第五十話 失うもの
第五十話 失うもの
2238年 春の終わり ヨーロッパ
殴られた頭を触りながら、僕は起きた。
「マヤ。」
言っても、返事など返ってこない。
マヤがさらわれた。僕が居ながらなんてことだ。
僕はすぐに森を出て、アジトへ向かって力いっぱい走った。
勢いよくアジトの扉を開ける。
一階に居たリュシアンたちがこちらを見る。
「あ、セイジさん。果物取れました。」
リュシアンはのんき僕に聞いてきた。
「マ、マヤがさらわれた。」
頭がぐらぐらする。僕はその場に倒れこんだ。
「大丈夫ですか。セイジさん。」
グランの部下たちが僕の周りに来る。
「お頭。お頭。」
リュシアンの声が聞こえる。グランを呼びに行ったのだろう。
大きな音を立てながら誰かが階段を下りてくる。多分グランだろう。
「セイジ。大丈夫か。おい。」
グランが僕を起こしながら言った。
「マヤが、さらわれたんだ。島に、施設に行かないと。」
僕はなんとか声に出して言った。
そのとき、外から声が聞こえた。
「ただいま。」
声を聞けばケイトのようだ。そして、続ける。
「どうしたんですか。」
ケイトも何か様子が違うことが理解出来たようだ。僕のそばに駆け寄る。
「マヤがさらわれたんだ。」
グランが俺の代わりに言った。
「すまない。」
僕はそれしか言えなかった。本当に情けない。
ケイトを見ると、彼も僕を見ていた。
「島に居る兵士の数が減っていました。まさか、このためだったとは。」
ケイトはグランを見て言った。
「このためって。」
僕がケイトを見て言う。
「マヤさんを誘拐された私たちを施設に向かわせるためです。兵士の数が減れば攻めやすくなりますから。」
ケイトは僕を見て言った。
「助けに行かないとでも思っているのかよ。」
「念のためですよ。」
ケイトは僕の言葉に応える。
「行くしかないな。」
グランが僕らに言う。そうだ、もう僕らにはそれしかない。
「けど。」
僕は床を見ながら言った。そして、グランを見て続ける。
「けど、どうやって島に行くんだよ。全員が乗れるほどの船なんてない。」
「その辺りも相手は計算済みなんでしょうね。」
ケイトは僕を見て言う。そして、グランを見て続けた。
「施設のある島に船が泊まっています。その船とすでにある船を使えば全員が向かえるでしょう。」
「まずは、船の奪取か。」
グランはケイトを見て言った。そして立ち上がり、リュシアンたちを見て大声を上げた。
「野郎ども、今の話の通りだ。俺たちは今から施設に攻め込む。全員準備を始めろ。」
リュシアンたちは一度大きな声を上げると、それぞれ散っていった。
僕は立ち上がって、おぼつかない足取りで歩き出した。
グランの声も聞こえたが、何を言っていたのか聞き取れなかった。
僕は階段を上って自分の部屋に入った。マヤが居ないことで、部屋の中は寂しさで満たされていた。
「ねえ。お姉ちゃんは。」
振り返れば、ミナが居た。そして、続ける。
「ねえ。お姉ちゃんは。お姉ちゃんは。」
ミナは僕にしがみ付いて何度も言った。
「ミナ。待ってろ。取り戻してきてやる。」
僕は、ミナの頭を軽く叩きながら言った。そして、続ける。
「部屋に居るんだ。いいね。」
僕の言葉にミナは頷く。そして、自分の部屋へと戻っていった。
早く取り戻さなければいけない。
準備を終えて一階へ向かって階段を下りると、二階には誰も居なかった。一階にはほぼ全員が集まっていた。一階に全員が入れるわけも無いので、残りは外にでも居るのだろう。
「セイジ。行くぞ。」
グランが僕へ言う。みんな真剣な顔で僕を見ている。
「行こう。」
僕はみんなの中に入っていった。
