第二十話 収穫
第二十話 収穫
2237年 春 南アジア
今僕らは森の前に居る。
僕らが彼らの言う凶暴な動物とやらを退治することを約束した後、何人かはそれぞれ動物を狩る道具を持って僕らに付いてきた。
村を出る前に、サティは僕らが狩る動物について教えてくれた。
その動物を見た人間の話では、熊らしい。
ふと、村人たちの顔を見るとやる気満々のようだ。
だったら村人たちだけで大丈夫じゃないのか。
いや、大丈夫なら僕らに頼まないよな。
彼らに見えているのは、僕らが凶暴な動物を倒した後に残る動物たちだろう。
僕は手のひらを見る。その手を握るとその場に居る全員に言った。
「今から僕らが、あなた方の言う動物を狩ってきます。それまでここに居てください。」
正直村人がいたところで邪魔になるだろう。
相手が強いならなおさらだ。下手に死なれても困る。
僕らはそれだけ言うと、森の中へ入った。
森の中は静かだった。辺りを見回せば豚に似た動物がうろついている。この動物が村での食料なのかもしれない。
どこかで草木の擦れる音が聞こえる。
僕らは周りを見ながら剣に手をかける。
奴が僕らに気が付いたのかもしれない。
さてと、どこだ。どこに居るんだ。
僕は耳を澄ます。近づいているのなら音で分かるはずだ。
サヤは僕の行動を理解したのか、音を立てないように周りを見ている。
その時、何かが地面に落ちた音が背後から聞こえる。
素早く後ろを向くと、奴が居た。
その姿は熊と言えば理解しやすいが、熊より機動性に優れた動物だとすぐにわかった。
なぜなら、奴の手足が異様に長い。
手長熊という名前が合うだろう。
さっきの着地らしき音から、手長熊は木の上に居たようだ。既に熊じゃないんじゃないか。
そんなことを僕が考えていても相手が行動を停止するはずも無い。
手長熊は一度吼えると僕らに飛びつこうとしてきた。
僕らは素早く両側に避ける。
手長熊は跳べるらしい。身軽な奴だ。
僕らはそれぞれ奴から距離を取る。
「どこが熊なのよ。」
サヤが叫ぶ。その気持ち察するよ。
誰なんだ。こいつを熊だと言った奴は。
しかも手長熊はこっちに向かって突進してきた。
この状況で奴に攻撃を加える方法があるなら。
これしかない。
僕は武器に手をかけると、突進してくる手長猿に自ら突進していった。
お互いがぶつかる直前に、僕は右側に避けながら剣を振り下ろす。
手長熊はそのまま僕の剣に突進する形になった。
手長熊の体には僕の剣の痕が刻まれていく。
手長熊は悲鳴を上げる。それは低く大きい悲鳴だった。
僕の剣が手長熊から離れたあと、今度はサヤが剣で斬りつけ始めた。
手長熊の振り下ろす前足を避けながら胴体と後ろ足への攻撃を加えている。
僕は、サヤの攻撃でよろめいた手長熊へ大剣を振り下ろした。
奴は大きく悲鳴を上げる。
僕は素早くその場から離れる。
手長熊はよろめいていた。
これなら大猿よりも早く終わりそうだ。
再び奴に攻撃を加えるべく、サヤが斬りつけ続けている手長熊のところへ向かう。
そして、剣を大きく振り上げながら僕は言った。
「これで終わりだ。」
しかし、それは叶わなかった。
振り下ろすよりも早く。奴は空高く跳び上がって木につかまった。
「えっ。」
サヤは一瞬何が起きたのか分からなかったようだ。
上を見上げて、やっと理解できたらしい。
忘れていた。奴は木の上から落ちてきたんだ。
危なくなったら木の上に戻ればいいだけのことか。
僕らは剣をしまった。
「さてと、どうする気なんだ。」
木につかまった手長熊を見ながら僕は言った。
こういう時に弓を扱える奴が居れば助かるんだけどな。
奴が降りてくるまで待つか。
僕がそう思ったとき。奴の体に弓矢が刺さった。
手長熊が木から落ちてくる。
落ちたところへ向かいつつ、矢が放たれたであろう方向を見る。
そこにはサティが弓を持って立っていた。
彼女は手長熊に近づきながら矢を打っていった。
