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死神さんと死ねない僕

作者: 柊狐白

文芸部で書いたやつ。ラブコメとは

 別に、不幸って訳じゃないと思う。

 別に、そんな大きな不幸があったわけじゃない。片親で、遅帰りだけれど、生活に不自由があるとは言えない。

 人並みにある苦労だろうけれど、それが何度も何度も巡ってきて、それでも救われないのかなと思って、心が折れてしまっただけで。

「死にたい」

 それは、意味もない只の口癖のようなものだった「はいッ言質頂きましたァッ!!」

「まって」

 脈絡の欠片もなく振り下ろされる鎌を真剣白刃(※鎌)取り。我ながらよく止めたと思う。

 唐突に俺の命を刈りに来たその凶器を視線でなぞると、病的に白い、小さな手にぶつかった。顔を見てみると、先程の透き通る様な声を最大限活かせるような美少女。十二歳くらいだろうか。

 やっぱりこんな少女が自分を殺そうとしたなんて思えない。何かの間違いなのでは無いだろうか。例えば、草刈りをしてたら足が滑ったとかいや無理があるな。流石にこれ擁護は無理だわ。

 けれど説明くらいはされるだろう。とりあえずは小さな口からそのような内容の言葉が出てくることを期待してみる。

「ちっ」

「えー舌打ちしたよこの子……」

「あっ、ごめんなさい、草刈りしてたら足が滑っちゃって」

「無理あるって」

「えっ、やりませんか? 超絶巨大鎌で庭の草刈りとか」

「それくらいなら芝刈り機使うと思う」

「あー……芝刈り機もだいぶ威力が高そうな……」

「そもそも武器として見ちゃってるからね」

「あー、えっととにかくごめんなさい、失礼しました」

「いやいやいや無理無理無理無理」

 咄嗟に去ろうとする少女の肩を掴んだ。

「きゃー痴漢」

「最近男女問題が流石に横暴になってきてる気がするの」

「通報しますよ」

「取り敢えずその鎌が普通に銃刀法違反だと思うんだ」

 プラス不法侵入、信用されれば殺人未遂だ。通報されたって確実に少女が不利になる。

「はぁ……めんどくさ」

「あっ今年一番の理不尽な溜息つかれた」

「疲れたのはこっちだっての」

「そりゃそんな鎌振り回せばね」

「そして憑かれたのはあんた」

「そんな上手い事言ったみたいな顔されても。何者なんだあんた」

 言うと、少女はさも僕に興味がなさそうに自分の髪を梳きながら小さな口を動かした。

「しに……天使です」

「死神だよな」

 よう見たら完全に服装がそうだった。

 僕の人生終了のお知らせ。



 取り敢えず事情聴取と僕の家に引きずり込む。変態とか呼ばれた気がするが敢えて無視した。

「…………」

「…………」

 そしてこの沈黙である。

 死神とか言うから(言ってはない)正直驚いたがなんの説明もされない所を見ると冗談だろうか。死期はまだらしい。

 ………………。

 いや普通の少女が突然巨大な鎌で唐突に殺しにくるとか普通に怖えな。いや死神が来るのも勿論怖いんだけど。

 そんな静寂の中、少女が口を開いた。

「客に茶も出せないのここは」

「店じゃねぇんだから」

 店だとしても無条件で茶出せっていうのは相当不条理だと思う。

 というか客じゃない。容疑者だ。疑いようがないクロなんだけど。

「それで何が知りたいの、私の下着の色だっけ?」

「気になるけど違う」

「ヘンタイ」

「仕方ねぇだろこちとら年頃のオトコノコだぞいやそうじゃなくて。まずほんとに死神なのかから」

「もう何言っても誤魔化せないでしょ」

 死神なんじゃねぇか。

 もう何言ってももなにも初撃で仕留め損なった時点で誤魔化すのは無理だっただろ。

「じゃあ次。名前は」

「あぁ……名乗る筋合いはないんだけどまあいいか、メルカリよ」

「嘘つけ」

 何を売る気だ。中古の魂か。

「失礼かみまみた」

「違うわざとだってツッコミ入れる前に話進めんのやめろ」

「貸しました?」

「いや疑問形で言われても流れができてねぇんだよ流れが」

「さておきほんとに噛んだわ」

 ほんとに噛んでた。ごめん。

