第二十七話 宮廷の冠
第二十七話 宮廷の冠
2237年 夏 南アジア
僕らは歩き続けている。あのバラナシを離れてから、とある村でタージマハル廟へ行っておいたほうがいいと言われた。
この地域で何度そのようなことを言われなければならないのか気になるところだ。
聞いた話だと素晴らしい建物らしい。
どう素晴らしいのかは説明してくれなかった。
そのタージマハルはアーグラと呼ばれる大きな町にあるらしい。
バラナシぐらいの大きさなのだろうか。
いや、それ以上なのかもしれない。
「ほら、さっさと歩いて」
サヤは僕の後ろに回りこんで背中を押す。
背中から来る力によって、体は無理やり前に進んでいく。
考えていたためか、自然と歩みが遅くなっていたようだ。
しっかり前を向いて歩くようにした。
そういえば、僕らが昔から住んでいた場所から一年でこんな所まで来てしまった。
人を食らう魚、青白い大猿や手の長い熊。
考えて見れば大陸に渡る途中からずっと見たことの無い動物たちと争っている。
自分が死ぬか相手が死ぬかの世界。
これからもそんな動物たちが僕たちの前に現れるのだろうか。
彼らはなんのために僕らと争うのだろうか。
彼らの平和を奪ったから?彼らの居場所を奪ったから?
良くわからない。僕らは彼らとは争いたくないのに。
そういえば、ヨーロッパへはあとどの位で着くのだろうか。気になって仕方が無い。
川沿いに進むと町が見えてきた。
町の中に入れば町である以上、この地域の人間の集まりである以上それほど変わりは無い。
活気があることはいいことだと思う。
町中をぐるぐるとひとまず歩いてみた。
「なんか空だけが広いね。」
サヤがそう言って空を見上げる。
僕も同じように空を見上げた。
目的の建物は見れば分かると言われた。
見れば分かるとはいえ、こうも建物ばかりではどれが目的の建物か分からない。
とは言っても、それらは全て個人の家なのだろうけど。
そう思いつつも次は大通りらしき通りに出る。
左を向けば何処までも続きそうな町中。
右を見れば何処までも続く町中…では無い。
遠いけど、開けた空間が見えた。
何かをする広場かなにかだろうか。
僕らはそこへ向かうことにした。
その空間に入っても、ここが何のためにあるのかは分からなかった。ただ広いことだけは言えた。
「おお〜。」
サヤは手を広げて体ごと回転している。
来た方向を見た。先ほどの場所とは違う開けた場所だ。
反対側を見れば大きな門がある。
その門へ近づけば近づくほど驚いた。
「大きいね。」
「そうだな。」
サヤの言葉に僕は返す。
建物のことはよく分からない。
しかし、この門は大きく立派だ。
門の色は薄赤と白の二種類だけ。
太陽の光がそれらの色を強調している。
ふと門の奥を見ると、何かが見える。真っ白な建物だ。
そこで僕は気が付いた。まさか、この門は前門なのか。
僕らは門をくぐり、ちょうど門の真下の位置で真上を見上げた。
かなり高い位置に、手の届かない位置に天井は見えた。
サヤが手を空に向けて飛び跳ねている。
飛び跳ねたからといって触れるものは無いのだけど。
けど、こんなに高いと飛び跳ねたくなる気持ちは分からないでもない。
サヤが跳ねる姿を見ながら僕は考えた。
どうやってこの門は作られたのだろう。
あんな高い位置に人が上って作業をしたのだろうか。
それからゆっくりと正面へと視点を移す。
そして理解した。あれが薦められた建物。タージマハル廟なんだと。
遠くからでも存在感をもつ真っ白な建物。
両側に二本ずつ塔のようなものが立っていて、綺麗に左右対称に見える。
僕はそこから目を離せなかった。
さっきまで飛び跳ねていたサヤが僕に気が付く。そして、その先のものに気が付いた。
「あれが、言ってた建物なんだね。」
サヤはそれだけ言うと、黙って見つめていた。
ここにそのまま立っているのもどうかと思うので僕らはその建物へと歩き出した。
タージマハルに近づく間にも、凄く広い空間が僕らの周りをぐるりと囲んでいる。
「広いなぁ。」
僕は自然と口から言葉が出てきた。
「そうだね。広いねぇ。」
サヤもそれに答えてくれた。
水が足元を流れ真っ白な建物へと真っ直ぐに繋がっている。
涼しい気持ちになってきた。やはり、水が流れているからだと思う。
水路となっている両側を道が通っている。僕らは右側を通って目的の建物へと向かった。
タージマハルへ近づけば近づくほどその建物の大きさに驚く。
前門の衝撃など既にどこかへ行ってしまった。
近づいて分かったが、両側には同じ形をした建物がある。
それらは、なんのための建物かは分からない。
タージマハル廟というだけに人が眠っていることはわかる。
この建物はここに眠る人のために作られた。どんな想いで作られたのだろう。
前も後ろも右左も広い。そして美しい。
ただただ凄いとしか言えない。
それ以外の言葉を発することが出来ないかのようだ。
サヤも「おお〜。」とか「凄い。」といった言葉しか発していない。説明し難いのだと思う。
建物の階段を上っていく。
目の前には前門を入ったばかりの位置から見えた建物がある。
あまりに近づきすぎて全体が見えなくなってしまった。
反対側を見れば遠くに前門が見える。遠くに。
「あれ。後ろに川があるよ。」
気が付いたのはサヤだった。
この建物の後ろには川が流れている。
今度はその川のほうへ行ってみることにした。
僕らは水路の右側を通って前門へと歩いていった。
タージマハルの後ろ側へと到着する。
左を向けばタージマハルが見えた。
「ねぇ。あっちは何なんだろう。」
サヤが指差す方向を僕は見る。
川を挟んだ対岸になにやら見えた。
近くに居た船の漕ぎ手に聞くと、タージマハルの対岸にはそれと同じものが出来るはずだったらしい。しかし、それは完成しなかった。
今はただ、立てられる場所のみが残っているらしい。そんな話を僕らは聞かされた。
タージマハルの凄さに力を使い。こちらまで力が回らなかったのだろうか。そのことを本人たちに聞くことが出来れば楽なものだろう。しかし、それは今となっては無理だ。
僕は、川を挟んだ両側を交互に見ながら思った。
そして、またタージマハルを正面から見たくなった。
あの人への想いが形として残り。
時を越えて私たちの前に存在する。




