業深き妖精~究極の名物
――――ハイネ王国西方
建国以前から近年まで、西方の辺境から王都に上るまで、3000m級の山々が連なる最大の難所とされていた。
その入り組んだ谷間を抜けるのだが、北側の路肩は数百メートルの断崖絶壁。
道幅も狭く、馬車同士がすれ違うだけでも困難であり、進んでは引き返しを繰り返しながら十日から二十日程掛けて王都へとたどり着いたという。
まあ、そんな事は今は昔。
近年になってトンネル掘削の技術が進み、長さ約10km、幅100m程の、王都と山向こうの辺境を一直線で繋げる大トンネルが整備された。
トンネルの中ではあるが、通りの脇には宿屋から食事処、武器防具屋にトンネル内という立地を生かした地ワインの製造、販売、果てはおしゃれ雑貨に小物屋まで。
まるで常夜の国にでも来たかのかと思わせるが、トンネル内はとても活気があり、大方、終わらない縁日の様相を呈している。
――――アリコット村出発より十三日
馭者の話では、このトンネルまで来れば残り半日程で王都到着の予定だそうだ。
トンネル侵入時、既に夕刻だったこともあり、今日はここで宿を取って明日、遂に王都到着を果たす。
数日前から山の神からの猛烈なスキンシップを謀られそうになって、何とか目を瞑ったり、素数を数えたり、箸で飛んでるハエを捕まえて見たり、世界中から気を集めたりして気分を紛らわせているのだが
―――ラスティ様、両方とも一緒にあーん♪
という言葉と左右から手で押しつぶし、巨大な一つの山を見事に気付き上げる双丘に、歯を食いしばり、血涙を流しながら我慢を続けている。
四歳半の子供にするような事ではないと全能の神も分かっている。
しかし俺自身、神の抱擁に完全に敗北し、喜んでしまっている事がバレている故の、ストレートな俺への愛情表現なのである。
まったく何なんだあの登山家!会ったら確実に頭撃ち抜いてやる!(我心の声でした)
それは兎も角、少し大人しくしてくれると約束してくれたヘラと一緒に、この街でも里奈の事について聞き込みをしてみたのだが……。
結果から言うと何の成果も無かった。
というのも、このトンネル都市は極めて最近出来たそうで、皆、自分の商売で必死であり、商売上の情報交換は盛んなようだが、人探しまでは手が回ってないらしい。
仕方ないので酒場にいた情報屋風のナイスミドルに、何かあったら連絡をと言づけて、本日のお宿へとヘラと一緒に帰還した。
「どうじゃ?何か聞けたか?」
宿屋の一階の酒場でロブ・ロイはワインを片手に、ほろ酔いなのかご機嫌なようすで声を掛けて来た。
「まったく成果はありませんでしたが、情報屋さんとの顔つなぎは出来たのでそれだけでも収穫だと思いたいです。」
「そうじゃなぁ、まあ坊もまだ村を出て二週間じゃて。気長に丁寧に一つ一つゆっくりとやって行けばよい。決して焦って軽率な行動はせんようにのう」
「はい、良く自分に言い聞かせておきます。」
「うむ、若さだけでの失敗はせんようにの、ふぉっふぉ」
そんなやり取りの後、遅い夕食を取りながら、村を出る時から気になっていた事をロブ・ロイに聞いてみた。
「ところでロブ・ロイさんは妖精使いなんですよね?」
「如何にも、じゃが何で今頃そんな事を?」
「いえ、ヘラは僕と一緒に居てくれると言ってくれたのですが、ロブ・ロイさんの妖精さんはおられるのですか?」
「おぉ、そういう事か。勿論、儂にも力を貸してくれる唯一無二な妖精がおる。」
「そうなんですね。でも、お見かけした事が無いので、何れご挨拶をさせていただければと」
「………う、う~む、それはあまりお勧めせんというかのぉ。まぁこればっかりは相性とか癖的なものもあるじゃろうし、の、のぉ、ヘラよ」
―――ラスティ様、彼の妖精は私目の天敵に御座います。幾らラスティ様の願いとて、あれに近づける訳には参りません!
そっそうなの!ヘラは天敵の相棒さんと一緒にうちの村まで来たの?!
これは何か複雑な事情があると察した。
きっと過去に何か争い合った事とかがあるんだろう。
仲間とかの仇とかだったりするのだろうか?