その顔は怖さを押し殺しているようだった。
僕らも木から落ちた手長熊に剣を振り下ろす。
悲鳴を上げながら暴れだす手長熊。
僕とサヤは振り下ろされた前足に当たって飛ばされる。
「きゃ。」
サヤは小さく悲鳴を上げる。
そんな手長熊へ遠距離から攻撃を加え続けるサティ。
手長熊は、今度はサティに攻撃を加えようとして近づいていく。
サティは矢を打ちながら下がっていく。
僕とサヤは立ち上がると、手長熊に走って近づいていく。
その勢いで僕らは剣を振り下ろした。
手長熊は大きく低い悲鳴を上げると、その場に倒れて動かなくなった。
「た、倒したのか。」
剣をしまった僕は言った。
「そうみたいね。」
手長熊に近づいて見ているサヤが言った。
「二人ともご苦労様。」
サティが僕ら二人に言う。
サティが何故ここに居るのか、なぜ弓を持って戦いに参加してきたのか。
聞きたいことは色々ある。
ひとまず、村へ戻ろう。話はそれからだ。
僕らは森を出ると待っていた村人に説明する。
すると彼らはすぐに森の中へ入っていった。
村に戻ると、サティは僕らをその中の一つの家へ招き入れた。
サティの住む家らしい。
サティと僕らが座ると、サティが口を開いた。
「あの熊を倒してくださって、ありがとうございます。」
「いや、サティさんも参加していたじゃないですか。」
僕は言う。何故あそこにサティが居たのか。
「私はね。あの森で狩りをする人間なの。だけどまだ新人。」
サティは僕らに言う。そして続ける。
「私の前に居た人が狩りをしていたときは森の入り口まであんな動物がやってくることはなかったの。だけど、その人がこの村を出て行っちゃって。だから、私がこの村に呼ばれたの。」
サティはそこで一呼吸置くと続けた。
「私が扱うのは弓。そしてほとんと素人。最初はなんとか狩ることが出来たけど。森の奥であの手長熊は倒せなかった。だからなのか、奴は森の入り口まで来て居座るようになったの。」
「それで、森から食料が取れなくなって。そして、通りかかった僕らに頼んだと。」
僕はそう言って理解しようとした。
「そういうことよ。見るからに強そうな格好だったからね。」
サティは僕らを見て言う。
「そうだったんですか。」
サヤも理解したようだ。
「けど、僕らは西へ向かわなきゃならないんです。これからはあなた一人で狩らなければいけない。」
僕はサティに向かって言う。サティは下を向いて言った。
「分かってるわ。何時か自分一人であの手長熊を倒せるようになって、この村を守ってみせる。」
そういうとサティは僕らを見た。そして続ける。
「そういえばあなた達、西へ行くって言ったけど。具体的にどこへ向かう予定なの。」
「次の目的地は聖なる河の傍にある町なんですけど。」
僕はサティの質問に答える。
最終的な目的地を言ううよりは、次に向かう目的地を言ったほうがためになる。
サティは何度か頷いて言った。
「そう。それはバラナシのことかもね。村を出てしばらくすると分かれ道があるから、右へ続く道を選んで進むといいわ。そうすれば、バラナシへ行ける。」
「そうですか、ありがとうございます。」
僕らはサティに礼を言った。
サティの家を出ると、森に居た動物を背負って村に入ってくる村人を見た。
うまく食料を調達できたらしい。
「わぁ。お肉お肉。」
サヤがはしゃいでいる。
「あの。」
僕は背後からの声で、すぐに振り向く。
声の主はサティだった。そして続ける。
「よかったら、獲れた肉で作った料理を食べていってください。手長熊を倒してくださったお礼です。」
「いや、そんなお礼なんて。」
僕はそう言うものの。
「お肉、お肉。」
サヤはそれしか言わなくなっている。
もう選択肢が決まっているようだ。
「では、お言葉に甘えて。」
僕はサティにそう言った。
僕らはサティの作った料理を頂いた。
しばらく落ち着くと、僕らは村を出てバラナシへ向かうことにした。