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21 GW最終日

 何かをしようと思っても、決定的な何かができないまま時間だけが過ぎていった。


 柚子に関しては、同じクラスの菊山ネオにそれとなく聞いた。しかし変な勘ぐりをされないように浅い聞き方となったため、翔太に聞いた以上の情報は得られなかった。柚子に対しては、効果的な働きかけはできていない。ただ、一回だけ、二人だけでボードゲームを楽しんだ。


 試練の間に関する進展は、岡根が過去の成功者であることがわかったことだ。俊也が持っていた都市伝説研究会の報告書からわかった。そして、成功者は脳に魔力が送られていることもわかった。実際、在籍中の成功者を観察すると、脳に魔力が送られていたし、VR技術者の清水も成功者だった。試練の間に挑戦した者に何かが起きることはわかったが、何が起こるのかは不明なままだ。


 人殺しの夢を見た生徒の数は日に日に増えていった。俊也も夢を見たらしく、その日は朝から顔が青かった。学校も、さすがに看過できないと思ったのか、調査に乗り出したが、解明は全くというほど進んでいない。ただ、共通点がないと思ったこの夢にも共通点があった。その夢は白黒だったのだ。それが何を意味するのかは、よくわからないが。


 そして5月6日、ゴールデンウィーク最終日。宗人は自室で暇を持て余していた。


「とっしーたちと遊びに行けばよかったのに」と俊也は言う。「とっしー、山田君の付き合いの悪さに不満を持っているみたいだよ」

「そっとしておいてほしいんだが」

「彼も1年の代表だから、皆をまとめようと思う気持ちが強いんだよ、きっと」

「……上に立つのも大変だな」


 今日は元々、鍛錬の予定だった。だからゴールデンウィークが始まる前に、利治からの誘いは断った。しかし昨日、師範に「明日は休み」にすると言われ、想定外の休みになったのだ。


 俊也を一瞥する。俊也は机の前で、記事の執筆に励んでいた。すでに、仕事をもらったらしい。俊也の邪魔をするのも悪いと思ったので、宗人は出かけることにした。


 梅ばあに外出する旨を告げ、外出する。階段を使って山を下りた。駅まで歩き、鉄道車両に乗って中央駅に向かう。祝日ということもあって、中央駅は混雑していた。

改札を抜け、宗人は困った。取りあえず来たものの、とくにすることはないからだ。戸村夫婦との食事も考えたが、いきなり連絡するのは申し訳ないと思ったのでしていない。多分、二人なら喜んで来てくれるかもしれないが。


「適当にぶらつくか」


 人混みを避けながら、宗人は駅前と進んだ。


 駅前に魔導器量販店があったので、入ってみた。店内は明るく、様々な音が飛び交っていた。建物は6階まであって、冷蔵庫とか洗濯機とか絶対に買わないような商品も見て行った。


 4階のスマホコーナーに立ち寄る。そこに柚子がいた。キャップを被り、髪は下ろして、普段は掛けていない眼鏡を掛けていたから、一瞬、誰かわからなかった。


 柚子も宗人に気づいたらしく、目があった。声を掛けようかと思ったが、いつもみたいに無視するだろうと思った。実際、柚子はその場から立ち去る素振りを見せた。が、思いなおしたように立ち止まり、キャップを目深に被って戻ってきた。


「こんなところで何してんの?」

「暇つぶし。村井は?」

「私もそんなとこ」


 宗人は台に並べられたスマホに目を向ける。


「スマホが欲しいの?」

「いや、今のやつで満足しているけど、何となくね」

「そうなんだ」

「あんたは欲しいの?」

「俺も、今は必要ないけど、でも、何か面白い機種があったら、教えてくれないか?」

「面白い機種か……」柚子は考え、「こっち」と手招く。

「これ」


 柚子が指さしたスマホは業界3位のメーカーが作ったスマホだった。


 宗人は手にとって、スマホを観察する。色はブラックで、手のひらに収まるサイズ。操作もしやすいが、これと言った目新しさはない。


「このスマホのどこが面白いんだ?」

「魔法陣の話をしたときに、無形型の話をしたでしょ? そのスマホには、賢者の石が内蔵されていて、同期することで、画面上に魔法陣が展開するの」

「へぇ」

「ちょっと貸して」


 宗人はスマホを渡す。柚子は左手で受け取ると、画面上に魔法陣を展開させた。さらに、魔力を注入すると、柚子の右手の人差し指の先が光った。


「このスマホを持っていると、こんな感じで魔法が使えるのよね。しかも、自分の魔力じゃなくて、スマホの魔力を使うこともできる。まぁ、魔導器に貯蓄された魔力を使うのは目新しい機能じゃないけど」


