知識
あれから数日が経ち、俺は学院側と交渉するために一度王都へ向かうことになった。
この案件は重要なものなので手紙ではなくあって話すべきだと思ったからだ。
ここから王都までは馬車を利用しても2日かかる。
こんな時にあのなんちゃらクエストの瞬間移動する呪文があれば楽なのに、なんて思ってしまう。
この世界に転移魔法なんてものがあるのかどうかは知らないが、あるとしたら是非習得したいものだ。王都に行けば図書館ぐらいはあるか。寄ってみるとしよう。
それにしても馬車の中は非常に退屈である。
中に俺以外の誰かがいるのなら話し相手にもなったのだがいかんせん俺一人だ。
せめて本でも持って来るべきだったと今になって後悔している。
今俺がいるのはレミルの町から王都までのちょうど真ん中と言ったところだ。
時刻で言えば19時ごろだろうか。
辺りが暗くなってきて一番星が見え始める頃だ。
朝からずっと馬車に乗りっぱなしだったせいで身体に疲労が溜まってきているからそろそろ休憩といきたいものだが……
「クロムさん、ここらで休憩しませんか? お互い疲労が溜まってきている頃ですし」
クロムというのはこの馬車を走らせている馭者で60代ぐらいの白髪の生えた男性のことである。
「そうですな。確かここらに小さな町があったはずですからそこで宿をとりましょうか」
俺は賛成の意を述べてやっと休憩できる安堵感と長旅からの疲労感が混じり合ったため息を一つつき背もたれにもたれかかった。
それから馬車を走らせること1時間、やっと目的の町についた。
特に目立ったものもない小さな町なので説明は割愛する。
この町には宿が一つしかないので空き部屋があるかどうか不安だったがそれも杞憂に終わり無事部屋を2つ確保することができた。
それから晩御飯と温泉で満喫した後部屋で過ごそうかと思ったのだが本も携帯もない状態で一人部屋にいてもすることが何もないので部屋を出てロビーでくつろぐことにした。
すると温泉から上がってきたクロムさんがちょうどロビーに戻ってきた。
自分の部屋に向かって歩いていたようだがこちらを見つけると小さく会釈をして俺の隣の椅子に腰かけた。
といっても特に話す内容もなく無言の時間が過ぎていくばかりである。
この状況に耐え難かったのかクロムさんが話を振ってくれた。
「差し支えなければリョータさんが王都に行く理由を教えてもらえませんかな?」
「大丈夫ですよ。これから魔法学院に少し顔を出そうと思いまして」
「……魔法学院ですか。ちなみにどういったご用件なのでして?」
「その学院から編入招待状が来たのでその件について学校見学も兼ねて学校長とお話がしたくて」
「ほう……あの学院が編入招待状……。学校長も粋なことをしますね」
「学院長?何か学院についてご存知なのですか?」
「えぇ、まあ去年まで教師としてあの学校にいましたからね」
なんだって!?
ならここで出来るだけ多くの情報を知りたいものだが……
「ちなみに何クラスなんでしょうか?」
「一応、Sクラスらしいです」
「え、Sクラス!? 本当ですか?」
次はクロムさんが驚く番でした。
「個人的なことをお伺いますが属性は何をお持ちで?」
僕は嘘はつかない主義です。
「一応、全属性ですけど……」
「ぜ、ぜ、ぜ、ぜんぞくせしぇい!? AM!?」
あ、噛んだ。まあおじいさんだから可愛げのかけらもないんだけれども。
……ってそりゃあこういう反応になるよな。いつかのギルドマスターを思い出しました。
「き、君は何者なんだ……」
どうも地球人ですとは言えまい。こういう時は……よし、話題を変えよう。
「えーと、魔法学院ってのはどういう施設なんでしょうか?」
「……あ、あぁ、魔法学院は魔法に特化した少年少女達がより高度な技術を学び、時には戦い、生徒達がともに切磋琢磨しながら成長していく場所です。元々の魔力量や技術を入学時に判定してクラス分けを行います。上か順にS、A、B、Cクラスというふうに分けられるのです。A、B、Cクラスの技術差はあまり顕著には現れないのですが、SクラスとAクラスの間ではかなりの差があるんですよ。どれぐらいかというと……Sクラス一人に対しAクラス3人で対抗しても勝てるかどうかぐらいの差があるのです」
……何回も言うがなぜそのSクラスに俺が編入することになったのか非常に謎だ。そんな技術ない……と思うし。
しかし、そのSクラスの生徒達は俺を受け入れてくれるだろうか。出会って早々にデュエルとかいやだぞ。そもそもSクラスの生徒のレベルがわからないから対策を練るに練れないんだよな。
俺がうーんうーんと唸っていると、クロムさんは異空間収納を開いて首にかけていたタオルを放り込んだ。
……異空間収納?
