~プロローグ~
お楽しみ頂ければ幸いです。
プロローグ
はじまりはじまり~
――――雲の上。
人生で初めての海外旅行。
隣で毛布にくるまって眠るのは、これまた人生で初めて出来た彼女であり、愛する新妻の里奈。
もうすぐ二十三歳という里奈の親御さんから結婚までは清き関係でいる事を条件に、交際を許されたのもあり、今だ俺はベテラン魔法使いのままである。
一昨日の結婚式から慌てての新婚旅行であるが、一週間ほど会社には無理を聞いてもらった。
そうなのだ、苦節三十五年、明日の夜には魔法使いから晴れて新米賢者へと転職するのである。
ぐへへ、フランスでりなちゃんとぐへへっ
そんな期待と股間を盛大に膨らませ、星空を飛ぶ飛行機の中でいつの間にか眠りについていた。
………身体が重い。
正確には朦朧とした意識の中、体を動かそうとするが四肢の感覚すらない。
喉が渇く……
何か音が聞こえるが何の音かも理解できない……
喉が渇く……
そんな物音も聞こえなくなって、意識も遠退いて……
…………、誰か水を……。
†††††††††††††††††††††††
――――ハイネ王国の辺境、アリコット村。
三歳の頃、家の二階から窓の外を見下ろすと膝が震えて腰が砕け、その場にしゃがみ込んでしまった。
震える手足。
体中が鳥肌に覆われたように寒気がする。
その頃から知らない人や景色を夢の中で見るようになった。
流石に毎日のように見慣れない服を着た人々や、異常に大きな建物なんかを夢の中で見ていると、それが前世の記憶なのだと不思議な程肯定的にとらえられたし思い出してもくる。
そしてその最後の日、何があったのか、何を失ったのかも。
三十五歳にして漸く賢者へとクラスアップする直前に俺は死んでしまった。
そしてどうやら所謂『異世界』へと転生したようだ。
前世の最後が最後だっただけに、生まれついて重度の高所恐怖症であるようで、窓から外を見なければ問題ないが、二階以上からは無理だ、下見ると血の気が引く。
まぁこればっかりは仕方のないことだろう。
深くは思い出したくはない。
でもどうしても忘れられない事もある。
里奈の事だ。
彼女もどこかへ転生とかしてしまったのだろうか。
近所の子供達の中で色々聞いて調べてみたが、それらしい子供は居なかった。
いつか、もう一度会いたいな。
転生した家の事も理解し始めた。
辺境の田舎ではあるが、宿屋の家の末っ子として生まれた。
三つ上に双子の姉がいる。
今もそうだが、毎日着せ替え人形の様に弄ばれ構われ、まぁそれなりに大変ではあるが、むさ苦しいよりは遥かに良い。
「リズ!フィズ!いつまでもラスティに構ってないでとっとと水汲みと掃除を終わらせて来なっ!」
「「はーい」」
母のエリーナに怒られても反省の色も見せず、姉二人は気の無い返事をしながら渋々といった感じで玄関から出て行った。
「まったくあの子たちはどうしてああなのかねぇ。ラスティはあんな風にならないでおくれよ。」
心底呆れた感じで言うエリーナではあるが、7歳の子供にしては姉たちは相当しっかりしていると思う。
元居た世界の小学一年生なんてもっと幼かったので、そんな母の言葉を聞くと、やはりここは異世界で、子供とはいえ家の為に出来る事は率先して手伝わなければいけないのだなと感じる。
そんな姉達が出て行った玄関から入れ替わる様に大男が入って来た。
「―――ふぅ~、ただいま。おお、ラスティ良い子にしてたか?」
「はい、おとうさん。」
筋骨隆々という言葉の体現者であり『世紀末的一子相伝の伝承者的』な大男は、この宿屋のオヤジであり俺の父であるスコットである。
若い頃は王都で兵士をしていたらしいが、今だ衰えを知らないバッキバキの上半身を見せつけながら目線を合わせて俺の頭を乱暴に撫でた。
「スコットは水浴びが終わったら村長さんのとこ行ってくれないかい。」
「何で村長とこに?何か頼まれもんかい?」
「さっき市場に行ったら村長さんの奥さんに会ってね。何でも知り合いの妖精使いが今晩訪ねてくるからスコットの宿屋に泊めてくれって村長さんが。」
