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涙の給料日~家族の距離


いつもお読み頂きありがとうござます。




――――ハイネ王都/商業区画/胡蝶之夢




婚姻届を役所に提出して数日。


12月に入り本格的に肌寒く………ていうか寒いから寮のベッドで何時までも寝ていられる今日この頃。



「…………ハァ…。」



胡蝶之夢は……いつも通りの荒れ放題である。



「御姉様、洗い物はお任せください♪」


―――アイラに任せますよ。では始めましょうかラスティ様♪



入籍の段取りやら挨拶やらに忙しくて、久々に事務所へ来たんだけど……案の定、酷い有様になっていた。

ヨゴレならぬヨゴシに文句の一つでも言ってやりたかったのに、ハンター・パル・ロイと妖精マルコは仕事で留守だから歯噛みするしかない。


まあ、週2日の出勤で金貨8~9枚と多めの報酬を頂いているのだから、文句を言える立場でも無いのだけどね………。


後は犬猫探しが月2、3回だから、それら全部を三人で割ると一人金貨8、9枚~多くて12、3枚が月収か……。


これでは家族を養っていく事なんて不可能な訳で……



「御姉様、お尻撫でないでくださいっ♪」


―――厭らしい雌犬の匂いがプンプンしていますねぇ。


「はぁん♪」




………ハァ……お金が欲しい。






――――ハイネ王都/学術学園/学園長室




目の前に積まれた金貨の山。


事務所掃除の翌日、朝から学園長室に呼び出された俺は、目の前に差し出されたそれを見て、迷うことなく平身低頭していた。



「では、婚約のお祝いとスポーツ改革全権委任者の報酬をあわせて、金貨1000枚を御渡しします。」


「……あの、こんなに貰って良いんですか?」



祝いや報酬といっても中々の大金だし………。



「勿論です。金貨500枚は私からラッセル・ウィリアムズ氏とヘラ、アイラさんへのお祝いです。後の500枚は、全権委任者への年間契約料です。その地位がウィリアムズ家である限り、毎年支払われる報酬なので。」


「……何故に今までは貰えなかったのです?」


「簡単な事です。5歳の男の子にこんな大金渡せません。書類上でヘラとアイラさんを正式に娶った訳ですから………まぁ簡単に言えば保護者が出来たから渡せる様になったという事です。本体の契約料は金貨600枚なのですが、100枚は学園で積み立てして置きます。急な入用で手元にお金が無い場合、事務局に仰って頂ければ夜中でも引き出し可能ですし、貴方もその方が良いでしょう?」


「何から何まですみません。」


「構いません。それにヘラとアイラさんには幸せになってもらわないとね。」


「ありがとうございます。……あと出来ればこんな大金を持ち歩くのは怖いので、銀行とか紹介して頂けると有難いのですが。」


「あぁ、それなら王家御用達の銀行員が事務局に詰めていますから、後で寄って行きなさい。」



やっぱ学園って便利だよな~。

学園敷地内に家を建てたいぐらいだよ。



「それとは別に、今後学園がスポーツ改革関連で商人や貴族等から得た利益の数パーセントをラッセル・ウィリアムズ氏へお支払いします。これは恒久的に支払われる報酬であり、ウィリアムズ家が存続する限り権利を有する物になりますので、ご自身が他界する前に必ず次期当主を立てておくように。」



これは有難い。

子々孫々まで生活には困らないって事だから、安心して子作りにも勤しめるという事だよねぇ♪


そんなくだらない事を考えていたら、学園長が優しい微笑みを浮かべながら俺の両肩に手を置いた。



「貴方はまだ5才、ゆっくりと進みなさい。先ずは足元を盤石にしなさい。やりたい事が出来る様になるまでは、ゆっくりと丁寧に学びなさい。焦らず生きなさい。人生は失敗の連続です、知らず知らず常にやり直しているのです、何度でも何時までも諦めずやり直しなさい。家族や仲間と寄り添って歩みなさい。折れない様に、曲がらない様に、親しい、愛しい者達と困難を乗り越えて行きなさい。私から送れる言葉はこの程度ですが、賢い貴方ならきっと理解出来る筈です……幸せになるのですよ。」



