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11 クラス発表

「柳瀬君って朝弱いの?」


 食堂での朝食にて、対面に座る俊也が言った。


「弱くはないけど」

「ふぅん。不機嫌なように見えるからさ」

「……それは朝の夢のせいだな」宗人は箸をおく。「人が殺される夢を見たんだ。そんときの光景が、ちょっと、強烈すぎてな」

「そうなんだ。それは、災難だったね」

「ああ。まさか、入学式の初日にあんな胸糞悪い夢を見るとは」


 宗人は辺りを見回す。食堂は朝食を食べる寮生がいて、静かな賑わいがある。悲惨な殺人は似合わない平穏な日常がそこにあった。


「考えすぎない方がいいんじゃないかな」

「そうするよ」


 味噌汁と一緒に悪夢を流し込んだ。


「おはよう!」


 爽やかな声に目を向ける。寮長である三年の杉内が各席を回って、挨拶をしていた。宗人と俊也の下にもやってきて、「おはよう!」と白い歯をのぞかせた。


「君たちは一年生だよね?」

「はい」と俊也。

「えっと、紅俊也君と柳瀬宗人君だったけ?」

「はい。そうです」

「今日は入学式だ! これから3年間、楽しいことばかりじゃないかもしれないが、頑張ってくれよ! 困ったことがあったら、僕を頼ったらいい」

「ありがとうございます」


 杉内は満足げに頷くと、他の席へと行った。


「朝から、すごいパワフルな人だね」と俊也は苦笑する。

「ああ」


 宗人は不審者を見るような目つきで、杉内の背中を眺めた。


「どうしたの?」

「……何でもない」


 杉内に対し、違和感を覚えたが、よくわからないので、多くを語らなかった。


 朝食後、部屋に戻って制服に着替える。灰色のパンツに、紺のブレザー。ネクタイは徳川組を示す緑色だ。宗人は鏡の前に立って、真新しい制服を着た自分を見ると、何だかこそばゆい感じがした。


「何か、始まるって感じがするね」俊也がはにかむ。俊也の制服は少し大きく見えた。「もう行く?」

「行こうか。クラス発表もあるし」


 宗人と俊也は二人で登校した。徳川寮は裏門の方が近いということもあって、裏門から入った。が、クラス発表は正面玄関隣の掲示板にて行われているため、二人は校舎を観察しながら進んだ。


「すごい、立派な建物だよね」

「よく作ったよな」


 玄関に近づくにつれ、喧噪が大きくなる。新入生が掲示板に集まっていた。分校では、所属する寮とは別に、各寮の生徒を混ぜたクラスを作る。掲示板には、そのクラス名簿が張り出されているのだ。


 織田組を示す赤、豊臣組を示す青、明智組を示す紫のネクタイを付けた生徒たちに混じって、掲示板を確認する。宗人は一組だった。


「紅は何組だった?」

「三組。柳瀬君は?」

「一組」

「別になっちゃったね」

「ま、そっちの方が色々と都合がいいかもな。教科書忘れたときとか」


 確認を終え、二人はその場を離れる。人垣を抜けようとしたとき、「宗人!」と手首を掴まれる。翔太だった。


「佐野か、久しぶり」

「おう、久しぶり」


 宗人は翔太を引き連れ、掲示板の前から離れた。


「宗人、一組だったろ? 俺も一組だった。一緒だな!」

「ああ。まさか一緒になるとはな」困り顔の俊也が目に入って、宗人は言った。「この男は佐野翔太。二次試験で一緒に戦った仲なんだ」翔太にも言う。「で、こちらは紅俊也。俺と同じ部屋なんだ」

「佐野翔太だ! よろしく!」

「よ、よろしく、紅俊也です。でも、いいなぁ。二次試験で一緒だった人と同じクラスになれるなんて」

「紅にはいないのか?」

「うん。まだ、わかんない」

「会えるといいな」


 三人は教室へ向かって移動した。その道中、玄関前で挨拶する教師たちの中に、宗人は気になる人物を見つけた。恰幅が良く、頭を丸めた厳めしい顔つきの男だ。


「なぁ、あの強面の教師、知っているか?」

「岡根のことか? 理論魔術の先生で、かなり厳しい先生だって噂だ」と翔太。

「へぇ」

「どうした? 何か気になることでもあるのか?」

「……担任は嫌だなと思って」

「そいつは同感だ」


 そばにいた教師に挨拶し、三人は中に入った。


 広いエントランスホール。天井が高く、中央に三階まで続く幅の広い階段があった。階段脇にはこれまでの分校の歴史を示した展示物があって、初めて見るということで、三人は展示物の前に移動した。分校出身の有名人の遺品や写真がガラス越しに飾られていた。


