歪塊
長いです。
少女の心の葛藤を描いてみました。
気分を害される方も居られるかもしれませんので
その時は読み飛ばして頂いても問題ありません。
―――最初から何かが始まる予感はありました。
学園長室に呼ばれたのは偶々だったのでしょうか。
ノックをして部屋に入ると、学園長と一緒に、高名な妖精使いであるロブ・ロイ様と、盟友であられる水妖精アネル様がいらっしゃいました。
恐縮しながら皆様が座られている応接セットに近づきます。
皆様にご挨拶した後、ロブ・ロイ様と学園長の話に驚きました。
何と、私の様な者の為に、仮契約の練習を、しかも御相手は伝説といわれる水妖精アネル様が引き受けてくださるとの事で、私は天にも昇る様な気持ちだったのを今でも覚えています。
そうして仮契約を済ませると、何故かアネル様は
―――では娘よ、仮契約を終わらせる日にロブ・ロイの下に行け。我はお前とは行動せぬ。
と、私への拒絶ともとれる言葉を残し、部屋を出て行かれました。
何かアネル様の機嫌を損ねる様な粗相をしてしまったのか、それとも何か他の理由で。
その途端、全身を恐怖が襲い、激しい震えと共にその場にへたり込み、失禁していました。
羞恥と恐怖で泣きじゃくって居たであろう私を、頭を撫でて慰めてくださるロブ・ロイ様に今日、感謝を忘れる日はありません。
失禁した床を、他の者には見せてはいけないと、自らの手で、私の不浄を掃除して下さった学園長にも、一生足は向けて眠る事はあり得ません。
汚れた醜い私は、学園長のマントをお借りして部屋へと逃げる様に戻りました。
その後はもう一晩中泣き明かしたのを強く覚えています。
あの頃はまだ分かって居ませんでした。
心の平穏、自信と尊厳を取り戻せぬまま、アネル様が居られそうな場所に向かい、泣きながらその名を叫ぶとは何と愚かな行為か。
私は幼い迷子の様に、毎日毎日、アネル様を探し続けました。
そんな私を周りは腫物の様に、奇妙な物の様に見始めるのは、時間の問題でした。
アネル様と契約してから一週間後の事でしょうか。
誰も目を合わせてくれなくなりました。
十日後には無視。
次の日、学食に行くと数人の女子学生が此方を見ては、ヒソヒソと話をして大笑いされました。
いじめだと思い、すぐにその彼女達の前まで行って、文句を言ってやろうと思いました。
実際に汚い言葉を浴びせたと思います。
ですが向こうも黙って居ませんでした。
椅子に座っていた数人は急に立ち上がり、私の肩を乱暴に掴みました。
そして怒りの形相で此方を睨みつけると、そこで辞めて私の下腹から足元を見て、私の肩を突き飛ばし飛び退きました。
私は訳が分からず尻餅をついて、暴力を振るわれたと思い彼女達を睨みつけようとしました。
ですが、お尻から伝わる冷たさに呆然とします。
そうです、十日前に経験した恐怖と羞恥の感触です。
彼女達も驚いた事でしょう。
しかし、私の前を走り去る時に彼女達から向けられた、汚物を見る様な目が酷く印象に残ってその場で動け無くなりました。
視線を落とすと、そこには異臭を放つ色を濃く含んだ汚水。
気が狂いそうになりました。
頭の中で黒い衝動が渦巻き、嫌悪感が強く濃くなります。
自分に対して。
そうして頭の中に、目に映る汚水と訳が分からない黒が混じり捻じれ。
そこからの意識はありません。
目が覚めたのか何なのか、分からない状態で意識が戻りました。
あれらが夢でない事は判っています。
ですから直ぐにあの時の光景が、十日前と意識を失う前の光景が、何度も何度も入れ替わり立ち代わり交じり合い、汚く醜く悍ましい自分の姿を、遠ざかる意識の中で俯瞰していました。
次に起きた時は、起きたという感覚がありました。
私が目覚めた事を見つけた医師が駆け寄って来て、何かを話しています。
目の前で口は動いていますが、声が全く聞こえません。
すぐ分かりました。
私は一時的にか生涯かは分かりませんが、音が聞こえなくなって居たのです。
動きでしか分かりませんが、皆、慌てていたように思います。
何故でしょうか?
