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境界線  作者: 薙月 桜華
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第三十六話  砂の中の

   第三十六話  砂の中の


2237年 秋 西アジア


 僕らは誰も居なかった町を抜けて西へと向かっていた。そして再び砂漠の世界に入る。

そうは言うものの、ずっと砂漠の中を歩いているような感覚だ。砂だけの世界だろうが、砂で固められた建造物の世界だろうが。どちらも緑なんて無い。

変化といえば、足に伝わる砂の感触が戻ってきたことだと思う。

太陽は僕らを照らし、僕らは不安定な砂の上を歩く。

唯一の救いは、再び砂漠に入ってからというもの、点々と存在する村を発見できていることだ。それさえ無いならば、南下して海まで行きたくなる。いや、もう諦めて帰りたくなる。それだけ、この世界は気分の良いものではない。

立ち寄る村に居る人たちは、この世界に長く居る。だから、不自由の無い顔を出来るんだろう。だって、それが彼らの日常なんだから。

僕らも、彼らのように慣れたら本当に楽だと思う。

今は歩こう。この砂の世界を越えるために。



外から来る風が生暖かい。太陽に熱せられた風だろう。

昨日は歩いた末に見つけたこの村に泊まった。

今は泊めてもらった家の中で、再び歩き出す準備をしていた。

「準備出来たか。」

僕はサヤに言いながら、大きな袋を背負い込む。袋には念のための食料が入っている。

食料を持たずにその場で狩りをしてもいい。しかし、効率が悪い。なにせ獲物があまり居ないのだから。

「ええ。大丈夫よ。」

僕の言葉にサヤは返事をした。彼女も背中に食料が入った袋を背負っている。

「ありがとうございました。」

僕らは家主にそう言うと家を出た。外では子供が遊んでいた。それを横目に僕らは村の出入り口へと向かう。

村の出入り口に立つと、目の前にある砂漠を見た。眼前の砂漠は砂だけで何も無いように見える。それでも歩く必要があるんだ。

「さあ、行こう。」

僕はサヤを見て言った。

サヤは一度大きく頷く。そして言った。

「行きましょう。」

僕らは砂の上を歩く。目の前に砂しかなくても、それでも。



しばらく砂漠を歩くと、遠くに村が見えた。

「村だ。」

僕は遠くに見えるその村を見ながら言った。

「さっきの村と近いね。」

サヤが村を見ながら答える。僕らがさきほど出た村から思ったほど離れていない場所に次の村はあった。

空を見ると、太陽は昇りきったあたりだった。

あの村で今日を終わらせるかどうかは着いてから考えることにしよう。

「行ってみよう。」

僕はサヤを見てそう言った。サヤは頷く。

僕らはその村へと向かって歩き出した。

歩けば歩くほど遠くに見えた村は近づいてきた。ひとまず、見えた村が蜃気楼じゃないことは分かった。

今は、日が暮れる頃に見つけた村へと向かっているわけじゃない。切羽詰った状態では無く、落ち着いた状態だ。僕らは急ぐことも無く村へ着いた。

そして村の中へと入る。村の中は他の村とあまり変わりない。外で遊ぶ子供の声、家の影でその光景を見る大人たち。

僕は周りの建物を順に見ていった。特に変わりないかな。

僕らは一人のお婆さんとすれ違う。

「あんたらこのまま西へ行くのかい。」

背後からの声に僕は振り返った。声の主は今すれ違ったお婆さんだった。

「ええ。そうですが。」

僕は特に何も無く答えた。

「やめときな。あいつ等に食い殺されるよ。」

お婆さんは僕らに言った。

「あいつ等って。」

僕はそう言ったものの。お婆さんはそれ以上何も言わずにどこかへ行ってしまった。

「なんか、悪い予感ね。」

サヤは一度西側の村の出入り口を見たあと、僕を見て言った。

「今度は何かが居ることが分かってるだけでも良いだろう。」

僕は前を向いたままそう言う。そしてサヤを見て続けた。

「相手がどの程度なのか分からないんだ。うまくすれば、関わらずに済むかもしれない。」

僕は西側の村の出入り口を見る。

「行って見よう。」

「うん。」

サヤは僕の言葉に返事をした。

さあ、どんな奴らがいるか見てみようじゃないか。

僕らは西側の村の出入り口へと向かう。その途中で、僕らを見る子供たち。彼らはこの先に居る奴らを知っているのだろうか。何も言わずに僕らを見ている。そして、僕らは村の出入り口へと着く。

