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馭者の苦労/禁じられない悪戯~恥ずかしい老舗看板


長くなり過ぎました。

上手く二話に出来ない無能な筆者をお許しください。




――――ハイネ王都郊外/牧場地域




仕事に追い回される学園を飛び出し、濡れた砂利道を馬車はのんびりと行く。


路肩に咲き並ぶチューリップはまるで俺達を歓迎しているかの様に、風に花を揺らせていた。



「ラッセル様、ここらで一度休憩にさせて頂きます。雪解け水を含んだ砂利道なので、馬の休息と足回りの確認をさせてください。」


「集落まではあとどのくらいですか?」

「この道ですから、凡そ二時間といったところでしょうか。」


「それなら少し早いですけど、ついでにお昼にしましょうか。」


『ワンッ!』



馬の休憩と足回りの点検をする為、馬車を路肩に停めて少し早いが昼食の準備を始める。(主にイリナとリズフィズが。最近アイラは三人の監督役。)


馬の脚や車輪に影響の少ない平らなダートや綺麗に舗装された街道なら距離も稼げるけど、正直そんな綺麗な道は()()()ぐらいの物である。


ハイネ王都から伸びる石畳で舗装された八本の大きな街道は、それぞれ隣国の首都への輸送を安定させる為に作られている。


その事が優先された為、大街道建設以前からあった街や村には直接繋がっておらず、細い林道や手直しもされて無い悪路を使うのがこの世界では常識なのだ。


例えばアリコットの場合は王都からの距離は遠いけど、街道沿いに作られた村だから王都へは真っすぐな一本道。


対して回収任務で行ったマドラの街は、大街道建設以前から山間の湖を起点に発展した街だから、街道からも大分と離れていて、入り組んだ細い山林道を行くしかない。

一応マドラには大河を使った船便もあるらしいけど、冬の間は大河の水位が下がるから夏の間だけ運航しているんだとか。


まあ、大街道も整備や保全が間に合っていないからそれ程楽な移動とはならないけどね。


今も街道から離れた牧場の集落に向かう為、濡れた砂利道を緩やかな勾配で進むから、事故や故障を防ぐ為に馭者さん発信で取る小休止はとても重要。

馬の足や体調の確認、車輪や車軸の亀裂や摩耗のチェック等ets。

大変なお仕事なのは見てて分かるので、ジンジャーさん含め、お世話になっている馭者さんにはとても感謝している。



と、そんな事を考えながら、丁寧なジンジャーさんの仕事ぶりを、少し離れた場所で見学させて貰った。





『カレー温まったですよ~♪』


「リズ、先にミルクティの準備しちゃおうよ。」

「そうだね、さすがフィズ♪」

『ワンッ!』


「ラッセル君、ジンジャーさんもお昼にしましょう♪」

―――あなた、どうぞこちらに。ジンジャーも早く火の近くで温まりなさいな。



昼食の準備が出来た様で、少し離れた場所で馬車の点検整備をしているジンジャーさんと、見ていただけの俺を、ヘラとアイラが呼びに来てくれた。



「ありがとうございます、ヘラ様。」

「ありがとう、ヘラ、アイラ♪」



アイラとリズとフィズが朝早くから用意してくれた、お手製チキンカレーを焚火で温めて、バターたっぷりの香ばしいナンと一緒に頂く。

お店で食べるより美味しいのではなかろうか?


元子犬のグレイには、生の牛スペアリブ4kgである。

初の回収任務に出発する前は中型犬ぐらいだったのに、ひと月ぶりに再会した時にはゴールデンレトリーバーみたいな大きさになっていた。

食事もとんでもない量を食べるし、最近では生のスペアリブ一択である。



「ヘラ、グレイって犬だよね?」

―――ラスティ様に侍る者は私を含め、皆、犬で御座います。


「そういう意味じゃなくて、生物としての犬なのかという事が聞きたいのですよ。それに僕はみんなの事を犬だなんて思って無いからね♪」


―――犬というよりは狼の方が近いでしょうか?