私の様な汚らしくて醜い女が聴覚を失った所で、何を慌てる事があるのでしょう?
その日は一日、検査を受けました。
そしてその日の夜、私は薬局に忍び込み、何か分からぬ薬を大量に飲みました。
運よく命を落とさなかった私は、もう何を見ても何も感じなくなっていたと思います。
幸い音も徐々に聞こえるようになり、人々の言葉が聞こえる様になってきました。
アネル様と契約して二十日が過ぎていました。
何故、あの時はあのような事をしたのか分かりませんが、馬鹿な事をしたなと反省しつつ、寮に戻りました。
あの頃の私は何もかも諦めていたのかもしれません。
学園内での無視は続いていたのですが、逆に煩わしく無くて良いと考える様になって居ました。
黙って授業を受け、黙って食事をして、黙って部屋に戻る。
カウンセリングは夜、部屋に来てくれる女性の医師の方に行って頂きました。
とても良い方だったと思いますが、私から聞きたい事も無かったので、話も続かず沈黙は非常に多かったと思います。
数日が過ぎ、実家から手紙が来ました。
学園の貴族の娘が実家に告げ口でもしたのでしょう。
――――素行が悪い様なら家に連れ戻す。
その手紙には一行だけ、その文字が書かれていました。
馬車で一時間の距離に手紙を寄越してきたのは、父でした。
それをそのまま屑籠へ捨て、ベッドに飛び込んで、枕を抱え泣きました。
悔しくて、情けなくて、矮小な自分が嫌で嫌で、泣き続けました。
泣き止んで少しすると、思い出す事がありました。
アネル様との関係です。
今だにアネル様の顔を思い出すと恐怖に震えますが、父の手紙通りに家に連れ戻されるのも嫌でした。
私は何とか勇気を奮い立たせ、もう一度、アネル様と向き合う事にしました。
何か予見めいた物がありました。
どうせ私の様な者が呼んでも泣き叫んでも命を絶とうして尚、アネル様は現れる事は無いだろうと言う事を。
今思うと悲観的過ぎる予見というか自虐というかですね。
その日から私はアネル様を探し始めました。
直ぐに学園長が来て御声掛け下さいましたが、これは自分が乗り越えるべき試練なのだと伝えると、優しく微笑んで無理はしない様にとお心遣いまで頂きました。
もう此方も後には引けません。
好奇な視線という後ろ指を指されている事も分かって居ます。
それでも尚、前に進む事だけ考えて、過ごす日々になりました。
それは青天の霹靂でした。
長く旅に出て居られたロブ・ロイ様が王都にお帰りになり、学園に来られていると。
直ぐに御会いして御詫びしなければと思いました。
折角、機会を下さった高名な賢者様の御期待どころか、自ら命を絶とうとした愚かな自分に罰を与えて頂きたかったのです。
雷の妖精様とは御会い出来ませんでしたが、遅い時間に御時間を頂き、学園長とロブ・ロイ様に、この数か月の愚かな日々を聞いて頂きました。
涙は止まらず、鼻水を垂らしながら話す私の顔を、優しく綺麗な布で拭いながら、穏やかに聞いて下さいました。
そうして話し終わると、迷惑を掛けて済まなかったと仰り、直ぐに仮契約を解除しようと仰りました。
ですが、それでは私は何の為に今日まで苦しんだのか分かりません。
何か糸口でも見つけたい。
もう一度アネル様に御会いするだけでもお願いしたい。
何か一つでも自分の物にしてから。
そんな我儘を、御二人はお聞き入れ下さいました。
ですがその代わりに一人の子供と雷の妖精様を、学園入学の前の研修に案内する事を条件とされました。
期間は一週間。
その後は、次にロブ・ロイ様が旅に出られる迄の間、アネル様の事は自分で決めて良いとの御言葉を頂き歓喜したのを覚えています。
全くどこまで愚かなのでしょうか私は。
その頃はこうなるとは思いもよらなかったので仕方ないのですが。