「まぁ客ってんならありがてぇ話だが、村長の屋敷にも部屋ぐらい余ってんだろ?知り合いを何で宿屋に?」
「その妖精使いの人が宿屋に泊まりたいって言ってるらしいのよ。村を見て回りたいから客人扱いだと気を使うって。」
「そんなもんかねぇ~。まぁ折角泊ってくれるって言ってんだ、ありがたく商売させてもらおうじゃねぇか。でも今日は他に客も居なかったから母ちゃんとしっぽりと、なんて思ってたんだがな。」
そういうとスコットはエリーナを少し乱暴に抱きしめて唇を奪う。
「ラスティがみてるよ~」なんて言いつつ尻を弄られながらも、満更でもない感じでスコットに身を委ねる。
両親の『お楽しみタイム』を邪魔するつもりも無いので、隣の部屋へと移動して扉を閉めた。
…………ちくせう。俺も本当なら里奈ちゃんと……。
その日の夕刻。
スコットは『妖精使い』なる爺様を連れて帰ってきた。
禿げ上がった頭に長い白髪を後ろで結って、口髭顎髭は伸び放題。
顔に刻まれた深い皺と、背丈ほどある立派な杖に濃い藍色のローブを纏った姿は正に賢者、大賢者といった風格である。
肩掛けの鞄一つで旅人の様な大きな荷物は無い。
スコットに案内されて、二階への階段を上る為に手すりに手を掛けた爺様。
………しかし、さっきから何か違和感を感じる。
ゆらゆらと、その爺様の背後に陽炎の様に、その背後がブレて見える。
気になって眺めていると
「ほう、坊やには見えとるのかのぉ」
その声にハッとして爺様の顔へと視線をずらす。
爺様はそのままこちらに向かってテクテクと近づいて来るところだった。
不思議と嫌な気も怖い感じもしなかったので、そのまま爺様が自分の頭を優しく撫でてくれるのをされるがままに受け入れた。
「坊やは今いくつじゃ?」
「4さいです。」
「そうかそうか、して、坊やは今しがた何が見えたか儂に教えてくれんか?な~に正直に答えてくれれば良い、教えてくれんか。」
優しく声を掛けてくる爺様に素直に答える事にする。
「………えっと、おじいさんのせなかにゆらゆらと」
「ゆらゆらと?」
「とうめいのゆらゆらがみえて。」
そこまで答えると徐に後ろから何かに抱きしめられた。
どちらかの姉かと思って振り返るが誰もいない。
それどころか、さっき爺様の後ろにあったはずの陽炎が俺の背後で激しく揺らめいている。
驚きのあまり目を見開いてそれを見ていると
「ラスティ!どうした?!何をしている!」
スコットが慌てたように声を荒げて呼びかけて来た。
しかしその陽炎は徐々に人肌の様な色を持ち始め、瞬く間に美しい女性の姿へと変化する。
「なにっ?!」
慌ててその女性から逃げようとして、爺様に振り返り誰何する。
しかしその女性は輝く様な羽衣を豊満で美しい肢体に纏い、優しく抱き上げるように俺を包み込んだ。
そして心地よさを感じる甘く優しい声は、頭の中に直接呼びかけるように響いて
―――初めまして、雷の妖精ヘラと申します。 幾久しく、毎夜床で愛してくださいまし、ラスティ様。
ごめんなさい里奈ちゃん。俺はこの妖精さんに美味しく頂かれてしまうようです。
この日を境に、妖精使いの爺様と、エロ妖精ヘラがうちの宿屋に滞在する事になった。
―――――――――――――
「ラスティを王都の学園にですか?!」
そんなスコットの驚いた声が宿の一階に響く。
隣で話を聞いていたエリーナも両手で口元を覆っている。
話しているのは妖精使いの爺様ことロブ・ロイ。
この数ヵ月、ロブ・ロイは俺に色々な事を教えてくれた。
『妖精とは何か』『この世界とは』『世の理』など、あらゆる事を教えてくれた。
妖精は太古の昔、人によって作られたという神話の一節や、妖精や亜人種何かが持つ異能としては主に雷、水、土の三つのどれかであるとか、所謂、元の世界で創作物にあった様な魔法なんてものは無い事。
この世界に居るドラゴンが吐くブレスが可燃性のガスだそうで、引火させて唯一炎を操る事が出来るらしいets。
俺的には火とか風なんかの魔法が使えたら便利だとは思ったけど、そんな話しをしたら笑われた。