「色んな人がいるんだな」


 宗人は感心する。政府関係者だけではなく、医者や魔術学者といった多様な分野で先輩たちが活躍しているようだ。


「だよね。何で僕、こんなすごい学校に入れたんだろう?」

「優秀だからじゃね?」と翔太が笑う。

「そんなことないんだけどなぁ」

「またまたぁ」


 展示物の中に一際異彩を放つものがあった。鎧兜である。宗人は興味深そうに眺めた。


「端午の節句にはまだ早いんじゃないか?」

「それは石川慎介の『SAMURAI』だな」と翔太。

「誰?」

「石川慎介を知らないのか?」

「ああ」

「マジか。石川慎介は日本の魔族で唯一『リッチ』と戦ったことで有名だろ」

「リッチ? ……ああ、あれか。不滅のサイコパス」

「不滅の王様だよ」俊也が声を潜める。「どこで聞き耳を立てているか、わからないんだから、気を付けた方が良いよ」

「……そうだったな。すまん」


 不滅の王様とは、無能界で第二次世界大戦があった頃、世界中の魔界を震撼させた天才ネクロマンサーだ。リッチは【死霊魔法】を駆使し、多くの魔族を恐怖のどん底に突き落とした。リッチは、雄志によって討伐されたが、その魂は今でも現世にあって、話をすると目の前に現れるため、リッチの話は人前ですべきではないと言われている。


 宗人は信じていないが、一応、常識には従う。


「で、その石川さんとこの鎧兜の関係は?」

「SAMURAIは石川慎介が愛用した式神だ。リッチとの戦いでも活躍したって話だ」

「へぇ」


 宗人は改めて鎧兜を見る。鎧の傷は歴戦の証というわけか。


 一通り見終わったところで、二階まで上がり、教室の前へ。俊也とはそこで別れた。一組の教室にはすでに生徒がいて、賑わっていた。


「お、豊臣の連中が来てるわ。挨拶してくる」


 翔太は、窓際で談笑していた豊臣組の男子二人組に笑顔で混ざった。


 徳川組の人はまだ来ていなかったので、宗人は自分の席に荷物を置き、トイレに行った。戻ってくると、席の周りに翔太と豊臣組の男子がいて、軽く挨拶を交わし、談笑する。


「そろそろ、座った方がいいんじゃねぇか?」


 豊臣組の田辺が言った。ちょうど、チャイムが鳴った。


「そうだな。んじゃ、また後でな」


 翔太たちは自分の席に戻った。


 宗人は教室を見回す。ほとんどの生徒が登校していた。しかし宗人の前の席は空いたままだった。初日から遅刻するなんて度胸があるな、と思ったが、前の席の人はすぐに現れた。 

その人物を見て、宗人は苦笑する。村井柚子だった。柚子は、不機嫌な表情であったが、席まで来て、宗人を認め、目を開く。


「よっ」宗人は微笑む。「また会ったな」


 柚子は口を開きかけたが、固く閉ざすと、何も言わぬまま、席に座った。


 え? 無視? 宗人は無口な背中に視線を送る。柚子は振り返る素振りを見せる。が、結局何も言わぬまま、前に向き直った。


 虫の居所が悪いのかもな。宗人はそっとしておくことにした。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「村井! お前も一緒のクラスだったのか!」


 入学式後、村井に気づいた翔太が、席に座っていた柚子へ声を掛ける。ハイタッチをしたくなるような爽やかな笑みだった。


 しかし柚子は翔太を一瞥すると、ムッとした表情で席を立ち、教室から出て行った。翔太の救いを求めるような視線に、宗人は首を振る。


「俺に対してもあんな感じだったよ」

「マジか」

「今日は機嫌が悪いんだろ。そのうち、仲良くしてくれるさ」

「だといいが」


 二人のやりとりを見ていた少女が、歩み寄ってきた。


「あなたたち、村井さんと知り合いなの?」


 茶髪で気の強そうな少女だった。ネクタイの色は織田組を示す赤だ。


「ああ。二次試験で合格するために協力したんだ」と翔太。

「へぇ」少女は興味深そうに目を細める。「村井さんが協力とかするんだ」

「あんたは彼女の事、知っているのか?」と宗人。

「うん。同じ中学だったの。彼女は、いつも無愛想で、一人でいることが好きな子だから、誰かと協力する姿が想像できなくて」

「ずいぶんな言いようだな」

「ごめんなさい。べつ、彼女を悪く言うつもりはないわ」


 宗人は眉をひそめる。おっさんの言葉を借りれば、彼女は優秀な受付嬢になれる。


「んじゃ、あんまり馴れ馴れしくしない方が良いのかな?」と翔太。

「ええ。村井さんも、それを望んでいるんじゃないかな」

「わかった。ありがとう。えっと」

「茉奈よ」

「ありがとう、茉奈さん」


 茉奈は二人に微笑み、自分の席に戻った。


「なぁ、どう思う?」と翔太が声を潜める。

「どう思うとは?」

「だから、茉奈さんの話は本当なのかな? 村井には、あんまり話しかけない方がいいのかな?」

「それは自分で判断したらいいんじゃないか。彼女は村井じゃない。だから、村井の本心ではないことを語っている可能性はある」

「そっか。そうだよな」


 鐘が鳴った。「んじゃ」と翔太は自分の席に戻り、柚子は鐘が鳴り終わる直前に、席に座った。


 宗人は柚子の背中を眺めながら思った。


 村井も色々ワケありか。

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