第三十五話 侵入者
第三十五話 侵入者
2237年 秋 ヨーロッパ
私は目覚めると自室から出た。騒がしい場所を通り抜け、施設の出入り口への階段を上る。ちょうど、何十枚もの紙を持った兵士が私の後ろから来た。
「おはようございます。」
後ろから聞こえてくる兵士の挨拶に、階段を上りながらも反応する。
「ああ、おはよう。」
やはり挨拶は大切だ。自分が今ここに存在していることもわかる。
私は施設の扉を開けて外へと出た。太陽の下で、兵士たちは何時ものように建物間を行き来している。
既に太陽は高く昇っていた。少々寝すぎたらしい。ゆっくり眠れてよかったと思うことにした。
それから、何時ものように扉の傍で兵士たちを見ていた。
私は前回の船にて運ばれてきた私宛の手紙を思い出した。送り主は私の上司だ。彼が私に手紙を出すということは何時も良くないことが起こったときである。今回の内容を簡単に言えば、さっさときおくの運搬を完了させろとの事だ。彼にとっては、既に一年もの時間を使ってきおくの運搬をしているにも関わらず、まだ完了していないことが宜しくないらしい。
正直彼はここにあるきおく自体を見たことが無い。だから、そんな言葉が平気で言えるのだろう。
人の歴史は争いとともにある。故に、膨大な争いに関する情報があのきおくの中には存在する。膨大がどのくらいかは私も知らないが、とにかく多いと思ったほうがいい。私も全てを見尽くしたわけではない。争いに関する情報ならまだしも、きおくに含まれる全ての情報を見ようとするなら一体どのくらいの時間がかかるか分からない。全てを見尽くしたときに自分が生きているかさえもだ。
きおくの取得、整理、運搬は急ぐように言っている。しかし、あまりにもきおくの量が膨大であることは毎日施設の階段を上ってこの位置に来る私が良く知っている。
それとともに、時折船を襲撃してくる輩には本当に迷惑をしている。痛い目を見たにも関わらずなお攻撃をしてくるとはどいう考えなのか知りたくなる。攻撃を受ければ、その船に載っていた情報が相手の手に落ちることになりかねない。ようは、こっちが頑張って書き込んだきおくの一部が無駄になっていくのだ。どうしようもない気持ちになる。どうにか倒したいが、相手も強さを増しているように見える。どうにか手は打てないだろうか。
あとはテリーに聞こう。一人で考えても仕方が無い。それに、きおくの運搬状況を把握しているのは彼だ。
落ち着くと、急におなかに何も入っていないことに気がつく。食事を取って落ち着こう。
食堂にて兵士たちと食事をとる。とは言っても中途半端な時刻なので、タイミングを逃した兵士が十数人ほど、食事をしているぐらいだ。一通りの食事がのったトレーを持って席につく。この時間だと誰とも喋らず邪魔されずに食事が出来る。いや、違うか。決められた食事時に食べたほうが急な用件を食事時に頼まれたりはしないだろう。あまり考えずにさっさと食べてしまおう。
食事を取ると、糖分が補給されて落ち着いてきた。
食堂を出ると、日が傾きだしていた。
まずテリーを探そう。会議場か施設内か。ひとまず行ってみようか。
食堂を離れて会議場へと向かう。会議場は食堂から少し遠く、施設を中心にほぼ正反対の位置にある。施設よりも遠い位置にあるが、居る確率が高いので行ってみよう。
行く途中にも忙しそうに兵士たちは動いている。あと三、四時間すれば、仕事はおしまい。彼らは休みに入れる。もう少し頑張ってもらおうか。
私はそう思いながら、会議場へと向かった。会議場の布を持ち上げて中を見る。誰も居ないようだ。なら、施設内に居るのか。布を持った手を離すと施設へと向かった。
施設の扉を開ける。入ると朝と同じ騒がしい状態だった。階段を下りながらテリーを探す。
ここに居なければきおくの部屋にいるのだろう。そちらへと向かった。
きおくのある部屋に入るとテリーが兵士の一人と話していた。テリーがこちらに気がつく。
「あ、大尉。」
テリーはそう言うと、傍にいた兵士との話を終わらせてこちらに歩いてきた。
「何か御用でも。」
テリーが私に聞いてくる。それは御用があるから来たんだけどな。
「ひとまず外に出るぞ。」
こんな騒がしいところで話すことも無い。
私はそのまま出入り口へと続く階段を上り、外へと出た。
外へ出ると私たちはそのまま海岸へと向かおうとした。しかし、それは止められた。兵士たちが騒ぎ出したのだ。
騒ぐ兵士たちへと駆け寄ると、何人かが矢を受けて倒れていた。
大声とともに棍棒や剣を持った男たちが走ってくる。
まさか、奴らが来たのか。そう思った瞬間。
「兵を呼べ。早くしろ。」
テリーへ向かって叫んだ。まずい。このタイミングで襲撃してくるとは考えていなかった。
私は戸惑う兵士たちへと叫んだ。
「何をやっている。施設を守るのだ。」
私は剣を抜き。彼らへ向かって走った。飛んでくる矢を剣で払いながら敵へと近づく。
一人の男が、私へ棍棒を振り下ろす。私は左に避けると相手の右肩へと剣を振り下ろした。
