第五十一話 鎮魂歌
第五十一話 鎮魂歌
2238年 春の終わり ヨーロッパ
リュシアンたちの船から離れて、僕らの船は海岸に着いた。ここからでは、リュシアンたちの船は見えない。向こうはどうなっているのだろうか。
陸を見れば、人影は見えない。敵が隠れているかも知れないが、だからといってここで引き返すことも出来ない。進むだけだ。
僕らはそれぞれ船から降りた。
「いやに静かだな。」
グランが周りを見ながら小さな声で言った。僕も周りを見る。船がたどり着いた場所は、僕がこの島に来たときに着いた場所では無いためにまるで遠い別の場所のようにも見えた。そして、異様に静かだ。
「ここからは僕が案内します。付いてきてください。」
ケイトが僕らを見て言った。ケイトなら島のことはわかるだろう。任せようか。
「よし、行くぞ。」
グランの声で全員が走り出した。目指すは施設だ。
ケイトのあとを走る。彼なりに施設への最短経路を選んで進んでいるのかも知れない。しかし、すぐに敵に遭遇する。
「来たな。かかれ。」
剣を持った兵士たちが僕らに襲い掛かってくる。
相手もこちらの侵入を既に知っている。待ってましたということか。
僕らは剣を抜いて対応した。相手の振り下ろした剣を止める。剣と剣がぶつかり金属音が発生する。そして、押し切ろうとする力がこちらに伝わってきた。相手の剣を跳ね返すと、隙が出来た胴を斬りつける。敵は悲鳴を上げながら倒れた。
すぐに周りを見てみると、立っているのは仲間だけのようだった。ここで初めて知ったのは、ケイトの武器が小さな剣だったということ。その刃は真っ赤に染まり、持った手まで赤く染めていた。
「先を急ぎましょう。」
ケイトの言葉に僕らは頷く。そして、再び走り出した。
しばらくすると、再び敵にであった。同じように襲ってくるものの、その中に一人反対方向を向いて逃げていく兵士が居た。援軍を呼びに行くのかもしれない。援軍が来たら面倒だ。
「僕に任せてください。」
ケイトはそう言うとその兵士へと走って近づいた。自分に近づいてきた兵士を倒した後、ケイトを見ると追っていた兵士は地面に倒れていた。阻止したようだ。
ケイトは周りを見ると、こちらに戻ってきた。僕らは残る敵を倒すと、再び走り出した。
しばらく走ると、騒がしい声が聞こえてくる。
「みなさん隠れてください。」
ケイトは敵を発見したらしく、僕らはすばやく敵の死角に移動した。
「あそこが施設周辺への入り口です。」
ケイトが敵のいる方向を見ながら言った。やはり、出入り口には見張りは付き物か。
「相手はこちらには気がついていないようです。」
ケイトは僕らに言う。そして、続けた。
「僕が仕留めてきます。皆さんはここに居てください。」
ケイトは敵に向かっていった。敵はケイトに気がつくものの、次の瞬間にはケイトの剣がのどに刺さったために声は聞こえなかった。
ケイトはこちらを向くと手招きした。敵から剣を引き抜いたときに浴びたのか、ケイトの体には新たな血が付いていた。
僕らはケイトに近づき、全員が施設周辺へと入った。さらに、聞こえてくる人の声は大きくなる。
目の前に小さな布で覆われた小さな家のようなものがある。
「いつの間にこんなものが出来たんだ。」
グランはその建物を見て言った。
僕はそのそばまで行って、中を確認した。しかし、中には誰も居ない。
外にでようとしたとき、ケイトの声が聞こえた。
「誰か来ました。隠れてください。」
その指示に、僕はその場に隠れた。この中に入ってくるのなら、入った瞬間に剣を突き刺してやる。
しかし、こちらには来なかった。その上、予想以上に悪い展開へとむかってしまった。
先ほど倒したケイトの兵士を他の兵士に発見されてしまったのだ。
「おい、大丈夫か。」
