33 これから
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白黒の世界。
体中血だらけのリッチは、図書室へと駆け込んだ。
本棚の間を進み、図書室の奥へと向かうリッチ。リッチは、道中の本棚を魔法で破壊し、本を散乱させた。そして図書室の端、何の本が置かれている棚かはわからないが、リッチはその棚より本を一冊引き抜くと、ひどく慌てた様子で、本を開いた。
そのページには魔法陣が描かれてあった。リッチはそのページを開いたまま、本を床に置き、杖を手にした。
杖先を自分の右目に向け、リッチは息を呑む。そして、意を決した顔で、右目に杖を突っ込んだ。
歯を噛みしめて、痛みを堪えるリッチ。右目からは血が、左目からは涙が流れた。
リッチは唸り声を上げながら、杖を引き抜いた。その杖先には、青い光の球体があった。
リッチはその杖先を魔法陣の中央に押し付ける。青い球体はつぶれ、青白い光が、魔法陣全体に広がって、消えた。リッチは杖を置き、魔法陣に触れる。魔法陣が青白く輝くのを確認すると、本を閉じ、そのまま床に放置した。
リッチは立ち上がる。その足取りは頼りなく、すぐに倒れてしまいそうだった。しかしリッチは、倒れることなく杖を構え、辺りの本棚に魔法を放った。棚が壊れ、本が散乱する。リッチの本も、散らばった本の一冊になった。
本が紛れたのを確認し、その場から離れようとするリッチ。しかしそのリッチの前に、若い男女の集団が立ちはだかる。皆、勇敢な顔つきをしていた。その中に東洋系の男がいて、彼の後ろには鎧兜が立っていた。
さらにその集団の先頭に立っていたのは、あの眼帯をした男だった。
リッチは男を非難した。内容はわからないが、男に対し、強い憤りを抱いているようだった。
男は毅然とした顔で杖を抜くと、リッチに対し魔法を放った。リッチも男が杖を向けた時点で、男に杖を向け、魔法を放った。
交差する二人の魔球。
魔球はそれぞれの胸を貫いた。
倒れる二人。眼帯の男の方には、若い男女が集まって、泣きそうな顔で声を掛ける。一方、リッチを心配する者は誰もいなかった。リッチは血を吐き、這いつくばって、逃げようとした。
しかし、リッチの前に、一人の男が立った。顔立ちのはっきりした青年だった。青年はリッチに杖を向ける。
リッチも青年に杖を向けようとした。しかし、杖を握る力が無いのか、杖はリッチの手から落ちた。
青年の杖先に魔法陣が展開する。
リッチは夢でも見ているかのような顔で、その魔法陣を見た。
青年は魔法を発動した。少年の杖から放たれた魔球が、リッチの眉間を貫いた。
「Teach me……」
その言葉を残し、リッチは目を開いたまま、動かなくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
殺風景な部屋だった。中央に机があって、端にも一つだけ机がある。
中央の机には、男が座っていた。顔の濃い、40代くらいの、スーツを着た男だった。男は対面に座るよう促し、宗人は男の指示に従い、向かい合って座った。
「俺の名前はナイン。数字の9を意味するナインだ」
宗人が眉をひそめると、男は苦笑して話を続けた。
「コードネームさ。小さい頃、スパイ映画に憧れてね。コードネームを使えるような世界で働きたいと思って、この仕事に就いたんだ」
「あなたはスパイってことですか?」
「そういうときもある」
「警察なのに?」
「警察の中でも、俺たちの部署は特別な位置づけにあるからな。どんな風に特別なのかは語ることができないが。さて、どうして今日は、君にここに来てもらったか、わかるな?」
「秘伝のカレーのレシピを聞くため?」
「実に興味深い案件であるが違う。リッチについて聞くためだ。単刀直入に言おう。君はどうやって、リッチがあの場所にいることを突き止めた」
「それは、すでに話した通りですよ。それ以上の情報はないです」
リッチを倒した後、通信機能が回復し、すぐさま警察に連絡した。駆けつけた警察と救急車、騒ぎを聞きつけたマスコミによって、学校は騒然となった。その際、宗人は警察から事情聴取を受け、そこで今回の件に関し、色々話した。
ナインの探るような視線に対し、宗人は飄々とした表情を向ける。
「……なるほど」
ナインは思案顔で、資料に目を落とした。