「ぐあ。」
彼は叫ぶものの、再び私を見て棍棒を振り下ろそうとする。その時、彼は再び叫んだ。兵士の一人が後ろから彼を斬りつけたのだ。彼はすぐに斬りつけてきた相手のほうへ向こうとする。その兵士は、彼が方向転換を終えると続けて斬りつけた。胸の辺りを斬りつけられた彼は地面に崩れる。その兵士が彼に止めを刺そうとした。
「待て。」
その兵士の行動を制止しながら他の敵を見ると、他の兵士たちが苦戦しながらも半分近くを地面に倒していた。再びその兵士を見て言った。
「捕まえておけ。」
私はそう言うと他の敵へと向かった。
いつの間にか矢は飛んでこなくなり、兵士たちが彼らを囲んでいった。
兵士たちに全員を一列に並べるように言った。
侵入者としてここへと来た人間は十数人。いや、人数なんて数えることも無いか。
自分の剣を見ると少々血がついていた。相手が死んでいないんだ。この程度だろう。
「大尉。ご無事ですか。」
テリーが私に話しかけてくる。彼は息が荒く声が小さくなっていた。彼は剣を持っていたが、右肩あたりに攻撃を受けたらしく自らの体を赤く染めていた。
「負傷者の手当てを。お前もだ。」
私はテリーにそう言う。
「はい。しかし、私は。」
テリーがなんとか声に出して言った。いや、無理するなよ。
「負傷者を早く連れて行け。」
私は周りの兵士に叫ぶ。兵士たちはそれぞれ負傷した兵士たちを連れて行く。テリーも同じく連れて行かれた。
それを横目で見たあと、目の前の侵入者たちを見た。今は兵士に囲まれて私の前にひざまずいている状態の彼ら。多分ここに来たのだから、我々の悩みの種なのだろう。しかし、こんなにも少ないのか。
「お前たちはこんな人数で我々に向かってきたのか。もっと居るんじゃないのか。」
私は侵入者らに聞いた。彼らは黙っている。人数が少ない、少なすぎる。まず、グランが居ない。ということは一部が来たということか。
いや、もう一人居るな。先ほどからこの状況を見ている奴が一人居る。こちらに攻撃をしてくるわけでもないからいいか。
「大尉。どうしますか。」
兵士の一人が聞いてくる。そうだなどうしようか。こいつらにアジトの場所を吐かせるのもいいな。だけど、吐いてくれるかな。まぁ、ここで彼らを始末すれば、残りは中々手を出せないだろう。一人が見ている前ならその効果はあるはずだ。
私はしばらく考えた後、兵士を見て言った。
「そうだな。始末しといて。」
言い終えると、私はその場を離れた。後方からは侵入者らの悲鳴が聞こえてくる。邪魔するのなら始末するのみだ。
私はその足でテリーが手当てを受けているだろう場所へと向かった。
「大丈夫か。」
テリーを見つけると私は話しかけた。
「ああ、大尉。すみません。こんな状態になってしまって。」
テリーも私に気がついて、こちらに体ごと向ける。彼の右肩には包帯が巻かれていた。
「なんとか大丈夫そうだな。」
私はテリーにそう言った。私にとって大丈夫というのは死にかけていない状態だ。
「そうだ。聞きたい事がある。きおくについてだ。」
「あ、はい。なんでしょう。」
私の答えにテリーは近くにあった自分の手帳を取って開く。
「きおくの運搬は、予定では残りどのくらいかかりそうだ。」
私はテリーに聞いた。残りが分かればここを離れるときも分かるだろう。それに上司への返事も出来る。
「えっと。邪魔が入らなければあと四ヶ月ほどで完了する予定です。」
テリーは手帳を見ながら私にそう言った。残り半年もしないうちに事が終わるということか。
「そうか、あと四ヶ月で終わるか。そうか。」
先ほどよりも声を大きくして言った。そして、一度外を見る。奴が居る気配がする。大丈夫だろう。私はテリーを見て続けた。
「敵のアジトの方はどうだ。」
きおくの運搬の次に気になる内容を聞かなければならない。とは言っても、こちらはそれほど急いではいない。
「まだ、発見できていません。しかし、今日襲ってきた彼らから聞き出すことで見つかるかもしれません。」
私の質問にテリーは答えるも、今日襲ってきた彼らは既にこの世には居ない。
「奴らは始末した。」
私はテリーにそういうと、彼は驚きの顔をする。
「そんな。聞きだせるかもしれなかったのに。何故殺したんですか。」
テリーの言葉も気持ちも分かった。だけど、他の方法があるんだ。
「今回のことが相手に知られればそう簡単には攻撃してこないだろう。」
私はそう言いながら外を見る。そして、テリーを見て続けた。
「私たちの会話を聞いている奴がいる。」
小さな声でテリーに言った。
「ま、まさかそんな。」
テリーの声が一段と大きくなる。私は彼を見て一度大きく頷いた。
「だから、大丈夫だ。気にするな。」
私はそう言うと、体を回転させて帰る方向を向いた。
「じゃあな。ゆっくり休め。」
私はそう言いながらその場を離れた。
外へ出ると奴の気配は消えていた。
気配がしたほうを見て、私は一人ほくそえんだ。
さぁ、衝撃を与えてきてもらおうか。