そんな場所にヘラを送り込みたくないなぁ。その時は俺が止めたら行かないってヘラは言ってくれるかな?
いつも優しいヘラがここまで敵対心を剥き出しにするんだ、危ない事はしないでって、それとなくヘラにお願いしよう。
―――ラ、ラスティ様!私目は貴方様の下を離れたり致しません!なのでそんな不安そうな目をしないで下さいまし。永久に傍に侍ります故、フゥー、フゥー
あれ、ナチュラルに思考読まれたし。
てか、思念的なやり取りなのに何かヘラさん鼻息荒いんですけど。荒ぶってらっしゃるんですけど。
そういうの聞こえるんだっけ?
まあ、取り合えず夜も遅いし、歩き回って疲れたしもう寝るか。
翌朝。
目が覚めたのだが、何か口の周りがカピカピする~。
口の中も何か甘~い感じがする。
横を向くと、ヘラが頬を薄っすらと赤く染めて嬉しそうな顔をして眠っている。
ヘラさん、テ・カ・テ・カしてるね。
っ!!!
慌てて自分の下着を確認するが、問題無し!
まさか寝ている間に色々と奪われてしまったのかと思ってしまったが、気のせいの様だ。
しかし、この美の化身さんのテカり具合は半端ない。
う~む。
まあ、考えても答えは出そうに無いし、容疑者もきっと口は割らんだろう。
兎に角、お腹も減ったし朝食前に顔を洗いに行こう。
朝食の席でもヘラは俺の腕を掴んで離さなかった。
頬けた顔で、まだ夢の世界にいらっしゃるようだ。
そう言えば、ロブ・ロイが言ってた通り、この二週間ですっかり馬車の移動も慣れてしまった。
別に馬車で爆走してた訳でもなければ曲乗りしていた訳でもないので、只々順応しただけなのだろう。
まあ、確かに腰には悪そうなので、自分専用の馬車が手に入ったら、乗り心地を追求するのも良いかもしれない。
てな訳で、この旅の一応の最終日であるので、しっかり朝食を頂きました。
宿屋の前に出ると、この旅で見慣れた馬車とは違い、少し豪華な細工が車体に施された物が停まっていた。
どうやら王都の学園からロブ・ロイ宛に手配された物の様だ。
確かにロブ・ロイはアリコット村を出発する前日に、早馬で手紙を出していた。
それで手配された物なのだろう。
出発まで少し時間があったので、いつもの様にヘラと念話で日常会話の練習をする。
―――では、これまでの復習をして行きたいと思います。
そうだねぇ、何だかんだ二週間もヘラに付き合ってもらって本当に助かった。
細かな表現をする部分は、ヘラとの会話で随分と上達出来たと思う。
勿論、完璧になったかと言えば、それはまだまだこれからであるが、それでも旅の間、誰と話しても全く苦労しなくて済んだ。
田舎訛りが強かった所だけでも、ほぼ修正出来たとは思う。
ホント、感謝です。
―――では、私の後に復唱してくださいまし。
―――ヘラ、俺と結婚してくれ!リピート.アフタミー!
いやいやいや!いきなりそれっすか!超ハ―ドル上がってません?!
勿論そのうちそうなりたいとは思っていますけど
―――どうしました?ラスティ様。この言葉は今晩ベットの上で出題されますよ♪
マジっすか!
―――では、初めから行きますので、必ず、必ず復唱してくださいまし。
その後、王都の入り口に着くまでヘラの『ラスティに言われたい語録』を延々復唱させられた事は言うまでもないか。
少々恥ずかしい言葉も言わされたが、概ね純粋な愛の言葉だったので、それに関しては俺も素直に嬉しく思えた。
―――ーハイネ王国王都
王都への入場の為、多くの馬車が並んでいる。
予定通り正午には到着することが出来た。
かなりの列が出来ている為、待ち時間はそれなりにありそうだ。
「しかし、時間が掛かるのは仕方ないが、腹が減ったのぉ。何か食いもんはないのか?」
「申し訳御座いません、ロブ・ロイ様。学園からですので、食事などはご用意しておりません。」
「そうかぇ。……ラスティ坊よ。」
「はい?」
「もう少し列の前に行けば、食いもんの売り子がおるはずじゃ。この金で人数分、ヘラと一緒に買いに行ってきてくれんか?」
俺とヘラは即答でロブ・ロイからお金を預かり、ヘラと二人で列の前方へと駆け出した。
結局、王都入口付近まで来てしまったのだが、漸く何かの売り子を見つけた。
「あらあら、小さいお客さんだねぇ。お母さんと買いに来たのかい?」
ヘラが露骨にムッとした顔をする。まあ、怒ってる理由は一般的な理由とは違うのだろうが……。
ほらヘラさん、売り子さんビビりまくってますよ。軽く放電して全身に纏わないでくださいね。
あと、目が殺意に塗り潰されていますよ。
「お母さんでは無いのですが。えと、お姉さんは何を売ってるんですか?」
「あ、あぁ、すみませんねお嬢さん、御主人があんまりお若いから、私ったら早とちりしちゃったみたいですね。それとウチは王都入場門名物クラブハウスサンドのお店だよ、若旦那!」
―――御・主・人…。…。っ!!!
