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13 実践魔法とVR

 金曜日。実践魔術の授業を受けるため、分校の中でも比較的新しい建物にある『VR実習室』へ移動した。実習室は二次試験を受けた部屋と似ている全体的に白い部屋で、床に魔法陣が描いてあった。教師の指示に従い、出席番号順に魔法陣の左隣へ並ぶ。


 宗人の隣は柚子だ。柚子と目が合ったが、昨日の言葉通り、柚子は無反応を貫いた。


 教壇に教師が立つ。二次試験のときにVRの説明をしていた女試験官だ。


「皆さん、始めまして。皆さんの実践魔術の授業を担当することになった北村です。今は世の中が便利になって、自分で術式を組んで、魔法を使う機会は減っていますが、それでも、自分で魔法が使えるようにしておくことは重要なことです。だから、皆さんの役に立つような授業をしていきたいと思いますので、皆さんも、自分で魔法が使えるよう、積極的に受講してください。

 では早速、授業の方に移りたいのですが、皆さんが中学で実践魔術を習ったときは、おそらく安全性を考慮して、様々な制約の中で授業を行ったと思います。例えば【攻撃魔法】なら、常に威力を落とした状態で使っただろうし、魔法陣を展開するだけで終わるなんてこともあったでしょう。しかしVRを使えば、そういった制約に縛られず、魔法が使えるため、本校では、二年前からVRを導入し、授業を行っています。

 しかし、VRは新しい技術で、授業中にトラブルが生じることもあるため、VRを使う時は、技術者の方に補助してもらいます。そこで、まずは皆さんに、技術者の方を紹介したいと思います。子安さん、どうぞ」


 北村に呼ばれ、教室に現れた人物を見て、宗人は眉をひそめた。白衣を着た几帳面そうな男に、岡根や杉内と同様の違和感を覚えた。北村の説明によれば、清水というその男は大学時代からVRの研究に関わり、今も技術者として働きながら、大学でVRの研究開発を行っているらしい。現在、授業で使用しているVRも彼の研究室が企業と合同で開発したものだとか。


「僕が直接、皆さんに指導することはありませんが、VRを通して、皆さんの力になりたいと思います。よろしくお願いします」


 清水は静かな調子で言った。


 清水の挨拶が終わり、VRの説明に移った。授業前に準備することやゴーグルの扱い方、VR使用中の注意点などについて30分ほど話した。


「それじゃあ、実際にやってみましょうか」


 北村の言葉で、宗人はゴーグルを準備し、装着、魔法陣の上に乗った。【浮遊魔法】で体が浮く。視界の中央に赤文字で「Log in」と表示され、魔法陣が展開した。試験のときには無かった魔法陣だ。魔法陣は明滅し、一分ほどで消え、レンガ造りの街並みが、目の前に広がる。


 宗人の眉間にしわがよった。その街並みに既視感があったからだ。夢で見た街と似ている。しかし見回してみて、思い過ごしだと思った。山が無いし、夢の街よりもきれいだった。


「皆さん。正常にVRが起動していますね? それじゃあ、今日はVRに慣れる時間にするので、各自自由に行動してください。魔法は使わないでね!」


 生徒たちが移動を始める。一人でその場から離れる柚子の背中を、宗人は黙って見送った。


「おい、宗人!」


 翔太が豊臣組の田辺と串本ともにやってくる。


「適当に散策しようぜ!」

「ああ」


 宗人は翔太たちともに行動し、修学旅行にでも来た気分で、散策を楽しんだ。街は精巧に作り込まれ、ヨーロッパへの旅行経験がある田辺の話によれば、かなり再現度が高いらしい。


「もうわざわざ身分を隠してまで旅行に行く時代じゃないのかもな」


 田辺はしみじみと語る。


「でも、人がいないのは寂しいな」


 と翔太。周りに人の姿はなかった。


「そのうち、実装されるんじゃね」


 田辺は気楽な調子で答える。


 確かに人の姿はない。宗人は近くの建物の扉を開けようとしたが、開かなかった。


「どうかしたのか?」


 翔太に声を掛けられ、宗人は頭を振る。


「中まで作られているのかと思ったが、そうでもないらしい」

「細部までこだわる余裕はなかったんじゃね?」

「かもな」

「今度は、あっちに行ってみようぜ」

「ああ」


 宗人は、もう一度開かないことを確認してから、翔太たちについて行った。


 10分ほど経って、田辺がベンチに座った。その顔は青白い。


「どうした? 気持ちが悪いのか?」と翔太。

「ああ。ちょっと、頭が痛くなってきた。俺はここで休んでいるから、お前らだけで、行って来い」

「そういうわけにもいかんだろ」翔太は田辺の隣に座った。「俺も、歩き疲れたし、ここでちょっと休憩するわ」


 宗人は串本と目配せし、頷く。


「俺たちも休むよ」と串本。

「すまんな」


 田辺が頭を押さえながら言った。


 ベンチで休んでいるうちに、終了時刻となった。


「それでは皆さん! 時間なので、VRを終了しますね!」


 空から北村の声がして、視界の中央に魔法陣が展開する。魔法陣は一分ほど明滅し、『Log out』の文字が表示され、薄暗い視界になった。


「【浮遊魔法】を切ります」


 浮遊魔法が消え、ゆっくりと着地する。ゴーグルを外そうとしたとき、視界の端で、柚子がふらりと体勢を崩すのに気づき、宗人は慌てて肩を抱いた。


「大丈夫か!?」


 宗人は自分のゴーグルを外し、柚子のゴーグルも外す。柚子の顔に生気がなかった。宗人は柚子を心配するが、柚子は宗人を睨む。昨日言ったでしょ、と言いたげに。


「仕方ないだろ、この状況は」


 どうやら、気分が悪くなったのは、柚子や田辺だけではないらしい。何人かその場にしゃがみこんで、周りの人が心配していた。


「VR障害です」と清水は言った。「VRに慣れていないと酔ってしまうんです。でも、安静にしていれば、すぐに治ります」

「……いつまで、掴んでんの」

「ああ、すまん」


 宗人が手を離すと、おぼつかないが、柚子は一人で立った。


「大丈夫?」

「うん、多分」

「あまり、無理はするなよ?」


 柚子は力なく頷いた。


「それでは今日の授業はここでおしまいにします。まだ、体調が回復しない人は、ここで休んでいても、構いません。私もここにいるので、どうしようもないときは言ってください」


 柚子は大きく息を吐くと、荷物を持って、歩き出した。弱々しい足どりではあるが、一人でも大丈夫そうだ。


 宗人は田辺の下へ歩み寄る。田辺は膝を抱え、うずくまっていた。翔太と串本が心配そうに声を掛けている。


「大丈夫?」と現れたのは清水だった。清水はペットボトルを田辺に渡す。「これを呑むと、少し楽になる」

「ありがとうございます」


 田辺は擦れそうな声で、ペットボトルを受け取り、口を付けた。その背中を清水がさする。


「彼のことは僕に任せて、君たちは次の授業に行った方が良い」

「はい。わかりました」と翔太。

「田辺のこと、頼んます」と串本が頭を下げる。


 翔太と串本は教室に戻ろうとするが、宗人はその場に立って、清水を観察していた。清水は困り顔を宗人に向ける。


「僕の顔に何かついているのかい?」

「……いえ、何でもないです。彼の事、お願いします」


 宗人は一礼し、翔太たちを追いかけた。しかし部屋を出る前に振り返って、清水を見た。不審者を見るような、そんな目つきで。

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