「めかり。命を刈ると書いて命刈よ」

「死神の模範みてぇな名前だな」

「こんなの序の口よ、養成学校時代の同級生なんて死神子さんがいたわ」

「何処で切るんだその名前」

「死神が苗字で子が名前」

「予想外の角度」

「あとデス・神くんとか」

「なんだその小学生が死神を頑張って英訳しようとしたみたいな」

「あー担任のタナトス先生が懐かしくなってきた」

「あっ急に落ち着く死神っぽい名前」

「下の名前は花子さんだったけれど」

「何? さっきから死神ってハーフなの?」

 というか国籍とかあるの?

 死神の国っていうのは、なんとなくありそうな響きだけれど。ゲームとかで。

「さておき。さておきよ、前座はさておき貴方にお願いがあるの」

 急に恭しく正座で床に手をつく命刈。唐突に真面目になられると黙ってれば可愛い見た目のせいか心臓が忙しくなる。いや見た目自体は喋ってても可愛いんだけどさ。喋ると中身が出るんだよ。

 そのまま彼女は頭を下げる。

「──大人しく殺されてッッ!?」

「はっ倒すぞ」

 俗に言う土下座の姿勢だった。

「押し倒すなんて……まぁいいわ、それで心残りが無くなるなら」

「ふざけん……えっ、いいの?」

「良い訳ないじゃない気色悪い」

 このアマ。

「あんたの気持ちなんてどうでもいいのよ」

 横暴って域からも出た。

「今年の魂ノルマがピンチだから! ほら!」

 割と世知辛い感じだった。

 どうやら死神っていうのは職業らしい。

 けれど、僕は。

「……ごめん、死ぬ訳にはいかないんだ。

ーーーーあの子との、約束があるから」

「回収する気もない伏線張るのやめてくんない」

「ごめんなさい」

 それでも。

 それでも、死にたくないのは本当なのだ。口では死にたいを垂れ流すのに。

「それじゃあ、さ」

 僕の方から持ちかけた。

 死神と契約って、随分なことだ。冥府に行った時には自慢できるだろう。

「一緒にいてよ、……僕が、死にたくなるまで」

 それはきっと、幸せになりたいっていう願望、そして、諦め。

 僕の口から流れ出たそれに、彼女は。

「えっやだキモい」

「言うなって話が進まない」

 あんま乗り気じゃなさそうだった。


     *


 とかいう話から1週間ほど経っただろうか。

 飛ばし方雑とか色々言われるだろうが、それにしても相当濃い1週間だった。筈だ。

 毎日二十四時間カケル七日命を狙われる生活を送ってきたわけだし、相当濃かったというのは間違いない。筈なのだが、もうそれに慣れてしまったおかげかそうでもなかったような気がしてくるのだ。慣れって怖い。

 ただ四六時中と言っても、妙に律儀な命刈は睡眠時は攻めてこないし、今みたいに学校にいる時は攻撃はしてこない。

「ここで会ったが三年目ェェ!!」

「掌返しが早すぎる」

 上から降ってくる鎌を人差し指と中指で止める。そろそろ対死神戦のエキスパートとかやれる気がしてきたんだがどうだろう。

「ちっ、もう鎌の攻撃は効かないか……」

 慣れって怖い。


     *


「弁当作ったよー」

 命刈が僕を呼んだ。

 今迄過ごしてきて彼女が僕のために動いたことなど一度もなかったので、警戒を解かぬまま問う。

「何作ったんだ?」

「……えっと、トリ…………だよ」

「鶏?」

 なかなかに曖昧な態度の命刈。

 にしても、弁当に鶏肉ってどういう料理で入れるのだろう。

「鶏なんだよな?」

「トリ…………だよ?」

「多分だけどそれトリカブトだろ」

 気が抜けなかった。


     *


 家に帰って制服のままソファに倒れ込む。

 片親という事情故バスで学校まで通う財力は持ち合わせていないため、自転車で片道でも平気で一時間かかる道を毎日踏んでいる訳で。

 対して命刈は、学校には付いてくるものの流石は死神というべきか、宙を漂いながら「今どんな気持ち? 私にだけケロッとされて今どんな気持ち? ねえねえ疲れた? 私は飛べるから全然そうでもないけど自転車大変でしょ疲れた?」と登下校中は僕の真横で言ってくる。どんな気持ちかと問われれば控えめに言って死ねばいいと思う。