「サラッと流してサラッと衝撃発言ですね!」


―――ですが狼にしては、余り群れないと言いますか。狼は人に慣れると群れの習性から飼い主や家族に、とても甘えて来ると聞きましたが、この子に関してはそれほど甘えて来ないですし、行動自体は犬の其れですので、大きさと特徴からは狼に近い犬としか今の段階では何とも。



狼に近いのか……。

てか狼に近い犬って狼じゃね?



『あまり甘えて来ないですけど、言う事も聞く賢い狼なら良いのですよ~♪』


「そうですねぇ。狼さんはラッセル君だけで良いのですが、賢くて人も襲わないですし、手も掛からないので良いのではないでしょうか?」

「「むむっ。」」


「俺が狼さんとは如何に?」

「だ、だって、最近、夜中に、服の上からお尻に硬くなったのを擦―――――

「だああぁぁぁぁぁああっ!!ね、寝ぼけてるだけだからねっ!そ――――


―――の割には目を開けてアイラの反応を楽しんで居られた気がしますが♪

「そ、それは本当ですかっ!………ぐへっ、ぐへへっ♪」


「ラッセル、お座り!」

「お姉ちゃん達にもしなさい!」

「姉にする訳ないでしょうがっ!」


『たまに私のパンツの匂いも嗅いでるです。隠さなくて良いのですよ♪』

「嗅いでないわぁっ!!それとヘラさん、簡単にバラさないで欲しいのですが……。」


―――私には生のお――――

「はあぁぁいっ!出発準備しますよ~!みんなさっさと準備しなさ~い!!!」



こうして昼休憩を済ませ、俺達は馬車での移動を再開した。


………そんな目で見ないでっ!







――――ハイネ王都郊外/牧場地域/ジルの牧場




集落に到着すると、丁度ジルの奥さん含むお母さん達が集落の中央にある開けた場所で子供達と遊んでやっている最中だった様で、そのまま放牧地へと案内してもらった。







放牧地は広大で、牛や羊ものんびり過ごしている。

それらを眺めていると、遂にお目当てのモノがあ………うん?



『ラッセルっ、凄いのですっ!デカ馬がい~っぱいいるですよ~♪』

「おっきいね~!」

「足の毛が可愛いかも♪」

「本当ですね~♪足のフサフサした毛が可愛い子もいますね♪」

―――あなた、6頭ではなかったのですか?



アレ?何でこんな居るん?

ヘラの言う通り、ジルとは6頭スタートぐらいからでって話をしてたのだが。



「……ハンナさん。これは……何頭飼育されてるんですか?」


「今は76頭です♪」

「今は?!」


「おおおぉぉ~いっ!ラッセル~っ!来たか~ぐわっはっはっはっ~!」



ハンナさんに話を聞こうと思ったのだが、ジルが大馬に跨りこちらに向かって遠くから爆進してくる。



『おおー!かっこいいのです!私も乗りたいのですよー!』

「「乗りた~い!!」」


「ぐわ~っはっはっはっは~!」



「後は主人から聞いて下さいな♪」



「………そうします。」





「いやぁ~すまねえなラッセル!雪も解けたからあいつ等でおもっきし走り回ってみたくてよ~、が~っはっはっはっはっは~♪」


「楽しそうで何よりですけど、あんなに沢山の馬どうしたんですか?」



ジルから事情を聴く為に放牧地の近くに建てられた厩舎前で、ティーパーティーを開催している。

気を利かせたハンナさんが、集落の人達を連れて焼き菓子や紅茶を持ち寄ってくれたのだ。

ウチの皆も今日は昼食が早かったので、奥様方や子供達と一緒に、周りでワイワイと飲み食いして楽しそうだ。



「いやぁ、それがよ、最初にイワン様が連れて来た6頭がどいつもこいつも偉く大人しい奴らでな、その日の内に削蹄して蹄鉄打ってやった奴が、鼻擦り付けて甘えて来てよぉ。んで厩舎ん中ぁ入れる時も、最初はちっとばかしビビッてやがったが、次の日からはちゃんと言う事聞くし、試しに跨っても嫌がらねぇしで、こっちも拍子抜けしてたんだ。」