―――若・旦・那っ!!!!!!!
「ほお、クラブハウスサンドとは一体?」
「意味は良く判らないんだ。二百年程前に『テンセイシャ』としてやってきたらしいウチの先祖が開発したらしいよ。だから意味は全く分からないのよ。それでもっ!味は抜群だし、ボリューム満点!それに―――」
「その方はもうお亡くなりに?」
「えっ、そりゃとっくの昔だよ~。二十台で死んだって話だねぇ。それまでの食べられれば良いというこの国の食文化の根底を覆した偉人として、今も料理人の間では語り継がれているよ。」
「まさか殺されたとか?」
「まさかまさか、生き別れになってた世界的に有名な料理人の父親と、至極の料理対決5番勝負で負け越して、ヤケ酒飲んでる時に仰向けにひっくり返って頭打って死ん―――」
「じゃあ、クラブハウスサンド6人分もらえますか?あと飲み物も」
「お、はいはい、6人前ねぇ~、はいよ! まいどあり~♪」
勿論、自分から言うつもりも無いが、転生者って名乗っても危険はあまり無いのかもしれない。
それにこっちに来た人達が、それなりに世界に影響を与えてはいるけど、確かに安易な魔法や特殊能力が無けりゃ地道に近場から変えて行かないと行けない訳で。
俺も自分なりに何か興味というか、社会貢献出来そうなことを趣味の範囲で出来れば、この世界でも楽しく生きて行けるのかもしれないな。
まぁ、何やら業の深い方々も少なからず転生して来ているようではあるが……。
大き目の紙袋を3つ受け取り、桃色思考回路暴走中を連れて自分達の馬車へと戻った。
王都では名物料理らしく、少し高価。馭者や護衛の人達も自分達の分もあると知って喜んで食べていた。
勿論、食べた感想としては非常に美味しい。
――――新鮮なトマト、レタス、オニオン。
こんがりと焼かれたじ鶏肉を甘辛い秘伝のタレに潜らせて、それらを挟むのはしっかりと焼き目のついた柔らかく厚めのバケットである。
アクセントには辛子と、なんと異世界にもありましたマヨネーズ。
まだ作られてそんなには時間が経っていないのか、確かな温かみを感じる。
一人前で、全長30cmはあるかというそれは綺麗に三等分に切り分けられていた。
断面は色鮮やかで、何よりも何とも食欲をそそる旨味をふんだんに含んだ豊かな香り。
その断面に、口の周りが汚れる事など躊躇いもせず食欲のまま食らいつく。
口の中に広がるそれぞれの食材が味と香りを主張しつつも、咀嚼の度に混然一体となっていく。
喉を過ぎる時には得も言われぬ多好感と、瞬間に訪れる飢餓感。
早く次を寄越せと胃が脳へと減げしくシグナルを送る。
後はその脳内に響き渡る警報とも非常ベルとも言うべきそれが治まるまで食らい尽くし胃に放り込み続ける作業を繰り返す。
気付けば、先程まで膝の上にあったその幸福の象徴を幻視しつつも、夢幻では無く確かに自分の腹に感じる喜びを実感し、茶を啜ると体と脳の安定を取り戻す。
残るのは幸福感なのかそれとも安堵であるのかは定かではないが、生を実感する瞬間は正に今この時なのであろうことは察して頂けるであろう。
ごちそうさまでした。
―――経・産・婦…ぐへへっ
今日もヘラは可愛い♪