「ねぇねぇ」

 命刈があざとく這い寄ってきた。はっきり言って嫌な予感しかしない。

 ただ、その内容が気になるのも事実。

「話だけ聞こうじゃねぇか」

「よっしゃ」

 後ろを向いて小さくガッツポーズを決める命刈。ここだけ切り取れば可愛いんだが中身が中身だからそういう目で見れない。

「さておき、何を言いに来たんだよ」

「そうそう、あんたチャリ通でしょ?」

「おん」

「今めっちゃ疲れてるでしょ?」

「せやな」

 何故か関西弁で返す僕。少し前に聴いたボイスロイド楽曲の影響だろうか。

「そんな貴方に朗報! 疲れが一瞬で取れると評判のサプリメントがここにあるんです!!」

「なんやて工藤ッ!!」

「せやかて工藤っ!!」

 生まれも育ちも関東の人間として関西弁で驚くしかない情報だった。……ところで命刈の高い声の関西弁も様になってんのはなんなんだろう。死神の国に関西とかあるんだろうか。

 とか茶化してみるも、彼女の言う効能が本当なら今の自分としては喉から手足が生えてアテナが生まれる程に欲しいものはである。

 僕が食いついたのに気を良くしたのか、命刈の方も心做しか頬を紅潮させている。鞄から出してる書類はもしかして追加資料かなんかだろうか。

「んで副作用は?」

「即死する」

「それは主作用って言うんだよ」

 死んだら疲れもクソもなくなるし間違ってはないんだけどさ。


     *


「ねぇねぇ、この子飼っていい?」

 日曜日、生憎の雨の日に何処か出かけたと思えばぐしょ濡れになって帰ってきた命刈の腕に抱えられていたのは、これまた水を吸ったダンボール箱だった。

 染み込んだ水で滲んだインクを脳内で何とか修復して意味を読み取ろうとする。

『拾ってください』

 なるほど。

 何か小動物が捨てられていたのを、命刈が拾ってきたらしい。人の命をやり取りする死神にも他の命を尊重する心があるのだろうか。

「お前が面倒見るならいいよ……って言いたいとこなんだけど、でもなぁ、餌代とか払えないからな……」

「あっ、そのへんは大丈夫」

「って……こいつ何食うんだよ?」

「あんたの生命力」

「お前ほんと休まらねぇな」


     *


「ねぇねぇ死んで」

「えー策すら弄さなくなったよこいつ」

「いやだって……めんどくさくなってきて……」

「それでいいのか死神」

「良くないから言ってんじゃん死んでって」

「それで死んだらただの死にたがりだと思う」

「あんた死にたがりじゃない」

「いやいや、そんな伏線どこにあったよ」

「えっ……割と序盤で」

 …………。

 よく考えたらあったわ。ごめんなさい。


     *


「磯野ー! 野球やろうぜー!」

「誰だよ磯野」

 僕の家族に海関係の名を持つ人間はいない。

「そもそも! 休日に家に篭もりっきりって言うのがまず不健康なのよ!」

「うん、今火曜日の放課後だな?」

 それにしても、不健康も何もそちらの方がコイツにとっては都合がいいのではないか。

「なにより日光浴びないと私が死ぬ!」

「植物かてめぇは」

 ただ、僕も暫く学校以外で外に出ていないのは事実。付き合って悪いことはない。



 というわけで最寄りの空き地。最寄りに空き地があるって今の時代珍しいと思う。

「よーし! キャッチボールやるぞ!」

「幼児退行してる」

「そーれー!」

「なんかウニがすげぇスピードで飛んあっぶね!」

 ていうかどうやって投げたんだろ。

「次はこれいくよー!」

「まさかのモーニングスター」

 わからない人のために説明すると、モーニングスターは……棒の先に鎖でトゲトゲの鉄球が繋がっているみたいな武器だ。有名所でリゼ□の双子メイドの妹の方が使っている。おっかない。

