SS 薔薇とカスミソウ
――――コロナ獣王国/中部密林地帯
「ちっ、手遅れだっ!下がるよマルコっ!」
―――このままじゃ全滅よっ、パルも急いでっ!
「撤退ーーっ!!!」
立ってるだけで汗が拭き出す熱帯雨林の気候。
足場は泥と木の根が凸凹の獣道を作り、枝葉が邪魔で視界も悪い。
ハンター・パル・ロイと土妖精マルコは、先に逃がした傭兵を守る為に殿を務める。
汗が目に入るも目をこする事さえ躊躇いながら、ハンターは必死で大きな曲刀とその鞘で大虎の攻撃を受け流しながら撤退する。
―――撃つよ!
「あいよっ!」
土妖精マルコがボウガンから矢を放つ。
ハンターは矢の射線を確認もせず、体を右に少し除け、虎に命中したのを確認すると、再度マルコを庇う位置で撤退しながら得物を構える。
二人から息の合った攻撃を受けるばかりの大虎。
これには堪らずといった処か、踵を返し飛び跳ねる様に来た道を逃げ戻って行った。
「とっとと森を抜けるよっ!」
―――皆、急いでください。またすぐに戻って来るかも知れません。
「「「「はい!」」」」
ハンターは痛む横腹を抑えながら必死で走り抜き、何とか森を抜けた草原へと転げ出た。
突然の大虎による襲撃に、荷物を置き去りにして何とか逃げて来れたが、失われた命は3つもあり、ハンター・パル・ロイとマルコは唇を噛む。
それは長年二人と苦楽を共にして来た仲間達の死であり、決して軽い代償だったと済まされない。
口惜しさと虎への怒りに拳を握るハンターだが、その手を優しくマルコが握る。
「大丈夫だよ。マルコありがとう。」
―――思い詰めないようにね、パル。
だだっ広い草原で向かい合った二人の唇が自然と重ねる。
いつもの見慣れた光景に、傭兵達は少し安堵の表情を浮かべた。
ハンターとマルコを含む傭兵達一行は、疲れ切った体を奮い立たせ、歩きに歩いて日も暮れた頃、密林との距離が十分に取れた場所で野宿の準備を始める。
大虎が何時追ってくるかも知れないので、一行は焚火をしながら交代で夜番に当たり、恐怖と不安が交互に訪れる眠れぬ夜を過ごした。
◇◆
早朝。
「ここから半日程歩けば、村が見えてくるはずよ。」
―――さあ、村で一杯やらせてもらって、大軍で弔い戦と行きましょう!
残った5人の傭兵を鼓舞し、早足で目的の村へと向かう。
「やっぱりあれは取り込んでるよね。」
―――少し遅かったようね。
「全く、早く帰ってゆっくり家で酒でも飲んだくれてたいわ。」
―――いつも飲んだくれてるじゃない。
「マルコがあたしを都合のいい女扱いしてるからよ。」
―――そんな事してないじゃない!パルが変なモノ入れようとばっかりするからでしょ!
「だって結局は嬉しそうに受け入れてるじゃん。」
―――っ、パルのバカーーーっ!!!
そんな痴話喧嘩をしながらも、漸く目的の村に着いた。
着いて早々、村長に事情を話して、馬を借りた仲間の傭兵二人が、三日分の食料とマルコからの救援親書を受け取って、コロナ獣王国の兵隊を呼びに向かう。
村から三日の距離である為、援軍が到着するのは早くても一週間。
最大十日は追って来るかも知れない大虎から村を守らねばならないハンター達。
そうは言っても女の嗜みとして、汗まみれの上に埃を被ったままでの指示や指揮等は憚られる。
ハンターとマルコは水浴びをし、犬の獣人である村長の奥方から貰った綺麗な布に身を包んで、久しぶりに数時間の眠りに就いた。
◇◆
翌朝からハンターとマルコは、村の戦える男と女に指示を出し、村の周りに罠を仕掛け武器を用意させる。
見張り台には常時火を炊かせ、村の入り口を一つに絞り、他の入り口を木材で閉じさせた。
気休めなのは分かっているが、一陣が向かうまでの時間稼ぎを指示するハンター。
最大十日分の食料を用意させ、その日の夜にはある程度の準備が整った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
変化が起きたのは村に着いて七日目である。
「やっぱり来たわね。」
見張り台にいた猫獣人の男の報告で、ハンターとマルコも見張り台に赴き、遠くに見えるモノを見据える。
強い日差しの中、陽炎に揺れながらゆっくりとこちらに向かってくるそれが、先日見た大虎だと二人は確信した。
―――間違いないわね。
「結局、間に合わなかったか。あと長くて三日。持つと思う?」
―――力を使えば、倒せるけど。パルにこれ以上は……。
「出し惜しみしてる場合じゃないわ。マルコ、使って。」
―――でもでも、もしもパルが死んじゃったら、私。
「だ~いじょうぶよ♪ハンター・パル・ロイは土妖精マルコと一緒なら無敵なんだからっ♪」
―――危なそうだったら、やめるからね。
「わかったわかった♪マルコは可愛いなぁ~♪はい、チュウは?」
―――っ、うん、チュウゥ♪
顎クイされてキスを受け入れるマルコは、ついでにハンターにお尻を弄られるも、否ではない様子でそれも受け入れる。