施設のある島から船が出る。それに合わせて、僕らは小さな船で敵の船へと近づいていった。
乗っているのは、僕、グランとリュシアンたちだ。残りは陸で待機している。
少しずつ敵の船に近づいていく。船の上に見張りが居た。見張りが僕らに気がつく。
「見つかっちまったか。」
グランが見張りを見ながら言う。ルイスが居れば、見つかる前に矢で射抜けただろうに。
敵の船に自分たちの船を付けると、リュシアンが縄を相手の船に投げた。
「僕の後に順に上ってきてください。」
リュシアンはそう言うと、相手の船に引っ掛けた縄を器用に上っていく。船の上には数人が居て、一人が引っ掛けた縄を切ろうとしている。なんと厳しい状況だろう。
リュシアンの後をグランと僕は上る。その後にグランの部下たちが順に上るようになった。
リュシアンが縄を必死に切っている敵に近づくと、すぐに相手からの攻撃が来る。その攻撃を自前の剣で対応しながら少しずつ上る。上りきると、僕の視界外へ入った。直後、悲鳴が聞こえる。
グランも上りきって視界外に消えた。グランがリュシアンについて何も言っていないようなので、今の悲鳴は相手方のものだろう。
僕も船の上に入る。グランとリュシアンだけで、既に三人ほど倒していた。船の上に居る敵の人数はざっと二十人ほどだろう。これまでよりも少ない。
「セイジ早く来い。」
グランは敵の攻撃を受け止めながら言う。
僕は敵陣の中に突っ込んでいった。
敵の攻撃を自らの剣で止め、跳ね返す。今度はこちらから斬りかかった。胴を斬られた相手は片手で斬られた部分おさえながら倒れる。
僕はすぐに周りを見て、斬りかかってくる相手に対応した。隙を見て、相手の首に剣を突き刺す。引き抜くと生暖かい血が噴出して、僕の顔を赤く染めた。僕は新たな目標を捕らえ、斬りかかった
船に乗っていた敵を全滅させると、そのまま待機していた仲間のところまで二つの船を移動させた。
「早く乗るんだ。」
グランは敵の船を降りて言った。グランの部下たちの大部分が敵の船に乗り込む。残りは僕とグランと共に小さな船に乗った。ケイトについては、僕らと同じ船に乗っている。島を知る人間として、グランが一緒の船に乗せたようだ。
「よし、島に向かって出発するぞ。」
グランは大声を上げた。それに伴って部下たちが大声を上げる。
僕らは島へと向かった。海の上、グランはリュシアンを呼んだ。
「俺たちが先に乗り込んで道を作る。そこへお前らが突入しろ。」
グランはリュシアンへ大声でいった。
リュシアンはこちらの船のこぎ手を見て頷いた。僕とグラン、ケイト以外のこぎ手はみんな頷き先ほどよりも力強くこぎ始めた。船がリュシアンたちが乗る船から少しずつ離れていくのがわかる。
「お頭。命令を無視することをお許しください。」
リュシアンは大声でグランへ言う。
「な、何言ってやがるんだ。」
グランは大声でリュシアンに向かって言う。そして、自分が乗っている船のほかのこぎ手を見て続けた。
「リュシアンたちから離れるな。戻れ。」
「お頭たちは直接施設へ向かってください。僕らが、おとりになります。」
リュシアンは僕らに大声で言った。
「ふざけるな。」
グランはリュシアンに叫んだ。そして、共に船を漕いでいる部下たちを見て続けた。
「お前らとっとと戻りやがれ。」
「お頭。リュシアンさんの命令を聞き入れてください。」
漕ぎ手の一人が言う。グランの居ないところで、既に決まっていたのかもしれない。
グランはリュシアンたちが乗る船のほうを向いて大きく息を吸い込んだ。
「この、馬鹿野郎。」
リュシアンにこれまでに無いほどの大声で叫んだ。それを最後に、グランは何も言わずに船を漕いだ。
島までもうすぐだ。マヤ、待ってろよ。