そうして研修に入ります。
雷の妖精様と言えば伝説ばかりが頭に浮かびましたね。
子供の頃から読んでいた童話や伝記等には必ず登場されて、凄まじい力で悪を滅ぼし、将又天変地異を吹き飛ばし、格好良く立ち去る好漢や美女の後ろ姿。
いつかそんな方の妖精使いになりたいと夢見たものです。
しかしアネル様の時の様に、恐ろしい思いはしたくないと思い、仮面のつもりで眼鏡を装着して行く事にしました。
食堂を見渡しても妖精様を連れた男の子は見当たりません。
食堂横の事務局で部屋を聞き、向かう事にします。
威圧感さえある扉。
そんな印象でしょうか。
ノックをしようと、思い止まります。
誰か出て来ても、きっと今のままだとしどろもどろになる。
そう思えてしまうと、直ぐにその場から逃げ出してしまいました。
五分後、心を落ち着かせてもう一度あの部屋に向かいます。
部屋のある通路に入ってすぐの事でした。
大きな扉が開き始めたのです。
慌てて元来た通路を戻り、角で身を隠して再度息を整えます。
出来る出来ると何度も心で言い聞かせて。
その後の事はハッキリ覚えていません。
挨拶をして、食堂に行きました。
ですが自分の話している言葉が自分の耳に聞こえてきません。
妖精様に何か念話で囁かれて阿呆な顔をして一言帰したかもしれませんが。
食事もしました。
何を食べたか覚えていません。
昨日の夜に考えて暗記したことを一気に捲し立てたかもしれません。
そうして予定していた場所へ行く為に、席を立ちました。
移動中もにこやかに和やかに二人の世界を築く二人を見て、嫉妬しなかったかと言えば、はい、していました。
三日目に仮契約の妖精に合わせてと言われ、何も知らずに好い気なもんだと思ったのも確かです。
しかし、問題はそんな処の話ではありませんでした。
あまつさえ私の前で妖精様はその少年をとても豊かな胸に抱き、触らせているのです。
どう見ても子供をあやす姿ではありません。
その上、妖精様は人目も憚らず、少年を抱いたままその耳を甘噛みして、こちらに流し目を寄越して来ます。
何と破廉恥で厭らしい姿な事か。
それからもそんな事は続きます。
妖精様自らラッセルという五歳にも満たない少年の手を取り、自分の服の中へ誘い込んだり、疲れたと言い眠ってしまった少年を膝の上に乗せ、向かい合う私に恍惚とした表情で、少年の首筋に厭らしく舌を這わせます。
目を背けます。
あまりに酷い光景に心が痛みます。
暫くして目を戻すと、目を細めて嬉しそうにこちらを見ながら、少年の指を厭らしく舐め始めます。
それは毎日何度も続けられました。
少年に注意する様に言おうと思う度、妖精様は少年を抱き上げて、私を少年の死角に誘導し、こちらに薄く目を開き、嘲笑うでもなく、只々情欲とも言うのでしょうか、そんな様なものがこもった熱い眼差しで、起きている時は、触れるか触れない程度に唇を少年の首筋に当て、寝ている時は糸が引く事で更に美しく背徳的になる口元すら見せつけて、舌で堪能し口の中に含みます。
目を背けて、暫くして目を戻すと、分かって居たように、こちらを宝石の様な美しい目で見てくるのです。
四日目には、わざとそうされているので、極力見ない様にしていたつもりでしたが、その日からでしょうか、いつの間にか妖精様の行動から目が離せ無くなりました。
その日の観光案内を終え、寮について部屋に戻ります。
ベッドに腰を下ろすと、あの嫌な感触を感じます。
何故なのか。
何で何でと半泣きでショーツを降ろすと、そこには昼間見た妖精様の口の中を思わせる、粘りあるもので湿らされていました。
そうです。
私はあんなにも嫌悪していた妖精様の行為を見て、その実こんなにもそれは喜んでいたのです。
人差し指の腹を噛みました。
強く強く。
