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箱庭世界  作者: とて
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鮮血の魔術師

 「力」を持つ者はそれを振るう際に、一体何を思うのか。


 ある者は「権力」

 ある者は「筋力」

 ある者は「知力」


 そして、ある者は「魔力」




その兵士の知っている戦場は、常にいろんな音にあふれていた。

 馬の駆ける音、鎧や剣、盾の激しくぶつかり合う音、猛々しい掛け声、叫び声、悲鳴、嬌声、歓声。


 その兵士の知っている戦場は、常に血の匂いであふれていた。

 鎧ごと体を切断され、腹から血と腸をはみ出した者や頭蓋骨が陥没して倒れている者。千切れた腕や足を血まみれの手で抱え込んだもの。


 その何もかもがない。


 兵士の眼前にある見渡す限りの荒野に、生きている者の姿はない。

 地上には灰色と黒の煙が静かにくすぶっている。

 荒野にただ、それだけ。

 

 音も血の匂いもそこにはない。


「・・・いったい、なんなんだこれは・・・」

  

 おのれの想像をはるかに超えた圧倒的な魔法、圧倒的な力を見せつけられた兵士は思わずつぶやいた。

 今、眼前で見せつけられた圧倒的魔法力は、屈強な、鍛え上げられた兵士を怯えさせるに十分足るものであった。

 毎日毎日、朝から夕まで汗水たらして剣や体術の訓練をし、己を鍛えている兵士たち。盛り上がった腕や筋肉で引き締まった鍛え上げられた肉体。その肉体から繰り広げられる素早く力強い剣術。そんなものが一体何になるというのか。

 この圧倒的な魔法力の前で。

 この男のまえでは、我々は、無力だ。


そう思ったのは、一人の兵士だけではなかった。

この戦場に居合わせた王国の兵士500人が、己の無力を痛感したことであろう。そしてまた、この男の恐ろしさも。


「は・・・。終わったな・・・」

 男は軽くため息を吐き出すとくるりと踵を返し、銀色の刺繡の施された豪奢な黒のローブをたなびかせて歩き出そうとした。

 その先には・・・。


「ごしゅじんさまあぁぁぁあ~!!!」


「お~ま~え~は~~~!!!」


「だんなぁ~~~!!!」


「あああ、アキさん・・・!」


 無数の恨めしそうな目と顔に睨まれて、黒のローブの持ち主はどきりと心臓が跳ねる。


「い、いやこれは、その、不可抗力というかだな・・・」

 黒い男はあせってもごもごと返すと


「毎度毎度毎度毎度、うちのご主人様には学習能力ってもんがないんですかーーーーーー!!!」

 両掌に乗るくらい小さな小さな体をした少女が、一体どこからそんな声が出るのかと不思議に思うほどの大きな大きなボリュームで怒鳴つける。その小さな頭の上には、ぴこんとふっさふさの狐の耳が生えており、よくよく見ればふっさふさの柔らかそうなしっぽまである。


「馬鹿かお前は!」

 凝った細工の立派な鎧を身に着け、身の丈近くありそうな大きな剣を背負った整った顔立ちの長身の金髪の女騎士は、額に深く青筋を立てている。


「旦那、そんな顔面血だらけでかっこつけてもねえ・・・」

 まだ幼さの残る顔立ちの軽装の赤毛の男は、額に手を当て、はー。。。と深いため息をついた。その両腰には婉曲した双頭の剣が収まっている。


「あの、あの、と、とにかく鼻血を止めないと・・・」

 雪の様に真白な長い髪の毛をなびかせたひどく痩せた小柄な少女が、黒いローブの男のもとに焦ったように駆け寄った。


「・・・顔中、血だらけです・・・服も。無茶、しすぎです。」

 黒い男の血だらけの顔を見て白い少女はい痛々しそうに眼を細めた。

 そのまま白い少女は黒いローブの男の顔に小さな手を翳す。

 少女の手のひらから、ほわり、と温かい治癒の魔法が流れ込む。

 自らの血で生ぬるかった顔面だが、皮膚の下はすっかり血の気を失って冷たくなっていた。そこに少女の温かい治癒の魔法がゆっくり、ゆっくりと浸み込んでいく。

 明らかな魔力のロストオーバーとそれにともなう出血で、血の気のうすくなった体に新しい温かい血が通ってきているようだ。


「はは、つい。。。」

 黒い男は気が緩んだのかその場にがくりと膝をついた。


「きゃ・・・ア、アキさん・・!?」

 男の体が地面につく前に金髪の女騎士がその腕をつかむ。


「大地に熱烈なキスでもする気か。全く・・・。まだ鼻血を出したりないのかお前は。」

 あきれたような口調とは裏腹に、優しく男の体を抱き留め手にした布で顔の血をぬぐう。布はすぐ血だらけになったが白い少女の治癒魔法のおかげで男の鼻血はすでに止まっていた。


「はは・・・。すまない、ありがとう。どうにも体に力が入らなくて・・・」

 魔力の使い過ぎで、気のゆるみとともに体の力もすっかり抜けてしまったらしく、黒い男は立つこともできなかった。正直、声を出すのもやっとの状態だ。


「まったく・・・。虚弱体質のくせに無茶するからだ」

「えええ!?いや、べつに俺は虚弱体質なわけでは・・・」

 心外なことを言われ、慌てて否定し起き上がろうにも体に力は全く入らず、かろうじてか細い声で反論するのみ。

 

「いやでも俺、体が弱いってわけじゃあーないんだけど、これは仕方ないって言うか何と言うか・・・」

 うーんうーん、と唸りながら小さな声でしどろもどろに言い訳をするが


「いいから!戻るぞ」

 黒い男の必死の否定にもかかわらず、女騎士はさっと言い捨てると黒い男を両腕に抱え上げた。


「いーーーーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 力のない声と体で必死に抵抗しようにもなすすべもなく。

 女騎士は黒い男をお姫様抱っこしたまま、平然とと荒野を歩きだす。


「旦那旦那。ま、ここはおとなしくあきらめるしかないでしょ。」

 他人事だと思って赤毛の男は笑いながら愉快そうにそう言うが、女性にお姫様抱っこされるなどたまったものではない。

 しかも相手は騎士とはいえ、うら若き美しい女性ときたものだ。

 対して自分はお年頃?の男。 

 ようは恥ずかしいのである。

 

 いやぁー!!!もう、穴があったら入りたーい!!!穴がなくても自分で掘って入りたい!!!

 何が悲しくって大の男が女性にお姫様抱っこされなきゃならないんだー!!!いや、歩けない自分が悪いんだが・・・。

 それはわかる。わかるんだが。。。

 ちっくしょうーーーーーーー!!!

 もう、もう金輪際、無茶な魔力行使はしないぞーーーーーーーーーー!!!


 黒い男は、固く心に誓ったのであった・・・。


 




 「・・・・あれが、鮮血の魔術師・・・・・・・」

 残された兵士達の一人がボソリと小さくつぶやいた。


 そしてたった一人の男によって、その戦争は終結した。

 一滴の血も流さずに。




















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