第九話 深き森の
第九話 深き森の
2236年 秋 東南アジア
湿った空気が肌に触れる。
僕とサヤは森の中にいた。
近くの村の人の話ではこの森を抜けないと西へはいけないらしい。
今は南下して西へ方角を変えようとしていた。
船を降りた場所から西へそのまま向かうことも考えた。
しかし、その先にある村は少なく、何より高地を通らなければならない。それに緑の無い砂漠らしい。これから先は砂漠の場所が多いと聞いた。今は植物に触れていたい。
それに馬が無いんだ。難しいと思う。
猿が僕たちの前を通り過ぎる。
僕たちの住んでいる場所の近くにも猿は居る。
だけど、そこに居る猿とは何かちょっと違う。
種類の違いだろうか、考えても分からない。
それ以外には鳥が居る。
名は分からないが、それほど大きい鳥ではない。薄い藍色の体をした鳥はこちらを見て、そして飛び立っていった。
空を見上げても高い木々で覆われていて空は見えない。
人間の作った通り道など無く。ただ木々が乱立しているばかり。
人間がそれほど入っていないということか。
しかし、この森を抜けなければ西へは向かえない。
この先にある村とさっきの村は交流が全く無いのか。
しかし、なぜだ。
僕は空の見えない木々の天井を見て考えた。
近くの村を出ようとしたときの人々の視線。
みんな僕たちを見ていた。
この森に入ることが珍しいのか。
実際のところ森に入ってすぐの場所には村人が何かを採取していた。
しかし、ある程度森の奥に入っただろうこの地点には僕たち以外誰も見えない。
「どうしたの。」
サヤが心配そうに僕を見た。
ずっと見えない空を見ていたからだろうか。
「いや、何でもない。」
僕はそう言ってまた歩き出す。
横目でサヤを見ると、サヤがずっと僕を見ている。
心配そうだ。
そう思っていると、前方に出口らしき場所が見える。
もうすぐこの森も抜けられるのか。
太陽が当たるその場所に僕たちは出た。
「やっと森を抜けたぁ。」
僕の隣にいたサヤは一足早く抜けて空に向かって言った。
しかし、二言目は、
「あれ…。」
その時点で僕も森を抜けていた。
そして気が付いた。森は抜けた。
しかし、目の前にはまだ森がある。
ここは森と森の間らしい。
前後を森、左右を山に囲まれている場所。
「まだみたいだ。さっさと行こう。」
僕はサヤに言って歩き出す。
僕は今度こそ森を抜けるために、再び森に入ろうとしていた
森に再び入る直前、動物たちが騒ぎ出した。
視界に入る動物たちはみな森の奥に消えていく。何か嫌な予感がした。
それはすぐに確信に変わった。
遠くで獣の咆哮が聞こえる。
「な、なんかまずいぞ。」
僕はそう言ってサヤを見る。
彼女は後ずさりはじめていた。
凄く危ない予感がした。
「ひ、ひとまず引き返そう。森に入ってからそんなに経っていないから。」
僕はサヤの手を引っ張ってもと来た方向に走り出す。
再び咆哮が聞こえる。今度は近い。
僕たちはかまわず走り続ける。
そのとき何か重いものが地面に落ちたような振動を感じて体がよろめく。
「きゃ。」
サヤはその場に手をついて堪える。
僕は振り返ると大きな猿がこちらを見ていた。
さっき見た猿をもっとがっちりさせて大きくしたようなやつだ。僕の身長は軽く越えているだろう。
その体は青白い毛で覆われている。
その瞬間僕は耳をふさいだ。
大猿は僕たちへ向けて至近距離で咆哮したのだ。
耳を手で塞いでも音は耳に侵入をする。
耳を塞ぐことによって行動が止められる。
咆哮止むと、すぐに地面に倒れこんでいるサヤの手を掴んで立たせる。
そして、来た道を全力で走り出した。
「な、なんなんだあいつは。」
僕は走りながら奴を見て言った。
「知らないわよぉ。」
サヤは僕の手を振り払って自分で走り出す。
振り払われたよ。
しかし、今はそんなところにへこんでいる暇なんてない。
奴は追いかけて来ている。
僕とサヤはそれぞれ木々の間を縫ってなるべく真っ直ぐ走らないようにした。
サヤは叫んでいる。叫んだら疲れるだろうに。
止まったらかなり危ない。いや、食われるかもしれない。
木々が乱立しているこの森の中ではこっちのほうが有利らしい。
いや、奴が最初にいた地点よりも今の地点のほうが木々が多い。
しかも、村に向かううほど木々が多くなっていることに気がついた。
おかげで立ち止まることなく走り続けることで奴との差は広がっていく。
近くの村の人を発見した。彼はサヤの叫び声に気がつく。
その後方にいる大猿を見ると、叫びながら村があるであろう方向へと走っていった。村人が居るということはもう少しで森を抜けられるということだ。
そう思っていると遠くに森の終わりが見えた。
今度こそ森を抜けられる。
結果戻ってきてしまったけど。
走りながら後ろを見ると大猿も目の前の森が見えたようだ。
このまま森を抜けて追いかけてくるのだろうか。
いや、それは無かった。
奴はその場で止まった。
僕も立ち止まってやつを見る。
サヤは僕が止まるのを見て止まる。
「わっ。」
急に止まったためにその場に倒れこむ。
大猿は一度大きな咆哮をすると森の奥に戻っていった。
「追いかけてこないの。」
サヤは座り込んだままでそう言った。
お互い息が荒くなっている。
僕はサヤの手を掴んで立たせると森の出口へ向かって歩き出した。
カイは歩きながら考えた。
この森を抜ける方法を考えなければならない。
それにはあの大猿をどうにかしなければ先には進めないだろう。
森を抜けると一人の男が僕たちを待っていた。
僕たちは、森に入る前に話しかけてきた男たちの一人だとなんとなくわかった。
僕は、彼やその周りの人間が「森を通り抜けられる」とか「抜けられない」と言っていたことを思い出した。
「生きて戻ってこれたんだな。」
彼は下を向いて微かに笑った。
「付いて来い。」
彼はそう言うと村に向かって歩き出す。
僕たちはひとまず村に行かないとどうしようもないのでついて行くことにした。