きっと妖精様は分かって居たのです。
汚らしい私が、醜い私が、悍ましい私がこうなる事を。
何かの糸が切れた様な気がしました。
一万年は生きてると聞きました。
バレているのです。
少年が心を読まれる時があると言っていました。
知っているのです。
ずっと私の事を見ていました。
隠せなていなかったのです。
その後は狂うように、本当に狂ってしまうという所まで激しく、ひたすらに。
どれだけそうしていたのでしょう。
床には何度も汚水が撒き散らされている様でした。
噛んだ左手の人差し指の腹からは血が出ています。
右手は今だ止まらず、続けています。
慌てて右手を左手で掴みました。
そうすると正気に戻ったのか、自分が目を見開き、涎を垂らしながら酷く荒い呼吸をしている事に気付きます。
もう一度、周りの状況に目を向け愕然とします。
清潔な感じがして、好きで揃えた白い家具、カーテン、ドレッサー、勇気が無くて中々着れずにいて、壁に掛けていた白のワンピースに至るまで、全てが直線で汚されていました。
ショックはではありましたが、不思議と不快感はありません。
慣れてしまったのでしょうか。
荒い息のまま、洗える物はシャワー室に放り込み、布で部屋中の大掃除です。
壁は染みになってしまうかもしれません。
部屋の掃除を終えて、取り合えず洗える物を水に漬けようとタライに水を張っている時でした。
鏡に映った自分の顔を見てしまったのです。
髪が在り得ない程に乱れ嫌な笑みを浮かべる自分が映っていました。
その時の思いはもう良くわかりません。
只、今になって分かる事ですが、私はこの時もう折れていたのです。
何がかは分かりません。
何処かに僅かにあった私は、もう無くなっていました。
何もかも、欠片すら残らず、木っ端みじんに。
その後はシャワー室の鏡の前で、自分を姿を映しながら、何度も何度も、意識を飛ばしかけながら、狂い続けました。
次の日、寝不足ながら少し何かが変わった気がしました。
ラッセル君とヘラさんの姿を目で追うようになっていました。
その様子をヘラさんは変に思ったのか、念話で話しかけてくれました。
―――さっぱりした顔してるわね。
その声に反応する様に、そうでしょうか?と心の中で反応してみると。
―――厭らしい子ね!
と、返されました。
多分、私がどうしてそんな顔に見えるかの理由も分かって居られるのでしょう。
凄く恥ずかしかったですが、私にも念話で御伝え出来るんだと分かり、嬉しくて嬉しくて。
その後ヘラさんは、それはそれは頻繁に念話で語り掛けてくださる様になりました。
まるで心の中に優しい誰かが住んでくれている様な感じがして、凄く頼もしく感じました。
正直、楽しくて仕方なかったです。
そして、そんな楽しい日々は研修修了という言葉で終わりの日を迎えます。
その日も朝からワイワイと、一週間前までは考えられない程、私の周りは賑やかなものへと変わっていたのです。
その時は笑っていましたが、内心穏やかではありませんでした。
こんな楽しい日々が終わってしまいます。
このまま三人で居られたらどんなに楽しくて満ち足りた日々となるか。
私など端っこに置かれていてもいい。
二人と一緒に居たい。
こんな醜く歪んだ異常な女を同等に接してくれる大人びた少年と、優しさを出す事を恥ずかしがる大人な女性の傍でずっと一緒に居たい。
そう願っていました。
いえ、ヘラさんにそんな願いや請う様な顔を向けていたのかもしれませんね。
食堂で打ち上げです。
何と、私が大好きで御勧めした筈の料理屋さんのランチ券を、有難い事に三枚も頂きました。
ラッセル君は御礼だと仰られていますが、何故これをと考えていると
―――アナタが一番あのお店の料理を美味しそうに食べてたからよっ!