「はい。」



………本当の祖母ちゃんに言われてるみたいな気がして涙が出た。









「これで手続きは終了です。では御預かり致しますので、いつでもご利用ください。ありがとうございました。」



事務局に寄って銀行員を探していたら、いつも事務局いる見慣れた人だった。


挨拶もそこそこに預かりの証書と通帳、俺用の小切手を貰い部屋へと戻った。





部屋に元々あった大きな金庫に貴重品を仕舞い、アイラにお茶を入れてもらう。



「しかし驚いたな、金貨1000枚って。」


―――まだ驚かれるのは早いかも知れませんね。


「何で?」


―――ロブ・ロイやボンベイ家が何もしないという事は無いでしょう。


「確かに………大金では無いと思いますが、多少は用立ててくるのではないでしょうか?」



そう言うアイラから紅茶を受け取り口を付ける。

手作り菓子が出てくるなんて……アリコットに居た頃からは考えられないな。



「そうだね、何だか悪い気もするけど、くれるというならば貰っとこうか♪」


―――子供が生まれたら何かと入用にもなるでしょうし、今のうちからきっちりと貯蓄して置きませんと、妊娠中も出産後も仕事はお休みするのですから♪


「こっ、子供の育児や教育の為にも、しっかりと今後の人生設計をして置きましょう♪」



今後の人生設計か。

俺って割と最近生まれたんだけどね。



「二人ともよろしくね、俺も頼らせてもらうからね♪」



まあ、学園長からの言葉を大事にしたいので、二人にも頼ってゆっくり行こう。

そのつもりでやって来てたんだけど、皆からは生き急いでる様に見えるのかも知れない。


たまに振り返って、大事な人達を置き去りにしてないか確認して、そうやって人生を歩んでいこう。


まだ人生始まったばかりだしね。

親孝行もしないとな。



「それでちょっと相談があるんだけど良いかな?」


―――どうぞ何なりと♪

「はい、何でも相談してください♪」


「こっちでの生活も落ち着いて来たし、田舎に居る姉をこっちに呼ぼうと思うんだけど、どうかな?」


―――とても良い事かと♪

「私もお会いしたいですし、とても良い事だと思いますよ♪」


「だけどウチの家は貧しいから、姉さん達が毎日仕事を手伝わないとやって行けないんだ。だから、代わりに働いてくれる大人を僕が雇うつもりなんだけど、どうだろう?」


―――何の問題もありません。あなたがそう望むのであれば、私は全力でサポート致します♪


「はい♪任せてください!御二人に楽しく過ごしてもらえるよう、私もお手伝いします♪」


「ありがとう!じゃあ、後で手紙書いて明日の朝一番で送ってもらうよ♪」


―――ですが、住む家はどうされます?ここでは手狭かと。


「確かに部屋は埋まっていますし………どうしましょうか?」


「とりあえずは学園の近くに姉さん達の部屋を借りようと思ってるんだけど、そのうち両親にも王都に来てもらうつもりだから大き目の部屋が良いのかな?あと姉さんには胡蝶之夢の掃除を任せようと思ってる。」


