8 試験③
試験開始から30分が経った。
宗人と翔太は、建物の残骸を背に隠れていた。宗人の『HP/MP』は『43/27』、翔太は『28/48』だった。宗人は苦い表情で自分のHPを眺める。もう少しダメージを抑えたかった。前線で戦っているから、は言い訳にならないか。
「今の段階で残っている受験生は24人みたいだ」と翔太。メニューを操作することで、残りの受験生の数がわかる。「ポイントは今んとこ、どれくらいなんだろうな?」
「さぁな。早い段階で数えるのを止めたから、わからん」
撃破ポイントは表示されない。そのため、自分で記録しておく必要がある。が、そんな余裕はなかった。
「宗人は十分稼いだろうけど、俺はまだ不安だ」
「ポイントが全てじゃないんだろう?」
「まぁな。でも、あるに越したことはないだろう?」
「……そうだけど」
重々しい足音が聞こえ、宗人は唇に人差し指を当てる。二人の頭上を大きな影が過った。トロールである。身長が2メートル50センチはある力自慢の魔物だ。
トロールの影が見えなくなって、宗人は顔を出し、トロールの姿を確認する。緑色の巨体が遠くなっていく。
「行ったみたいだ」
「はぁ、あいつ。つえーんだよな」
先ほど、戦いを挑んだが、想像以上に強いため、撤退した。
「でもポイントは高いから、ポイントを稼ぎたいなら、倒すべきだろう。それに、もう、あいつみたいな高ポイントの魔物しか残っていないみたいだし」
翔太は渋る。先ほど、トロールに吹き飛ばされたのが応えたようだ。
「佐野は、合格したいんだろ?」
「ああ」
「なら、根性見せようぜ。自信があるんだろう?」
翔太はその発言を悔いるように目を閉じた。数秒の沈黙があって、覚悟を決めたように目を開く。
「……そうだったな。根性見せるか」
翔太は頬を叩き、気合を入れ直した。まだ迷いはあるが、やる気の方が強い。
「でも、どうやって、あいつを倒す?」
「仲間を増やそう。他の受験生の動きを見た感じ、敵を倒したいなら、一人でも多くの仲間がいた方がいいみたいだ」
「だよな。んじゃ、まずは仲間を探すか」
トロールの雄叫びとともに爆発音が聞こえた。二人が残骸から顔を出すと、一人でトロールと戦う受験生がいた。
「一人であいつに勝負を挑むなんて正気か!?」
「ちょうどいい。あの人を仲間にしよう」
宗人が飛び出し、翔太が続いた。
「翔太。とにかくトロールの頭を狙って、矢を撃て」
「わかった」
翔太は途中で手に入れた【魔法ボウガン】に魔力を注入する。光の矢が装填される。消費MPの割に、威力の高い攻撃をできるのが特徴だ。
近づくにつれ、トロールと戦う受験生が何者かわかってきた。
「あれってさ、もしかして女じゃね!?」
「……みたいだな。ってか、隣にいた女子だ。40番」
「マジ!?」
少女はトロールと距離を保ちながら、トロールの顔面に向け、火球を放つ。バスケットボールほどの大きな火球だ。
「あの火球の大きさ! これは頼もしい仲間になりそうだ!」と翔太。
トロールは野太い声を上げ、後ずさる。少女の攻撃は効いているようだ。が、トロールは倒れることはなく、怒りを剥き出しにして、乱暴に棍棒を振り回しながら、少女に迫った。トロールの歩幅は大きい。しかし少女は、女子中学生にしては速い動きで、距離を空ける。
「速くね!? あいつ!」
「肉体強化の魔法も使えるのかもな」
少女が二人に気づき、睨んだ。
「何か睨まれてね?」
「シャイなんだろ。それより、矢を構えて。撃てば当たるだろう?」
「おう!」
翔太はボウガンを構え、引き金を引いた。放たれる光の矢。トロールの肩甲骨に刺さり、トロールは怒れる眼で翔太を睨んだ。
「おおおぉおぉぉおぉお!」
トロールが雄叫びを上げ、突進してくる。
「佐野!」
「何だ!?」
「二手に別れよう。ちょっとだけ囮役を頼む」
「ええ!?」
宗人は翔太から離れ、少女に向かって駆けた。トロールは困惑する翔太へ迫った。
「えええええ!」
翔太は声を上げ、全速力で逃げ回る。
宗人の接近に気づいた少女は、ムッとした表情で迎える。
「あいつは私の獲物なんだけど、邪魔しないでくれる?」
「一人で大変そうだったから」
「別に大変じゃないし。私一人で十分」
「まぁ、そう言わずに、協力してあいつを倒さないか?」
「嫌だ」
「何で?」
「ポイントが入らないじゃん」
「あんたはこの試験に合格したいのか?」
「当然でしょ」
「なら、試験官の言葉を思い出すんだ。試験で見ているのは、ポイントだけじゃないって話。もしかしたら、協調性とかも見ているのかもよ。寮生活になるってなったら、そういうの必要だろ?」
少女はトロールとトロールから逃げる翔太を見た。翔太の顔には、焦りと怒りの色がある。
「宗人! おい、ふざっ、助けて!」
「……協調性?」