と、ヘラさんが教えてくれました。
その時、救われた気がしました。
私なんかの事を、きっと最終日に御礼を渡す意味も込めて、ずっと見てくれていたのだと。
私は最初、目を背けようとしていたのに。
そんな事が有っても無くても、只々誠実に御礼を下さる御二人に。
そうして私は変わろうと思いました。
自分の醜さも汚い所も全部受けれて、その上で色んな事に再度挑戦していこうと。
それでまた挫けてしまうかもしれない。
可笑しくなってしまうかもしれない。
今度こそ命を失うかもしれない。
でも、きっと大丈夫だと思えました。
こんなにも真っすぐに私を見てくれる少年と、心優しい女性が居たんだと一生忘れる事は無いだろうから。
そうして新たな希望を持ち、アネル様との事が失敗しても、もう折れないと心に決めた時でした。
―――ラスティの妾になれ。
言葉の意味は分かりますが、どうしてそういう話になるのか意味が分からなかったのが印象深いですね。
その後、心の中では思ってましたよ、厭らしい私が。
妾になればずっと一緒にいられる。
自分で慰める日々も終わる。
もしかするともっと強い刺激を与えてくれるかもしれない。
ラッセル君がもう少し大きくなれば、純潔を捧げて自分の居場所を強引に。
この少年はどんなふうに私を。
ヘラさんにも私で遊んでほしい。
三人で一緒にベッドで。
色んな手管で篭絡して。
そんな事を一気に妄想しながら、口では否定的な言葉を吐いてまだ清楚に見られたいのか。
いや、その方が後々興奮するんでしょう。
そうして湿らせていると、アネル様の衝撃的な真実を二人から聞かされてしまいました。
アネル様の美しい心の肖像画が木っ端微塵に弾け飛んでしまいました。
世の中には居たのです。
私以上に変態などという呼び名が尚温い、存在が。
私はそんな存在の為に全てを捨てたというのでしょうか。
意識を無くすのに慣れてしまった私は、無意識に溶け込んでいく最中、二人の笑顔を思い浮かべていました。
目覚めた時、御二人は私の傍に居てくださいました。
きっと酷い顔をしていたと思います。
また何も聞こえません。
ですが、暫くすると声が聞こえました。
―――とっととキモ屑変態男との仮契約解除してきなさいっ!
私にはその言葉に従う以外の選択はありませんでした。
いいえ、拒む事は出来たでしょう。
でも、もうこの二人に身も心も全て捧げると決めてしまっていたのでしょうね。
ベッドから飛び降り、全力で走って走って、途中で転んでも無我夢中に学園長の元に行き、ロブ・ロイ様の御家迄馬車で赴き、直ぐに契約は解除されました。
挨拶もそこそこに慌てて馬車で寮に戻り、玄関を潜ると
―――私達の部屋のシャワー室で良いと言うまで息を殺して待っていなさい。
次の指令です。
そのまま走って部屋に行きドアに手を掛けると開いているではありませんか。
暗い室内に入り、シャワー室を探して中に入ると扉を閉めて息を殺しました。
どれくらいの時間が経ったでしょうか。
疲れの為か、船を漕ぎ始めそうになって部屋の主が帰って来ました。
扉に耳を当てると、何やら話し声が聞こえます。
すると
―――静かに、物音を立てない様に、少しだけ扉を開けて覗いても良いわよ。
何やら不穏な背徳的な言葉をヘラさんから掛けられ、ゆっくりゆっくり。
ほんの少し外が見える様になり、そこで衝撃を受ける事になります。
御二人が、私がこの世で唯一敬愛する御二人が、唇を。
一方的にでは無く、お互いが上下を変えながら、行き交いながら、喜びを共有しながら、湿り気のある音を部屋に響かせて、いつまでもいつまでも、何度も行き交うその合間にヘラさんは視線を飛ばして来ます。