「逆に質問なんですけど、警察はリッチの存在に全く気がつかなかったんですか?」
「リッチがこの19地区にいることはわかっていた。と言うのも、リッチが関与している事件が、他の国で何件か報告されていたからだ」
「そうなんですか? でも、そんな話、聞いたことないですけど」
「表向きは違う事件として扱われているからな。今回の君たちの件もそうだろう? 表向きはVRを使った集団催眠事件として扱われている。犯人は、魔法史に名を遺す大悪人ではなくて、サイコパスなVR技術者だ」
「あながち間違いではないですけどね。で、他の国では、どのような事件が起きたんですか?」
「誰にも話さないと誓うなら、教えよう」
「話しません」
「……最初に事件が報告されたのは、アメリカだ。どんな精神病でも治してしまうことで有名な精神病院の地下に、リッチの人工知能が存在していたんだ。これが2年前のことで、それからブラジルやドイツからも報告があって、日本にもやつの人工知能があるかもしれないと調査していたんだ」
「さっき、19地区にいることはわかっていた、とおっしゃいましたよね? 何を根拠に、そう言ったんですか?」
「リッチの存在をにおわせるようなことを話していたやつがいたんだ。こいつは別件で逮捕した男だったんだがね。それで、日本にも存在すると判断したんだ」
「その男は、あの学校の出身者で、しかも、試練の間を突破した経験があった」
ナインは頷く。
「そうだ。君の考えている通り、その男は君の先輩で試練の間を突破した経験がある。まさか、試練の間がリッチへとつながっているとは、その時は思わなかった」
「そう言えば、他の先輩方はどうなったんですか? 試練の間を突破した優秀な先輩方は」
「君に言われてから、捜査したところ、全員、行方不明か意識不明になっていた。清水も行方不明で、今、他の地区の警察と協力して探しているところだ」
「意識不明になった人もいるんですか?」
「ああ。口封じのためなんじゃないかと我々は考えている」
「VRで支配された人は?」
「彼らなら問題ない。専門家によれば、彼らの意識というか、知能と言うべきか、その辺の定義はおいといて、彼らの意識は、リッチに与えられたそれとは完全に入れ替わっていない。だから、リッチが消えても、とくに影響はない。でも、VR以外の方法で、リッチの支配を受けた者たちは、完全にリッチに与えられた意識に変わってしまって、リッチの影響を強く受けてしまっているらしい。表と裏の関係さ。表が裏に引っ張られ、裏と表が完全にひっくり返ってしまった。それが、今の状況だ」
宗人は複雑な表情で口を結んだ。俊也たちが無事なのは嬉しいが……。
「君が責任を感じるようなことではないよ」ナインは慰めるように言った。「悪いのはリッチなんだから。彼が、どうやって彼らに別の意識を与えたのか、それが解明できれば、彼らも目を覚ますと専門家は言っている」
「どれくらいかかるんですか?」
「さあな。それはわからない。何せ相手は、こちらの理解を超える天才だ。時間は掛かるだろ。VRを使い、意識に魔法陣を描きこみ、運用した方法についても、専門家たちはさっぱりわからない状況だし。VRを作ったはずの教授ですら、清水がどんな細工を施したのか、わからないと嘆いている」
「……清水。彼を捕まえれば、状況は良くなりますかね」
「それはわからないが、何かのきっかけになるに違いない」
「なら、俺の力が必要になったときは、遠慮なく言ってください」
「我々が、高校生なんかに頼るとでも」
「でも、その高校生が、あなた方が見つけられなかったものを見つけたんですよね?」
もの言いたげなナインに対し、宗人は不敵に微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
事件が発生してから、学校は一時休校になった。寮すら追い出され、分校の敷地には、警察関係者以外入れない状況が続いた。しかし宗人は参考人として、入校することが許可された。
事件があってから3日後の月曜日。柚子も学校に来ているということだったので、警察の許可を得て、柚子を探しに行った。
教室を見たが、教室に柚子の姿はなかった。
なら、あそこしかないなと思い、勉強部屋に行った。部屋の前で、中の様子を探る。やはり柚子がいた。
宗人は自然に笑みを浮かべ、扉を開けた。
