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31 試練③

「Teach me……。お前たちはどうして抗う? 受け入れてしまえば楽になれるものを」


 リッチは、養豚場の豚でも見るかのような、憐れみの目をもって言った。


「受け入れた結果がそれか?」


 宗人はリッチの後ろで輝く魔法陣を指さした。


「そうだ。いいだろう? 不滅の存在となれるのだ」

「羨ましいとは思わないね」

「ほぅ。どうして?」

「だってそいつは、俺の思考パターンを正確に再現できるだけだろう? そんなものを、俺は俺と認めないよ。ただのモノマネ上手だ」

「やれやれ。お前と話しても無駄なのはわかった。他のやつらはどうだ?」


 リッチの視線が柚子に向けられる。柚子は緊張した面持ちで口を開いた。


「私も。嫌だ」

「どうして?」

「何となく。私も、魔法陣になったら、私じゃなくなる気がする」

「不合格。お前は?」


 リッチは翔太に意見を求める。翔太はリッチを睨みかえした。


「俺も二人と同じだ」


 リッチは苛立ちをにじませ、師範を見た。


「あんたは? 最近は、自分の死について考えることも多いだろう? 俺様の方法を受けいれれば、不滅のままこの世界に存在できる」


 ふん、と師範は鼻で笑った。


「『不滅』なんて、言葉や概念にこだわっているお前の方法で、不滅になれるとは思えないな。言葉や概念なんていずれ滅びるものなのだから」

「だったら、滅びないように努力をすればいいだけだろ? やれやれ、老い先の短い老いぼれらしい悲観的な意見だ」


 リッチは呆れ顔でため息を吐くと、立ち上がった。四人は構える。


「お前たちみたいな馬鹿を見る度に、俺様の話を理解できるくらいの優れた知能を与えなければいけないと思うね」


 宗人はリッチを睨む。


「その自分勝手な使命感から、この学校の生徒たちを支配しようとしているのか?」

「支配? それは違うな。俺様はただ、俺様の崇高さを理解できる知能を与えただけだ。そして、これは序章に過ぎない。いずれ、この世界の全ての魔族が、俺様を理解し、王として称えることになるだろう。それを邪魔するつもりなら、お前らの頭に、俺様の偉大さを直接叩きこんでやるよ」


 師範がチェーンソーを投げた。しかしチェーンソーはリッチの体をすり抜け、玉座に刺さった。


「そこの老いぼれには、数分前のこともちゃんと覚えていられる記憶力も与えてやろう」


 リッチは不敵に笑い、ささやくような声を出した。


「詠唱よ!」と柚子。「何の魔法かはわからないけど」


 リッチが忽然と姿を消す。振り返って、翔太が驚く。


「あれを見ろ!」


 リッチが、部屋の中央に浮遊していた。そして、アンデッドだったものたちが、ブラックホールめいた強力な力でリッチに引き寄せられる。ドラゴンの死体だけではなく、ゾンビやピエロだった炭、チェーンソーまでもリッチに引き寄せられ、リッチを中心に渦巻き、ペースト状になって、黒い球体となった。


 球体は拍動のように膨張を繰り返した後、新たな姿に変化した。


 その姿は蛇神。五メートルは超える巨躯。下半身はヘビで、上半身は人間めいていた。しかし頭部はドラゴンで、怒れる赤い瞳に、鋭利な牙がむき出しになっている。両手はチェーンソーになっていて、頭部から尾部まで、鋭利な背びれが生えていた。


 耳をつんざくような雄叫びが反響し、宗人、翔太、柚子は思わず耳を押さえた。


「来るぞ!」


 師範が、三人の前に立って、蛇神と化したリッチに手を伸ばす。


 リッチの口から、高熱線のレーザー光線が放たれた。師範は力を使って、レーザー光線を受け止めた。が、想像以上の威力なのか、師範は歯を食いしばって堪えるが、じりじりと後退する。


「離れろ!」


 宗人は柚子の手を引き、その場から離れた。翔太も反対側の石柱の影に走る。


「あぁぁぁあい!」


 師範はトスでもするかの如く、体を逸らし、レーザー光線の軌道を上にずらした。


 レーザー光線は玉座を撃ち抜き、さらに魔法陣にも命中、魔法陣が描かれた壁に、天井まで焼き跡を残した。しかし魔法陣そのものには、傷がつかなかった。


「貴様らを倒すのは簡単だ」リッチは厭らしく口角を上げる。「しかしただ倒してもつまらないし、人としての『絶望』を感じるのも、これで最後になるだろう。だから、しっかりと味わって欲しいと思ってね」

