5 学校生活と進路
宗人の登校初日は転校生らしい一日だった。朝のホームルームで自己紹介をそつなくこなし、休み時間になると、周りに多くの人が集まった。面倒だと思いながらも、宗人は適当にやり過ごし、家に帰ると、
「どうだった? ちゃんとやっていけそう?」と琴子に心配され、「うまくやっていけそうだったよ」と答え、戸松夫婦を安心させる。そんな一日。
しかしそれから、周りにいた人は次第に減っていき、一か月後には一人になっていた。多くを語らない転校生にありがちなパターンだが、宗人はその現状に納得していた。魔法界に対する知識が足りないため、話を合わせることができないからだ。食べられる野草なんて誰も興味がない。
ただ、宗人は友達がいない状況を嘆いてはいなかった。むしろ、好機だと思った。勉強に集中できるからだ。宗人は一人の時間を活用し、6年のブランクを埋めるべく勉強した。
そしてある日、宗人は気づいた。自分の周りに人がいないのは、つまらない奴だからではなく、『捨て子』であることがばれていたからだと。そう思った理由は、「お前、捨て子なんだろ?」と嘲笑する少年がいたからだ。
少年の名はサトル。目つきの細い、太ったやつで、悪ガキ集団のリーダーである。その時も、他のメンバーがサトルの後ろでニヤニヤしていた。
宗人は少年たちを眺めながら、うまく隠すと言った男のことを思い出し、『無能』の烙印を押した。やはりあの組織はしょうもない連中の集まりだ。
どのように答えればいいのだろうか。周りには傍観者と化した生徒たちがいて、宗人の対応は彼らも目にすることになる。
数秒の思考の後、宗人は口を開いた。
「そうだよ」
別に隠すことでもないと思い、認めた。
「おいおいマジかよ」サトルの声に侮蔑的な声音が混ざる。「なら、人間界に帰れよ。ここはお前がいるような場所じゃないぞ?」
「何で?」
「だって、お前は無能だろ? だから捨てられたんだ。豚は豚小屋へ。そうだろう?」
やれやれ、とため息を吐き、宗人は杖を抜いた。
「おっ、何だ? やるか?」
サトルたちも杖を抜き、挑発的な笑みを浮かべる。捨て子になんか負けない。そんな自信が垣間見える。
「俺は久しぶりにこっちに来たばかりだから、まだ魔法が苦手なんだ。でも、ちゃんと覚えた魔法もある。それは……ムカつく野郎をぶっ飛ばす魔法さ」
宗人の杖先に魔法陣が展開した。サトルが杖を向ける前に、魔法陣が輝き、サトルが吹き飛んだ。さらに念力で勢いをつけ、サトルを壁に叩きつけた。サトルはずるりと床に落ちる。
「て、てめぇ!」
サトルの仲間たちが宗人に杖を向けた。が、宗人は念力で動きを制限し、魔法を使って、仲間たちも吹き飛ばし、壁に叩きつけた。
壁の下で気絶するサトルたち。宗人は冷ややかな目でサトルたちを見回し、茫然とする生徒たちに言った。
「他に、俺が魔族であることを証明してほしい人はいるか?」
生徒たちは勢いよく首を振った。
「そいつは良かった。俺も無駄なことはしたくないんでね」
騒ぎを聞きつけた教師が駆けつけ、宗人は職員室へと連行された。職員室で事情聴取され、重文も呼ばれた。宗人は少年たちに『捨て子』と言われたことを告げ、それを裏付ける証言もあったことから、サトルたちを病院送りにしたものの、一週間の自宅謹慎で済んだ。
その日の帰り道。重文はやや語気を強めて言った。
「気持ちはわかるが、手を出してはいかんぞ」
「すみません」
「暴力じゃ何も解決しないよ」
「はい」
「施設でも魔法を使ったと言うし、魔法は人を傷つけるためにあるんじゃない。わかったか?」
「はい」
宗人は申し訳なさそうに頷く。おっさんだったら、褒めてくれたかもしれない。しかし、宗人のそばにいるのは、おっさんではない。人の好い老夫婦なのだ。重文たちに迷惑をかけてしまったことに対する後悔の念が胸を占めた。
気まずい沈黙。
重文はその沈黙を破るように言った。
「……ただ、宗人の気持ちもわかるよ。俺も昔は喧嘩っ早くてな。馬鹿にされては、よくケンカして、先生に叱られたもんだ。俺が初めて喧嘩したのは――」
その日、重文の若い頃の武勇伝を聞いた。
後日。少年たちが、宗人が捨て子であることを知ったのは、教師たちが話しているのを立ち聞きしたからだという。
「教育者としての心構えがなっていない!」