「どうなっても知らないよ。」

どこかから声が聞こえる。振り向くと先ほど声をかけてきたお婆さんが居た。

「あなたが言わないなら自分たちで確かめます。」

僕はお婆さんに言う。そしてサヤを見て続けた。

「行こう。」

僕らは村を出た。そして、砂漠を歩き出す。

「あいつ等って何者なんだ。」

僕はふと声に出して言ってみた。誰かが答えてくれるわけじゃないけど。

「あいつ等ってことは複数よね。」

サヤが僕の言葉に答える。そうだ、「あいつ等」というのだから相手は複数だろう。しかし、どんな奴なんだ。大猿や手長熊と来て次は。そう考えていると、僕らは村から大分離れていた。

「お婆さんの言うあいつ等は現れないな。」

僕は周りを見回しながら言った。

「もしかして、このまま現れなかったりして。」

サヤは笑いながら僕を見て言った。それならそれで良いんだけどな。じゃあ、あのお婆さんの言葉は嘘だったのか。

その時、少し地面が揺れる感覚があった。

「地震。」

サヤが誰にでもなく聞いている。僕も誰かに聞きたかった。周りを見ると、複数の位置で砂が少しずつ盛り上がっていることに気付く。次の瞬間、その中の一箇所から大きな物体が天に向かって垂直に飛び出した。そして、飛び出した位置に着地する。

「か、蟹。」

僕は着地した大きな物体を見てそう叫んだ。体長は僕らの身長を軽く越えている。

視界に入る複数の位置から次々と大きな蟹が出てきた。面倒なので大蟹と名づけよう。いや、そんな暇なんてない。

「蟹ばっかりじゃないのよ。」

サヤも地面から飛び出してくる大蟹を見ながら僕へと言った。いや、そう言われてもわからないっての。気がつくと、六体の大蟹が僕らの前に揃っていた。

「く、食われてたまるもんか。」

僕は大蟹たちに言うと、サヤを見て続けた。

「逃げるぞ。」

サヤは僕の言葉に頷いて、走り出す。走ってこの場所を越えようとしたが、砂の上を走るのは簡単な事ではない。暑さと砂の上を走っていることもあり走る速度は落ちていく。その間にも、大蟹たちは追いかけてくる。

