャ―さん!何を笑っているんですか!3・2・1って言ったじゃないですか!」
「すみませんピピ係長♪初任務で緊張されていると思ったのでついつい♪」
「まったくも~、後ろの人達も笑い過ぎですよー!」
元々数学の才能があったピピ。
事務局内の大人達も真似出来ない能力を彼女は持っていた。
其れは十桁の四則演算を暗算で熟してしまうという能力である。
その能力の御蔭で二ヶ月も経たないうちに、彼女は最年少で予算管理部の係長となっていた。
しかし役職を得た事で、年齢的に内務規定の研修を受ける事が出来なかった為、その代わりに用意されたのがスコットとエリーナの御迎え。
つまり要人輸送の任務完了を以って、係長研修の修了を部長から申し渡された訳である。
「あれ?……ですがそちらに居られるのは同族?……いえ、犬人族の御方が居られますが……ラッセルさんは犬人族でしたっけ?」
「何を仰っておら………本当ですね。以前御会いした大旦那様は人族でいらっしゃいましたが……。」
急に扉が開いてピピの叫び声を聞かされたユーコンは、受付の前に置かれた椅子の上で顔を引き攣らせて固まっていた。
▽
「えぇっ!手紙を貰った二日後から御二人が行方不明?!それはどうゆう事なんですか?!」
再起動したユーコンと、二階から赤ん坊を抱いて挨拶に来たムーアの説明を聞き、ピピは混乱に陥る。
「今日来る事は手紙に書かれていた筈です。なのに御二人が行方不明だなんて……事故とか事件に巻き込まれたのでしょうか?」
「いや~、それは無いと思うっすよ。御二人の部屋を確認したんですが、数日分の衣類が無くなっていましたし、店の馬車が無くなってるんで……何か理由があって出掛けられたんだと思うっす。」
「行先はわかり………ませんよね。」
「すんません。その日の朝食が出来たんで呼びに行った時にはもう居られなくて。」
「そうですか………。」
「普通なら喜ぶと思うんですけどねぇ……奥様も旦那様も、坊ちゃんの手紙を貰ってから元気なくて。」
二人の話を聞き、これ以上の進展は無いと判断したピピとリンジャ―は宿屋を後にした。
「ど、どうしましょう……これでは任務どころか何と報告したら……。」
「ピピ係長は急ぎ王都に戻り、この事をラッセル様に御伝え下さい。」
「リンジャ―さんはどうされるんです?」
「私はウィリアムズ家の第二執事を任されている身で御座います。村長に聞き込みをした後、竜の聖域を越え、隣国パドラとの国境警備に御二人が来られていないか確認を取ってから王都に戻ります。」
「パドラ皇国の国境って……ここからでもひと月は掛かりますよ?!リンジャ―さんも一度戻られた方が……。」
「いいえ。ラッセル様は失踪された御二人を見捨てる様な事は絶対にされません。捜索範囲を絞る為にも、ここから東には行っていないと楔を打つ必要があります。もしパドラの国境を越えたのであれば、その周辺国であるウルケ、ズアーク、アズーロまで行かなければならないのですから、そこに最も近い私が行かなければならないのです。それに、山脈を越えて他国に行く様な事は考えられませんし、パドラに向かっているのなら追い付く可能性もあります。」
「でも……。」
「ピピ係長とは果たすべき責任が違うのです♪御理解下さい。」
「………分かりました。」
それから一刻の間も掛けず、村長からの聞き込みを終えたリンジャ―は、旅装束に身を包んだ御供の傭兵二人と共にアリコットを後にする事となった。
「リンジャ―さん……ここまでありがとうございました。」
「私は何も♪ピピ係長こそ王都までの旅路、お気をつけて♪」
「この事は急ぎラッセルさんに知らせますのでっ、王都でお会いしましょうっ!」
「必ず!では、これにて♪」
そうしてリンジャ―は馬に跨り、アリコットを後にした。
二十年後にピピはこの日の光景を頻繁に夢で見る様になる。
それが自分にとって初恋だったのか何なのか……。
その時ベッドの横で眠る愛しい男との初めての旅の思い出が、今も胸を熱くさせるのだから………。
更新が遅れた事を謝罪致します。
申し訳御座いませんでした。
二章は更に遅れますが、お待ち頂けると有難いです。