謝罪に来た教師に対し、殴りかかりそうな重文を宗人が宥めた。
また、この一件以来、クラスメイトの宗人に対する認識が変わった。『捨て子』という哀れみが、『ヤベー奴』という恐れに変わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
勉強の甲斐あって、入学当初は最下位だった成績が、冬休みの前には、下から20番目くらいに上がっていた。遅々とした歩みかもしれないが、着実に進歩している。
「進路はどうする?」
重文に言われ、宗人は素直に答えた。
「まだ具体的には考えていません」
「そうか」
「高校は出ておいた方がいいわよ」と琴子。
「そうだな。今は大学ですら普通と言われている時代だから、高校すら卒業していないとなると、色々大変かもしれん」
「そうですよね」
高校は卒業した方がいいという話は、学校でも言われた。しかし宗人には高校に行くことを渋る理由があった。
「金の心配ならする必要はないぞ」重文は頼もしい顔つきで言った。「私立でも公立でも好きな学校に行ったらいい」
「ありがとうございます」戸松夫婦には感謝の念が尽きない。しっかり働いて返そうと思った。「金のことも気になるんですが、成績も気になりまして。今の成績で入れるところなんか、あるのか? って感じです。それに、問題も起こしましたしね」
「学校も色々あるから、入れるところを探せば、入れると思うぞ。そうだ。なら、明治に行ってみるか。明治魔術学校。俺が昔働いていた学校で、高等部だけでも900人を超えるマンモス校だ。だから、とても頭が良い子から、もっと勉強を頑張りましょうという子までいたな。明治なら、今の成績でも入れるんじゃないか? それに、中学時代に問題を起こしたという子も、たくさんではないが、毎年、一人や二人はいたぞ」
「なるほど。明治魔術学校ですか。調べてみます」
部屋に戻り、宗人は早速、明治魔術学校について調べた。
明治魔術学校は、明治時代の前期に設立され、現在は初等部から高等部まで存在する一貫校のようだ。内部進学者も多く、高等部に関しては、定員が300人で、外部受験者に対して設けられた枠は200人だった。
「200人か……」
他の学校と比較して、多い人数と言うわけでもない。偏差値も少し高いようで、去年の倍率は1.2倍くらいだ。
「何か微妙だな……」
それでも一応のために調べていると、『分校』なるものを発見した。
宗人は茶の間でテレビを見ていた重文に分校について質問した。
「明治時代は今ほど交通の便が整っていなくて、学校に通いたくても通えない子がいたんだ。そういった子供でも通えるような場所に学校を作ろうということで、建てられたのが分校だ」
重文はスマホで地図を表示した。19地区は、東側が海に面し、三方を取り囲むように山が連なる場所だ。分校は西山の山中にあって、海の近くにある本校とは対照的な位置にあった。
「山の中にあるんですね」
「発展していく街の姿を眺めながら、勉強しようという意図もあったらしい」
「ネットなんかを見ると、かなり特殊な入試試験を採用しているようですが」
「ああ。分校の試験は他の学校と比べ、かなり変わっている。まず、筆記試験で風変わりな問題が出題される。そして、筆記試験の結果よりも人柄を重視するという点も他とは違うな」
「重文さんは分校で働いたことは?」
「ない。分校は分校で教師を採用するシステムで、本校との間の異動は基本的になかったからな。でも、悪い噂は聞かなかったし、むしろ、有名人を多数輩出するほど、教育の質が高い学校であるから、かなりおススメできる学校だ」
「へぇ」
「受けてみたいのか?」
「興味はありますが、倍率が高いのが気になります」
「定員が96人と少ないのも関係しているだろう。ただ、さっきも言ったように、筆記試験の結果だけで判断しているわけではないから、この子は落ちないだろう、みたいな子が落とされることもあるし、逆に、この子は難しいんじゃないかって子が合格したりする。だから、興味があるなら、とりあえず、受けてみたらいいんじゃないか?」
「そうですね。考えてみます」
分校を目指す意思を固めるのに時間は掛からなかった。翌日から、宗人は分校への合格を目指し、勉強を始めた。