兵士の声が聞こえる。しかし、すぐにその声は悲鳴を発した。外にいる仲間の誰かが殺したのだろう。
「セイジさん。行きますよ。」
ケイトが建物の中をのぞいて言った。すぐに建物の外にでる。しかし、施設があるだろう方向を見ると、敵がこちらに向かってくるのが見えた。
剣を抜いて向かおうとした。その横をグランたちが駆け抜ける。グランは向かってきた敵に棍棒を振った。直接当たった敵は、後ろに居る敵を巻き込んで倒れる。僕もその中へ突っ込んだ。グランが倒れた敵にとどめを刺す一方で、僕らは新たに現れた敵に対処した。さっきよりも人数が多い。やはり施設に近づいたためだろうか。
全滅させた後、僕らは再び施設へ向かって走った。少し走ると高い建物を見つける。その建物の右側から先に進むと、目の前に施設への入り口が見えた。
すぐに周りを見る。絶対周りで敵が見ていると思ったからだ。しかし、誰も見えない。
こちらが取り返したいのは目の前にある施設。親玉は多分施設内に居るだろう。
僕らは周りに注意しながら施設への扉を開けた。
僕を先頭に施設内へと入った。階段下には敵が何人も居た。それぞれが階段を上ってこちらに向かってくる。相手からの攻撃を受け止めた上であいた部分に蹴りを入れる。相手がよろけた隙を狙って剣を突き刺した。すぐに相手から剣を引き抜く、それとともに蹴飛ばした。相手は階段を上ってきたほかの兵士を巻き込んで倒れていく。僕らはその上を踏みつけながら下に到着した。奥の部屋から来る兵士と、先ほど踏みつけた兵士たちが同時に襲ってくる。勢い任せで進んだために挟み撃ちにあってしまったようだ。
僕が相手の剣を受け止めたとき、ケイトがその相手の首を剣で切る。相手は悲鳴とともに勢いよく血が噴出して、正面にいる僕は血まみれになった。意外とケイトは強いのかもしれない。
奥から来た敵をすべて殺し終えると、床は血の色で染まっていた。何人かの仲間も同時に失った。さすがにはさまれる状況になったのはまずかったか。しかし、今はそれさえもかまっていられない。
「行こう。」
僕を先頭に、みんなは奥に存在するきおくのある部屋へ向かった。いくつかの部屋を抜けて、その部屋へと到達する。
部屋の中は真っ暗だった。しかし、すぐに明かりがついて、誰が居るのかわかった。十数人の兵士と親玉らしき人間だ。
「カール。」
グランが親玉らしき男を見て言う。こいつがカールか。
「ようこそ。」
カールは僕らに挨拶する。その態度が僕を怒らせた。
「おいこら。マヤはどこだ。返しやがれ。」
僕は怒りを込めた声で言った。
「ああ、あの女のことか。」
カールは軽い声で言い出す。そして、兵士たちを見て続けた。
「おい。連れて来い。」
何人かの兵士がその場を離れる。そして、すぐに戻ってきた。マヤを連れて。
しかし、マヤは二人に足と手を持って運ばれてきた。兵士たちはマヤを乱暴に床に落とす。マヤは一言もしゃべらない。
僕は、すごく嫌な予感がした。
「おい、まさか。」
僕はそういいながら近づく。マヤのそばに到達する前に理解した。僕は立ち止まる。
「し、死んでる。」
僕は後退しながら言った。口では言ったものの、脳が理解したがらない。現状を理解したくないようだ。
「なっ、マヤ。」
グランは動かないマヤに言う。そして、カールを見て続けた。
「カール。」
グランはカールへ叫んでいた。声から怒りがこもっていることはすぐにわかった。
カールはマヤに近づいていった。そして、マヤを足で軽く蹴る。
僕の中で怒りが増した。
「くっくっくっ。いい女だったぜ。」
カールはマヤを見ながら言った。そして、続ける。
「最高だったよグラン。お前にも味あわせてやりたかったぜ。くふふ、ははは…。」
カールの笑い声が部屋の中に広がっていく。
僕は何も考えたくなかった。ただひとつ言える事は、カールが僕の一番大切なものを奪ったということだ。
