28 事件発生⑥
「リッチって、不滅の王様のリッチ?」とゴン。
「はい」
「でも、おかしくねぇか? あいつは殺されたんじゃ」
「なぜ、彼が『不滅』を自称していたのか。それは、彼が永遠の存在として、この世界に留まる方法を見つけていたからだと考えます。そしてその方法とは、自分自身を、俗に言う、『人工知能』とすることです」
「人工知能?」と瀬奈は首を傾げる。
「はい。皆さんは『幽霊思考反映仮説』ってご存知ですか?」
「人工知能の研究に大きな影響を与えたというやつだよね?」と小田原。
「そうです。実はその仮説の提唱者はリッチだという話があります」柚子に目配せすると、柚子は頷いた。「彼は天才ネクロマンサーと言われていますが、ネクロマンサーになる前は、天才理論魔術師だったそうです。この話は、都市伝説として扱われてきましたが、実は真実なんじゃないかなと思います。つまり、リッチは理論魔術の天才で、自身の仮説の正しさを証明する研究の過程で、自身の思考パターンを反映し、学習する存在を生みだした」
「どうして、そう思うの?」と瀬奈。
「今回、彼はVRを使うことで、ここにいる皆さん以外の生徒を支配しました。VRなんて高度な技術を駆使できるのは、論理的に物事を考えることが頭の良い人間しか考えられない。だから、彼が理論魔術の天才だったら、その条件にあてはまるんじゃないかな、と」
「いや、そもそも、リッチとかVRを使って支配とか、その辺のところが信じられないんだが」とゴン。
「それは、直接聞きだしました。彼の支配を受けている人物から。実はVRによる支配と言いましたが、VRによる支配を受ける前から、リッチによる支配を受けていた人物がいました」
「もしかして、岡根?」と柚子。
「ああ。岡根もその一人。リッチの支配を受けている人は、リッチをFatherと呼び、自分たちをchildrenと呼んで、リッチを湛えている」
「そう言えば」と翔太。「ルームメイトのやつが、Fatherがどうのこうのとか、確かに言っていたな」
「私も聞きました」と曾根田。「Fatherは素晴らしいお方だ、とか。宗教とかにはまる子じゃないんで、驚きました」
「似たようなこと、私も言われたなぁ」と、瀬奈は悲しそうに眉根をよせる。
小田原や橋崎も心当たりがあるのか、気難しい顔で頷く。
「マジか。んじゃあ、やっぱり、リッチがVRを使って、俺らの仲間を!」
「一つ、いいかな?」とネオ。
「何だ?」と宗人は警戒して言う。
「柳瀬君はVRを使って支配される前から、支配されている人がいると言っていたけど、柳瀬君はどうやって、その人を見分けているの?」
「それは」
「わしが教えたんだよ、お嬢さん」師範が微笑む。
「気になっていたんですけど、あなたは誰なんですか?」
「わしは、普段、この魔剣チャンバラ部で、指導をしている者だ。だが、あまり詳しいことは言えないのだが、この学校の調査も行っていて、小僧には、その調査に協力してもらったんだ」
「その調査が、今回の事件に関係しているわけですか?」
「まぁ、そんなところだな」
「すげー。師範、そんなこともしていたんですか!」と翔太。「俺はあと何回、師範を尊敬することになるんだろう?」
「何度でもなるさ」と師範はドヤ顔で語る。「それでだ。わしと小僧の調査によって、リッチは試練の間に潜んでいることがわかった。今回の件を受け、早急に対応する必要があると考え、わしと小僧はこれから試練の間に行ってくる」
『覚悟はいいな?』と師範の声。
『もちろんです』と宗人は表情を引き締めた。
「待ってください。なら、僕も行きます」とネオが言う。「友達を、あんな風にされて、黙っていられません」
台詞は熱いが、ネオの表情は冷静だった。
何か、他に期待していることでもあるのか? 宗人は懐疑的に思いながら、口を開く。
「菊山には、ここにいて欲しい」
「どうして?」
「菊山なら、皆のことをうまく守れると思うから。徳川寮からここに避難するという判断も間違っていなかったし」
宗人は菊山を見つめる。菊山も見つめ返し、幾ばくの沈黙があって、菊山が肩をすくめる。
「わかったよ。君にそんな風にお願いされたら、断るに断れないよ」
「ありがとう」
「待って!」と立ち上がったのは柚子だ。「私も行く!」
「いや、危険だし、止めといた方が」
「私のこと、信用できないの?」
