第三十話 消えてゆく水
第三十話 消えてゆく水
2237年 夏の終わり 南アジア
砂の世界に入って数日が経ったと思う。
未だに昼間の暑さと夜の寒さには慣れていない。
町もまだ見えていない。まさかこのままずっと無いんじゃないだろうか。
手持ちの水が少なくなってきていた。
無くなる前に再びどこかで手に入れなくてはいけない。
「はぁ、はぁ。」
隣からは、そんなサヤの声が聞こえてくる。
話すことも嫌になってきた。ただただ前に進むだけだ。
「きゃっ。」
サヤの声に後ろを向くと、砂の上に飛び込む形で倒れていた。
近づいて体を起こす。直ぐに体に付いた砂を落とした。
「もう嫌だよ。こんなとこ。」
サヤが弱音を吐いた。今にも泣きそうだ。仕方が無いさ、こんな世界なんだもの。
「仕方ないだろ。ここを越えるしかないんだから。」
僕はそう言いながら、これから歩くだろう道を見る。
僕はサヤへこう言うしかなかった。
来た道を戻ってもどうしようもないんだ。
サヤを立たせると、再び歩き出した。
遠くに町が見えた。
だけど、油断は出来ない。暑さによる錯覚かもしれないのだから。
そんな状況を何度も繰り返した。時には湖が見えることもあった。
サヤを見ると、ふらふらした足取りで僕に付いてくる。
僕はサヤの手を取って、引き寄せた。
「がんばれ。」
僕はもうそれしか言えなかった。
「う、うん。」
サヤが力なく答える。
サヤを支えながら、前に進む。
歩けば歩くほど、目の前に見える町は暑さが見せたものじゃないことが分かった。
「もう少しだ。頑張れ。」
僕は自然とそんな言葉を口に出していた。
自分の手にかかる重さが増えていく感覚があった。
早く目の前の町に着かなくては。
ゆっくりと、しかし確実に町へと近づいていった。
僕はなんとかサヤを支えていた。町に入ればなんとかなる。それだけだった。
町の入り口で、子供が何人か遊んでいるところが見えた。
「もうす…。」
そう言いながらサヤを見た瞬間、サヤの体が僕の手を離れた。
彼女の体はそのまま砂の上に倒れこんだ。
すぐにサヤを抱き寄せる。
「サヤ。サヤ。」
僕の声に何も返答が無い。頭がふらふらする。
だから、町の入り口に居た子供たちの行動に気が付かなかった。
「大丈夫ですか。」
僕らのところに駆けつけた何人かの少年。
一人の年長らしい少年が僕らの状況を見たあと直ぐに。
「医者と水だ。早くしろ。」
その少年は叫んでいた。
その声に周りの少年たちがそれぞれに走っていく。
年長らしき少年ともう一人の少年の計二人が残った。
「あなたは大丈夫ですか。」
年長らしき少年は僕へと聞いてきた。
「なんとか大丈夫だよ。」
僕はそう言った。本当は大丈夫じゃないと思う。
「早く日陰へ移動しましょう。彼女は僕らが運びます。」
年長らしき少年はそう言うと、もう一人の少年と一緒にサヤを運ぼうとする。
しかし、やはりまだ小さな少年たち。サヤをうまく運ぶことは出来ない。
僕がサヤの胴体を持つことでなんとか運ぶことが出来た。
そのまま町の中の日陰の場所へと運ぶ。
そこへ一人の少年と医者らしき人が走ってきた。
僕らを見るなり。
「早く水を持って来い。」
医者は周りの人間に叫んでいた。
そこへほかの少年たちが、大きな器を幾つか持ってきた。
その一つを僕らの上でひっくり返す。出てきたのは大量の水だった。
水を浴びることで少し体が冷たくなったような気がした。
少年の一人が二人とも早く水を飲むようにと言って来た。
水をたくさん飲む。飲むと落ち着いてきた。
サヤにもいっぱい飲ませた。飲み終えると。
「はぁ、はぁ。」
サヤはそういいながら目を開いた。
医者はそれを見ると、少年たちに何か言った。
一人がどこかへ行き。直ぐに二つの小さな器を持ってきた。
「これを飲んで。」
医者が言う。医者が言うのだから飲んでおいたほうがいいだろう。
僕らはそれを飲む。なんか少ししょっぱい。塩が入っているみたいだ。
さっきよりも落ち着いてきた。
サヤも自分で水を飲めるほどに回復していた。
「だいぶ良くなってきたようだな。」
医者はサヤを見ながら言った。そして僕を見て続ける。
「この地域を甘く見ないほうがいいぞ。きちんと水分補給はするんだ。いいな。」
医者の言葉に「はい」と答えるだけだった。
「今日は二人とも安静にするんだ。無理しちゃいけないよ。」
医者は僕とサヤを交互に見て言った。
「それじゃあ。気をつけてね。」
医者はそう言うと歩いていってしまった。
僕らの周りには、助けてくれた少年たちが居る。
「お兄さん。お姉さん。今度は気をつけてね。」
僕らを助けてくれた少年たちの中で、年長の少年が僕らに言った。
「ありがとう。助かったよ。」
僕は礼を言った。
「ありがとうね。」
サヤも礼を言う。元気になってきた。本当に良かった。
そして、少年たちはどこかへ行ってしまった。
僕らはしばらくその場で休むことにした。
僕らは理解した。この砂の世界では、水が命を繋ぐ本当に大切な存在だってことを。
そして、これから続くこの砂の世界の中で、もう二度と同じ状態にならないようにしなくちゃいけないと思った。
取り戻した水を体で感じながら、この地域の恐ろしさを知った。