第四十四話 二人きりの記録
第四十四話 二人きりの記録
2237年 冬の終わり ヨーロッパ
私は目覚めた。今日は特にすることも無い。壁に寄りかかって、焦点を定めずに部屋の一点を見つめた。少しずつ頭が起きてくる。
隣を見れば、セイジは何時もの事ながらぐっすり眠っているようだ。
立ち上がって窓の外を見れば、太陽がひょっこり顔を出した頃だった。座って、再び壁に寄りかかる。
そのとき、ミナの声がどこからか聞こえた。「今日行った場所にあの人と行ってみたら」
今日、あの日行った場所に行ってみようか。セイジと。
私は、隣でぐっすり眠っているセイジを見る。まずは、起こさなければいけない。セイジに近づき体をゆする。
「セイちゃん。起きて。」
私は、唸るセイジに優しく言った。何回か繰り返したけど、起きない。やっぱり、アレですか。
私は右手を高く上げて、セイジの顔面に振り下ろした。直後、鈍い音が聞こえる。セイジは悲鳴を上げながら起き上がる。そして、打たれた頬をさすっている。
「痛いっての。人の寝込みを襲うな。」
セイジの声はやはり怒りを含んで聞こえた。さすがにちょっと力を込めすぎたかな。
「だって、起きてくれないから。」
私は拗ねた顔をして言ってみた。
セイジは起き上がり、窓の外を見る。
「まだ、朝っぱらだろが。こんな時間に起こすなよ。」
セイジは私は見て言った。
「セイちゃん。散歩しよ。」
私はセイジの顔に近づいて言った。言い終わると、満面の笑みを浮かべてみる。
「仕方が無いな。行くか。」
セイジは一度ため息をつくと言った。そして、立ち上がって支度を始める。二人で井戸へと向かって顔を洗う。事を済ませた後、一階の調理場へと戻る。そこで、食べられそうな物を持って自分たちの部屋に戻るために階段を上がった。
その時、ミナが起きてきた。
「あ、お姉ちゃん。おはよう。」
ミナはまだ完全には起きていないようで、少しふらふらとしながら階段を下りてきた。
「おはよう。セイジと二人で出かけてくるから、朝食はいいって言っといてもらえる。」
私はミナを見て言った。すると、ミナの頭が起きてきたのか、私とセイジを交互に見ている。
「行ってらっしゃい。」
ミナは私たちに笑顔で言った。ミナは自分の言ったことを思い出したのかもしれない。
ミナと別れると、私たちは自分の部屋へ戻った。取ってきた食べ物を持って、私たちはアジトを出た。
「何処に行くんだよ。」
セイジはそう私に聞いてきた。
「ないしょ。」
私はセイジを見て言った。あの場所は、見てからのお楽しみにしとこう。
私は、ミナと一緒に行ったときの道順を辿っていく。アジトから海岸に出た。
「海が綺麗だな。ここに座らないか。」
セイジが私にそう言うものの。
「駄目。この先にもっといいとこがあるから。」
私はそう言って、セイジを引っ張った。
そして、あの場所に着く。
「ここ凄いな。どうやって見つけたの。」
セイジは、この空間に驚いているようだ。私だって驚いた人間の一人である。
「私じゃなくて、ミナが見つけたの。」
私はセイジに言った。ここで私が見つけたとか言ったら、ミナに悪いし良くない。
「そっか、よく見つけたな。」
セイジは砂浜に座り込んで、眼前の海を見た。私はセイジの隣に座って、同じく海を見た。
「朝食抜きで来たからお腹空いたでしょ。」
私はそう言いながら、調理場で頂いてきたものを出した。とはいっても、果物ぐらいである。
「ありがと。」
セイジは私から果物をもらうとかじり始めた。私も手に持った果物を食べ始めた。
食べ終わると、私たちは何も言わずに目の前の海を見た。
それからしばらく経った後、私は口を開いた。
「ねえ、私たち。ここに来るまで色々あったね。」
私は眼前の海を見ながら言った。
「今頃なんだよ。」
セイジは私を見て言った。横目でセイジを見ていた私は顔をセイジのほうに向けた。
「今じゃなきゃいけない気がしたんだ。」
私はセイジに言った。そして、続ける。
「だって、もうすぐ春だよ。」
「春か。結局何も出来ずにここまで来ちまったんだな。」
セイジは空を見上げて言う。そして、続ける。
「グランの知り合いの奴らが仲間に加わったよな。それでも、あいつ等に敵う数じゃないんだ。」
セイジはそのまま砂浜に寝そべる。
「それじゃ、恐がってるだけよね。」
私はセイジを見て言った。
「そうかもな。けど、俺たちが消えたら誰が止めるんだ。」
セイジは私を見上げて聞いた。
「なんとか、この国の王に頼んで…。」
私はセイジを見て言う。もう、こうなったら強い力に頼るしかないのかもしれない。
「無茶だろ。」
セイジは空を見たまま言った。簡単に否定される気持ちは良いものではない。
「でも。」
私は再度セイジを見て言った。私には他に方法が見つからないんだもの。
「存在しない国王に何が出来る。」
セイジは勢い良く起き上がると私を見て怒りながら言った。そして、続ける。
「国王の代わりの奴らにだって、知られたらどうなるか。」
「なんで信用出来ないのよ。」
私はセイジを見て言う。声が大きくなってきていることは自分でも分かった。
「これまで沢山の人間の愚行を見てきたのに、まだそんな考えで居られるのかよ。」
セイジは叫んでいた。セイジの言い分は分かる。施設できおくを見てきた私たちには、次の人たちに大切なことが伝わらないことがどんなに悪いことかを理解できる。
「僕らのしている事だって、愚行なのかもしれない。」
セイジは私を見て言った。そして、続ける。
「それでも、次に繋げなきゃいけないんだ。次に。」
私はセイジに頷いた。
「わかったわ。もうこの話はやめましょう。」
私はセイジにそう言って、海を見た。今は落ち着こう。熱くなりすぎた状態で事をするとろくなことが無い。
それから、しばらくどちらも話さなかった。私は、座って海を眺めていた。セイジを見ると、再び寝そべって空を見ている。
「太陽が昇ってきたな。」
セイジはそう言いながら、砂浜から起き上がる。そして、私を見て続けた。
「そろそろ戻るか。」
このままでは帰ってしまう。そう思った私はセイジに近づいて、彼の唇にそっとくちづけをした。
「え。」
私がセイジから離れると同時に、彼は言った。
私は満面の笑みでセイジを見る。そして、彼を抱きしめた。