「いくよー!」

「棒の部分持っちゃってんじゃねぇか」

 もう投げる気すらなかった。

 なんとか避けた僕を誰か褒めて。



「運動で疲れたでしょ? そこ飲み物用意しといたから」

「ん? えっあ、おう、ありがと」

なんだか妙に優しい。

明日は槍でも降んのかなとか思いながら、飲み物の入った瓶を持ち上げる。

ドクロマークが描かれたラベルが貼ってあった。

「……おい」

「そーれあんたのちょっといいとこみてみたい」

「ちょっといいとこ見せるだけでジ・エンドっていうのは避けたいわ」

「そーれイッキ、イッキ」

「一気にいって一気に逝けってか」

「…………」

「…………」

「そーれ逝ッキ、逝ッキ」

「やだ隠そうともしなくなったよこの子」


     *


「ねぇねぇ、書斎の片付けやろう」

「2LDKのアパートに書斎があるとでも?」

「あるでしょ、ほらそこに扉が」

「どこでもドアみたいに何もないところに直立してるあれの話か」

「とにかく! 片付けやるよ!」

「多分だけど本棚が倒れてくるなそれ」

「それだけだと思うなよ!」

「それも仕込んではいるのかよ」

「後ろから襲いかかってくる誰か、指を切りやすい本の角そこに仕込まれた毒、更には本棚の影から出てくるモンスター等色々ご用意しております!」

「言っちゃダメじゃん」


     *


「ねぇねぇ課題やんなくていいの?」

「あっ」

 それもこれもこれまでの半月勉学に意識を割く余裕もないほど命を狙われる生活が続いたせいだろう大体のことは命刈のせいにしておけばなんとかなる。気がする。僕悪くない。

「とにかくやるから」

「ほんとに……それでいいの?」

「あ?」

 聞き返す僕。何を言ってるんだこいつは。

「あんたがほんとにやりたかったのはこんなこと? ちっちゃい頃の夢は一体何処に捨てたの?」

「ーーーーっ」

 澄んだ瞳のまま、僕の顔を覗き込む。

「課題に追われて、テストに追われて、言われるがまま流されるまま進路を選ばされて、あんたはそれでいいの……!?」

「命刈…」

 苦しそうな命刈の声。

 その台詞に、返す僕の言葉は少しだけ。

「遂には社会的に俺殺しにくるのやめてくんない」

「えっ嘘バレるのこの流れで」


     *


「ねぇねぇ死んで」

「いやこの流れちょっと前やった気がするよ?」

「いやいや、今度はそちら側の利益とかも含めて資料まとめて持ってきたから」

 鞄からテロップを取り出す命刈。絶対そんなもん入るサイズのポーチじゃない。

「はいまず、私の今年の魂業績が救われます」

「頼むから僕のメリット提示して」

「それでなんか人助けたなぁみたいな気持ちになれます」

「物理的に親切心臓食い物にされてんだけど」

「あとはなんかこうね」

 絶対これアドリブだよ。

 だってもうテロップが話してる内容と全く違うもん。

「あっそうだ買取ります」

