7 試験②
VRの動作確認を行いながら、宗人は魔力の感度を上げた。魔力の光は見えなかった。試験内容によっては、まずいことになるかもしれないな。宗人の顔に、若干の焦りの色が浮かぶ。
「それでは、試験内容の説明を行います。今回の試験では、皆さんの前に、魔物が現れるので、できるだけ多くの魔物を倒してください。魔物を倒すごとにポイントは入りますが、そのポイントだけではなく、立ち回り方なんかも評価の対象となるので、そのつもりで試験を受けてください。魔物の種類やポイントに関しては、メニューで確認できます。また、メニューの『HP/MP』を選択すると、視界の左上にHPとMPが表示されます。HPは体力で、皆さん100になっていると思いますが、これが0になった方は試験終了ですので、0にならないように気を付けてください。ただ、0になったからといって、不合格になるわけではありません。それまでの戦いぶりを評価しますので、安心してください。MPは魔力です。こちらも100になっていると思います。MPは0になっても試験終了にはなりませんが、0の場合は魔法が使えません。HPやMPは敵を倒したさいにドロップされるアイテムを使って回復することができます。アイテムについてはメニューで確認できます。他にもメニューで色々確認できるので、実際に操作して確認してみましょう。5分、時間をとります」
左のこめかみ付近に、ゴーグルのボタンがあると言うので、宗人は触って確かめた。確かに、ボタンがある。このボタンを短くタッチするとメニューの選択ができて、長押しで決定だ。メニューには、魔物やアイテムだけではなく、武器や地図などの情報もあったので、宗人はそれらの情報に目を通した。
「はい。皆さんできましたね? ここまでで何か質問はありますか?」
前方にいる男子生徒が手を挙げた。
「はい、何でしょう?」
「これが二次試験なんですか? 実技試験とか面接とかはしないんですか?」
「はい、今回はやりません。なぜ、今回はこのような形で試験を行うかというと、人の本性や実力は、危機的状況にて、あらわれると考えるからです。VRなら、その危機的状況が作りだせるので、今回はこの方法で皆さんのことを見させてもらいます。よろしいですか?」
「はい」
「他に質問はありますか?」
「あの」と少女が手を挙げる。
「はい。どうぞ」
「私、魔物とか戦ったことないし、こういうゲーム? みたいなものもやったことないんですけど」
「それは多分、他の受験生も一緒です。今の時代、魔物と戦ったことがある人なんて、まずいませんし、今回のVRも一応試運転はしているものの、まだ世に出回っていませんから。だからこそ、やる価値があると考えます」
「……なるほど」
少女の声に不満が滲む。
「他にはいらっしゃいますか?」誰も手を挙げない。「……ないみたいですね。それじゃあ、5分後に試験を開始いたしますので、それまでは自由に行動してください」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ぞろぞろと周りが動き出したのに合わせ、宗人も歩き出した。
「おい、宗人!」翔太が駆け寄ってきた。「驚いたな。まさか、こんな形の試験になるとはなぁ。想像していなかったぜ」
「そうだな。これはさすがに、予想できない」
「で、どうする?」
「……佐野はどうして、俺のところに来たんだ?」
「え? いや、せっかくだし、一緒に行動しようかなと思って」
「ふぅん。それってつまり、俺と協力して戦うってことか?」
「おう! 宗人からは、何か強そうなオーラみたいなものを感じるし」
「佐野、見る目あるな」
「だろ?」
二人はニヤリと笑った。
「取りあえず、武器を探そう。作戦なんかは歩きながら考えよう」
「わかった」
二人は他の受験生がいない方向へ進んだ。宗人は歩きながら、念力で道端の石を持ち上げようとしたが、無反応だった。
「佐野はどんな攻撃魔法が使える?」
「初級の攻撃魔法なら使える。宗人は?」
「【衝撃魔法】なら得意だが、敵にどれほどダメージを与えられるかは未知数だ。俺の魔法も初級で、ただ相手を突き飛ばすだけだから。やはり武器が欲しいな」
メニューの情報によれば、武器は宝箱に入っていて、その宝箱はマップ上に落ちているし、敵がドロップするらしい。まだ敵は出現していないので、開始前に落ちている宝箱を拾いたい。
宗人はメニューから武器を選択、さらに杖を選択した。杖は最初から支給されている。
宗人は杖を握り、術式を組んだ。魔法陣が宗人の目の前に展開する。
「お? 何の魔法だ?」
「【鳥瞰魔法】」
魔法陣が輝き、中心に空から見た景色が映し出された。宗人はスマホを操作するように、魔法陣の映像を操作し、周囲の状況を確認した。
「ここに何かあるな」
二人は南西の方向へ急いだ。
「佐野は魔法以外に、何かできる? 格闘技とか」
「格闘技かぁ。とくに何もしていないなぁ。宗人は?」