「じゃあ性格も激しくないという事ですか。」

―――あれは私の勘違いだったのでしょうか……。

「何の話だ?」


「実は、性格は激しいけど人に懐くという話をヘラから聞いていまして。その話を旅の途中で寄った村(昔、PCの検索サイト)聞いたのが(閲覧したのが)、こちらに相談しに来る切っ掛けなんです。」


「なるほどなぁ。しかしヘラ様の仰ったことは間違ってねぇと、俺は思うぞ。」


「そうなんですか?」


「まあ理由は三つある。一つは普通の馬でも良くあるのが蹴り癖と噛み癖だ。癖があるのと無いのには個体差はあるが、どんなに躾してもこの癖だけは治らねぇ馬はいる。要は普通の馬にもそこそこやんちは居るってこった。二つ目は狩りで狙われて、人に怯えてる場合は攻撃的になる。これはどんな生き物にも当てはまるな。そんで最後の一つは、縄張りに入っちまった事が原因で襲われたってのが考えられる。」


「縄張りですか。」


「王国内に居る既存の馬でも時々起こるんだが、仔馬をあんまり早くに他の馬達と一緒に放牧すると、血縁関係にある馬が仔馬に寄って来て、他の馬や人も近づけない様に威嚇してくる場合がある。あれは仔馬を肉食獣から守る為の本能だと俺は思うんだが、とはいえ普通の馬なら何とでもなる。しかし大馬ってなると噛まれても蹴けられても普通の馬よりはエライ目に遭うだろう。そうすっと知らねぇ人間はどう思う?」


「なるほど。大馬が何れかの要因で向けた威嚇行為が、普通の馬に比べてどれも激しく危険なものだと感じる。だけど実際は既存の馬と変わらない行動をしているだけで、本質的には他の馬と何ら変わらない。」


「そういうこった。毎日世話してても、普通の馬の事すら分かってねぇ奴らも多い。それに人と同じで馬にも心がある。癖が直せねえのもいりゃ、従順な奴もいるのが当たり前だ。ヘラ様の言う通り、本質さえ解れば、あらゆる場面で人の良き友人に成れるはずだ。」


「良かった。ヘラ、ありがとうね♪」

―――お役に立てたなら、とても喜ばしいですわ♪



ヘラと見つめ合い、熱いベーゼを交わそうと思ったのだが、話は済んでない事を思い出して、ヘラと抱き合ったまま会話を続ける。



「で、何であんなに沢山いるんです?」


「ああ、ありゃ何つうか~、ノリっていうか付き合いっていうかだな。」

「説明になってませんけど。」


「大きい声では言えねぇんだが、ラッセル耳かせ。」

「はいはい。」


(実はなぁ、イワン様がハンナの酒を偉く気に入っちまってな。駄賃代わりにって大馬を数頭に大量の稲藁を持って来てくれるんだ。)


「それであんな数……。てか、あの人何回来てるんですか?」


「この事は黙っといてくんねぇか。あれはイワン様だけじゃなくて、高貴な御方も年末の楽しみにされている。頼む、見逃してくれ。」



まあ誰かに言うとか酒法だ何だ全く興味ないし、折角仲良くなったジル一家を困らせる意味も無いから、本来の目的に巻き込んで完全な仲間にしてしまうか。



「ジルさん、今回の飼育依頼、その本当の目的が気になりませんか?」


「そりゃ、畑か田んぼの仕事に使うか、乗って騎馬にするかってんじゃ無いのかい?」


「それもあるんですが、耳を貸してください。」

「何だよ。」

(ごにょごにょごにょ……。)