「その買取金額が僕の死後どうなるのか聞こう」

「私に相続されます」

「プラマイマイナス突っ切ってるんですけど」


     *


「ねぇねぇビデオ見よ」

「お、おう」

「じゃあ私の用意したビデオ流すからね」

「ねぇ御札が見えたんだけど」

 幻覚だと信じて再生する。

 顔も見えない黒髪ロングの女性が出てきた。

 テレビに押し込んだ。

「ごめんなさい帰って」

「なによそれ失礼でしょうが忙しい中来てくれたんだから」

「呼んだのお前だよね」


     *


「ねぇねぇ斧投げの練習相手やって」

「その競技は寡聞にして知らんが名称に殺意しか感じない」

「大丈夫大丈夫、私が斧投げて斧がくるくるーってなってサクッといくだけだから」

「サクッと逝ってんじゃねぇか」

 相変わらず油断出来ない。

 ……いや、斧投げって時点で油断できる要素なんかひとつもなかったんだけど。

「あー違う違う、誰があんたにサクッといくなんて言ったのよ」

「あー、地面とか木とかに投げる感じなのか……いや、じゃあ僕何すればいいんだ?」

「的」

「サクッと逝ってんだろうが」


     *


「ねぇねぇねぇ治験のバイトとかどう?」

「あー……怖いけどあれ一応最終試験みたいなもので安全性は大分あるんだってな……」

 都市伝説は多いけど。

 しかし、それでも体調に変化はあるのだろう。そのデメリットを抑え込めるだけのおちんぎんの大きさがあればいくかって。いや変な意味じゃなくて。

「給料はね、2泊3日で3万円って」

「相場は知らんがすげぇな……で。薬は?」

「青酸カリ」

「完成しきってんじゃねぇかよ」

 最終試験いらなかった。


     *


「ねぇねぇ背中を流させて」

「なんでいんの」

 風呂を入ってる時に何故か入ってくる命刈。

「いや、いっつもお世話になってるからお礼しないとなって」

「お礼の仕方狂ってるんじゃないのかな?」

 しかし流石は気高いツン神様。

 気安く裸を見せる筈もなく、ぴっちりとした紺色の水着、所謂スク水で身を包みうっかりアール十八指定を食らって今の作者の年齢では投稿できなくなるような描写を避けてくれている。

 対して僕。訊くなって。

 寧ろ訊くけれど、自分の家の風呂に自分一人で入ろうってなってタオルで身を隠す人いると思う?

 まぁ包み隠さず言ってしまえば。

 身体を包み隠さない姿だった。

 しかし命刈の方も、例のスク水で身を隠している(?)とはいえ、その起伏の少ない身体には妙に似合っていて、まぁこのスク水自体? 小学校の時はプールの授業が男女混合だったから見慣れてない訳じゃないんだけど? 小学生の頃には女子をそういう変な目で見ることはなかったからか妙に新鮮で、スク水の上に浮かび上がる身体のラインや太腿を伝う雫を視線でなぞってしまっている自分が何考えてんすか僕。落ち着け。ボクロリコンチガウ。

