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4 魔法界

 日本の魔法界『19地区』は、江戸時代の後期、正体を隠さなくてもよい生活に憧れた魔族たちが、異空間に開拓した場所だ。開拓当時は数百人しかいなかった人口が、今では百万人を超え、地方の中心都市レベルまで発展している。


 魔法界に戻って来て、宗人が改めて感じたのは、魔法界と人間界の生活は似ているということだ。魔法界でもスイッチを押せば明かりが点くし、お湯が出る。人々はスマホで連絡を取り合うし、暇なときはネットで時間を潰す。中央駅の駅前も、建物と人が多く、巨大なモニターにはCMが流れ、道路を車が走っている。このように生活様式は似ているが、それを成り立たせている技術は異なる。魔法界では、魔法がこれらの生活を支えている。そして魔法界の技術は、人間界のそれよりも二三歩先に進んでいる印象を受けた。


 魔法界がここまで発展できた理由は、イギリスの魔法界で起きた『賢者革命』によるところが大きい。端的に言えば、魔法を発動するために必要な魔法陣の術式を論理的に組み立てるようになったのだ。その結果、一部の天才しか使えなかったような魔法が、他の人も再現できるようになっただけではなく、魔法をコンピュータープログラムのように利用する技術が生まれた。これによって、魔法と機械が融合した結果、魔導器という魔力で動く機器の開発が進み、魔法文明が機械化した。


 また、大量の魔力を供給できるようになったことも大きな要因だ。魔法界には、魔力スポットと呼ばれる、地球が生成した魔力が、大量に放出される場所がある。そこに魔力供給所を作ることで、機械を動かすのに必要な魔力を、電気みたいに供給できるようになった。


 宗人は、駅前の巨大な商業施設を眺めながら、魔法と科学、技術は違えど、効率化によって行きつく先は同じなのかもしれないと思った。


「少し、休憩でもしようか」


 と言ったのは、宗人の後見人となった、戸松重文だ。白髪のお爺さんで、面倒見の良い善人である。今日は生活に必要なものを買うために駅前まで来た。


「そうだね。宗ちゃんも疲れたでしょ?」


 と同意するのは、重文の妻である琴子だった。琴子も人当たりの良いお婆さんだった。


「そうですね」


 三人は近くの喫茶店へ移動した。


 宗人は、ケーキと紅茶を食べながら戸松夫妻と、好物や好みの話をした。宗人が「好きな食べ物はカレーです」と言うと、琴子は「あら、私の得意料理じゃない! なら、今夜はカレーね」と笑った。「母さんのカレーはうまいんだ」と重文も笑い、三人は和やかな時間を過ごした。


 宗人は戸松夫婦と話しながら、二人に感謝した。一緒に暮らすようになってから、まだ数日しか経っていないが、二人が後見人で良かったと思う。しかしまだ、おっさんといたときのような気楽さは無かった。


「明日から学校に行くことになるけど、何か心配なことはあるかい?」

「いえ、特にはないですね」


 宗人は明日から中学校に通う。夏休みが終わるタイミングでの登校だ。15歳なので、学年は三年生である。6年の空白期間があるため、二年生から始めるという手もあったが、宗人は三年を選んだ。6年のブランクなど、宗人はささいな問題にしか思えなかった。それに、おっさんの下で全く勉強をしていなかったわけではない。無能界と共通の科目だが。


「そうか。まぁ、勉強でわからないことがあったら、俺に聞いてくれ。こう見えても、高校の教師だったんだ」

「それは心強いですね」


 3人は喫茶店を後にして、駅へ移動した。二人ともトレイに行きたいと言うので、宗人は掲示板の近くで、待つことにした。掲示板には『飲酒運転禁止』のポスターがあって、ホームのベンチで電車を待つ酔っぱらいが描いてあった。


 宗人がじっとポスターを眺めていると、酔っぱらいの目が動き、目が合った。宗人は見間違いか? と思った。


「何、こっち見とんねん」


 宗人は辺りを見回す。宗人に因縁を付けそうな相手はいない。


「あなたに言ったんだよ」


 ポスターに目を戻すと、ベンチに座っていたはずの男が、立って、宗人を睨んでいた。


「もしかして、あなたが喋ったんですか?」

「そうだよ」ポスターの中の男の口が動く。「何か問題でもあっか?」


 宗人は魔力に対する感度を上げた。これは、常に魔力が見えると日常生活に支障をきたすため、習得した技術だ。そして、ポスターの裏側に魔力の塊があった。


「何見とるんじゃ」

「ああ、すみません」


 宗人は感度を下げ、愛想笑いをうかべる。


「ふん。これだから、最近の若い奴は」

「あなたはそんなところで、何をしているんですか?」

「啓蒙活動です。一人でも多くの人間が飲酒運転しないように呼びかけているんだ」

「失礼ですけど、そうは見えませんが」

「昔はそうだったんだ」と言って、男は手に持っていたビールを口に付ける。「でもな、最近はクレーマーがうるさいとかで、大声を出すのが禁止になったんだ」


 男はベンチに座り、ビールを飲んだ。かなり酔っているようだ。


「お待たせ」


 重文が戻ってきた。


「おい、飲酒運転は危険だぞ。呑んだら、電車で帰れよ」

「ありがとう。気を付けるよ」


 重文が歩き出したので、宗人はついて行った。


「あのポスターの男は何なんですか?」

「人工知能だろう」

「人工知能? へぇ、幽霊の類かと思いましたよ」

「幽霊か。【死霊魔法】が禁じられてから、ほとんど見なくなった。ただ、人工知能は幽霊が基になって作られたとも言われるし、あながち間違いではないのかもな」

「そうなんですか?」

「そうだ。ある魔術師が、『幽霊というのは、魂ではなく、対象の思考パターンを反映しものである』と言ったんだ。そして、自身の思考パターンを反映し、学習するような術式を組み立てることができれば、誰もが自分の幽霊を生み出すことができると考えた。その研究の中で、人工知能に欠かせない魔法である【知能付与】の礎が築かれたと言われている」

「なるほど」

「例えば、あのマネキン」と重文が指さしたのは、制服を着てごみ収集を行うマネキンだった。「あのマネキンは、昔、【自動操縦】で動いていた。しかし、自動操縦だと、混雑時に対応できないとか、他の仕事ができないとか、色々な問題があった。だから今は、【知能付与】で、犬程度と言われているが、知能を与え、自分で考えて行動するようにしているのさ。もちろん、知能があるだけでは動かないから、【操縦魔法】も組み合わされているが」

「知能があるなら、嫌になって投げ出すことはないんですか?」

「行動目的は変更できないようになっている。つまりあのマネキンは、『仕事をするためには、どのように行動したらいいか』を考えることはできるが、『なぜ、仕事をしなければいけないのか』という点に関しては考えないようになっているのさ」

「都合よくできているんですね」

「ああ。だから、人工知能なのさ」


 宗人はマネキンを見る。マネキンは文句も言わず黙々と作業していた。人工知能を有し、肉体労働可能な魔導器が実生活で利用されているという点で、やはり魔法界は人間界よりも数歩進んでいると思った。

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