「まぁ、色んなことができるよ。柔術や空手、剣術や槍術、銃も扱える」
「マジか。やばすぎだろ」
全部、おっさんから教えてもらったことだ。戦闘というよりも、心身を鍛えることが目的だったが。ただ、北の大地でヒグマと戦うなど実戦経験もある。銃に関しては、猟銃を使ったことがある。むろん、大きな声では言えないが。
「やべぇ、宗人に比べたら、俺、何もできないぜ。あ、でも、根性なら自信がある」
「根性か。それが、この試験を攻略する上で一番大事かもしれないな。あ、あれだ」
前方に幅と高さが1メートルはある宝箱があった。近づいて、開けると、中には剣の柄だけが置いてあった。
「これは?」
「【魔剣】だ。いいものを見つけた」
宗人は嬉々として、柄を手にした。【魔剣】は、魔力を注入することで、光の刃が伸びる魔法の剣だ。説明によれば、2分間の連続使用での消費MPは5だ。
「いいなぁ、俺も欲しい」
「探そう」
「いいのか?」
「ああ。ただ、見つかるまでは、支援を頼む」
「はいよ!」
「それではあと10秒で開始いたします」
空に『10』と数字が現れた。カウントが始まる。宗人は余裕のある表情で、カウントダウンを眺めた。
「3……2……1……それでは、試験開始です」
アナウンスとともに、瓦礫の間から、ドロッとした黒い塊が流れ出て、人の形になった。『黒い人』である。撃破ポイントは1点だ。宗人たちの周りには、黒い人が5人いた。
「おいおい、いきなりこんなに」
翔太の顔に緊張が走る。宗人は翔太の背後を守るように立つ。
「まぁ、何とかなるだろう。佐野は、近づかせないようにしてくれ」
宗人は魔剣に魔力を込めた。光の刃が伸びる。剣を構え、相手の出方を待つ。
「うわっ! 来た!」
佐野に跳びかかる黒い人がいた。佐野は【火球魔法】を発動し、ソフトボール程度の大きさの火球を放った。火球は黒い人の下腹部に直撃、黒い人は仰向けに倒れた。
その突進が合図であったかのように、他の黒い人も一斉に襲いかかってきた。宗人には二人の黒い人が迫る。素早い黒い人の動き。数秒で、宗人との差を詰める。が、宗人はその喉元に剣を突き刺し、首を切り落とした。霧散する黒い人を傍目に、殴りかかってきた黒い人の攻撃をかわし、胴体を切り払った。
「いてぇっ!」
声がして振り返ると、翔太が黒い人に殴られて、倒れていた。馬乗りになって、殴ろうとする黒い人の頭部を宗人は切り落とした。
「すまねぇ!」
「あっちは任せた」
「おう!」
翔太が火球を当てた黒い人が立ち上がろうとしていた。その処理は翔太に任せ、宗人は迫る黒い人の相手をした。黒い人が掴もうと伸ばした右腕を切り落とし、右足も切り伏せた。バランスを失った黒い人はその場に倒れるも、執念でしがみついてこようとする。その胸に、宗人は剣を突き刺した。
振り返ると、翔太に任せた黒い人が霧散して、消えるところだった。
宗人は刃を消し、翔太の隣に並んだ。
「大丈夫か?」
「ああ。怪我は?」
「してない。どうやら、痛みはあるものの、外傷とかはできないんだな。今のでHPがどれくらい減った?」
「3だ。MPの方は、初級の【火球魔法】一回につき、1消費するみたいだ。4発撃ち込んでようやく殺すことができたよ」
「相性や当たった場所なんかも関係するのかもしれない。首を切り落とした奴は、すぐに消えたけど、腕を切り落としたやつは、追撃が必要だったから」
そのとき、宗人は、視界に黒い人を認めた。黒い人は瓦礫の上にいて、魔法陣が杖先に展開し、火球が放たれた。その軌道上に、翔太と宗人がいる。宗人は翔太を突き飛ばし、念力で火球を留めようとした。が、使えないことを思い出し、その判断の遅れのせいで左肩に火球を受けた。左肩に痛みが走る。
「宗人!」
「いいからあいつに魔法を!」
翔太は急いで杖を黒い人に向け、火球を放った。黒い人は瓦礫の山の反対側へ駆け下り、姿が見えなくなった。
「逃げられた! それより、大丈夫か!」
「ああ、問題ない」
じんわりとした痛みはあるものの、現実ほどひどいダメージは無いようだ。
「HPは10減っている。もっと警戒して臨む必要があるようだ」
「回復アイテムが落ちているし、それで回復しよう」
「でも、1個しかないぜ?」
「宗人が使えよ。宗人が倒した敵が落としたものだし、俺のせいでダメージを受けたんだから」
「そうか。ありがとう。魔力回復の方は、佐野が使え」
「わかった。ありがとう」
宗人は地面に落ちていた、赤い十字マークの球体に触れる。HPが5回復した。
「HPは5回復した」
「こっちは全快。MPも5しか回復できないのかな?」
「かもな。っと、悠長なことを言っている場合ではないみたいだ」
宗人は目つきを鋭くして、剣に魔力を注入し、構えた。黒い人の集団が瓦礫の上に現れ、四方を囲まれる。
「佐野、気を引き締めていこうぜ。接近戦は俺がやるから、遠くから魔法を撃ってくる相手は任せたぞ」
「了解」
黒い人が駆け出した。宗人は気合を入れ、迎えた。