「ちょ、ちょっと待ってください!それいまのはなんですか?」
「ただの異空間収納ですが何か?」
こっちでは常識なのか?ならば是非教えてもらいたいところだ。
「できれば教えてはもらえないでしょうか?代わりに私も珍しい魔法を使えるのでそれをお教えしましょう」
「別段これは珍しくないのですがね。わかりました」
「では私から。まずは見てもらいますね」
俺は手本を見せるべく詠唱してから炎を出現させる。
それに魔力をつぎ込んで淡青色に変えていく。
そこから”銅の霧“をイメージしながら燃焼を続けていく。
するとたちまち淡青色だった炎は青緑色へと変化していった。
「な、なんと……炎が緑に……」
「これが私のオリジナル魔法です。名前はありませんけどね」
いや、炎色反応か……魔法名にしてはダサいから却下だな。
「面白い魔法ですね。こんなのは見たことがありません」
「みんな知らないだけですよ。これがどう言う構造になっているのかが」
「ではその構造とやらを教えてほしいものですな」
「なるほど、わかりました。これは───」
……10分後……
「……さっぱりわかりません」
そりゃそうだ。この世界の化学レベルで分かられたら逆に怖いわ。
「まあとりあえず話はここまでにしてやってみましょうよ。聞いてるより自分でやる方がいいですから」
「まだ理解が追いついていないんですがねぇ」
「と、とりあえず出現させた炎の温度を一気に上げてみてください」
クロムさんが右手に出している炎に魔力を集中させると徐々に炎が淡青色へと変わっていく。
「おぉ、できた、できましたぞ」
「そこで感動しないでください……まだ序の口です。ではその炎周辺に”銅の霧“を発生させるイメージをしてみてください」
もちろん銅の霧なんてものはない。ただ、魔法に重要なのはイメージだ。空想上ならなんでもありということだ。
「銅の霧ですか……銅の霧……銅の霧…………むぅ?」
炎の先の方が少し青緑色を帯びている。この調子でいけばいずれできるだろう。
「いまの感じを忘れないでおけばいずれできると思いますよ」
「なるほど、ありがとうございます。では次はわたしの番ですね」
「ご教授よろしくお願いします」
「これは昔から使っているのでどう説明すればいいのかわかりませんが……なんと言いますか、手元の空間を別の次元の空間と同期させる、とでも言いましょうか」
別の次元……1次元でも2次元でもない……4次元か?
4次元と言われても……いや言われてないけど……あのタヌ……う"う"ん!……ネコ型ロボットのお腹に付いているポケットしか思いつかないな。やってみるか。右手を思いっきり前に突き出して、
「………はっ!」
いま俺はとんでもないものを見ている。
通常異空間収納を開く時はある程度の大きさを開けてからものを収納するのだが、いま俺が開けたというより手を突っ込んだ異空間収納は俺の腕の大きさしか開いていない。故に視覚的には右手の腕までが消滅したように見えている。
「………………こんな方は初めてです」
「……私もこういうつもりではありませんでした」
『…………………………………………………』
「部屋に戻りましょうか」
「そうですね」
このなんとも微妙な雰囲気を残して王都への旅1日目は幕を閉じた。
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「………できた」
そう呟いた俺は今ミリアの家の前にいた。
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