「何も無い所に火などつかんし、風で人など切れやせんわい。」
アニメや漫画で見た魔素だったりエーテルだったりなんて色々聞いてはみたのだが
「そんなものありゃせんわい。仮にそういうもんがあったとして、何で指先から出るんじゃ?穴でも開いとるのか?それも大気中にそんなもんがあったら引火して大爆発してしまうじゃろ?」
と、取り付く島もない。挙句には
「ラスティ坊が言うような世界じゃったらさぞ便利じゃろうが、そもそも天災をも超えるような力じゃからのぉ。道具も使わずに、人如きが自然の力以上の事を為せるとは儂にはどうしても思えんが」
おっしゃる通りかもしれません。
話は戻るが、そんな俺の事を気に入ってくれた(半ば強引にそっち側に引き摺り込もうとしている感はあるが)ロブ・ロイが両親に提案してくれた。
俺としてはこの世界で生きて行くのであれば、学んでおきたい事は沢山ある。
それは最終的にこの村の宿屋を継ぐにしても知識はあって損にはならない。
それにロブ・ロイから聞いたこの世界の仕組みに心を惹かれたのも確かである。
「…………異世界からの転生は過去にもある」
それは、この世界の事を話してくれている時の事。
俺が転生者である事は勿論まだ誰にも明かしてはいない。
だがロブ・ロイはその事を知ってか知らずかは分らないが、そんな話を聞かせてくれた。
記憶の中にある元気な笑顔を思い出す。
もしかしたらこれはチャンスなのかもしれないと思った。
確率は無いに等しいと言えども『里奈ちゃんもこの世界に転生してるかもしれない』と。
ロブ・ロイの話では、王都には六十万とも七十万とも言われる人々が生活しているらしい。
奇跡的にでも、もう一度彼女に会えるかも知れない。
もしかしたら既に好きな人なんかが居て俺の事を拒絶するかもしれない。
それだったらそれでも構わない、が、同じ世界から転生して来た者同士、お互いが力になれる事もあるかもしれないと。
「しかし、王都の学園となるとうちにそんな余裕はありません。情けない話ですが」
眉根を寄せて自身の言葉にスコットが肩を落とす。
「いや、金は要りませんぞ。儂が推薦しますでな、大船に乗ったつもりで。」
「でもその様な……ロブ・ロイ様は一体どういう……」
「儂は学園の元教師でしてな、旅すがら妖精使いとして将来有望な子供達を学園に推薦しております。ラスティはその点、既に妖精ヘラを従えておるのですから何の問題もなく入学出来るでしょう。」
その後も、自信満々で話すロブ・ロイにスコットとエリーナも色々と聞いていた。
主に生活費なんかの心配だった様だが、推薦入学者は手厚く学園の加護を受けるそうで、その辺は心配ないらしい。
何ともご都合展開ではあると思うのだが、前世ではあんな死に方をしたのだ、今世こそは賢者へと到ってみせる。
勿論、目的はそれだけでは無いのだが。
「まぁ、仕送りぐらいはさせます故、安心して送り出してやってくだされ。」
いつの間にか俺が仕送りする側になっているようだ。
まだ四歳なのですがこれ如何に。
―――早く大きくなってラスティ様♪
雷の妖精ヘラが実体化して後ろから徐に抱きしめてくる。
正直、超気持ちいいしすっごい甘くて良い香りがするので有難くその時間を享受してはいるのだが、これ十歳過ぎたら俺はただのお猿さんになってまうかもしれん。
ああ、何とも困った状況である。
ヘラが言うと大きくなってって言葉すら何か如何わしい物を想像してしまう。
かと言ってこの素晴らしい日常を手放すつもりは更々ない。
寧ろその思いに早く答えたいとすら最近は思っている。
ロブ・ロイとの勉強の時間が終われば夕飯までの間、部屋で、庭で、お外でヘラの膝の上に乗せられて撫で繰り回されている。
勿論、夜はベットで抱き枕にされてもいる。
…………いやいや、まだだっ!まだ終わらんよっ!
そんな日常は瞬く間に過ぎ去り、家族の見送る中、王都へと向かう馬車に乗り込むのでありました。
御読み頂き有難う御座いました。
ご興味お持ち頂けたなら嬉しく思います。