「………ごにょごにょってなんだよ。」


「すみませんお約束ですから。 (実はですね――――――




◇◆◇◆◇




数日後。



――――ハイネ王都/商業区画/馬具・馬車卸店・エルドウーラ




「よう!久しぶりじゃねぇか、ジル。お前さんが店に顔出す何て何年ぶりだ?」


「久しぶりだジャック。もう三年にはなる。」

「そんなになるか。よし、もうすぐ閉店だ。久々に飲みに行こうや!」


「いや、今日は商談に来た。今から北西門まで一緒に来てくれ。」



「おめぇさんは相変わらずの仕事人間かぃ。偉く遠いが、まあ良いだろ。それじゃあ、ちっとばかし待っててくれ。」





――――ハイネ王都/王国立学術学園/酪農施設・王都北西街門連絡道





「どこ行くんだジル。北西街門が学園の敷地内にもあるのは知ってるが、何も学園の中を突っ切らなくても良いだろうよ。」


「もうすぐだ。」



「ハァ~、何見せるつもりか知らねえが、期待ハズレは勘弁してくれよ。」







『あ、見えてきたですよ~♪』


「よし、じゃあ火をたこう。お姉ちゃんも焚火に火を点けて来て。」

「「ほ~い♪♪」」

「イリナは目が良いですね。一体どこまで見えてるのでしょうか?」


―――アイラ、行きますよ。

「はい、御姉様♪」



予定通り、俺とヘラとアイラの三人は、大馬が見える位置にある大木の蔭に身を隠し、これから始まる余興を観劇する。


リズとフィズが火を点けた焚火の明かりに照らされて、巨大な大馬の輪郭と影が夜の闇に映し出された。


程なくジルとジャックを乗せた馬車が到着し、二人は馬車から下りて、目の前の大馬と対面する。



「ジ、ジル!こりゃ馬のバケモンじゃねぇか!何でこんなもんがここに居る!」



慌てて逃げ出そうと走り出すジャックの襟首を捕まえて、足を掛け転ばせるジル。



「ジャック、これが商談の為にお前をここまで連れて来た理由だ。」

「こんなもん商談になるか!おめぇも近寄ったら食い殺されっぞ!」


「ハァッ!昔から威勢だけの馬鹿だったが、この歳になっても馬鹿とは、オヤジさんには気の毒だが、看板も下ろす日が近けぇな。」

「なんだと!俺の何処が馬鹿だってんだ!」


「そもそも、学園に危険だと判断された生き物が、こんなとこに裸で居る訳ねぇだろ!それに人食いなら近くで面倒見てる嬢ちゃん達がとっくに喰われちまってるだろが!ふざけてるんならぶん殴るぞっ!」

「ヒィッ!」



ジルの凄味に硬直するジャック。

そんなジャックの置いて、ジルは大馬に近づくと、首や背を撫で始めた。



「……な、なん、で。そいつは獰猛なバケモンじゃ無いのかジル?」


「今度な、俺とハンナを共同経営者にして、新しい事業を始めたいって御仁が居てよ。その御仁が大馬に目を付けて、俺が去年から飼い慣らしてる。」


「あ、危なくねぇのか?懐くのか?」


「それを見せる為にここまで連れて来てやったんだろうが。ビビッてねぇで、さっさとこっちに来やがれっ!」



ジャックは恐る恐る大馬に近づき、怯えながらもジルの後ろから大馬の背を撫でた。



「……お、大人しいな。もうちょい触ってて良いか?」

「おう、存分に撫でてやってくれ。こいつはウチでも一番の人間好きだ。指の一本でもくれてやれや。」

「ま、マジかよ!」

「……フッ。」


「……冗談きついぜ~ったく~。」



慣れて来たジャックは、身幅や体高を大馬に抱き着く様にして確認すると、ジルに振り返った。



「良いぜ、馬具なら任せな。ジルが気に入る一級のし――――

「すまんな、そうじゃないんだジャック。」


「……?じゃあ一体何の商談だよ。この馬に牽かせる農具でも作れってのか?」



「ジャック、お前に持ち掛けたい商談は、この大馬が牽くに相応しい、立派な多頭牽き馬車の製造だ。」



固まるジャックを、鋭い視線で射貫くジル。



「……お、おいおい、ふざけるなよジル。こんなのに牽かせたら大概玩具みてぇに振り回されてぶっ壊される。そうならねぇモンを作るってことは、足回りどころか馬車丸ごとの再設計じゃねぇか!」


「それをわざわざ昔馴染みのおめぇに持って来てやったんだ。この大馬の馬車は世界どころか時代を変える。お前んとこでやらねぇってんなら他所に商談持ち掛けるだけだが、どうするよ?」


「ちょ、ちょっとまってくれぃ!そんなことになったら今の修理仕事まで無くなっちまう!マジでボンベイ家への借金が返せなくなるんだ、こんなことは一人じゃ決められねぇ、一日、一日だけ待ってくれ、ジル!」