「そいつは無用な気遣いだな」と師範。


「しゃああああ!」とリッチは師範に、滑るように接近し、チェーンソーを振り下ろした。


 師範は横に跳んで、チェーンソーを交わす。瞬間、リッチの後方の空間が歪み、無数の火球が師範に向かって放たれた。


 マシンガンめいた連弾! 霧と砂塵が舞い上がる。


「師範!」


 翔太の叫びが玉座の間に響く。


 リッチは確信の笑みを浮かべた。が、すぐに驚きに変わる。

舞い上がった霧の中から飛び出す人影! 師範である。師範は服をボロボロにしながらも、魔剣を両手にリッチへと跳びかかった。


「いぃぃぃいやっ!」


 師範は、リッチの頭部に斬りかかった。が、リッチの姿が消え、師範の剣は空を斬る。


「何!?」

「後ろ!」


 宗人は石柱の影から飛び出す。師範の背後。その鋭利な牙で、師範を噛み砕こうとするリッチのわき腹を、力を使って、殴る。


「がああああ」


 横倒しになるリッチ。そこで宗人は誤りに気付いた。リッチが倒れる先に、翔太が隠れている石柱があった。


「翔太! 逃げろ!」


 しかしリッチは石柱にぶつかる瞬間、消えた。


「お前たちは何者だ?」リッチの声が響く。姿は見えないが。「魔法なのか? なぜ、この状況で俺様に張り合える?」


 宗人は周囲を探りながら言った。


「あんたより強いからだろ」

「言え! さもなくば、この娘を殺すぞ!」


 ハッとして柚子に目を向ける。


「きゃああああああ!」


 柚子の悲鳴。リッチの右手は細い指になり、柚子をつまむように持っていた。そばにリッチの口があって、鼻息で柚子の髪が揺れた。


「さぁ、言え! さもなくば、この娘を食べるぞ!」


 リッチは舌を伸ばし、柚子の首筋を舐める。


「いや、いやぁ!」


 柚子はもがき、逃れようとするが、リッチの手から逃れることはできない!


「彼女を離せ!」

「お前が言えばいいだけだ。恍けても無駄だ! お前たちのそれが、魔法でないことくらいお見通しだ! 嘘を吐けば、吐くほど、この娘を惨たらしく殺す」


 宗人は唇を噛んで、リッチを睨んだ。


「や、柳瀬ぇ、助けて……」


 宗人は大きく目を見開く。柚子は大粒の涙を流し、恐怖で顔が歪んでいた。


「そいつを放せぇ!」


 リッチに突撃しようとする翔太を、宗人は手で制する。


「何で、このままじゃ、村井が!」


 宗人はリッチを見て、諦めたように肩を落とした。


「わかった。話すから、彼女を放してくれ」

「まずはお前からだ!」

「その前に一つ言っておきたいことがある」

「何だ?」


 宗人は大胆不敵に微笑む。


「いつから、その子が女の子だと勘違いしていた?」

「何!?」


 宗人は自分の首元に手を当てた。自分の正体を明かす怪盗みたいに。


「まさか!?」

「そうだ」宗人はマスクを脱ぐように手を動かした。が、何も変わらない。「実は俺こそが俺だったのだ」

「……は?」


 リッチに一瞬の隙ができた。その隙を突くように、一筋の光がリッチの目の前を過った。師範の魔剣が描く軌跡だ。師範の剣がリッチの指を切り落とした。


「があああ!」


 落下する柚子。宗人は力を使い、柚子をキャッチする。


 宗人は柚子に微笑みかける。


「無事で何より」

「馬鹿!」


 柚子は泣き顔を宗人の胸に押し当てた。


「小僧!」師範が投げた魔剣を宗人はキャッチする。「来るぞ、奴の攻撃が!」

「村井、しっかり俺に捕まれ!」

「このゴミクズどもがぁぁぁぁぁぁ!」


 リッチの怒りを示すように、リッチの後ろの空間が歪み、水、火、風、雷、様々な属性を含んだ魔球が、雨のように放たれる。


 宗人と師範は、並んで後退しながら、魔剣を振り回し、魔球を斬って、弾き飛ばした。息を呑むような剣捌き。二人の剣には、回転する扇風機のように隙が無かった。


「翔太! 同じタイミングで下がれ!」


 ぼう然と立ち尽くしていた翔太は、二人の剣の傘に隠れるように後退した。


 舞い上がる霧と砂塵。それらを切り裂き、レーザー光線が放たれた。


「あぁぁぁあい!」


 師範が力を使って、押し留める。宗人も力を使い、レーザーの軌道を強引に曲げた。


 天井に突き刺さるレーザー光線! 


「崩落するぞ! 走れ!」


 師範の掛け声で、一斉に走り出す。魔球の跳ね返りで、天井にダメージが蓄積されていたが、レーザー光線が決定打となって、天井が崩落した。


 舞い上がる霧と砂塵! 辺りは白い世界に包まれた。

霧と砂塵が収まると、四人は倒れた石柱の下から這い出て、そのまま瓦礫の影に身を隠した。天井が崩れ落ちたとき、石柱を盾とすることで身を守ったのだった。


 宗人は仰ぎ見た。頭上には、星空が広がっていて、割れた卵の殻の中から、夜空を見ている気分だ。


『大丈夫か』


 師範の声が頭で響く。どうやら、翔太と柚子も聞こえるらしく、驚いたように顔を上げる。


『今、わしらは頭の中だけで話しをしている』

『【念話】ってことですか?』と柚子。

『そんなところだ。さて、手短に話そう。奴を倒すための方法をな』

『どうやって倒すんですか? あいつは無敵ですよ!』翔太は頭を抱える。

『無敵なものか。やつにも弱点はある』


 師範は振り返る。三人も師範の視線の先にあるものを見た。玉座の後ろにあった壁はまだ残っていて、魔法陣が輝いていた。


『魔法陣ですか?』と柚子。

『そうだ』

『でも、どうやって? あれが「描画型」だったら、傷つければいいだけですけど、あれは多分、「投影型」ですよ? 魔法陣というより、魔法陣を投影しているものを破壊しないと。あ、そうか。それが何かわかったんですね?』