 実際、柚子が今使っている魔法は、スマホの魔力を利用したものだった。


「すごいな。そのスマホさえあれば、生活に困らない」

「だよね! 時代もついにここまで来たかって感じ」

「今まで、そういうスマホは無かったのか?」

「魔法陣を投影できるスマホとかはあったけど、無形型で魔法が使えるスマホはこれが初。前までは、スマホを動かすために必要な無形型魔法陣へ干渉しちゃうとかで、技術的に難しかったんだけど、このスマホはその辺の問題をクリアしたんだって」

「ふぅん。ってか、よくそんなこと知ってんな。俺はそういうのに疎いから全然知らない」

「普段から、ニュースを見ていれば、これくらいのこと、知ってて当たり前よ」

「すまんな、普段、ニュースを見ないんだ」

「やれやれ、あんたってやつは」


 柚子は呆れながらも、楽しそうに笑った。


 それから柚子が嫌がる素振りを見せなかったので、柚子とともに店を見て回った。面白そうな商品を見つけては、知識を披露する柚子の姿は、いつもよりイキイキしているように見えた。


 6階は休憩スペースとなっていて、子供用の広場もあった。宗人は自販機でジュースを買って、ベンチに座る柚子に渡し、隣に座った。


「ありがとう。お金は」

「いらん。いつものお礼だ」

「そう。なら、ありがたくいただくわ」

「オレンジジュースだけど良かった?」

「あんたにしては、良いチョイスよ」

「なら、良かった」


 柚子はプルタブを開け、ジュースを飲んだ。


 宗人もジュースで喉を潤し、そして、子供たちを眺めた。元気に遊び回る子供たち。微笑ましい光景だったが、昔のことを思い出し、微かな胸の苦しみを覚えた。


「ねぇ、あんたはこの休みに何をしていたの?」


 柚子に目を向ける。小首を傾げる柚子を見て、宗人の口元は自然とゆるんだ。


「爺さんに秘伝の技術ってやつを教えてもらっていた」

「秘伝の技術?」

「ああ。秘伝ゆえに教えられないんだが、山に籠って鍛錬をしていた」

「へぇ、この時代に山籠もりとか、あんたもあんたの爺さんも変わっているのね」

「……村井は何をしていたんだ?」

「とくに何も。同室の子が帰ると思ったら、そんなことはなくて、しかも、その子は出不精だから、私は図書館とかにいた。でも、毎日図書館にいるのも何かあれだなと思って、今日は街に出てきたの」

「実家に帰ろうとは思わなかったのか?」

「とくに帰ろうとは思わなかったかな。別に嫌いってわけじゃないんだけど」

「そうか。でも、その気持ちはわかるよ。俺も紅、あ、ルームメイトなんだけど、彼の邪魔をしたくないと思って」

「紅? 下の名前は?」

「俊也」

「へー。あんた、俊也と同じ部屋なんだ。世間って狭いものね」

「知り合いなのか?」

「うん。幼馴染よ。でも、あいつも同じ学校にいたんだ、ウケる」

「知らなかったのか?」

「中学校は別だったから。でも、お母さんがそんなことを言っていたような気がする。あいつは今、何をしているの?」

「都市伝説研究会の記事を書いているよ」

「相変わらず、好きね」

「報告書みたいなの見せてもらったけど、面白そうだったよ」

「へぇ。例えば?」

「え? 例えば? 例えば、そうだな、リッチの話とか」

「リッチの話ねぇ……」柚子は、人工知能を有する犬の人形たちと戯れる子供たちを見て、目を細めた。「あんたは、『幽霊思考反映仮説』って知ってる?」

「幽霊は魂ではなく、対象の思考パターンを反映しているというあれか?」

「そう。実はあの説を最初に提唱したのはリッチだという話があるの。リッチは元々、理論魔術師で、【死霊魔法】の研究を行っている中で、この説を思いついたそうよ。ただ、当時は、彼のその考えは異端として爪はじきにされたらしい。幽霊は現世に魂を固定化させたものという考えが強かったからね。それで彼は、自分の説の正しさを証明するため、幽霊に関する【死霊魔法】の研究を続けていくうちに、気が狂ってリッチになったとか」

「……皮肉なものだな。彼の考えが、これからの時代を生きていく上で、重要なものになるとは」

「そうね」


 店員のお姉さんが子供の広場にやってきて、子供たちに元気よく挨拶した。どうやらショーが始まるらしい。お姉さんの合図とともに、【知能付与】が施された犬の人形たちがお姉さんの下に集まった。よく見ると、犬はそれぞれ容姿が異なっていて、母犬っぽい犬が「わん!」と鳴くと、子犬たちが子供たちの方を見て一列に並んだ。


 音楽が始まる。そのリズムに乗って、子犬たちが踊り始めた。母親の鳴き声を合図に、子犬たちは軽快にジャンプした。子供たちから喜びの声が上がる。


 そのとき、子供の一人が手にしていたボールが子犬たちの前に転がっていった。すると、一匹の子犬が反応し、列から抜け、体を当て、ボールを子供に返した。


「ありがとう!」子供の感謝の言葉に、「わんっ!」と答え、子犬は踊りに戻る。


 それから数分、音楽が鳴り続け、犬たちが決めポーズを決めたところでショーは終わる。子供たちからは盛大な拍手があって、談笑していた親たちからも拍手が上がる。宗人と柚子も拍手で称えた。


