第四十九話 狂いだした歯車
第四十九話 狂いだした歯車
2238年 春の終わり ヨーロッパ
私とセイジは再び二人で森に行くことになった。つまりは、食料調達の番が回ってきたのだ。
正確には回ってきたというよりも、グランが突発的に言い出したというほうが正しい。
しかも、今回は肉ではなく果物を採ってきてほしいとのこと。
最近リュシアンを含めグランの部下が増えたために、彼らだけで食料調達をこなす日々が続いていた。
食料調達と言いながら再び二人にするとは、まさかグランは気がついているのだろうか。
私がそのことについてグランに聞いても、「いって来いよ」と言うだけだった。
アジトを出る前、グランはセイジに何やら言っていた。私が近づくとグランはセイジの肩を軽く叩き、セイジの体を私のほうに向けた。そして、背中を押す。セイジは態勢を立て直すと私を見た。
「それじゃ。行くか。」
セイジの言葉に私は頷く。私たちはアジトを出て森へと向かった。
しばらく歩いた後。
「ねえ、なんで果物を私たちに採りに行かせるんだろうね。」
私はセイジに聞いてみた。
「知るか。他のやつらが肉や魚を獲りに行くからじゃないのか。」
セイジは私を見て言う。そして、前を向いて続けた。
「果物なんて、腹の足しにならないだろうに。」
「いいじゃないの。私はたまには食べたほうがいいと思うけどね。」
私は前を向いたまま言った。
「そんなもんかね。」
「そんなものです。」
私はセイジの言葉に応える。
グランが肉や魚では無く果物を採ってくるように言う時点で、彼にちょっとの優しさが見えた。セイジがそこから私の状況を理解できるかというと謎。だから、こんな状況が作り出されたんだね。
私は前を向いたままセイジの左手を握った。セイジよりもちょっと遅れて歩くことで、セイジがこちらを見ていることが理解できた。だけど、私は前を向いたまま。セイジも前を向いたままになる。私たちはそれ以降一言もしゃべらずに森に着いた。
森に入ると、果物を探し始める。しかし、そんなに簡単に見つかるのだろうか。果物の木があることを先に知っていれば楽なものを、情報がまったく無い。前回来たときは、そんなことを考えてなかった。
辺りを探しているものの見つからない。それは、セイジも同じだった。
「見つからないな。」
グランは本当に適当に言ったのかもしれない。
二人だけの状況。今が良い時なのだろう。私は一度深呼吸をする。
「ねえ。」
私はセイジを見て言った。何時もより声が大きくなっている気がする。なんか、緊張してきた。
「ん。なんだ。食べられそうなものでも見つけたのか。」
セイジは私は見る。直後、彼は目を見開いた。
「お前ら何者だ。」
セイジはそう言いながら、剣に手をかける。
え。セイジの言葉に、私は後ろを振り向こうとした。しかし、その前に背後から強い力が加わって、体の回転を拒まれる。
「きゃっ。」
私は誰かに背後から捕まったようだ。そして、剣をのどに向けられた。
「ふざけんな。放しやがれ。」
セイジは私を捕まえる男に叫んだ。自分の背後の状況に気がつかずに。
「セイちゃん危ない。」
「えっ。」
セイジが自分の背後を振り向く始めた直後、彼の後頭部に棍棒が叩き込まれる。
「がは。」
それだけ言うと、その場に倒れこんだ。
「セイちゃん。セイちゃん。」
私はセイジに向かって叫んだ。近づこうとしたけど、捕まえる人間の力は強くて無理だった。
「おい。殺してないだろうな。」
私を捕まえている男が、セイジを殴った男に聞いている。そして、続けた。
「誰も殺すなとの命令だ。急所は外しとけよ。」
「おのれ、貴様らぁ。」
地面に倒れていたセイジが起き上がろうとする。そこへ容赦無く棍棒が振り下ろされる。
「いやあ、止めて。」
私は叫んだ。セイジが、セイジが死んじゃう。
「馬鹿野郎。殺すなと言ってんだろ。お前殺されたいのか。」
私を捕まえる男は言った。
「大丈夫ですよ。二回目は軽くしときました。」
セイジを殴った男は言う。
私が今自由の身ならば、この場でこの二人を殺す。殺してやりたい。
「行くぞ。」
私を捕まえる男は言った。
「ぐふぅ。」
セイジは唸りながら男たちを見ている。
「この女を助けたきゃ。島に来るんだな。」
殴った男は、セイジの頭を棍棒で押さえつけながら言った。
「セイちゃん。セイちゃん。」
私の声は、セイジには届かない。
私は男たちに連れられてその場を離れた。
私は両手を体の前で、鎖によって繋がれる。その状態で施設のある島に連れて行かれた。そして、偉そうな男の前にひざまずかされる。周りには兵士たちが囲んでいた。
「お嬢さん。こんにちは。ふふふ。」
なんか嫌な男だ。気持ち悪い。
「あなたは彼らを誘い込むための餌です。」
参謀らしき男が嫌な男のそばに来て、私に言う。そして、続けた。
「私たちは邪魔をするあなた方が目障りでした。だから、あなたを使って彼らを殲滅することにしました。」
私は餌なのね。私は目の前にいる二人を睨んだ。
「まあ、やつ等がここに来るまで時間がある。」
嫌な男はそう言いながら私を見る。そして、続けた。
「楽しもうかね。」
その顔に私は立ち上がって後退する。
参謀らしき男は嫌な男へ必死に抗議しているように見えた。直後、参謀らしき男は嫌な男に殴り飛ばされる。参謀らしき男は地面へと倒れた。
私を囲む兵士たちの手が私に伸びてくる。
「い、いやぁ。」
私の叫び声は空に広がった。
私と参謀らしき男は牢屋らしき場所に並んでひざまずいている。
苦痛だった。ずっと、ずっと。どうして、私がこんなことに。
そこで私は首を横に振る。ここまでの過程なんてもう思い出したくも無い。
ただ、尋常じゃないほどの憎しみが増えただけだ。私はここに連れてきた男たちを見た。
「あんたら殺す。殺してやる。」
私の言葉に、私たちを連れてきた二人の兵士は笑う。その笑いひとつでさらに憎しみが増えた。私は狂っているのかもしれない。落ち着けなんて言葉はもはや通用しないだろう。
「すべては私が悪いんです。予想出来たことなのに。」
隣で、参謀らしき男が消え入りそうな声で私に言った。
「もういいわ。あんたはこうなって欲しくなかったんでしょ。」
私は地面を見ながら言った。
「さてと、お二人さん。そろそろお別れだ。」
一人の兵士がそう言うと、二人は剣を抜いた。
二人はそれぞれ私と、参謀らしき男のそばに立つ。
私たちはもう用済みなんだ。
その瞬間、これまでのことが思い出された。この地に来るまでのこと。仲間との日々。セイジとのこと。
私は両手でお腹を触った。そして、目をつぶる。
ごめんね。セイちゃ…。