ジャックの情けない言い分に気分を害したジルは、鬼の形相で背後に仁王像の〇タンドを背負う。

否、あれはどこかの偉大な伝承者と言うべきか。

まあ二人が若い頃の話や関係性をジルから聞いているので、怒る気持ちも分かるのだが、ジャックが慎重になる気持ちも分かる。


だが今回の余興は色んな意味でジャックへのお仕置きも兼ねているので、同情するつもりは微塵も無い。



「おめぇは先代のオヤジさんが口酸っぱくして言っていた『職人の誇り』を散々馬鹿にして、新たな技術開発や商品開発もせず、現状に胡坐をかいて店の看板を傾けた。自分で蒔いた種で足元掬われたおめぇの都合を何で俺が待たなきゃいけねぇんだ!商売舐めてんじゃねぇぞ!」



ジャックを含むエルドウーラ家の先祖達が、下らない言い伝え何て真に受けずに、職人として少しでも良い馬車を作る努力をしていれば、大袈裟かもしれないけど、救われた命や人生の転機を迎えた人がいたかも知れないし、他にも良い方向に変わる事が出来た人や物は沢山あっただろう。



「オヤジさんがいつも言ってたろぉ?職人とは只、職人であれ。良い物を作り育て世に出せば、そこに歴史や文化が勝手について来る。それこそが職人の仕事ってやつであり、更に良い物を作りたいと足掻き続けるのが職人の生き様だってよぉ。おめぇはとっくに忘れちまったみてぇだが、俺はその言葉を胸に刻み付けて今までやってきたつもりだ。」


「忘れちゃいねぇよ!でもなジル、先々代からの遺言やウチの―――――


「いつまでも言い訳して逃げてんじゃねぇぞボンクラ。こんな面白そうな仕事を前に、おめぇは職人として、自分が真っ先に作りたいっていう気持ちがねぇのか!自分の腕で、職人の意地と誇りに掛けて、とんでもねぇもん作ってやるって気概はねぇのか!そんな下らねぇ遺言残した阿呆に縋りつくたぁそこまでおめぇは落ちたのかジャック!」



残念ながらジャックの先祖達は、己の技量も器も、職人が持つべき大切な矜持も持たない、恥ずかしいだけの知れ者であり、職人を名乗るなんて烏滸がましい連中なのだ。


本物の職人から送られた言葉を聞いて、暫く空を見上げていたジャックは、ジルに顔を向けると、鋭い目線で口を真一文字に結び、何度か頷いた後、大きく息を吐いて深く頭を下げた。



「ジル、情けねぇ姿を見しちまったな。その商談、是非とも俺にやらせてほしい!金は要らねぇ、俺の人生と職人の誇りに掛けて、必ず、最高の乗り心地と、最高の性能を持つ馬車を作ってみせる!」


「ようやく目が覚めたようだな。おめぇは本物の職人であるオヤジさんに技術を仕込まれたんだ、良い物が作れるに決まってる。職人なら、良い仕事を残してから死んで行け。」


「すまなかった……オヤジ………ゆる、して…くれっ………。」



涙するジャックの肩を抱き、手の掛かる弟を慰める様に肩を擦ってやるジル。

ジャックもしっかりと反省してくれただろう。

これにて一件落着である。


とはいえ俺が隠れて見ているので、ジルを操っている様に見えるかも知れないけど、実はそうではない。


数日前にジャックの牧場で俺が提案したのは、大馬の有用性を王家へ知ってもらう為のお披露目の場を作ろうという物である。


一度大馬の姿を見れば、きっと王族の誰もが護衛時に獣や賊への威嚇にもなる騎馬や馬車を欲しがる。

そこで王家経由で色んな店に馬具や馬車を作らせるコンペティションを開催し、ジルが行っている捕獲、飼育、調教、販売のルートを一気に確立して金儲けをすると同時に、最適解に近い馬車を頂戴してしまおうという案だったのだが……。


逆にめんどくさいとジルに一蹴されてしまった。


そんなジルの代案が、今回の余興である。

ジルが職人として尊敬していた先代エルドウーラ店主(ジャックのパパさん)への恩返しを込めて、ジャックを真っ当な職人にしてやりたいから、商談ついでに喝を入れると言い出したのだ。