柚子は机に肘をついて、窓の外を眺めていた。開放された窓から吹きこむ風が、柚子の髪をゆらす。
「よっ、久しぶり」
「久しぶりって言うほど、久しぶりじゃなくない? 3日ぶりでしょ?」
「相変わらずだな」
宗人は苦笑して、柚子の斜め前に座った。いつもの勉強を教えてもらう距離感だ。
宗人は柚子の顔を観察する。少し疲れはあるが、健康的な顔色だ。
「あんまり、じろじろ見ないでくれる?」
「ああ、すまん。元気そうで良かったよ」
「あんたも元気そうじゃん」
「まぁな。元気だけが取り柄だから」
「それ以外にも取り柄はあると思うけど」
「へぇ、村井がそんなことを言うなんて意外だな。例えば?」
「例えば……」柚子は思案した後、宗人を一瞥し言った。「ごめん、思いつかない」
「おい」
宗人がじっと目を細めると、柚子は笑ってごかました。茶目っ気のあるその笑みを見て、宗人はやれやれと頬をゆるめた。
「でも、あれから3日が経ったのかぁ。未だに、あのときのことは夢のように感じるわ」
「確かに、夢みたいな出来事だったからな」
「まだ、頭の中の整理がつかないんだけど、あんたはどう?」
「一応、それなりには」
「そっか。まぁ、あんたは色々知っていたみたいだもんね」柚子は遠くを見るような目つきで言った。「私、リッチと対峙して生き残ったんだ」
「どうだった、リッチは?」
「何て、表現すればいいのかわかんないけど、やっぱり今まで一番怖かったかな」
「そんな相手を前にして生き残ったんだ。自信になっただろう?」
「うーん。どうだろう? でも、お母さんから、顔つきが頼もしくなったと言われた」
「なら、これからは少々のことでは動じないね」
「……そうね。でも、生き残れたのは、あんたや師範、佐野がいたからだと思う。だから、私自身はもっと強くならなきゃって思う」
「そういう心意気は大事よな」
柚子の母親の言う通り、宗人は柚子の顔が頼もしく見えた。今の柚子なら、悪意を前にして、泣くことはないと思える、精神的な強さがあった。
「あ、そうだ。あんたのあの力って」と柚子が思い出したように言う。
「ああ、それについてなんだが」
「まだ、話さなくていいわ。今聞いても、混乱するだけかもしれないから」
「わかった。聞きたくなったら、言ってくれ。村井と翔太にはこの力についてちゃんと話すから」
「……あんたって、いつから佐野のこと、下の名前で呼ぶようになったの?」
「3日前、4日前かな? 翔太が心までイケメンであることに敬意を表して、下の名前で呼ぶようになった」
「そんな理由なんだ」
「他に、何か理由とかあんの?」
「え、まぁ、親しくなったから、とかかな」
「確かに、それも理由としてはあるな」
「ふぅん」
「……村井のことも下の名前で呼んでいい?」
「え、何で?」
「ともにリッチと戦った仲だろ?」
宗人は柚子を見つめる。柚子も見返していたが、気恥ずかしそうに目をそらして言った。
「好きにすれば」
「OK。なら、今日から村井は柚子だ」
宗人が快活な笑みを浮かべる。
そのとき、扉が開いて、「やっぱり、ここにいたか!」と元気な声が聞こえた。翔太である。
「おう、翔太。翔太も学校に来たのか?」
「ああ。警察に呼ばれてな。姉ちゃんも呼ばれたから、あのときのメンツが全員呼ばれたのかもな」
「なるほど。どうだ、ゲームでもする?」
「やりたいんだけど、警察の人らが呼んでる。二人にも来てほしいって」
宗人と柚子は目配せした。
「わかった。行こう」
宗人は立ちあがり、窓を閉めに向かう。
翔太は扉から離れ、廊下で二人を待つ。
柚子も立ち上がり、宗人の隣に立った。窓を閉めながら、宗人が不思議そうに目を向けると、柚子は頬を染めて、言った。
「色々、ありがとう。そして、これかもよろしくね。しゅ、宗人」
宗人は目を開く。
柚子は、宗人が口を開く前に、逃げるようにその場から離れた。
宗人は柚子が教室を出るまで、背中を見つめることしかできなかった。
「あれ? 村井、風邪でも引いてんの?」
「違う。何でもない!」
翔太と柚子のやり取りが廊下から聞こえ、宗人は笑い、窓の外を見た。
校庭沿いの桜の花は散っていて、葉桜となっていた。
最後までお読みいただき誠にありがとうございました。
ここで完結にしたいと思います。
改めて、ありがとうございました。