「これが俺たちのコンビネーションなんだ。あんたが力を貸してくれたら、より強力なものになる。確かにポイントは少なくなるかもしれないが、協力すれば、魔力の消費を抑えることができるし、試験官の心象もよくなるかも」
少女は渋い顔でトロールを眺め、諦めたように言った。
「……いいわ。協力してあげる。ただ、勘違いしないでね。試験に合格するためだから」
「ありがとう。んじゃ、早速で申し訳ないんだけど、俺にもあんたが使っている【身体強化】を掛けてくれないか?」
「左手を出して」
宗人は言われた通り、左手を差しだした。少女は左手の甲に杖先を当てる。左手の甲に魔法陣が描かれる。
「魔力は自分のを使って。魔力を注入すれば、発動する。その魔法陣は5分後に消滅するから。あと、それは1.2倍の【筋力アップ】だから」
「OK。ありがとう。俺が接近戦であいつを斬るから、援護を頼んでもいいか?」
「おいしいところを持っていくつもり?」
「おすそ分けはするさ」
「宗人! やばい!」
翔太は、トロールが振り下ろした棍棒を、転がって避けていた。
「今行く!」
宗人は駆け出した。そばをソフトボール程度の火球が過ぎて、トロールの腹部に命中する。トロールの意識が、宗人と少女に向いた。宗人は振り返って親指を立てる。少女は無表情で、もう一発トロールに火球を放った。
「佐野! すまん! 後は任せろ」
「おせぇよ!」
宗人は入れ替わるように、トロールの前に立った。
トロールが棍棒を振り下ろす。宗人は横へのステップでかわすと、トロールの膝下へ魔剣を振るった。先ほどは弾かれたが、筋力アップのおかげか、浅くではあるが、肉を裂いた。
「うぅおおぉぉ!」
トロールが棍棒を振り上げる。その腕に火球が命中し、トロールはのけぞる。その隙に、右の膝上に横から剣を刺し、力任せに押し込む。
「ぎぃいや!」
トロールは悲鳴を上げ、股を閉じ、宗人を押しつぶそうとする。が、宗人は剣の刃を残したまま前方に跳んだ。トロールが股を閉じた瞬間、剣が深く突き刺さって、トロールはそのまま倒れる。宗人は倒れてくる巨体を横に跳んで避けた。
トロールは上体を起こし、剣を引き抜こうとするが、その顔面に砂の塊が命中し、後ろに倒れる。顔を押さえて暴れるトロール。宗人は剣の刃を消し、杖で柄を引き寄せると、再び魔力を注入し、魔剣とする。
宗人は潰されないように気を付けながら、トロールに接近し、観察する。首に青い筋がある。宗人はその筋に、剣を突き刺した。魔剣は浅く刺さる。力強く押し込んで、切り裂いた。肉が裂け、赤い血が噴きだす。宗人は赤い血を全身に浴びながら、後退する。
「あー。しまった」
顔の血を拭いながら、宗人は舌打ちした。
血が噴き出てもなお、奇声を上げ、その場で暴れ続けるトロールであったが、次第に弱弱しくなる。
「大丈夫か? 宗人」
隣に翔太が立つ。
「まぁ、何とか。佐野もありがとな。ナイス根性」
翔太は苦笑する。
二人の前を、少女が通り過ぎた。二人は少女をじっと眺める。少女はトロールの傷に杖を突っ込む。すると、爆発が生じ、トロールの首が千切れた。
「おいおい、マジか……」
トロールの体が霧散し、多量の回復アイテムがドロップする。
少女は振り返って言った。
「ちゃんともらったわ」
「……約束は守るからな」
「この回復アイテムはどうする?」
「取りあえず、佐野は体力を回復した方が良い。俺は魔力が欲しいかな。あんたは……と言うか、まずは自己紹介しようか。俺は柳瀬宗人だ」
「佐野翔太! よろしく!」
「村井柚子」
柚子は微笑みもせず、淡々と言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
試験終了のアナウンスが鳴って、『Log out』の文字が表示される。廃墟は消え、白い部屋が薄暗く見える。
「【浮遊魔法】を解除します。気を付けてくださいね」
浮遊感が消え、体が沈み、床に足が着く。1時間ぶりの硬い感触であるはずなのに、そんな感覚はなかった。
「はい。それでは皆さん。ご苦労様でした。最後まで試験を受けた方は、ゴーグルを外して試験官に返してください」
宗人はゴーグルを外す。柚子からゴーグルを受け取った試験官が、宗人のゴーグルも回収する。
宗人は柚子と目が合い、「ありがとう。村井のおかげで助かったよ」と微笑みかけた。
しかし柚子は目をそらし、口を結んだ。協力関係は終わったと言いたげに。
宗人は苦笑する。
それから、試験官からの説明が数分あって、解散になった。
柚子は終わると同時にその場を離れた。
「じゃあな」
宗人の呼びかけに柚子は答えない。
やはり答えてくれないか。宗人は肩をすくめる。
そのとき、「ありがとう」と聞こえた。
宗人は振り返る。柚子のクールな背中があった。