私は唇を噛んで、その羨ましい光景を見ながら動かし続けます。
とても長い時間それを悔しい気持ちで見せつけられていたと思います。
そうすると、ヘラさんがラッセル君を抱きかかえ、ベッドの真ん中に優しく寝かせました。
そして次の瞬間、ヘラさんは口角を上げ、目を細めてこちらに振り向きます。
その視線に射貫かれ動けない私の下に、遠慮も躊躇も無く真っすぐに向かってくるのです。
ちょっと待って欲しいのです。
こんな所見られたら幻滅される。
恥ずかしくて死ぬ。
来ないで。
御願いだからこっちに来ないで。
こんな姿の私を貴方達だけには見てほしくない。
そんな風に願っていたのですが、気付くとその隙間の上から視線を感じます。
目の前には美しい脚が見えています。
その現実に体中が震えます。
既に見られているのだと。
今まさに汚れている私をヘラさんは見ている。
恐ろしくて顔を上げる事が出来ない。
変態だと思われた。
変態だと思われた。
変態だと思われた。
変態だと思われた。
変態だと思われた。
変態だと思われた。
変態だと思われた。
変態だと思われた。
そうして思考停止して同じ事だけを考えて、恐怖に震え、手の甲を噛み、呼吸が荒くなって来た所で、扉がゆっくりと開かれました。
手の甲を噛んだまま、震えて怯えながら、開き切ったドアの前に立つ美しい女性の顔をゆっくりと見上げます。
そこには目を見開き口元を歪めるヘラさんの美しい顔がありました。
怖かった汚い物を見る目ではありません。
獲物を見る獣の目とも言うのでしょうか。
嬉しそうに、弄る様な目線。
汚れている私をゆっくりと観察されます。
そうして足で肩を軽く蹴られ、自分の汚水溜まりに落ちた私の顔を優しく踏まれました。
何を意図しているのか直ぐに理解し、奉仕させて頂きます。
ラッセル君がお眠りになっているのです。
起さない様に音を出さない様に。
差し出される物は全て受け入れます。
見せろと言われればどこでも御見せします。
どこでも好きなようにお楽しみ頂きます。
ラッセル君のところ以外は全て差し出しました。
勿論いずれラッセル君が私のご主人様になられるのです。
その正妻様に逆らうなどありえません。
そうして最後に。
―――綺麗よ、自信を持ちなさい。
と御言葉を頂戴いたしました。
嬉しくて嬉しくて声を殺して泣きました。
顔は笑っていたと思います。
最近は夜中に私の部屋にご足労頂き、御楽しみ頂きながら勉強させてもらっています。
勿論、普段はそんな素振りは見せませんよ。
メガネを仮面にして、出来るお姉さんを装っています。
我ながら完璧だと思うのですが。
ラッセル君がこの状態をいたくお気に入りだと言うので、飽きられる迄はこのままです。
勿論、私がどういう女かは既に知っておられます。
そう全て。
それでもずっと一緒に居てくれると約束してくださいました。
始まりは何か良くわからない予感でしたが、辛い事も苦しい事も悲しみも憎しみも羞恥も屈折も崩壊も湾曲も怒りも快楽も喜びも何もかも全てが今に繋がっていたのでしょう。
折れて、壊れて、砕け散って、ばらばらになった物を必死に震える両手で握り締めて。
そんな、誰も見向きもしない、歪な塊の様な私を、御二人は愛してくださいます。
温もりを実感させて下さるまで優しく優しく愛してくださいます。
只々無償で愛して下さるのです。
そうして私は、本当の幸せ者になりました。
卑猥な表現は極力省いたつもりです。
御気分を害された方には申し訳御座いません。