「カール。」
グランは今まで聴いたことの無いような大声を発した。そして、続ける。
「お前の愚行を表現する言葉なんざな。この世には存在しないんだよ。」
そのとき、僕の中で切れてはいけない何かが切れた。
「うおおおおおお。」
僕は天井を見て叫んだ。叫ぶしかなかった。
そして、カールを見て続ける。
「お前。殺す。」
僕は剣を抜く。今、僕に刃向かう者が居るのなら、たとえ神でも殺してやる。
「野郎ども。行くぞ。」
グランの声で、僕以外の仲間は敵の兵士へ突っ込んでいった。僕は、その間をカールへ向かってゆっくり歩いていく。
一人の兵士が僕に向かって剣を振り下ろしてきた。僕はその男の喉元へ剣を突き刺す。
「邪魔だ。」
僕はそう言いながら、兵士を右へ倒しつつ刺さった剣を引き抜く。引き抜いたときに血が顔に付いたが気にしなかった。
カールに到達するまで何人かが攻撃してきたが、異常なほど弱く感じられた。
そして、カールの前に到達する。
「くっくっくっ。よくここまで来たな。褒めてやるよ。」
僕はカールに剣を振り下ろす。しかし、カールは僕の剣を受け止める。剣越しに見えたカールの顔はどうしようもないほど憎らしい。
カールから一度離れて、再び切りつける。しかし、うまく当たらない。何度か剣を振り下ろした後、カールの剣が僕の体に刺さった。
「ぐふっ。」
僕は激痛に顔をゆがめた。
「くっくっくっ。お前もあいつと一緒に行かせてやるよ。」
カールは笑いながら言った。
「ふふふ、はっはは。」
僕はもう笑うしかない。剣が刺さった場所はよろしくない場所だということはすぐに理解できた。
僕は笑いながら、カールの剣が体に刺さった状態のままで自分の剣をカールの体めがけて突いた。剣は見事に刺さる。
「ぐあっ。」
カールは僕に刺さった剣を引き抜いた。それとともに、僕がカールの体から剣を引き抜く。
「うらあ。」
カールは剣で突いてきた。僕もカールの体めがけて剣を突く。お互いの剣が交差した直後、カールの剣は僕の左肩の肉を切り僕の剣はカールの左肩に刺さった。
カールから剣を引き抜くと、彼は床に倒れこんだ。
左肩を見ると切れた部分は痛かったが、肉が切り取られたわけではないようだ。
すぐに倒れたカールへ剣を振り上げた。
カールは腰が抜けたのか、僕を見たまま両手両足を使って後ろに後退していった。
「や、やめてくれ。」
彼はそう言いながらなお後退していく。
僕は剣を下ろし、ゆっくりと彼に近づく。カールが壁に到達すると、少しずつ僕との距離が縮まっていく。
僕はカールの前で剣を振り上げた。
「やっ、やめて。助けて。」
カールが必死に懇願する。僕は勢い良く右手で剣を振った。
「ふははははははは。」
僕はカールを見ながら笑った。笑うしかなかった。そして、カールを睨みながら続けた。
「わかってないよ。あんた。」
「ひ、ひぃ。」
カールは必死に後退しようとするが、壁際であるためにもう後退する場所などない。僕は、カールめがけて剣を振り上げた。
「さあ、聴かせてもらおうか。俺たちの鎮魂歌を。」
僕はそう言うと、カールに剣を振り下ろした。
気がつくと、目の前には役目を終えた楽器が存在するだけ。もう、終わったんだ。
「あ、あああ。うああああ。」
僕はマヤのことを思い出し、彼女のところに行こうとした。
彼女のそばへ行きたい。しかし、僕はその場に崩れ落ちた。
「マ、マヤ。」
薄れ行く意識の中で僕は言った。
「セイちゃん。セイちゃん。」
聞きなれた声に目を開ける。顔を上げると、目の前にマヤが立っていた。
「マ、マヤ。」
マヤのことを久しぶりに見たようだ気がする。
「セイちゃん。」
マヤは僕に優しく手を差し伸べてきた。
「マヤ。」
僕はそう言いながら右手を動かす。
さいごの力を振り絞り、その手を掴んだ。