第三十七話 砂蟹
第三十七話 砂蟹
2237年 秋 西アジア
僕とサヤはレイラのあとを付いて行く。彼女は村の中ほどにある家へと向かって歩いた。
「ただいま。」
レイラはそう言いながら家の中へと入っていった。
「おじゃまします。」
僕らはその後、ゆっくりと家の中に入ろうとした。
「あ。」
サヤが何かを発見した。僕もサヤが見ている方向を見た。そこには、昼間会ったお婆さんが居た。お婆さんのほうも気がついたようだ。
「生きて戻ってきたんだね。たいしたもんだ。」
お婆さんの声は感心しているようには聞こえない。そして睨まれてる。ちょっと恐い。サヤを見ると、既に目をそらしていた。
「ちょっと、お婆ちゃん。お客さんなんだから。」
奥からレイラが現れる。そうか、家族なんだ。レイラは服を着替えていた。暗がりでは気がつかなかったが、レイラは凄く綺麗な人だと思った。それは、僕個人の意見だけど。
「ふん。私があんたに話さなかったら、こいつらは今頃あいつ等の餌だろうに。」
お婆さんはレイラを見て、そして僕たちを見ながら言った。
お婆さんがレイラに言わなかったら。時間を間違えていたら。今僕らはここには居ない。
レイラは一度深呼吸をするとお婆さんに言った。
「結果良かったんだからいいでしょ。」
その声は少し怒りを含んでいた。そして、奥の部屋に向かいながら続けた。
「お婆ちゃん。夕食にするから手伝って。」
「はいはい。」
お婆さんはそう言いながら立ち上がって向かおうとする。そこで、顔だけこちらを向く。
「そこのお嬢ちゃん。あなたも手伝いなさい。」
お婆さんはそう言うと奥の部屋に行ってしまった。
「あ、はい。」
サヤは荷物等を僕に預けるとお婆さんの後を追った。
僕だけが部屋に残された。男一人で部屋に居るのって意外と寂しい。
しばらく経つと、良いにおいがしてくる。
「さあ、出来たわよ。」
レイラの声が聞こえてくる。料理を作っていた三人が、それぞれの品を持ってこちらの部屋に来た。
「さて食べようか。」
お婆さんが言い出す。全員がそれぞれの位置についた。
「いただきます。」
僕らは夕食を頂いた。
食事後しばらく休むと、レイラは僕らに言った。
「夜も暗くなってきたわ。そろそろ砂漠を渡りましょうか。」
そしてお婆さんを見て続ける。
「彼らを向こうの村まで送ってくるわ。」
お婆さんはレイラの言葉を聞いたあと、僕らを見た。そして、レイラを見て言った。
「気をつけて行ってくるんだよ。」
「うん。大丈夫だよ。」
レイラはお婆さんにそう言う。そして、僕らを見て続けた。
「出発するから準備をしといてね。」
レイラはそう言うと奥の部屋に行ってしまった。
「あんたらは、一体どこへ向かっているんだい。」
準備を始めた僕等にお婆さんは尋ねた。
「ここからもっと西にあるヨーロッパです。」
僕はお婆さんを見て言った。
「そうかい。そこには、痛い目にあったって行く理由があるんだね。」
「はい。」
僕はお婆さんの言葉に返事をする。お婆さんはしばらく黙ったあと、僕らへ言った。
「理由は分からないけど、気を付けて行くんだよ。」
お婆さんのその声は、僕らに優しく響いた。
「ありがとうございました。」
僕らはお婆さんへ言うと、レイラと共に家を出た。
そして、村の西側の出入り口へと向かう。空を見れば星が輝き、月が僕らを明るく照らしている。
出入り口へ着くと、レイラは僕らに言った。
「じゃあ、行きましょう。」
レイラはそのまま村を出て砂の上を歩き出した。
後ろを見ると、先ほどまで居た村が遠くなっていく。その遠さが、昼間に見た遠さに近づく。
「そろそろ砂蟹の巣を通るわ。」
レイラは立ち止まって僕等を見て言った。
僕は昼間のことを思い出す。途端に体が震えだした。もし再び現れたら、どうすればいいんだ。
サヤは僕の右手を優しく握ってきた。そして、僕の顔を見て言った。
「今度は、大丈夫だよ。」
その言葉で少し落ち着いた。根拠の無い言葉。だけど、それでも良かった。
「ここからは、静かに私の後を付いてきて。」
レイラはそう言うと、ゆっくりと歩き出した。
僕たちもその後を歩く。一言も喋らずに。
すぐ傍には昼間会った砂蟹たちが居ると思うと心臓が飛び出しそうになる。いっそのこと、止まってほしいと思いたくなった。いや、止まったら生きていられないか。
それは凄く長く感じられて、これまでで一番体に悪い時間だった。
前にいるレイラを見ると、立ち止まって大きく深呼吸をしていた。そして、僕らを見て言った。
「もう大丈夫よ。巣は越えたわ。」
レイラの言葉に、僕はその場に座り込んでしまった。そして、来た道を見る。もう村は見えない。どのくらいの距離なのだろうか。短いのか長いのか。僕には分からない。サヤを見ると、座って夜空を見上げていた。
しばらく落ち着くと、僕らは再び歩き出した。
「ねえ、なんで二人は西へ行くの。」
前を歩くレイラが後ろにいる僕らを見て言った。
「僕らは、過去の記憶を見るために旅をしているんです。」
僕は夜空を見ながら言った。
「過去の記憶って。」
レイラは僕に聞いてくる。
「レイラさんは、百年以上前に戦争があったことは知ってますか。」
僕はレイラに聞いてみた。それを知っているか知っていないかでは違う。
「それなら、お婆ちゃんから聞いたことがある。けど、凄く大きな戦争だったってことしか知らないわ。」
やっぱり戦争が起きたことしか知らないか。
「それより前のことは知ってますか。」
僕はレイラに聞く。ここで「はい」なんて言われたらどうしようかと思った。
「いいえ。戦争があったこと以外は知らないわ。」
レイラは僕にそう答えた。
「僕の知識もそのぐらいです。」
僕はレイラに言う。そして、続けた。
「だから…。」
「私たちは戦争以前に何があったのか。それを知るために旅をしているんです。」
言葉を続けたもののサヤに残りを持っていかれる。いや、持って行かないでよ。
「そう、それで過去の記憶は何処にあるの。」
レイラが僕らに聞いてくる。
「ヨーロッパ連合王国のロンドンです。」
サヤがレイラに言った。
レイラは立ち止まってこれから進む方向を見る。そして、僕らを見て言った。
「ヨーロッパまで行くのね。」
僕らは頷く。ここからは見えない未だ遠い所だ。
「そう。私も見てみたいわ。」
レイラはそう言うと、前を向いて再び歩き出す。
それ以上は何も言わなかった。僕らもレイラも。
来た道を見ると、東の空が明るくなり始めていた。視線を前に戻すと村が見える。寝ずにここまで歩いて来たから眠い。早く村に着いて休みたいところだ。
僕らは村へ着いた。
「ちょっと待ってて。」
レイラはそう言うと、傍にある家へとそのまま入っていった。
僕らはその家の前で待った。まだ朝早いためか誰も外には居ない。
しばらくすると、レイラが家から出てきた。
「ここは知り合いの家なの。二人ともこの家で少し眠っていくと良いわ。」
レイラはそう言うと再び家の中に戻っていった。
東の空を見ると、太陽が昇り始めていた。
「中に入ろうか。」
僕はサヤを見て言った。サヤは僕を見て頷く。そして、僕らはレイラの居る家へと入っていった。