正直ジャックの事はどうでも良かったので返事を渋ったんだけど……思い直してジルの案を了承した。


理由は、俺の案では糞転生者がした事と大して変わらないと気付いたからである。


もちろんその質は違うが、言ってしまえば王族を扇動し、店の面子を掛けさせてプレッシャーを多くの人に与え、それに応えようと職人達が必死で作った馬車を俺が品定めする為に裏で糸を引く。


善人になりたいとは思わないが、これでは只の悪代官か悪徳商人であり、誰かにとっては悪意と取られても仕方が無い。


出来れば俺も「ちりめん問屋の隠居」か「貧乏旗本の三男坊」が行きつけの、蕎麦屋か団子屋の店主辺りのポジションが望ましい。(め組の頭は恐れ多いのですのよ。)


何て下らない冗談はさて置き、ジルの言葉がジャック心に刺さり、大事な事に気付いてくれたならそれで良いのだ。

隠れて見ているのも、ジルとジャックがたまたま知り合いであり、儲け云々以前に、恩返しを望んだジルの男気と、ジャックの決意を見届けに来ただけなのですよ。


そんなこんなでジャックにはネタ晴らしはしないまま、二人が帰ったのを見計らい、大馬を含む片付けを終えて寮に帰ると天辺を軽く超えていた。

急いで寝たけど、翌日は欠伸ばかりで寝不足もいい所でしたよ。





翌朝。



今回は余興序に調教の済んだ大馬を、学園に10頭ほどお借りしてきた。


理由は三つ。


馬車作成の為に、大馬の標準体型を割り出さないといけないのが一つ。


二つ目は、後々王家や騎士団にも配属されて行く事を踏まえて、蹄鉄のサイズも全く違うので装蹄師に削蹄や装蹄の練習を含む、作業のマニュアル化と、調教師、厩務員、馭者等、馬に関係する人達に慣れて置いてもらい、いざ大馬を各所配属時には、小遣い稼ぎに王家の近衛騎士や王国騎士団、そちらの馬関係に従事する人達への先生をして貰うのだ。



『いやっほ~い!風が気持ち良いのですよ~♪』


「何か毎日の習慣みたいになったわ。」

「イリナちゃん、飛ばすとまた落ちるよ。」


「イリナは本当に馬が好きですね、御姉様♪」


―――アイラも乗ってらっしゃいな。アナタも慣れておいた方が良いわ♪



三つ目はそう言う事である。

数日間、牧場の集落に居たのは大馬の乗馬練習をしていたのだ。

もちろん、俺は鐙に足が届かないので乗れませんし、この身長では異常に高く感じるだろうから、高所恐怖症が火を噴き兼ねないので遠慮した。


牧場で皆が大馬に乗っているのは、落馬しないか心配で不安だったのだが、実際に落ちたイリナとリズフィズが、放り出された空中で体制を立て直し、足から着地したのを見て馬鹿馬鹿しくなり、それからは自由に乗らせている。

まあ大馬の下敷きになる様な事があれば、大怪我どころか死んでしまうだろうが、ジルの調教がしっかりしているようで、命令しても本気で走りだしたりしないんだとか。


少し離れたところで、ジルが学園の厩舎職員に乗馬の手本や説明をしているのだが、それも暫くすれば人を変えて見慣れた光景になって行くんだろう。


因みに、馬車関連はジルとジャックに完全に任せている。

男同士の熱い友情と涙、そして決意までの流れを陰ながら見届けたのだ。

後は彼等に任せて、馬車の完成を待ちたいと思う。


まあ出来上がった馬車に改造依頼を出すかも知れないが、それは完成品を見てからのお楽しみだな。



牧柵の下に咲くチューリップが風に揺れ、アイラやイリナの乗馬風景を楽しそうに見物してる様に見える。


そんな三月の少し冷たい風を感じながら俺はヘラと手を繋ぎ、家族の楽しそうな姿をいつまでも眺めていた。





ようやく馬車の話が進められました。

今まで何書いてたんだって話ですね(笑)

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