「それだと……少し寂しい気もしますね。」


「やっぱりそうかな?」


―――確かにそれでは近くに住んでいるだけですから。アリコット村での生活に比べれば楽になるのでしょうけど、両親とは遠く離れ、弟とたまに会うでは少し寂しいかと。


「確かに……どうすれば良いだろ?」


「そうですね、先ずはお姉さん達がラッセル君と何時でも会える環境が、すごく大事だと思うんです。」


―――時間を作って会いに行くでは無く、手の届く範囲で活動してくれた方が、今後あなたも動き易いでしょう。


「確かにそうだね。他にもある?」


「胡蝶之夢の掃除をして頂くのは良い事だと思いますが、あそこは学校から遠いですし、乗合馬車に8歳の女の子を乗せて移動させるのは少々危険だと思います。」


―――それはそうね、確かに見た目は普通でもアイラみたいな変態さんもいますからね。

「それは、その、あのっ♪」


「そうか~、それは気付かなかったなぁ。」

「変態では無いんです♪少し愛が強いだけなんです♪」


「危険についてのそうか~だからね、変態さんどうこうのそうか~じゃないからね!ヘラも変な弄り方しない!」


―――そうやってイイ子ぶって……更に虐めてもらう為の理由が欲しいのでしょうアイラ。

「ハァハァ♪ そんなこと、ハァハァ♪」


「ちょっと待ってストーップ!それは後にしようヘラ、アイラ。」


―――すみません、ゴミムシが。

「私はハァハァッ♪ゴ――――」

「そこっ!ハァハァしないっ!」



アイラを落ち着かせる為にお風呂場で処置を施す事、5分。

丁度イリナも帰って来たので輪に加わって貰う。



「では続きを始めます。」


―――はい、あなた♪


「取り乱しました、すみません。」


『何の話です?お腹減ったのですよ。ご飯はいつ行くのですか?』



イリナの意見を採用し、子犬も連れて皆で食堂へ。


この子犬はもう飼い主から見捨てられてしまったのだろうか?


だったらもう飼うか?


なら名前を付けないで子犬って呼び続けるのも何か変だしなぁ。

あと一週間待って飼い主が現れなかったら、名前付けて飼おうかねぇ。


イリナに姉達の事を説明しながら、皆で楽しく夕食の時間を過ごした。





夕食を終え部屋に戻る。



「じゃあさっきの続きだけど何だったっけ?」


「子供だけでは色々と危ないという所でしたね。」


―――別に住むなら護衛が必要になりますね。


『ここに住めれば良いのですけど、ダメなのです?』


「それが出来れば一番ですが、学園関係者以外で寮に住めるのは配偶者かその子息だけなので、兄弟姉妹というだけでは認められていませんね。」


『厄介な規則なのです、でも仕方ないのです。』


―――学園に就職してもらえば良いのではないですか?


「まだ8歳だよ?」


「なるほど、ラッセル君の仕事を手伝っている事にするのですね♪学園長にお願いしてラッセル君の助手、もしくは雑事のサポートとして寮に住ませてもらい、給料の請求をしない代わりに寮や食堂は使わせてもらう。」


―――そして胡蝶之夢の掃除は週2日ぐらいで行って給金は貰う。そうして御両親を呼べるようになったら、どのみち住居区画に家を借りるか買うかするのですから、それからはご両親と暮らし、学校に通うか仕事をするか本人達に選んでもらう、というのはどうでしょう?


「そう上手く行くかな?」


―――問題無いかと。


「それなら行ける気はしますけどね。」


「じゃあ、早速明日にでも学園長に頼んでみるよ。それで行けるなら姉さん達と両親に手紙書くね。」


『決まったですか?もうお腹いっぱいで眠いのですよ。』


「はいはい、こんな所で寝ないでくださいよ~。ベットに行きましょうね~♪」



そうしてイリナを寝かしつけた後、ヘラ&アイラにサンドされながら幸せな感触と眠りを堪能した。



◇◆



次の朝、学園長に姉の事を相談したらあっさり許可してくれた。

そりゃ信頼できる助手も必要だろうということで、序に授業も受けられたら受けても良いと言われたけど、姉二人の学力を知らないので二人に聞いてからという事にしておいた。



その足で事務局に家族への手紙と、迎えの護衛と馬車の手配を依頼して、何か一つ肩の荷が下りた気がしながら、ヘラと授業に向かう。


昼からは姉達の代わりに実家の宿で働いてくれる人を探さないと。



まあ、姉さん達がこっちに来るのもまだ先だし、ゆっくり準備でも始めましょうかね。



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