 お姉さんが去って、元の広場に戻っていく。そんな中、柚子はしみじみとした表情で言った。


「もしもさっき話した噂話が本当だったとして、どうしてリッチは、偉大なる魔術師ではなく、残虐な殺人鬼を選んだのかしら。彼が魔術師の道に進んでいたら、きっと多くの人を笑顔にできたのに。実際、彼がまともな道を進んでいたら、今頃魔族は、火星で生活していると言われているくらいよ」

「どうして、か……」宗人は冴えない表情で答える。「捨て子だったから、それで差別され、その怒りが殺人鬼に変えたらしいって話もあるけど」

「生まれた時代を間違ったのね」

「時代を間違った?」

「そうでしょ? だって今なら、彼の理論に賛同し、協力してくれる人がたくさんいるだろうし、それに、魔力がないからって、子供を見捨てたりしないでしょ?」

「…………村井は良い親になれそうだな」

「どういう意味?」


 宗人が立ち上がると、柚子も困惑しながら立ち上がった。


「ねぇ」

「俺は帰るよ」

「そう? 私も帰ろうかな」

「そうか。んじゃ、ここで別れた方が良いよな?」

「中央駅までなら、別にいいわ」


 柚子はキャップを目深に被る。宗人は渋い顔で柚子を見つめた。


「何よ」

「……何でもない」


 エレベーターを使って、一階まで移動する。二人の間に会話はない。入り口まで来て、「あっ」と、宗人は思い出したように声を出した。


「どうしたの?」

「買わなきゃいけない物を思い出した」

「何?」

「パンツ。下に履くやつな。一緒に行くか?」

「行くわけないでしょ」柚子はじっと睨むが、すぐ、穏やかな顔に戻る。「んじゃ、ここでお別れね」

「ああ。また明日」

「うん。じゃあね」


 駅へ向かう柚子。離れていくその背中に、宗人は声を掛けた。


「村井!」柚子が振り返る。「いつもありがとな」


 柚子は白い歯をのぞかせ、控えめに手を振った。


 柚子が歩き出して、人ごみに消えるまで見送った。柚子が見えなくなって、宗人は苦笑しながら、後ろ首を撫でる。


「やっぱ、村井は良い奴だな」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 揺すられていることに気づき、宗人は目を開ける。


「あ、やっと起きた」


 揺すっていたのは俊也だった。


「おはよう」

「ああ、おはよう」

「珍しいね。こんな時間まで寝ているなんて」

「こんな時間?」


 宗人はハッとして時計に目をやる。


「大丈夫。ご飯を食べて、準備をする余裕はあるよ。いつもより、登校時刻がギリギリになっちゃうかもだけど」

「そうか。すまん、わざわざ」

「いいよ。いつもは僕が起こしてもらっているし。それにしても、良い夢でも見た? 幸せそうな寝顔だったよ」

「……ああ。まぁな」


 どんな夢だったかは正確に覚えていないが、夢の余韻で胸が温かった。


 先に学校に行っても良いと言ったが、俊也も起きたばかりらしく、いつも通り、二人でご飯を食べ、それから学校に向かった。


 宗人は終始、穏やかな気分だった。これほどまでに目覚めの良い朝は、多分、初めてだ。


 学校に近づき、教室に近づくにつれ、楽しくなってきた。今日は教室であろうと柚子に声を掛けたい気分だった。たとえ怒られても、声を掛けたかった。


 だから、教室から出てきた柚子を見たとき、宗人は笑顔になった。が、その表情は一変する。柚子は泣いていたからだ。目じりから涙をこぼし、宗人のそばを駆け抜けた。


「村井!」


 宗人が声を掛けても、柚子は振り返らなかった。曲がり角を曲がって消える。


 何があったんだ? 宗人は困惑する。


 そのとき、教室から、怒鳴り声が聞こえた。翔太の声だ。そして女の声が聞こえた。茉奈の声だ。人を小馬鹿にするような、鼻につく声音に宗人の目つきが鋭くなる。


「あれ? 今のって柚子ちゃん? って、柳瀬君!? 顔、怖いよ」


 宗人は足早に教室の扉の前に向かい、乱暴にドアを開けた。


 対峙する翔太と茉奈。他の生徒は、窓や壁のそばに立って、二人のやり取りを見ていた。困り顔がほとんどだったが、笑っている者もいた。


「おやおや、噂をすれば、王子様の登場ね」

「王子様?」


 宗人は眉をひそめる。


「宗人、これは」


 狼狽する翔太。様子が何かおかしい。そして宗人は、黒板に描いてある絵に気づいた。


 相合傘だった。『ビッチ』と『捨て子』が仲良く傘をさしていた。

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