暫しの愛情を交わし合った二人は、急いで村人達にあるだけ用意した10基の弩の準備をさせる。
長期戦に備えて村の入り口付近に火を炊く準備もさせ、ハンターとマルコは発射の号令を掛ける為に再度、見張り台へと上がる。
弩の後ろには弓を扱える者が十名程。
その横には剣や斧、槍は勿論、鍬や鎌にピッチフォークまで、武器になる得物を持って待ち構える者多数。
獣人が多いので少し安堵するハンターとマルコだったが、それは直ぐに間違いだと気付く。
◇
弩の射程に入った大虎に向かって、見張り台から大きく手を振るハンター。
一斉に放たれた大きな矢は、大虎周辺に殺到する。
それを見事に躱す大虎だったが、頬の辺りを一本の矢が掠め、毛を赤く染めた。
痛みに怒り狂った体高二メートルを超える大虎は、猛スピードで村へと突っ込んでくる。
二射目の弩を準備する間、弓を放つが当たりこそすれ、刺さりが浅いのか体に矢をぶら下げたまま、勢い落とさず入口の大門に体当たりしてきた。
轟音が鳴り響き、拉げた門の間に体を滑り込ませて、村へと侵入しようという大虎に、準備が終わった弩から矢が放たれ、弓を持つ者もあるだけの矢を放つ。
弩が放つ矢の速度に危険を感じたのか、するりと体を拉げた門から抜いて矢を交わし、村の入り口前をうろついて、様子を伺うように村の塀の周りをゆっくりと廻り始めた。
弩や弓では、大虎を村から遠ざけて時間を稼ぐ事は無理だと判断したハンター。
「マルコ、牽制してくれる。」
―――でもパル。
「ちょとだけちょっとだけ♪」
そう言ってマルコの尻を厭らしく撫でるハンター。
―――わかった。
ハンターの言葉に、本当に渋々といった感じで見張り台から地上に下り、屈んで地面に両手を付けると、離れた位置にいる大虎の真横から、10メートル程の幅で地面から幾つもの鋭い突起が襲い掛かる。
大虎は突然の事に反応しきれず、左の肩と腿を貫かれた。
思いもしなかった攻撃の恐怖からか、一旦村から距離を取る大虎。
100メートル程離れた場所で、伏せて傷を舐め乍ら回復を待っている様である。
異能を使い、慌ててハンターの元に戻るマルコ。
そこには蹲り、苦しそう横腹を押さえるハンターがいた。
その痛みと症状は、薬では癒せない事を知るマルコは、優しくハンターを抱き寄せる。
背に腕を回し、両手で優しく撫でながら、自分が喰らってしまったのであろう横腹に、そこを押さえるハンターの手の上からマルコも優しく手を添える。
泣きながら。
叫び出すほど口を開け、涙がとめどなく溢れ出し、声に殺せずにほんの少し喉がなる。
妖精様だと言うだけで敬われ、尊敬され、崇められた所で、自分の最愛の人を喰らう事でしか役に立てない宿命と言う名の呪いに涙を流すマルコ。
ハンターの苦痛に歪むその表情を今まで何度も見続け、何度も心が壊れそうになり、もう最愛の人を喰いたくないと何度縋っても、ハンターはそれを許さない。
それどころか、今も声を殺して号泣している自分に気付いて、ハンターがよくやる痩せ我慢の笑顔をマルコに向ける。
「ありが、とう、マルコ。これ、で、じかん、かせ、げる、っ♪」
こんな事を休みなく続けていては、本当に自分は最愛の人を無くしてしまうと、天を仰ぎ声を殺して号泣する。
ふと目線を大虎の方に向けると、彼女の思いが通じたのか、大虎の更に向こうに数百は超えるであろう屈強な獣人の軍団が目に入った。
涙で濡れた目を、袖で二度三度と拭い、間違いなくそれである事を確認したマルコ。
―――来たよ!獣人の軍来たよ、パルっ!間に合ったっ!もう大丈夫だよっ!
「痛い痛い痛いっ!マルコっ!ちょっと、今は、まだ痛いっからっ!」
―――ごめんごめんっ!チュウしてあげるからっ♪ んっ♪
「チュウ……。」
重なる二人の唇の向こうでは、手負いの大虎と獣人の精鋭数百が激突しようとしていた。
◇
その後二時間かけて討伐された大虎。
ハンターはマルコに支えられ、大虎の胸から綺麗な琥珀の宝石を、鋭利なナイフで抉りだし、小さな箱に仕舞う。
「おつかれさま♪」
―――はい、お粗末さまで♪
――――ハイネ王都/住居区画/ロイ邸
12月下旬、コロナ獣王国王宮からの高速便で、マルコより一通の手紙が届く。
ロブ・ロイに届いた手紙には、ハンター・パル・ロイの状態とマルコの悲痛な思いと共に、ヘラとラッセルへの懇願が書かれていた。
その内容に、ロブ・ロイも現役復帰を書面でハイネ王国、国王に明示。
当月末、ロブ・ロイの説得により、正式に妖精使いラッセル・ウィリアムズと雷の妖精ヘラは、ハイネ王国騎士団、機動遊撃師団の師団長兼大隊長と統合幕僚長兼副隊長へと、国王が二人に黙って勝手に就任させた。
その事実を本人達は十年後に知る事になるのだが、それはまだ先のお話である。
「マルコ……しよっ♪」
―――急に元気になっ…って……いじくっちゃぁ……アンッ♪
マルコはハンターの仕事姿に夢中であり、その間は全てを受け入れます。
休日のハンターに対しては辛辣ですね。