大蟹たちはついに僕らの前に立ちはだかった。

「うお。」

僕はそう言いながら立ち止まる。サヤも同じく止まった。両側三匹ずつ。大蟹たちは並んでいる。

「くそ、こいつら。」

僕はそう言いながら、自分の剣を抜く。やられてたまるか。横を見ると、サヤも剣を抜いたようだ。

大蟹は大きなはさみを鳴らしながら僕らを見ている。このままじゃ食われる。

「うああああ。」

僕は大蟹に切りかかろうとした。

その時、目の前が真っ白な煙で覆われた。大蟹たちの叫び声であろう声が聞こえてくる。蟹って声が出るのか。いや、蟹じゃないのか。その中で、女性の声が聞こえた。

「あなたたち、早くこっちへ来なさい。」

声の主は分からずとも、今は助かる確率の高いほうへ行こう。僕は剣を収めると、そばに居たサヤの手を取って声のする方へ走った。

煙を抜けると、正面には僕らよりも年上に見える女性が居た。右手で紐を付けた何かを横に回していた。僕らが彼女に近づくと。

「村まで走りなさい。」

そう叫びながら、右手で回していた何かを煙が消えかかって見えてきた大蟹に向けて投げる。大蟹の中の一匹に命中して、大蟹たちは再び濃い煙に覆われた。

彼女はそれを確認すると、僕らの後ろを走り出す。

「助けてくれてありがとうございます。」

僕は走りながら、後ろから来る彼女に言った。

「村に着くまでは安心できないわ。」

彼女はそう言いながら、後ろを見る。僕も後ろを見ると、煙の中には大蟹たちは居なかった。

「え。居ない。」

僕はそう言いながら、思わず走る速さを落としていた。それと同時に、サヤの手を離す。サヤが僕の前を走る形になった。

次の瞬間、何も無いところから大蟹たちが飛び出してきた。着地するとそれぞれに僕たちを追いかける。

「なにもんだ、あいつら。」

僕は再び走る速さを上げながら言った。

「知らないわよ。」

サヤが叫ぶ。

「二人とも村まで走り続けて。」

彼女はそう言うと、背中に背負っていた袋から先ほど投げた物と同じであろう玉に紐がついたものを出した。そして、玉を回し始める。

前を見れば村はもうすぐだ。

「先に行って。」

彼女はそう言うと、大蟹のほうを向いて立ち止まった。

僕は立ち止まりそうになった。それに気がついたサヤが僕の手を取る。

「走りなさい。」

命令口調で僕を無理やり走らせる。

遠くて大蟹の叫び声が聞こえる。振り向けば、彼女が後ろから走ってきていた。

「もうすぐだから。早く走って。」

彼女がそう言う。その直後に。

「ちゃんと、前向いて走りなさいよ。」

サヤが無理やり僕の顔を前に回す。

「今度後ろ向いたらひっぱたくよ。」

サヤの顔は笑っていたけど、声は低く怒りがこもっていた。これ以上怒らせないようにしないと。僕は前を向いて走る。

僕らは村の出入り口を通って、村の中に入った。僕らは疲れてその場に座り込む。直ぐ後に彼女も村に入ってきた。

僕は大蟹たちを見る。村から少し離れた位置に居た。

「あれ。追いかけてこない。」

大蟹たちはその場で砂に潜って消えてしまった。

「ここには来ないわ。」

座り込んだ僕らの間に立って、そう言った。

「なぜ。」

サヤが彼女に聞く。僕も何故なのか知りたい。

彼女はある方向を見ながら言った。

「時間だからよ。」

それは太陽の沈む方向だった。今や太陽が沈みかかっている。あの大蟹は太陽の光の下でしか活動しないとでもいうのか。

「日の暮れる時間は、砂蟹が巣に帰る時間。」

「砂蟹って。」

僕は彼女に尋ねた。

「あの生物の名前よ。砂の中の蟹。だから砂蟹。」

彼女は僕を見て言った。この時点で、大蟹は砂蟹という名称に書き換えられました。地元の人間が呼ぶ呼び方に従いましょう。

「この時間でよかったわね。もう少し時間が早かったら。砂蟹たちはここまで突入してたかも。」

彼女はなんとも軽い言い方をする。まさか、その時は最初から見てみぬふりをしているとか。時間を間違えれば、あのお婆さんの言う通りに食い殺されていたかもしれない。

そういえば彼女の名前はなんと言うのだろうか。

「あの。お名前は。あ、僕はカイって言います。」

僕は彼女に名前を聞いてみた。

「ああ、私ね。私の名前はレイラ。それとこちらのかわいい女の子は。」

レイラはサヤの顔を覗き込みながら聞いた。

「サヤです。」

それにはサヤ本人が答える。レイラは顔を戻すと、僕らに言った。

「砂蟹のいる場所を抜けたいなら夜しかないわ。」

そこで、レイラは一度頷く。そして続ける。

「それまで少し時間がある。私の家に来ない。食事をご馳走するわ。」

レイラは僕らに聞いてきた。

「いや、そんな。悪いですよ。」

僕は断ろうとする。

「いいじゃないの。行きましょうよ。」

サヤが僕を見て言ってくる。まあ、お腹も空いているし、お邪魔しようかな。

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

僕らはレイラの家へと向かうことにした。

「さあ、こっちよ。」

レイラがそう言うと、僕は立ち上がる。そして、西の空を見た。西の空は太陽という光のもとを失ったことで、どんどん暗くなっていた。

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