「私の方を見るのは気持ち悪いが勝手だけどまずは自分のを隠した方がいいんじゃないの?」

「きゃああああああああぁぁぁっ」

「うわ」

 咄嗟に見せちゃいけないものを手で隠しながら裏声で叫ぶ僕。

「あんた親でも呼ぶ気なの?」

「まだ帰ってきてねぇよ!! っつーか親がいんのに死神と同棲とかなんか親の存在あやふやにしねぇと話が進まねぇんだよ! 触れんな察しろ!」

「あ、うん、ごめん」

 勢いに押され咄嗟に謝る命刈。

「いや、じゃなくて。今更隠してももう遅いでしょもう見ちゃったんだし」

「そうでしたってかお前何でんなドライなんだよ! いいのかそれで女子だろ!!」

「いやドライじゃないからスク水来てきたんだけど」

「っそうなんだろうけどォ!!」

 と突っ込んだあたりでまぁその……見られたという現実を思い出し項垂れる。

「ボクもうお嫁にいけない……」

「あんた嫁に嫁ぐ気だったの?」

 引き気味の命刈。が、しかし流石に可哀想になったのか、僕に優しい言葉をかける。

「大丈夫、責任取る」

「…………?」

「私が、貰ってあげるから」

「命刈……」

「ほら、首出して?」

「お前もうなんか……一連の流れ読み切ってたのか」

 確かに命を貰われてた。


     *


「……ねぇ、」

 珍しく控えめな声で話しかけられる。

 俯いているので顔色は窺いづらいが、心做しか頬が赤く染まって見えた。

「私……ずっと」

 何かを言いかけて、呑み込む。

 合わせた目を逸らす。

「私と……」

「命刈……」

 息苦しいような、それでいて嫌ではない空気。そう思っている自分がどこか気恥ずかしくて、僕も僕とて俯いたまま命刈の次の言葉を待った。

「私とっ、自殺を前提で付き合って!」

「いや、前提でって言うのはこの年齢だし保証できなおい待てこら今なんつった」


     *


「……めっちゃ生きるねあんた。メロスか。結婚式の後のメロスか。未練たらたらじゃねぇか早く死ねや」

「殺意を隠せ殺意を」

 あと結婚式後のメロスは疲れてたんだろ。休ませてやれよ。

「いや、ほんとに。そろそろ死んでほしいのよ」

「なんでだ」

「魂ノルマが」

「世知辛いな」

 さておき、ここで一ヶ月くらい前に記憶を戻そう。



「一緒にいてよ、……僕が、死にたくなるまで」



 そうは言ったものだが。

「悪いが僕、もう暫くは死にそうにないぞ」

「……暫くって、どんくらいよ」

「……六十五年くらい?」

「何寿命全うしようとしてんのあんた」

「仕方ねぇだろ」

 僕を殺しに来た命刈には、随分と申し訳ないけれど。



「お前といて。なんだかんだで、幸せなんだよ」



 言ってしまえば、一生に一度の告白。死ぬまでこいつに付き添わせることには最初からなっているのだが。それでも言いたいだけ。

 状況が何も変わらないとしても、知っていてほしいんだ。

 命刈の反応を待つ。

 命刈は。



「おっそ」



 それがやっと気づいたというものではなく文面の意味しかないぶっきらぼうなものだと気づいたのと僕の首に冷たい感触を覚えたのはほぼ同


     *


 なんだ、割と呆気ない。

 それなりに長い時間を過ごしたものだから感慨か何かあるものかと思い込んでいたのだが、流石は死神と人間、何の感情を抱くこともなく。

 首と共に刈り取った魂を一瞥する。

 黄色がかった白色、シアワセの色だった。

 成功したらしい。



 魂には色がある。

 詳しいことは知らないが聞くところによると感情を映し出したものらしい。

 例えば憤慨なら赤色。

 例えば哀愁なら青紫。

 例えば絶望なら黒色。

 何一つとして例外なく宝石のような輝きを放つ為に私の世界の方では高値で取引されている。

 その宝石、魂を仕入れるのが、死神の仕事だ。

 しかしながら、だけれど。

 様々な輝きを放つ魂が、全てが全て、同じ価値な訳ではない。

 人の感情は移り変わる。生きている内は、その魂は幾らでも色を変える。

 それを嫌った死神が、色を確定するため魂の持ち主の息の根を止める。すると、魂は死に際の感情で輝いたまま、死神の手に渡るのだ。

 そして、例えば恋慕の色。その光を放ったまま死に行くケースは少ない。死ぬ直前まで誰かに恋焦がれることなどおいそれと存在しないから。

 満たされた色の魂は価値が高く、マイナスな感情を放つものはその逆。

 後者の魂は考えなしに殺しても簡単に手に入るのに対して、前者はプラスの感情を持たせたまま死に至らしめなければならない。

 そして、私が取ってこいと命じられたのは、幸せの魂だった。

 この場合、何らかの作戦を立てなければならない。最初は、元々幸せな奴を勘づかれないまま殺せばいいと考えた。

 けれど、幸せであるほど手放すのが惜しいものだ。命を失うことを悟った途端に、色は絶望、落胆のそれへと変える。

 それならどうしたらいいか。

 私を愛するよう仕向ければいいのだ。

 私に殺されることを良しとするような人間ならば、幸せなまま死んでくれる。そう考えた。



 そして、話は戻る。

 随分と簡単にこなせた仕事。手に持つ魂は暖かい光を放つ。かかったのは時間だけだ。苦労は。

 本当に、何もなかったんだろうか。

 本当に、私は彼に何も思っていなかったんだろうか。

「……あほくさ」

 何も感じない。

 彼は、その程度の人間だったのだ。

 そう結論づけて、私は魂を提出しに帰ることにした。



 胸に孔が空いたような、そんな無感情だった。

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