『いや、わからん』

『え、それじゃあ』

『大事なのは、あれが魔法陣だということだよ、お嬢さん。つまり、魔力が供給されているからこそ、魔法が発動できている』

『それじゃあ、魔力を止めればいいってことですか?』

『それも難しいだろうな』宗人は霧を掬う。霧は手の間から流れた。『ここには大量の魔力が存在する』

『どうしてそんなことわかるの? ……もしかして、さっきあいつが言っていた、魔法じゃないってのは』

『それについては後で話す。時間がないから』

『小僧』師範がじっと宗人の顔を見すえる。『わしがやりたいことがわかるな?』

『はい。ただ、それをするために、あの魔法陣に傷をつけたいです。なぁ、村井。村井は【術式妨害】は使えないのか?』

『使えないこともないけど、今の状況だと、猫だましみたいなもんよ?』

『翔太は使えるか?』

『すまん。全然できない』

『わかった。なら、村井に協力してもらおう』

『え? いいの?』

『ああ』

『よし、ならば翔太は、わしとやつの気を引くぞ』

『でも、俺にできるんですかね? 俺、ここまで何もできていない』


 しょ気る翔太。宗人は翔太の肩を叩いて言った。


『何もできていないなら、翔太は今頃、死んでいるさ。でも、死んでいないのは、気づいていないだけで、何かをしているからさ。だから翔太なら、ちゃんとできる。試験のときを思い出すんだ。根性、見せるんだろ?』


 見つめる二人。二人は視線でお互いの気持ちをぶつけた。そして翔太は、唇を強く結ぶと、気合を入れるように、両手で頬を叩いた。


『そうだったな。やってやるぜ!』

『決まりだな。それじゃあ、実行に移すぞ』


 四人は頷き、拳を合わせた。


『小僧』師範の声。柚子と翔太を見るに、宗人しか聞こえていない。『我々には強い味方がいる』

『翔太や村井ですよね?』

『もちろん。ただ、それだけではない』


 師範は地面を指さした。


『ブラジルの人?』

『ふざけとる場合か!』

『わかってますよ』宗人は苦笑する。『自然が力を貸してくれる。そうでしょ?』


 師範は満足そうに頷き、立ち上がった。


「行くぞ、翔太!」

「はい。師範!」


 翔太は緊張しながらも、覚悟を決めた覚悟で魔剣を構える。


「作戦タイムは終了か?」リッチが姿を現す。両手がチェーンソーになっていた。「いや、お別れ会とでも言うべきかな」

「ふん。言ってろ!」


 師範が飛びかかる。


「俺たちも行こう」

「待って」柚子は不安そうに宗人の袖を掴んだ。「本当に私でいいの?」

「そう決めただろ?」

「でも。私にできるか。そうだ、あんた、菊山さんから何かもらっていたでしょ。それで」

「村井」宗人は柚子の両肩に手を置き、真摯に柚子を見つめた。柚子は不安の色を濃くしながら見つめ返した。「俺が今、頼りにしているのは菊山じゃない。村井だ。大丈夫。村井ならできる。俺が今、ここにいるのがその証左だ。村井がいなかったら、俺は今ここにいなかっただろう。だから、自信を持て。村井の魔法なら、きっとまた俺を、いや、俺たちを良い方向に導いてくれる」

「……わかった。私、頑張る。でも」と言って、柚子は自分の左手を見る。その手は震えていた。「怖いんだよね。ちゃんとできるか。だから、私の手を握って」

「もちろんだ」


 宗人は力強く柚子の手を握った。それで、柚子は少し、安心したのか。煤のついた頬を引き締めた。


 爆発音。リッチの方を見ると、煙が上がっていた。


「行こう」


 宗人は柚子の手を引き、玉座のそばまで移動した。


「頼んだ」


 宗人の言葉に柚子は頷き、深呼吸する。真剣な顔で、杖先を魔法陣に向けた。柚子の杖先に魔法陣が展開する。きゅっと手を握る力が強くなった。魔法陣が輝き、中央から風の塊めいた魔球が放たれた。


 魔球が直撃。魔法陣にノイズが走る。が、大きな乱れはない。


「駄目だ、やっぱり!」


 柚子は悲嘆する。しかし、宗人は笑った!


「いや、十分だ」


 宗人は目を閉じ、集中した。

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