「信用できる、できないの問題じゃなくて、かなり危険なんだって」
「そんな所に行くあんたを、黙って見送れと?」
宗人は言葉に詰まる。何と言えば、納得してもらえるのだろうか。
「まぁ、俺は強いし」
「ふーん。どれくらい強いの?」
「そりゃあ、リッチと対峙しても負けないくらい」
「大した自信ね。どうせ、女の子一人守れないくせに」
「そんなことはないけど」
「なら、私が一緒に行っても問題ないじゃない」
宗人は渋い顔で、柚子の隣に座る秋葉を見た。秋葉はにやりと笑う。悪い友達と付き合いがあるようだ。
宗人は師範に意見を求めた。師範は厳しい目つきで柚子を見る。
「お嬢ちゃん。これから行く場所は、ピクニックで行くような楽しい場所ではないぞ。死ぬことも十分にあり得る恐ろしい場所だ。それでも、行くと言うのか?」
「行きます」
柚子は力強く答えた。
「そうか。なら、わしから言うことはない。小僧が決めろ」
宗人は柚子と向き合った。柚子と見つめ合う。梃子でも動かぬ強い覚悟が柚子にはあった。
「……俺の指示にしっかりと従うことはできるか?」
「うん。あんたには迷惑をかけない」
「わかった。なら、行こう」
「宗人と村井が行くってんなら、俺も行かねぇとな!」翔太は言った。「この三人なら、うまくいくことは、すでに証明済みだろ?」
「ありがとう。だが、何度も言うように、危険だぞ?」
「問題ねぇよ。根性で乗りきってみせるさ。そうだろう?」
「……そうだな」
宗人は師範に目配せする。師範は頷いた。
「やれやれ、こうなったら、俺の出番じゃねーの?」とゴン。
「いや、これ以上は駄目だ」と師範。「多ければいいというもんじゃない」
「ぐっ、何!? くそぉ、なら、俺のスピリットを翔太に託すぜ」
ゴンは翔太に抱き付き、熱い言葉を掛ける。翔太は苦笑しながら、その言葉を聞いた。
「柳瀬君」小田原が宗人に歩み寄る。「正直、僕には何が何だか、さっぱり理解できない。あるのは漠然とした恐怖だけだ。だから、状況を冷静に見て、解決しようする君のことを素直に尊敬しているよ」
「ただの怖いもの知らずな、馬鹿者ですよ」
「これを君に渡そう」と小田原から魔剣の柄を渡される。
「これは?」
「『名刀 五月雨』。我が部に伝わる名刀だ」
「いいんですか、そんなものを」
「ああ。名刀は剣豪の下でこそ真価を発揮する。君なら、その剣の実力を引き出すことができるだろうよ」
「ありがとうございます」
「それは、常に真剣となる仕様だから気を付けてくれ」
「わかりました」
「どれ、それじゃあ、佐野君にも魂を託してくるよ」
「はい」
小田原と入れ替わるようにして、ネオが立った。
「柳瀬君。杖、出して」
「いいけど」
宗人が杖を差しだすと、ネオはポートに自分の杖の杖先を向けた。
「君が欲しがっていたもの、あげるよ」
ネオの杖から術式を受信する。賢者の石と同期すると、【?????】と表示されていた。
「エラーか?」
「『?』で表示されている?」
「ああ」
「なら、ちゃんと機能するから安心して」
「一体、どういう風の吹きまわしだ?」
「君には生きてもらわないと困るから。だから、ピンチになったら、迷わず、その魔法を発動することを勧めるよ」
ネオは意味深な笑みを浮かべる。
「……ありがたく、使わせてもらうよ」
不意に視線を感じ、目を向けた。柚子がこちらを見ていた。宗人と目が合うと、不機嫌な顔で目をそらす。歩み寄ろうとしたところで、瀬奈に袖を掴まれた。
「ねぇ」
「何ですか?」
瀬奈は怒っているように見えた。
「翔太のこと。姉としては反対だから。翔太を危険な所に行かせるわけにいかない」
「説得しろと?」
瀬奈は首を振った。諦めているような顔だった。
「翔太は、ああ見えて、頑固というか、譲らないものは譲らない。さっきも考え直すように言ったんだけど、気持ちは変わらないみたい。そこで強く言うこともできたけど、余計なことを言って、翔太の気持ちを煩わせたくなかった。だから、言わなかった」
「良いお姉さんなんですね」
「そうよ。だから、こんないいお姉さんから、弟を奪わないでね?」
「……わかりました」
瀬奈は足を引きずりながら、心配そうな顔で翔太の下へ戻る。
「守る者が増えちゃったね」とネオ。
「そうだな」
柚子を見ると、柚子は真面目な顔の秋葉と何事か話し込んでいた。




